いちご100% IF 作:ぶどう
最近、なんだか気になる人ができた。
気になる人、なんて言葉にすると好きな人のことみたいだけど、好きかどうかはわからない。
そもそも好きってなんだろう。家族として好きなこともあれば、友達として好きなこともある。その二つはなんとなくわかる。でも異性として好きってなると、なんだろうと不思議に思う。
仲の良い友達に聞いてみたら『カッコいい人』とか『趣味の合う人』なんて答えが返ってきた。なるほどなるほど。確かにカッコいい人や趣味の合う人っていうのは魅力的に映る気がするな。
「…………ふむ。ふむふむふむ」
「なんだよ。オレの顔になんかついてるか?」
「うんうん。内海くんってさ。こうやって近くで見ると、けっこう整った顔立ちをしてるよね」
もう何度目かわからないけど、あたしは放課後に彼を誘っては一緒に帰ろうと声をかけた。
あたしが誘ったりしたら普通の男の子は舞い上がったりするものだけど、彼は『ああ』とか『おう』なんて返事するだけだから素っ気ない。最近じゃあたしの方が友達に茶化されたりする。
彼以外の男の子を誘ったりはしないんだけど、それを彼はわかってるか気になったりする。恩着せがましく言うつもりなんてないけど、たまにはリアクションが欲しいと思うこともあるかな。
そしてその帰り道。一人で腕を組んで歩く彼は紅葉を眺めながら、その短い秋を満喫していた。そのすぐ横を歩くあたしは一歩彼に近づくと、下から覗き込むようにその横顔をジッと眺めた。
あたしより頭一つ背の高い彼。髪は黒く短くて、目つきが少しだけ鋭い。声色や雰囲気が落ちついていて、同年代の男の子より大人びた口調で話すものだから、最初はそこが気になったっけ。
外見で人を選んだりはしないけど、彼は中々カッコいいと思う。ドラマや映画に出てくるイケメン俳優なんかとはタイプが違うけど、なんというか造形の良い顔立ちをしていた。遠くで見るよりも、こうして近くで見る方が映えるタイプ。うん、悪くない。やっぱりカッコいいと思うな。
「漫画顔だから…………いや、無頓着だから気付かなかったが、オレって意外とイケてんのか」
「なーんて冗談だよ! やっぱり普通かな!」
「なんだ冗談かよ。ま、男は外見より中身だな」
でもなんとなく、彼がそれを自覚しようとすると咄嗟に否定的なことを言ってしまう。
あたしだけが彼の魅力を知っていたいと思う。でもそれが叶わないことなのもわかっている。あたしとの噂が出回っても騒ぎになっていないのは、きっとみんなも同じ感想を持っているから。
「内海くんってさ。日曜はなんのテレビ見る?」
ちょっと残念。でも仕方ないかな。ならば次は趣味の方はどうなんだろうと聞いて見る。
「日曜のテレビか。そうだな……。朝は寝て、昼は競馬と野球。夕方は本場所があれば相撲」
「えっ? 他にはないの??」
「夜になるとニュース番組と天気予報も見るな」
「そうじゃなくて。もっとこう、ドラマとかバライティ―番組とかいっぱいあるじゃない??」
予想外の言葉にビックリして尋ねると、彼はバツが悪そうに頭を掻いては口を開いた。
「いや、そっち方面はあんまりでさ…………」
「なんでなんでなんで? 休み時間とかさ。みんな連ドラの話とかしまくってない??」
「しまくってようが見る習慣がないし。そういう西野は流行りの番組には目がないのか?」
テレビを見ないならまだわかるけど、なんでそう偏った番組ばっかり見てるんだろう。
休日のお父さんが見そうなラインナップがズラッと並んでいる。意地悪してわざと捻ったことを言っているのかとも思ったけど、どうもそうではなさそうだから、やっぱり彼は変わっている。
テレビ番組の趣味は合いそうじゃなかった。なんだかショック。せめてあたしが見ている番組を一つでも言ってくれたらよかったんだけど。そりゃ天気予報ぐらいは見たりもするけど、それは趣味が合うとは違うような気がするし。
「別に、そうでもないかな」
「ふーん。なら西野の日曜一押し番組は?」
新しい趣味を増やそうかな、と考えながらあたしは自分の好きな番組について話した。
「…………笑点」
「ん? もう一回言ってくれるか?」
「だから笑点だよ。日曜の17時半って言えば、お茶の間は笑点なんて一般常識じゃない?」
テレビの趣味が合わないのはショックだけど、こういうところも気になるポイントなのかな。
見方を変えれば趣味が合わないっていうのも違った趣味を楽しめるということだし。それに友達が趣味の合う人って言ってたからって絶対に正しいってわけでもないし。そもそも────。
「笑点か。激シブだけど良いセンスだな」
「────っ!? そ、そうでしょう!!」
「ああ、でも年寄りみたいな番組チョイスだ。ぜんぜん中学生っぽくないし。はっはっは!」
自分を納得させる言葉を心の中で並べていたら、珍しく彼のフォローが入ってくる。
あたしはそれに喜んでみるも間を置くことなく、彼が笑ってそんなことを言い出すものだから笑顔も凍りつく。確かに笑点は若者向けの番組じゃないかもしれないけど、お互い様じゃない。
「競馬に野球に相撲のキミが言うかな!」
「年寄りでもいいじゃん。オレもたまに笑点を見るぞ。西野は好きなメンバーとかいるのか?」
「好きなメンバーは…………桂歌丸だけど?」
渋いな、と言って彼がまた大笑いした。
からかわれているようで照れくさくなったけど、彼が笑っている姿を見るのはなんだか心地の良いものだった。笑った彼の目じりにはいつも太い皺が刻まれ、頬にはえくぼが浮かんでいる。
大きく笑う彼に釣られては、あたしも両方の頬を緩ませる。今から桂歌丸の良さをじっくり話してあげようと思う。いつも振り回されてばっかりだけど、彼と一緒にいるのは凄く楽しかった。
普段の彼は中学生とは思えないぐらい達観としていて、一人の時は静かに本を読んでいた。
学校でも人によって扱いに差をつけるようなことはせず、誰にでも物腰柔らかく接していた。人当たりが良く、困っている人がいれば性別問わず声をかけているようで評判も良いみたい。
廊下で社会の先生と歴史の話に華を咲かせている彼を見た時は同学年とは思えなかった。大人と大人が話しているようにしか見えなくて、時折り笑ったりもしていたけど、近くで話を聞いていても何が面白いのかさっぱりだった。話の内容だけでなく、敬語や姿勢も凄く様になっていた。
それでも男の子同士で集まって話をしている時の彼はいつも年相応に楽しそうにしている。
「清純派AV女優とかいう矛盾の塊。でも正しく意味が伝わるから日本語って素晴らしいよな」
年頃の男の子が好きそうな話を周囲に気を配ることもせず、堂々と話したりするのは困るけど。
まあ、でも男の子なら仕方ないのかな。大きな声で話すような内容ではないけど指摘するのも恥ずかしいし、他の人に迷惑をかけないのなら大目に見てあげなくもない。それでも────。
「今晩のサッカー代表戦のトトカルチョでもするか。オレが胴元やるからみんな賭けろよ。オッズはシンプルに勝ち負け引き分けが各2倍。3点以上の差が付けば倍の4倍でどうだ?」
──面白そうじゃん。日本に賭けるぜ!
──オレもオレも。ホームなら流石に勝てる!
──3点差はキツいが4倍は魅力だな。だが両方に賭けると痛恨のドローが痛すぎるか。
──ドロー狙いとかいう消極的な賭け方をするのも微妙。でも互いに決定力無いしな…………。
他の人に迷惑をかけなくても賭け事はダメでしょ。みんなもノリ気だけど中学生だよね。
まったくもう、ホントに困った人だ。あたしは賭け事の話で盛り上がる集団に近づくと、その中心にいる彼へ『お金を賭けるなんてもっての他だよ』って指を指しては厳重に注意をする。
「なにも問題無いぞ。賭けてるのは金じゃなくてチョコレートだからセーフの理論です」
「内海くんってチョコレート好きなの?」
「…………意味が通じてないボケほど切ないものはないな。チョコレートも嫌いじゃないけどさ」
アレっと首を傾げる。チョコレートをみんなで賭け合うほど好きなんじゃないのかな。
こんな風に彼とは時々、話が噛み合わないこともあった。でも話すようになって日も浅いし、男の子と女の子の違いもあることだから、その辺りはまだ仕方ないことなんじゃないかと思う。
これからゆっくり知っていければいいと思う。あたし達はまだまだ知り合ったばっかりで、時間だってたくさんあるんだから。なにも焦る必要なんてないと、この時はそんな風に思っていた。
「……ああ、眠い。マジで眠い…………」
彼は基本的に凛然としていたけど、週明けの月曜日の朝だけはいつも眠そうにしていた。
どうやら日曜日の夜遅くは海外のサッカーを観戦しているらしく、毎週月曜は寝不足とのこと。意外とテレビ好きなのかと思ったけど、テレビ好きというよりもスポーツ観戦が好きみたい。
とある週明けの朝。珍しく校門の前で彼の姿を見かける。友達と並んで歩く彼は歩きながら船を漕いでいて、半分目も瞑っていた。あたしは朝の挨拶をしようと近づくと、彼に声をかけた。
「おはよっ! 内海くん!」
「ああ、おはよう。おはようございます…………」
「オ、オレは先に行ってるな内海。ゆっくり西野と歩いてこいよ! じゃあまたな!」
あたしが彼に声をかけると、彼と一緒に登校してきた友達が気を利かせてくれた。
確か友達の名前は真中くんだっけ。ちょっと悪い事をしたかな。また謝っておかないと。
「お友達に悪い事したかな?」
「真中のヤツも眠いんだろ。オレにはわかる。急いで教室へ行って、すぐに仮眠を取る気だな」
「ふふふっ。それはキミがしたいことでしょ」
「ああ、まあな。…………って西野じゃん。聞き覚えのある声だと思ったけど、西野だったのか」
一瞬だけ大きく目を見開いた彼は、あたしを確認するとまたすぐに瞼を半分落とした。
凄く眠そうだ。多分このまま教室に向かえば最後、授業中だってお構いなしにお腹が空く昼休みまで眠っちゃうんじゃないかと思う。月曜日の昼休みはおでこが赤くなってることも多いし。
それはダメ。彼は成績も良いみたいだけど、それでも受験生が授業を聞き逃すなんてダメだと思う。そう思ったあたしは元気良く声をかけては、彼の眠気を遥か彼方へと吹き飛ばそうとする。
「今日も元気だして頑張ろうね!」
「うん」
「もっとお腹から声をだして! 背筋もピンと伸ばす! ネクタイも曲がってるよ!」
「うん」
「もう、第二ボタンが外れてるじゃない。そんなんじゃダメだよ。朝もビシッとしないと!」
「うん」
「動いて動いて! ほら、校門の前に立った立った! あたしがキチンと正してあげるからね!」
うん、と彼が短く空返事を返す。
彼は返事をするだけで動こうとしないので、あたしはその背中を押しては校門の前に立たせ、門を潜る前にその身だしなみを整えてあける。普段の彼とのギャップもあって、なんだか面白い。
あたしは機嫌の良いままに彼の首元に手を伸ばしてはボタンを留め、ネクタイを真っ直ぐに整えてギュッと締める。ネクタイなんてほとんど触ったことがなかったけど家でも朝、お父さんが出勤する前にお母さんにこんな風にしてもらってたっけ。真似してみたけど良いかんじに出来た。
「よしっ!」
「男前にしてくれたか?」
「まーね! これで今日も一日………………あっ」
ネクタイを締めた後で視線を上げると、思っていたよりも距離が近くて焦ってしまう。
文字通り目と鼻の先に彼の顔があった。勢いで手を伸ばしてみたものの、今になって凄く恥ずかしい。校門を通り抜ける人達の視線を感じる。ああ、もうなんでこんなことをしたんだろう。
「しかしマジで眠いな。ふぁぁ…………」
そんなあたしの混乱を知らない彼は、周囲の視線もお構いなしに大きくあくびをした。
そのあくびの後で漏れる彼の息が鼻に当たる。歯磨き粉の匂いとコーヒーの香りがした。相も変わらず眠そうな彼を注意したいところだけど、あたしはそうすることができなかった。
自分でも驚くほど胸がドキドキしているのを感じる。顔がなんだか凄く熱い。意識しちゃダメだと思っても意識してしまう。寝ぼけている彼が半歩でも前に足を出したら、と考えてしまう。
そして反射的に彼の瞳と唇を見てしまう。それは流石にダメ。いや、ダメでもないのかな。やっぱりダメ。でも近づき過ぎたのはあたしのせいだし、事故なら仕方ないのかな。いや────。
「────事故なんて余計にダメでしょ!!」
「なんの話だ?」
「なんでもない。ホントになんでもないから!」
「お、おう。そうか。なんか知らんけど、身だしなみも整ったし行こうか。ありがとう西野」
そう言って彼はあたしの肩にポンと手を置く。
温かくて優しい手だった。スタスタと歩き始める彼の背を見る。広くて大きい背中だった。
トクンと胸の高鳴りを感じる。本当にいつもいつも彼には振り回されてばっかりだ。凄く楽しくもあるけどいつかは、いつかは彼にもアッと一泡吹かせてみたい。それが当面の目標かな。
前を歩く彼の後を小走りで追いかける。彼の背を追いかけていると自然と笑みが零れた。その理由はわからなかったけど、とっても良い気分。そして追いつくとあたしは高高と宣言してみる。
「内海くん。キミに一つ言っておくね」
「なんだよ?」
「これは宣言。あたしを本気にさせたら覚悟してね。その時は絶対に手に入れてみせるから」
右手の人差し指を彼の胸に向けてバンバンと弾きながら、声量を落とすことなく言い切った。
頭に疑問符を浮かべる彼はぜんぜんわかってなさそうだったので、あたしはほんの少しまぶたを引き下げては舌を出し、あざとく抗議の意を示してみる。やっていて少し恥ずかしい。
本当になんだか気になる人。気になる人、なんて言葉にすると好きな人のことみたいだけど、好きかどうかはわからない。だってあたしはまだ、初恋の味を知らないのだから。
いつも誤字報告ありがとうございます。これからもミスを減らせるように推敲・校正を怠ることなく頑張ります。次話から原作スタート。最初はおそらく真中視点となります。