いちご100% IF   作:ぶどう

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第四話

 

 いちご100%の世界。サブヒロインもいるが、メインは東西南北の字を姓にもつ4人。

 

 東城綾。西野つかさ。南戸唯。北大路さつき。綺麗にみんな東西南北の字が入っている。原作主人公の真中淳平は真ん中。おそらく東西南北の真ん中に位置するという意味だろう。

 

 高校編では真中と同じ部活の友人枠で外村という男がいたはずだ。そしてオレの名前は内海。東西南北に続き内、中、外と並びが揃っている。偶然かもしれないが、偶然じゃないかもしれない。

 

 真中とも始めから交友があることだ。これが偶然じゃないなら、オレにも何か担うべき役目があるんじゃないかと想像してみる。それが面倒な役目なら御免蒙るが、簡単な役目だったら果たしてもいいかと思う。せっかく原作を知っているんだ。ただ傍観者を貫くというのも面白くない。

 

 この物語の鍵となるのは原作一話での告白の場面だろう。真中が放課後の屋上で出会ったいちごパンツの美少女こと東城を、学校のアイドルである西野と勘違いして告白してしまうシーン。

 

 日が傾き、相手の顔がはっきり見えなかった真中は美少女+いちごパンツというポイントから相手を西野と判断し、玉砕覚悟で懸垂しながら告白したところ西野の笑いを見事に誘い、晴れて告白に成功したという流れである。

 

 まあ、これには真中の中学時代の友人枠こと小宮山と大草の言葉が一枚噛んでいたが、この世界にはなぜか二人が居ない。サブキャラなんて居ないなら居ないで別に構わないと思っていたが、よく考えると小宮山と大草の二人は真中が告白を決意する上で重要なキャラだったかもしれない。

 

 なら居ない二人の代わりにオレが真中の背を押すべきなんだろうか。原作を正しく進める上では必要なことだろうが、勘違いしていることを知っていて唆すっていうのもおかしな話だが。

 

「あなたは犬を飼っていますか……か。Do you have some dogs? でいいんだよな。内海?」

 

 中3の秋ともなればテストが近くなくても高校受験に向けて日々勉強するものである。

 

「someじゃなくてanyだろ。うろ覚えだけど肯定形はsomeで疑問や否定形はanyのような」

「え、マジで? そうだったっけ?」

「確かそんなんだったはず。間違ってるかもしれないし、辞書引いて調べといた方がいいぞ」

 

 この日の放課後は教室に残って英語の勉強をしていた。真中の提案で急遽始めた勉強会。

 

 小テストの点数が悪かったとかで危機感を覚えた真中。点数は教えてくれなかったが、顔が引き攣っていたので相当酷かったようだ。そういや真中は高校もギリギリ補欠合格だったっけな。

 

 オレは勉学に励む真中を横目に見ながら本を読んでいた。理数系の教科はけっこう忘れていたが、それでも一から覚えるよりも覚え直す方がずっと楽である。中3程度の内容であれば授業をきちんと聞いていれば問題ない。小テストだって無難に解けていたし、おそらくは大丈夫だろう。

 

 そんなことを考えながら本を読み進めたり、グラウンドで下級生達が部活動に精を出しているのを眺めたりした。緩やかに時間が流れているのを感じながら過ごす放課後は趣がある。

 

「そういえば内海。あの噂ってマジなのか?」

「噂?」

「お前があのスゲー可愛い女…………そうだ西野と付き合ってるって噂。マジのマジなのか?」

 

 真中がノートに向かう手を止めると突然、突拍子もないことを言い出した。

 

「なんだそりゃ。デマに決まってんだろ」

「今日だってお前、西野と喋ってたじゃん。それに一緒に帰る姿を見たって目撃談も…………」

「確かに喋ってたし一緒にも帰ったけど、それで付き合ってるってなんだよ。お前は中学生か」

「中学生だよ! マジかー。お前に先を越されるなんて。ってか西野を落とすなんてスゲーな!」

 

 そういやオレ達はまだ中学生だったな。しかし真中の口からそんな言葉が飛び出すとは。

 

 喋ったり一緒に帰ったりするだけで噂が立つものなのか。ここ最近は妙に視線を集めてるような気はしていたが、西野と話しているからだと思っていた。まさかそんな噂が流れているとは。

 

 どうしたものだろうと考える。噂なんて放っておけばそのうち沈静化するとは思う。大方、噂好きの連中が適当に流したものに過ぎないだろうと。高校受験も徐々に近づきつつある今、一般生徒はそんなデマに踊らされる暇はないはずだ。しかし真中はどう思っているんだろうか────。

 

「真中。お前はそれ聞いてどう思った?」

「そりゃー羨ましいし妬ましいと思った!」

「お、おう。そんなそこらのモブキャラみたいな意見じゃなくて、もっとこうあるだろ?」

「別にねーけど? 西野はスゲー可愛いしオレも玉砕覚悟でって思わなくもないけどさ…………」

 

 ダチが良い感じの女子にアタックするのもな、と真中はあっさりと言ってのけた。

 

「え? あれ? それは違うだろ真中?」

「違うってなんだよ。あーオレも彼女欲しいな。そうすりゃ勉強だってもっとやる気出るのに」

 

 どうも話がおかしな方向に進んでいる気がする。どうして真中はそんな軽い感じなんだ。

 

 思わぬ真中の言葉に疑問符を浮かべていると教室のドアが開く。音に反応してオレと真中がドアの方へと振り向くと、そこには黒縁メガネに額を出したおさげ髪の東城の姿があった。

 

 

 

 

 

「あ、内海くんに真中くん。勉強の邪魔してごめんなさい。私その……忘れ物をしちゃって」

 

 教室へ入ってきた東城はオレ達と目が合うと気まずそうに視線を外してそう言った。

 

 忘れ物。まあそんなこともあるだろう。もう放課後の時間になって1時間近く経っているから、おそらく家に帰ってから忘れ物に気づいたんだと思う。取りに戻ってくるなんて偉いな。

 

「クラスメイト……だよな内海?」

「東城だよ。いつも物静かに本読んでる女子」

 

 いちごパンツの美少女こと東城綾は中学時代、あまり見栄えする容姿をしていなかった。

 

 主人公の真中も最初は名前さえ覚えていない影の薄さ。学校のアイドルで知名度抜群の西野と対比するための姿なんだろうが、文学少女というか昭和の女学生という言葉がしっくりくる。

 

 この東城がメガネを外し、髪を解いたら途端に絶世の美少女に早変わりするのだから面白い。奥ゆかしい性格でありながら巨乳であるという点もポイントが高い。DからEカップってとこか。

 

 オレは何度か東城と話してみようと試みるも、結局初日に気軽に声をかけた一回っきりに止まっていた。西野みたいに活発なタイプなら関係ないが、東城のような内気なタイプは急に話しかけるのが難しい。異性間ということもあり、用件がないのに話しかけていいものかと躊躇っていた。

 

「邪魔してごめんね。それじゃ私は…………」

「まあ、待ってくれよ東城。オレ達こうして勉強してたんだけど、馬鹿だから進まなくてさ」

 

 それがこうして偶然ながらも向こうからやってきてくれたのだから、逃す手はない。

 

「ほとんど話したことないのに不躾だとは思うけど、よかったら少し見てやってくれないか?」

「お、おい内海。いきなりどうしたんだよ」

「いや、東城は秀才って小耳に挟んでさ。真中は志望校に偏差値足りてないし、御教授願おう」

 

 本当に急な提案だが、こうでもしないと東城と絡める気がしなかった。

 

 無理に頼みはしないが、オレの言葉を聞いた東城は戸惑っているご様子。嫌がっているというよりも教えられるか悩んでいるようだ。手応えが悪くないのであれば後もう一押しか────。

 

「このままだと真中は高校浪人濃厚なんだ。オレは不憫で不憫で、でも教えるのが苦手だから」

「え? オレってそんなにヤバいの?」

「東城にはなんの得もない話だが、これも人助けだと思って協力してくれないだろうか…………」 

「オレからも頼む東城! オレ達だけじゃ喋ってばっかでぜんぜん進まねえんだよ! 頼む!」

 

 真中が顔の前で手を合わせて拝む。

 

 喋ってばっかりなのは真中が話しかけてくることが原因だけど、危機感はあるようだった。

 

「え、ええっと…………私で教えられるかはわからないけど、そこまで聞いたら断れないかな?」

「マジか! サンキュー東城!」

 

 東城が戸惑いながらも承諾してくれると真中がすぐに喜びの声を上げた。

 

 オレはすぐに真中の前の席の椅子を引いては東城に座ってもらうように促す。『ありがとう』と東城は一言お礼を述べてから丁寧に椅子に腰かけると、真中の開いているノートを見る。

 

「今やっているのは英語かな?」

「おお、賢いとそんなこともわかるんだな!」

「うふふっ。ノートを見たらわかるよ。ええっと、ここは関係代名詞を使って、例文が…………」

 

 東城は一つ一つ丁寧に教え始めた。

 

 東城の教え方は教師に向いているんじゃないかと思うほどに巧く、何度も感心させられた。

 

 真中は時折、頭を抱えながらも真面目に勉学に取り組む。オレは東城が息を吸うたびに揺れる大きな乳を眺めながら、東城って案外、内気じゃないのかもしれないなんて思ったりする。

 

 内気だったら男臭い二人に頼まれたからって承諾したりしないだろう。いや、人の頼みを断れないタイプならそうでもないのかな。言いだしっぺではあるが、意外とあっさり東城が承諾してくれたことにオレは地味に驚いていた。

 

 本当は明るい性格で、真中が告白相手を間違えるなんて大ポカをかましたもんだから内気な性格になったとか。色々な想像が頭に浮かぶが真相はわからない。女心とは謎めいているものだ。

 

 本を読みながらそんなことを考えていると何度か東城と目が合う。目が合った東城は『あれ?』と首を捻るような仕草を見せる。どうしたのだろうと同じく首を捻るも、少し考えたらすぐにわかった。オレが勉強しないで本を読んでいるからである。あ、と思ったが今更もう遅いか。

 

 なんの意味もないが目が合うと意味深長に深く二度頷いておいた。オレの謎の行動に東城の混乱は増したようだが仕方ない。真中だってオレに教わるよりも東城に教わりたいことだろうと。

 

 

 

 

 

「ところでさ。東城はどこの高校受けんの?」

 

 勉強も一段落ついたのだろうか。手を止めて背伸びをした真中が東城に声をかけた。

 

「私の第一志望は桜海学園かな」

「桜海学園って確かスゲー頭良い女子校だったような。やっぱ東城って賢いんだな!」

「あ、あくまで第一志望なだけで受かるかわからないよ。真中くんと内海くんはどこなの?」

 

 桜海学園って原作で西野が入った女子校か。

 

 東城は真中と同じ泉坂高校へ入ったけど、原作前の第一志望は桜海学園だったんだな。こんな話を聞いていると、何気なく東城は好きな真中に着いて行ったことがわかったりして面白い。

 

「オレと内海は泉坂だぜ。なあ内海?」

「そうだな。その進路が断トツで魅力的だ」

「へ、へえ。真中くんって泉坂高校を志望してるんだ。───────うん。頑張ってね!」

 

 オレと真中の言葉を聞いた東城は少しの沈黙の後、今日一番に声を張っては声援を送る。

 

 その間の意味がオレにはわかった。まだ原作前だから恋愛的な思惑なんてなく、ただ単純に純粋に真中の学力が泉坂高校を受けるに足りていないからだろう。英語一教科だけでもお察しだ。

 

「東城も真中には、はっきり言ってやらないとダメだぞ。志望校のランクを2段階は下げろって」

「なんだと内海この野郎!」

「わ、私もそこまでは言わないよ。でも英語しか見てないけど、今のままだと少し厳しいかな?」

 

 ストレートに言うオレとは違い、東城の言葉は緩やかで婉曲的な表現であった。

 

 ぶっちゃけ真中の学力は泉坂高校を受けるには少し程度の厳しさじゃない。ここから主人公らしく炎の追い上げをみせ滑り込みで補欠合格を果たすのだが、今は厳しく言うぐらいでいい。

 

 お前は受かるぞ、と真中に言ってやってもいいが万が一、億に一つでも真中がオレのいい加減な言葉に慢心して試験に落ちでもしたら目も当てられない。オレがこの世界にいないサブキャラの小宮山枠で入学すれば、余分な枠が埋まることもないはずだ。黙っていれば問題ないと思う。

 

「そこまで言うなら二人は今日の英語の小テストならぬ中テストの結果はどうだったんだよ!」

「普通だった」

「私も普段通りだったかな?」

 

 普通にしていれば問題はないはずだ。ぜんぜん問題ない。問題ないはずなんだが────。

 

「じゃあテストの点数言おうぜ。オレ40点!」

「…………マジかよ真中。よく競おうと思ったな」

「し、試験は英語だけじゃないよ真中くん!」

「下手な慰めはやめてくれ! 二人はどうなんだよ。言っとくけど中途半端な点数じゃ…………」

 

 なんか真中を見ていると心配になってしまう。

 

 本当に大丈夫なんだよな。真中の得意科目なんて知らないが、英語が苦手科目の人は多い。仮に英語が40点台でも、他の教科が80点オーバーなら泉坂の合格ラインには乗ってるだろうか。

 

「オレは90点だったけど」

「私は96点。さっきは普段通りなんて言っちゃったけどホントは山が当たっただけで…………」

「マジで!? オレ本気でヤバいじゃん。ってか二人共どうなってんだよ。おかしいだろ!?」

 

 オレと東城が何点でも40点がヤバいことに変わりはないが、痛感してそうなので黙っておく。

 

 肩を落とす真中を見ていると、ひょっとするとオレの担うべき役目とは真中に勉強を教えることなんじゃないかという気がしてくる。まさかとは思うが可能性として無くも無いのか。

 

 人に教えたりするのは柄じゃない。そりゃいよいよとなれば教えるのも吝かではないが、柄じゃない上に向いていないと思う。適任者がいるのであれば適任者に任せる方がいいだろう。

 

「適任者。適任者か…………」

 

 真中を励ます東城を眺めながら小さく呟く。

 

 


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