いちご100% IF   作:ぶどう

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第九話 いちご注意報②【真中】

 

「まさか、なんの手掛かりもないとは…………」

 

 今日は一日かけていちごパンツの美少女を探してみたけど、影も形も見当たらない。

 

 本人に直接出会うどころか目撃情報すらない。休み時間をフルに活用して学年の端から端のクラスを尋ねるも成果無し。あんなに綺麗だと目立つはずなのに誰も心当たりがないようだ。

 

 彼女の上履きの色は三年の物だったから同学年だと思っていたけど、下級生がたまたま三年の上履きを履いていたのかな。それとも彼女は他校の生徒で、昨日は何かの用事でウチの学校に来ていたとか。いや、でも学校が違えば制服だって違うよな。貸し出すってこともないだろうし。

 

 もし彼女が下級生だったとしても校門の前で張り込んでいたら見つけられただろうけど、この寒い時期に部活動が終わる時間まで張り込むってのもな。それにストーカーみたいで気も進まない。

 

「…………いや、やっぱ張り込むべきだったかな。他学年の教室になんて中々行けねーし」

 

 思わぬ空振りに終わって気が滅入る。今日は良い一日になると思っていたんだけどな。

 

 放課後になってはトボトボと家路を歩く。冷たい風が吹くたびに憂鬱な気分になる。期待が大きかった分、失望も大きい。誰も心当たりがないなんてことが本当にあり得るのだろうか。

 

「まあ、そう気を落とすなよ。今日はたまたま風邪かなんかで休みだったのかもしれないだろ」

 

 ションボリとするオレを気遣ってか。一緒に帰り道を歩く内海が慰めの言葉をかけてくれた。

 

「そうかなぁ。そうなのかなぁ…………」

「それに特徴だけで探そうだなんて探偵でもないと中々な。名前ぐらい知っとかないと」

「名前か……。名前を聞けるような状況じゃなかったなぁ。あっという間に行っちゃったし」

 

 本当に一瞬の出会いだった。

 

 あまりに出会った時間が短くて、本当に現実のものだったのかと考えてしまうぐらい。

 

 内海は特徴だけで探すのは難しいと言ったけど、街で人探しをするならともかく狭い学校内であれば十分だとオレは思う。あれだけの美少女なんて学年に居ても一人か二人だろう。

 

「……もうこうなってくるとアレだな。オレは幻でも見ていたのかもしれない」

「幻?」

「うん。みんなぜんぜん知らないって言うしさ。そっちのほうがなんか納得できる気がする」

 

 薄暗く暮れる冬の空を眺めながら、オレは半ば投げやり気味に言い放つ。

 

 幻というには現実感のある出会いだった。なんたって顔も見たし、叫び声ではあったけど声だって聞いた。なんなら彼女からは女の子特有の甘い匂いがしていたような気もする。

 

 それでも幻だなんて考えてしまうには手掛かりがなさ過ぎること。たまたま誰も心当たりがない可能性よりは、受験勉強で疲れたオレが現実逃避に見てしまった幻というほうがあり得そうだ。美少女の姿が見えるだけならまだしも、声も聞こえるなんてかなり末期症状かもしれないけど。

 

「朝のハイテンションが嘘みたいだな」

「しゃーねーよ。だってあんな美少女のことを誰も知らねーなんてどう考えてもおかしいし」

 

 ここで内海が「そうだな」とでも同調していれば、もう探すことを諦めていたかもしれない。

 

 受験シーズン真っ盛りの今。志望校の合格ラインに超ギリギリのオレが手掛かりのない幻の美少女探しにうつつを抜かすってのもな。この時間だって多くの受験生は勉強しているはずだ。

 

 それに探し出せたところで仲良くなれる保証があるわけでもない。そんな風に考え出すと朝のヤル気がどんどん削がれていった。瞬間的に激しく熱した分、冷めてしまうのもまた急速だ。次に発せられる内海の言葉次第では、オレはあっさり諦める可能性だってあった。だけど────。

 

「おいおい日和ったのかよ。真中らしくないな」

「そんなつもりはねーけどさ」

「誰も知らない幻の美少女? 大いにけっこうなことじゃないか。オレだったら燃えるね」

 

 内海はオレの背中を押してくれた。

 

「お前は運命の女に巡り合ったんだろ。だったら万難を排してでも見つけ出してみせろよ。辻褄を合わせて小さくまとまろうとするな。そんな年寄り染みた考えは、きっと後々に悔いを残すぜ」

 

 それも茶化す様な言葉じゃなく真面目で、なんだか深い言葉のようにオレには感じた。

 

 内海はそれに次いで「ま、頑張れよ」と言い残すと、オレの背中を強く叩いては進行方向を反転させた。そこでオレはかなり前に内海の家の前を通り過ぎていたことに気づく。

 

 振り返ることをせず背を向けて歩いて行く内海。オレは黙ってその背を見送りながら、もう一度気持ちに熱が入っていくのを感じる。確かにこんな簡単に諦めるなんてらしくなかったぜ。

 

 家に帰っては夕飯を食べ、風呂に入ってしまえば後はもう寝るまでやることは一つ。

 

 そう受験勉強だ。自分の部屋の学習机に教科書とノートを広げ、椅子に座っては準備を整える。準備万端。でもヤル気がまったく起きない。頭の後ろに手を組んで考えることは彼女のこと。

 

「内海のおかげで探す気はメラメラと湧いてきた。しかし手掛かりは欠片もねーよな」

 

 どうしたものかと悩むオレの目に入ってきたのは、今日返し忘れた東城の数学ノート。

 

 いちごパンツの彼女と出会った場所で拾ったノートだ。もしかするとこのノートを拾ったということは、なにか重要なことなのかもしれない。彼女に繋がる可能性だってあるかもしれない。

 

「でも見られたくないって言ってたよな。もし好きな人のことでも書いてたら悪いけど…………」

 

 絶対に見ないで欲しいと言われた手前、中を見るのは確かに気まずい。でもこのノートこそが唯一の手掛かりとなるかもしれない。だったらノートの中を見ないわけにはいかないよな。

 

「今度なんか奢るから許せ東城! 変なこと書いててもすぐに忘れるから!」

 

 ゴメンと顔の前で手を合わせてから、オレは勢い良く東城の数学ノートを開く。

 

 なにか手掛かりになることでもあれば、と思っては目で文字を追う。数学ノートなのに数字でも記号でもなく、オレはひたすら時間を忘れては規則正しく書き連ねられた文字を読み更けた。

 

「これは…………」

 

 東城が屋上に忘れていった数学ノート。その中には一つの物語が描かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝のオレの頭の中には、いちごパンツの彼女のことさえも一旦完全に抜け落ちていた。

 

 いつものように内海を呼びに家へ行くことも忘れ、東城のノートを手に持ち一人で教室へと向かう。そしてドアを開き、友達と話をしている東城を見つけるとオレの胸は高鳴った。

 

「あ、真中くん。今日は数学のノート…………」

 

 胸の高鳴りをそのままに話す途中の東城の手を握ると、そのまま何も言わず走った。

 

 どこへ向かうかということは決めていなかった。二人っきりで秘密の話をするなら人が少ない場所。そんな考えが過ぎれば向かう先は一つ。この時間ならまず人が居なさそうな屋上だ。

 

 廊下ですれ違うみんなが朝っぱらから息を切らして走るオレと東城を何事かと見ていたが、ぜんぜん気にならなかった。そして屋上に着くと、そこに他の人の姿がないことに安堵する。

 

「ねえ真中くん。なんで屋上に来たの?」

「東城!!」

 

 オレと東城の他には誰もいない屋上で、オレは感じたままの言葉を素直に口にした。

 

「驚いた! お前って凄いんだな!」

「……………………??」

 

 グッと高鳴るオレとは反対に、東城はなんのことかさっぱりわかっていない様子。

 

 真顔のまま首を僅かに傾げる東城。ああ、そりゃそうか。まずはノートを読んだことを伝えなきゃ話は始まらないよな。そう思ったオレはノートを東城へと差し出して口を開く。

 

「うん。だからこのノート読んだんだよ」

「え! やっやっやだ! だっだっだって見ないって約束したのに……!」

「オレ昨日、夢中で読んじゃったよ東城が書いた小説! ホント感動した。スゲー才能あるよ!」

 

 思わず東城の肩を掴んでは興奮気味に話す。東城にこんな才能があるなんて知らなかった。

 

「まだ続きあるんだろ? 決着ついてないもんな。なあ、あのあと小説の主人公と石の巨人は何処に向かうんだ? こっそり教えてくれよ。それともまだ話の続き考えてねーの?」

 

 ワクワクしているオレとは対照的に東城の顔色はなんだか優れていない様子。

 

 血の気が引いた青い顔というかなんというか。への字に曲がった眉がなんとも自信なさげに見える。どうしてだろう、と思っていると東城がオレの手を振り解いてはノートを掴んだ。

 

 そしてオレに背を向けたまま数歩ばかり後ろに下がると立ち止まる。東城は大事そうにノートを胸に抱えたまま黙っていた。左右に結んだ三つ編みの間からうなじのラインが見える。

 

「わ、笑わないの? 夢ばっかり見てって」

「え?」

「あ、ありがちな話なのよ。文章だって幼稚だし……。勉強の合間に思い付いたことを、ただ適当に書きなぐっただけ…………」

 

 俯いた東城は蚊の鳴くような小さな声で「誰にも見せるつもりはなかったの」と続けた。

 

「単なる自己満足よ。受験勉強からの逃避にすぎないわ。恥ずかしい。こんなの────」

「そんなこと言うなよ。夢を恥ずかしいだなんて否定するなんて、そんなの絶対間違ってるぜ」

 

 東城のノートに書かれていた小説は、オレの心を一瞬で奪い去った。

 

 ただの一行たりとも興味を失うことはなかった。オレは夜通し何度も何度も夢中になって読み進めた。文字を読んでいると自然に映像が頭の中に見えてくるような錯覚にも襲われた。

 

「東城は小説家になりたくねーのかよ。そんなに面白い話を思い付くのにもったいねーよ」

 

 そしてオレは頭に浮かび上がる映像を、レンズ越しに見る自分自身を想像した。

 

「夢って言ったら笑われるって。叶わなかったらかっこ悪いって。そう思って友達とかにも今まで言ったことぜんぜんなかったけど東城には言う。オレは将来、映画を作る人になりたいんだ」

 

 オレは東城の小説に自分の夢を重ね合わせた。そしてその興奮を余すことなく伝える。

 

 伝説の魔法使いが砂漠から巨人を誕生させるシーン。このシーンはそうだな。巨人の雄大さを伝えるために、最初はカメラを下から上に回して撮るのがいいんじゃないかと。

 

 そして最後は真上から全体を撮るのがいい。周りを飛んでいる翼竜の視点でかっこ良く。

 

 オレの言葉が東城にどれだけ伝わったのかはわからなかった。それでも東城は最後まで微笑んでオレの話を聞いてくれた。オレは言葉を通して広い空いっぱいに映像を映し上げる。きっと東城にも同じ映像が見えているはずだ。可能性に満ちた東城の小説にオレはワクワクが止まらない。

 

「な? 見えるだろ東城」

「うん。私にも見える気がするよ……」

 

 東城との話は楽しかった。楽しかったからこそオレには一つ残念に思うことがあった。

 

 オレも屋上には時々夕日を見に来ていたけど、東城は風の弱い昼休みを選んでは日向ぼっこをしながら小説を書いていたようだ。このすれ違いが惜しいと思う。なんたって────。

 

「でもホント残念だな。もっと前にノートを落としてくれたらよかったに」

「?? なんで?」

「だってさぁ。そしたらもっと早くに、こういう楽しい話を東城とできていたってことだろ?」

 

 そう言ったら東城の顔が赤くなった。別にオレ変なことは言ってないよな。

 

「ま、真中くんはいくつか作品作ってるの?」

「うんにゃ全然。っていうかビデオカメラすら持ってねー。高校合格したら買ってくれって親に交渉してるけど、どうなることやら…………」

 

 親がビデオカメラを買ってくれるかってこともあるけど、もう一つ心配事がある。

 

 ずばり受験に合格するかどうかだ。オレが泉坂高校なんてレベルの高い高校を選んだのには理由があった。なんも理由がなければ、そりゃ家から近くて受かりやすい高校を選ぶ。

 

「東城って桜海学園を受けるんだよな?」

「そうだよ。真中くんは泉坂高校だよね?」

「そーそー。泉坂高校を受けるのには実は理由があってな。泉坂って映像研究部があるんだよ」

 

 オレが無謀にも泉坂高校を受験する理由は映像研究部があるからだ。

 

 将来のことを考えるなら、やっぱり早いうちから学んでおきたい。それだけ決心しているならもっと勉強を頑張れって話だけど、それとこれとは話が別だ。勉強って中々やる気がなあ。

 

「東城もよかったら泉坂高校にって言いたいところだけど、それじゃランク下げちゃうか」

「そ、そんなことないよ。どの高校に進んだとしても、結局は本人の頑張り次第で…………」

「あーくそ。あの小説の続きもう読めないのかな。主人公の恋の行方だって気になるんだよな」

 

 小説の主人公を巡る恋の三角関係。

 

 主人公と同じ目的を持ちながらも織物工場で働く娘と、美しさでは誰もかなわない王国のお姫様。主人公がどっちを選ぶかっていうのは、割と気になる部分ではあったけど────。

 

「ま、オレ恋愛物の映画ほとんど観ないから想像つかねーや。ああ、恋愛で思い出した。東城ってけっこう頻繁に屋上に来るんだよな? ならついでにあのことも東城に相談しようかな」

「あのこと? 真中くん、何の話??」

「実は昨日…………じゃなかった。一昨日の放課後にこの場所でさ──────」

 

 ひょっとすると屋上に通っている東城なら、彼女のことを知っているかもしれない。

 

 そう思ったオレは一昨日の放課後にあった出来事を東城に話した。小説を読んだことでテンションが上がりに上がってたこともあり、彼女の魅力を盛りに盛って話した。

 

「宝石のような瞳! 珠のように美しくきめ細かな肌! まさに天使そのものだったな!」

「へ、へぇ……。そ、そうなんだ…………」

「超美人だった。こういうのって小説だとなんて表現するんだろ? 傾国の美女ってやつ?」

 

 話せば話すほど東城の顔は熟れたトマトのように真っ赤に染まっていった。

 

 頭から煙が出ているように見えるのは外の温度が低いせいか。オレは予鈴のチャイムが鳴り響く直前までいちごパンツの彼女の魅力を余すことなく、東城へと伝えきった。

 

「そうだったんだ……。あの時の人は真中くんだったんだ。私、眼鏡外してたから…………」

「え? なんだって?」

「なんでも。なんでもないよ。一度に色んなことがありすぎて顔から火が出ちゃいそう……」

 

 話し終えたオレに残ったのは高い満足感。

 

 東城が彼女と知り合いの場合も考えて、運命の人だとか一目惚れしたってことは言わなかった。でもそれ以外のことはメガ盛りに盛って話した。もうちょっと盛っても良かったかな。

 

「で、東城は心当たりない? どういうわけだか誰に聞いても手掛かりが得られなくてさ」

「わ、私? 私に聞かれてもホントに超困るっていうか、なんていうか…………」

 

 やっぱり東城も心当たりがないか。本当にいちごパンツの彼女は謎に包まれているな。

 

 だけど簡単には諦めないと決めたんだ。今日がダメでも明日。明日がダメでも明後日と根気強く探せばいつか辿り着けるかもしれないし。まあ、当面は気楽に探すことにしようと思う。

 

 やがて予鈴のチャイムが鳴った。本鈴のチャイムが鳴るまでの5分以内に教室へ戻らないといけない。屋上から教室までは歩いて5分ぐらいかな。小走りすればまず間に合うだろうけど。

 

「そろそろ戻ろうぜ東城」

「そうだね。最後に一つ聞いてもいい?」

「いいよ。走ればまだまだ余裕で間に合うし」

「私が聞くのも変だけど……ま、真中くんは屋上で出会った人と、もし再会したらどうするの?」

 

 モジモジとした東城に問い掛けに、オレは足を止めてちょっとばかり考えた。

 

 運命の人と感じたのも一目惚れしたのも事実。でもそれと同じぐらい、あの綺麗な姿をレンズに収めたいという気持ちも湧き上がった。邪な考えが無いかと聞かれると否定もできない。

 

 オレは彼女に一目惚れしたのか。それとも夕日に映える彼女の姿に一目惚れをしたのか。人としての彼女が好きなのか。映像に映る女優としての彼女が好きなのか。そんな小難しいことが頭を過ぎるも答えは至極簡単だった。

 

 きっと両方だろう。だから彼女と再会したらどうするかなんてことは、再会してみないとわからない。アタックを仕掛けるなだんて力強く息巻いていても、彼女を前にすると緊張してなにも話せないかもしれないし。ただそんな中でも一つだけ確かなことがあった。それは────。

 

「ぶっちゃけ再会するまでわかんねーけど、オレは絶対すっげーワクワクしてるだろうな!」

 

 その言葉に東城は顔を赤らめながらも小さく微笑むと、ジッと覗き込むようにオレを見た。

 

 なにかを伝えるような瞳。でも残念。オレはアイコンタクトを理解できるほど頭が良くはなかった。いや、アイコンタクトは経験なのかな。どっちにしてもわからないし聞く時間もない。

 

「オレが将来メガホンを握る時は、東城に脚本を書いてもらうとしようかな!」

「そ、そんなの私には絶対…………って! 真中くん時間時間! 始業時間に間に合わないよ!」

「あ、ホントだ。そんじゃ急ぐか!!」

 

 教室へと向かう足取りが弾む。それは昨日よりも一段軽快であった。

 

 結局この日もいちごパンツの美少女に関する情報は得られなかったけど、昨日とは違って気が滅入ることはない。確証はないけどそう遠くない未来、彼女に会えるような予感がした。

 

 


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