いちご100% IF   作:ぶどう

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第六話

 

 バタフライ効果という言葉がある。アメリカの気象学者エドワード・ローレンツの唱えた説だ。

 

 蝶が羽ばたく程度の小さな動作でも遠くの気象に影響を与えるのか、というテーマ。『ブラジルの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを起こすのか』という講演のタイトルが由来と聞いた。

 

 ほんの些細な出来事が後々に大きな出来事を引き起こすことに繋がりかねないという考え方。言い方を変えれば、未来の形というのは小さな変化によって大きく変わり得るということだろう。

 

 このバタフライ効果という現象を題材とした映画にバタフライ・エフェクトという名作がある。これが実に素晴らしい映画なのだが、詳しく作品について話すのはまた別の機会にしようと思う。話したいのはバタフライ・エフェクトに登場する主人公が持っている能力についてだ。

 

 過去に遡る不思議な能力に目覚めた主人公は、自分にとって嫌な過去を良い過去へと改変することにするという話。誰だって都合の悪い過去なんて消し去ってしまいたいものだろうと思う。

 

 映画の肝は過去を良い結果に改変してもハッピーエンドとなるとは限らないというところだった。例えば溺れている友人を見殺しにした過去を、助ける過去へと改変したとする。誰がどう見てもハッピーエンドの結果であるが、助けられた友人は命が助かったことによって未来が生じる。

 

 自らの負い目から過去に遡って友人を助ける。それは素晴らしいことに違いないが、命が助かった友人の未来は誰にもわからない。その友人が史に名を刻む犯罪者として成長してしまったら、それは助けるべきではなかったのだろうか。だが助けた過去の段階ではわかりっこないことだ。

 

 まあ、これはあくまで例え話だ。映画バタフライ・エフェクトの主人公も過去に遡って自分の過ちやミスを修正していくが、未来が自分の思い描く通りにならず苦悩する場面が多かった。

 

 過去を変えることによって変化する未来を予知することは誰にもできない。ほんの僅かな微差で未来は大きく変わってしまう。バタフライ効果というのは中々考えさせられる言葉だと思う。

 

「改変することによって変化する未来…………か」

 

 真中と二人で帰宅路を歩きながら呟く。

 

 そして十字路に差し掛かった際、思わず足を止めてしまう。十字路を右に行けば家路が近い。左に行けば通る必要のない坂道に出くわすことになり、真っ直ぐ進めば駅へと繋がる道にでる。

 

「ん? どうしたんだよ内海。立ち止まって」

「いや、うん。なんだろうな。今日は……さ。無駄に左へ曲がって帰ってみないか」

「え? なんで意味なく遠回りするんだよ?」

「普段と違う道に進むことによって、ひょっとしたら素敵な出会いがあるかもしれないだろ?」

 

 今この時だって右に曲がって帰る道を選ぶとすれば、左に曲がる未来は潰えてしまう。

 

 右へ進めば犬に噛まれるかもしれないが、左へ進めば通り魔に刺されるかもしれない。真っ直ぐ進めば運命的な出会いだってあるかもしれないし、勿論そんなことはないのかもしれない。

 

「マジで!? 素敵な出会いがあるのか!?」

「無きにしも非ずってところかな…………」

「よし! そうと決まれば寄り道しようぜ! で、もし可愛い子がいたらどっちが声かける?」

「金髪巨乳の美女だったら任せてくれ。ドストライクだ。それ以外の場合は真中。宜しく頼むな」

 

 選ばなかった道に進む未来はわからない。人生の岐路は大なり小なり数多く存在するものだ。

 

 もう原作の始まりが迫りつつある。そろそろ行動の指針となるべき計画を立てる必要があった。オレはどう動くのか。どのヒロインに肩入れをするのか。あるいは肩入れはしないのか。

 

 素敵な出会いに遭遇する兆しの見えない坂道を歩きながら、いつまでもそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

「真中くん。この元素記号は────で。覚える周期表は────を──────して」

「語呂合わせ……。語呂合わせだな…………」

 

 放課後の教室で東城に勉強を教えてもらう真中。オレは二人の向かいの机に座っていた。

 

 東城は先日に呼び止めてからというもの、ちょくちょく真中に勉強を教えている。惚れた腫れたというよりも、同じクラスメイトとして志望校へ合格する手助けをしてくれているようだ。

 

 これもバタフライ効果というやつなのかもしれない。オレがほんの些細な思いつきから忘れ物を取りに来た東城を呼び止めたことで、真中と東城は原作の開始前からこうして一緒に勉強をしている。これが後々重要な影響を与えるのかもしれないし、別にそんなことはないのかもしれない。

 

「Hは水素。Heはヘリウム。Liはリチウム。Beはベリリウム。水兵リーベは僕の船…………か」

 

 もしオレが東城に肩入れをするつもりであれば、今この状況は願ってもないことだろう。

 

 だが別のヒロインを応援するのであれば、決してプラスに働くようなことはないはずだ。真中の付き添いで教室に残ったはいいものの、特にすることもないので真面目に考えてみようと思う。

 

 オレが誰かに肩入れするなら、という仮定で考えてみる。東西南北のメイン四人の場合。

 

 原作的に最終勝者は西野こと西軍なので、オレが静観を貫けば西軍が順当に勝つ見込みが高い。従って西軍に肩入れがしたいのならば、何もしないことが一番のアシストとなるはずだ。

 

 次に東城こと東軍。主人公である真中と相思相愛の大本命でありながら敗れてしまった東軍。平成ラブコメ界の桶狭間と呼ぶべき衝撃であったが、それ故に勝ちの目を見出すことは容易い。

 

 早い話、真中がいちごパンツの美少女を間違えなければ、そもそも東西で争うことすらない。西軍の出番がないまま真中は東軍と懇意になり、北軍と南軍の襲来に備える形となるだろう。多分この流れだと他軍は付け入る隙を見つけられないまま、横綱相撲で東軍が押し切りそうだ。

 

 次に北大路こと北軍。原作を東西の二大ヒロインとみるか。東西北の三大ヒロインとみるかで印象は変わるが、正直なところ北軍は東西の二軍に比べると扱いが劣っているような気がする。

 

 高校編からヒロインレースに参戦して来る点や、ヒロインの中でもお色気枠というポジションであることも苦しい。漫画に深い見識があるわけでもないが、この手のキャラは勝ち辛い印象だ。それでも肩入れをするのは難しくもない。根本的な部分を封じれば北軍の勝利も大いにある。

 

 それは初っ端も初っ端の場面。真中が屋上でいちごパンツの美少女と出くわす原作1話の1ページのカラ―の場面。そこを無かったことにすればいい。事前に屋上の鍵でも閉めてやれば、最重要イベントをカットすることができる。裏技に近い方法だが、これはこれで面白い気もする。

 

 そうなると真中は東西と碌に交友関係も結べぬまま中学校を卒業。その後は進路もバラバラとなるだろう。必然的に真中と同じ泉坂高校に通うことになる北軍が最優位に立つはずだ。

 

 最後は南戸こと南軍。これはキツイ。前述したヒロインを上から順に横綱、横綱、大関とすれば南軍は小結ぐらいの力関係だろう。ロリ枠の妹キャラで可愛いが、ギリ三役といったところか。

 

 東西北の三人が転べば最有力なのかな。仮に三人が転んでも南軍だとサブヒロイン達とがっぷり四つの猛攻が繰り広げられそうだ。それはそれで面白く、肩入れする甲斐があるかもしれないが、どうだろう。南軍はヒロインというよりも、早い段階で妹ポジションに収まっていた気もする。

 

「誰か一人を贔屓してもいいが、みんな魅力的だから難しいな。それにだいたいの話…………」

 

 長々と考察してみたが、主要イベントをカットしたら絶対にフラグが折れるとも限らない。

 

 屋上で東城と出会わなかったとしても違う場所で出会うかもしれない。東西のフラグを圧し折った場合、勉強が疎かになった真中は受験に失敗して泉坂高校へ進学ができないかもしれない。

 

 主人公の真中が受験に失敗すればもうめちゃくちゃだ。オレが泉坂高校を目指す意味がなくなってしまう。謎の補正が入って受かるのかもしれないが、あまり楽観視し過ぎるのもどうだろう。

 

 それに相思相愛の真中と東城が中学編でくっ付いたとしても中学生の恋愛事情だ。ちょっとしたことから仲違いをしてしまい別れる可能性だってある。未来を予知することは誰にもできない。

 

 サブキャラが居なかったり、オレという原作に登場していないキャラがいる以上、原作を正しく進めようだなんてことは、そもそも無理のある話なんじゃないかと考える。それでも強引に進めようとした結果、原作が悪く改変されれば目も当てられない。ならばいっそのこと────。

 

「…………うん。そうだな。難しく考えることもない。そういうわけで真中。オレは決めたぞ!」

「え、一体なんの話だよ?」

 

 あれこれ小難しく考えても仕方ない。そう考えたオレはようやく一つの結論に思い至った。

 

 これまでは事ある毎に原作のことばかり考えていたが、そろそろ止めようと思う。原作に沿って進めなければならない義務があろうが、オレに担うべき役目があろうが知ったことじゃない。

 

「オレはオレが正しいと思う道を進むことに決めた。型に嵌って動いてもつまらんしな!」

「お、おう? 急になんの話??」

「まあ、そのせいで真中が不利益を被るハメになるかもしれんが、その時は一つ許してくれよ」

 

 長く思い悩んでいたことから解放されれば、いくらか気持ちが軽くなったような気がする。

 

 未来は誰にも予知できないもの。だからこそ面白いんじゃないかと考える。せっかくこの世界へやってきたのに、人の顔色ばかりを窺ってチマチマと動くようじゃ面白味がないじゃないかと。

 

「東城も頑張れよ!」

「う、うん。私も? 頑張るね?」

「おう、頑張れ。奥ゆかしく清廉で慎ましいのは美徳でも、攻める時は攻めないとな!」

 

 オレの言葉に疑問符を浮かべる東城。わけがわからんだろうが、今はこれでいいだろう。

 

「マジでなんの話だよ内海!」

「そのうちわかるはずだから聞くな!」

「あーもうワケわかんねえ。お前が急に変なこと言うから暗記してた元素記号が抜けたぞ!」

 

 答えを得れずがっくりと肩を落とす真中を見ながらオレは豪快に笑ってみせる。

 

 オレはこの世界を漫画の世界として上から見下ろすのではなく、同じ目線の高さで過ごしてみようと決意する。要するにいちご100%という原作のIFの物語を進んでみることにした。

 

 

 

 

 

 やがて短い秋が終わると冬が到来する。

 

 既に方針を固めていたオレは物語の始まりを今か今かと待ち侘びた。そして────。

 

「いちごパンツの美少女?」

「そうなんだよ。昨日さ、夕焼けを見に屋上へ行ったら空から降ってきたんだ!」

 

 朝の通学路を歩く最中、真中が物語の始まりを告げる言葉を楽しげに口にする。

 

 内心ニヤニヤしながらその言葉を聞いた。これからどうなるのかと想像するのが楽しかった。小宮山と大草がいない場合、真中はどうするのかな。オレは自ら話すことなく聞きに回る。

 

「スゲー綺麗だったな。夕日に照らされてスカートがこう、フッとめくれてさー!!」

「お、おう。そうだな」

「マジで感動的だった……。そんでノートを拾ったんだよな。東城の名前が書かれたノート」

「そうか。ならノートは返さないとな」

「そりゃー持ってても仕方ないし返すけどさ。どうして東城のノートがあったんだろう?」

 

 さあ、と短く答える。その秘密はオレが話すより自分で解いた方が面白いだろうと。

 

 そして学校へ着くと、真中と一緒に東城を探す。必死に探すまでもなく廊下で東城を見つければ真中が声をかける。オレは少し後ろに下がっては、二人のやり取りを一等席から見守った。

 

「え? 私の数学のノート拾ってくれたの?」

「うん。なんか知らんが拾ってさ。東城にはいつも世話になってるし早く返そうと思って」

「昨日からずっと探してたの。ありがとう真中くん。ああ、でも見つかってホント良かった」

「いいってことよ。ノートノートっと…………」

 

 自分のカバンを漁る真中。ほどなく探す手がピタッと止まり『あ、忘れた』と口にした。

 

 ノートの中を見られたくない東城は真中の言葉に顔を青くするも『今日は数学ないし明日返すよ』と真中はシレっと答える。オレはニヤニヤしながらそのやり取りを眺めていた。

 

「なんだか楽しそうだね。どうしたの?」

「ん? ああ、西野か。いや、なんでもない」

 

 にやついていると背中をポンと押され、何事かと振り向くとそこには西野が立っていた。

 

 廊下の窓から差し込む朝の日差しに、西野の金糸が光り輝いていた。長いまつ毛に澄みきった大きな瞳。美人は三日で飽きるという言葉があるが、西野を見てるとそれは嘘だとすぐわかる。

 

「しかし今日も西野は可愛いな」

「────ッ! キ、キミは機嫌の良い時はホントに口が達者だよね!」

「そりゃ機嫌が良ければ舌も回るさ。これから先のことを考えると楽しくて楽しくて仕方がない」

 

 謎に照れてる西野をからかいながら、これから先のことにオレは思いを馳せる。

 

 これはIFの物語。物語がどのような結末を迎えるのかは今はまだわかりっこない。主になる物語を楽しみつつオレもまた、二度目の学生生活を心行くまで謳歌していこうと思う。

 

 




 いちご100%の続編が12年ぶりにジャンプGIGAにて連載されるとのこと。
 EAST SIDE STORYという話ですので文字通り東城の物語となるのでしょうか。まだ詳しい詳細はわかりませんが、吉報が届き嬉しい限りです!

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