いちご100% IF 作:ぶどう
真中が西野に間違って告白しなかったら、というIFの展開を想像したことは何度かあった。
朝っぱらから華麗なランナウェイを決め込み、屋上で夢について語り合った真中と東城。東城は自分の才能を褒めてくれ、そして夢を追いかける真中の直向きさに好意を寄せた。
それでも永く想いを打ち明けられなかったのは、真中がいちごパンツの美少女を西野と勘違いして東城に「告白するならどんな方法がいいと思う?」と聞いてしまったせいだろう。
好意を寄せた相手が他の人に告白する。ましてや告白が成功してしまうとあっては自分の気持ちを打ち明けるのは難しい。そうして真中を巡る三角関係が出来上がるというのが原作の展開。
真中も真中で告白相手を間違えたとすぐに気付くも告白が成功したこと。その相手の西野が可愛いから結果オーライと受け入れた節がある。大筋だけ話すと真中がいい加減で悪い男のようだけど、学校のアイドルと付き合うことが叶ってしまえば、結果オーライと捉えるのも仕方ない。
まあ、これは原作での展開。真中がいちごパンツの美少女を西野と勘違いしていないIFの展開となったこの世界では、屋上でのやり取りも原作とはまた違ったものになったはずだ。
野次馬根性で屋上まで覗きに行こうかとも考えもしたけど、流石にちょっと自重した。良い雰囲気の場面で見つかるなんて大ポカは避けたいし。そんなわけで目で見に行かない代わりにオレは耳で聞くことにした。その日の長い昼の休み時間になると、昼飯も早々に真中へ声をかける。
「で、どうだったんだ?」
「ど、どうって別に大したことねーけど?」
「そんな冷たいことを言うのか。朝、お前に置いてかれてオレは遅刻しそうになったのに……」
屋上へ覗きに行かないことを事前に決めていたオレは、あえて今日はギリギリに登校した。
「体調でも崩したのかって心配したのに…………」
「え? いや、まあ……それは悪かった。ってか内海。お前ってそんな優しかったっけ?」
「ああ、すぐそんな冷たいことを言う。別にいいさ。オレなんてどうせパッとしない脇役だし」
今日は真中が呼びに来ないだろうと知ってはいたが、いつも通りの時間に家を出なかった。
だから厳密には真中と東城のランナウェイシーンは見ていないが、それはクラスメイトに聞いた。屋上から駆け足で教室に戻ってくる二人とオレの登校時間は、ほぼ同時刻だったかな。
真中を待っていて遅刻しそうになったアピールをすることで、屋上でのやり取りを聞き出そうとする。なんともセコい話だが、せっかくのイベントを秘密にされたらつまらない。流石にノートの内容とか夢のことなんかは話してくれないだろうけど、ちょっとしたことでも聞けたらいい。
そんなオレの目論見が功を奏したか。それとも端から話してくれる気があったのか。真中は意外とあっさり話してくれた。待ってましたとばかりにオレは、すぐに傾聴の構えをとる。
「まあ、内海になら話してもいいけど、これはオレだけの話じゃないから詳しくは……」
「勿論、話せる箇所だけでいい」
「んじゃマズいとこは端折って話すな。とある事情から東城と話したくなったオレは────」
真中の話は端折り過ぎていて、原作を知らないと到底理解できる内容ではなかった。
でも原作を知っていれば脳内補完ができるので全容を理解するのは容易かった。大筋は原作通りの話。ひょっとしたら東城が正体を明かすんじゃ、なんて思いもしていたがなかったらしい。
それは東城が内気であるということもあるが、真中が少々やらかしてしまった嫌いがある。本人の目の前で美人美人と大絶賛されたら「実は私が……」とは中々言い出せないだろう。
「うーん。三歩進んで二歩下がるか。真中らしいっちゃ真中らしいのかな」
「よくわかんねーけど前進してんじゃん!」
「ああ、そうだな。大きな一歩だと思う。以後は転ばないように気をつけりゃ問題なさそうだ」
ともあれ真中は明確に東城ルートを進みそうだ。障害となりそうなことも見当たらない。
鍵となるのは東城がいつ正体を真中に打ち明けるか。中学編で打ち明けたら二人は結ばれるだろう。高校編まで黙ったままだとしたら、今は他校の中学に通うヒロイン勢の参戦もあるかも。
こればっかりは当人達の問題なので知らない。オレは恣意的に動かず、自然な成り行きを見届けると決めたのだから、ごちゃごちゃと口出しはしないつもりだ。まあ、成るように成るだろう。
「浮かれるのもいいけど真中。まずは勉強を頑張れよ。受験に失敗したら流石に笑えないぞ」
「おう! 今日も放課後に勉強会しようぜ!!」
真中が西野に間違って告白しなかったら、というIFの展開を想像したことは何度かあった。
元の世界で漫画として原作を読んでいた時も想像したし、この世界へやって来てから想像したこともあった。いちご100%という物語が始まる最初期の大きな分岐点となるIF。
その想像を膨らませると大抵いつも東城が勝つだろうという結論に至った。順当に進めば最初から真中と相思相愛である東城が盤石だ。後々に波乱があれば他のヒロインにも可能性がでる。
四大ヒロインの北大路に南戸。それと外村妹あたりは意外と大穴かもしれない。オレの予想が良い線いっているのかは、物語が進んでいけば自ずとわかるはずだ。真中を巡る関係が縺れるのであれば、それは高校編になってからだろう。
つまりオレは真中が西野に間違って告白しなかったら、西野の出番はやってこないと考えていた。このまま西野は真中と付き合うことなく中学を卒業しては、名門女子校の桜海学園に進学する。主要キャラ達と進む学校が違い、真中との関係性も薄いのであれば出番は限りなく無い。
「…………ま、こればっかりは仕方ないよな」
そのことを残念に思う気持ちは強いが、仕方がないこととして割り切る他にないだろう。
何もかもを思い通りにコントロールすることなんて不可能だ。人と人の出会いの数だけ別れは必ずやって来る。違いがあるとすれば、出会いから別れまでの年月に個人差があるということ。
なにも西野に限った話じゃない。多くのクラスメイトは卒業すれば疎遠になってしまうはずだ。それでも感傷的にならないのは、別れを補うほどの新しい出会いが広がっているからだろう。
若さとは決して立ち止まらず、後ろを振り返らないもの。誰の言葉かは忘れたが、なんとも煌びやかで眩い言葉だ。そして思ってしまう。オレはこの見た目ほど若くはないだろうと。
それから一週間が経った。変わったことは勉強会の頻度が劇的に増えたこと。
毎日のように放課後、教室に残ってはオレと真中と東城の三人で机を合わせて二時間ばかり行っている。真中が東城に問題の解き方や文章の効率的な読み取り方などを教えてもらっている。
真中は東城から受けた教えをきちんと理解し、自宅に帰ってからも一人で勉強しては新しく引っ掛かった問題などを、また翌日の放課後に教えてもらうルーティーンが出来上がりつつある。
至って健全な勉強会だ。まあ、それは普通に良い事なんだが、一つ気になることがある。どうしてオレはこの場にいるんだろう。ぶっちゃけた話、オレがこの場にいる必要はぜんぜんない。
と言うのも真中に教えているのは東城で、オレはボケーッと本を読みながら二人の会話を耳で聞く作業しかしていない。それは二人掛かりで真中に教えるよりも、東城一人で教えた方が能率的じゃないかと見ていて感じたからだ。
単純な頭の良し悪しではオレが一番良い。東城は才媛だが中学3年生の段階ではまだ負けない。だが人に教える能力では東城の方が遥かに優れている。優れている上に東城は多分、真中に教えることを想定して自宅でも勉強に励んでいるはずだ。そんな健気さが二人の会話から感じ取れた。
オレは地蔵のように席に座っては本を読む。今は麻雀の何切る問題集を読み耽る有様だ。牌効率等の確率理論は嫌いじゃないが好きでもない。麻雀は結局ツモる気合いが大事だと思う。
そんなこんなでオレは居合わせるに相応しくないが、だからといって帰るわけにもいかなかった。適当な用事を作っては二人に気を利かせようともしたが、その度に東城が「帰らないでほしい」と目で訴えかけてくる。真中の気持ちを知っているから二人っきりは恥ずかしいのかな。
「お、メールか……」
二人っきりの方が小説の話とか出来ると思うのだけど、女心ってのは難しいものだ。
あるいは二人っきりで下校するのが恥ずかしいのかな。その辺の機微はわからないが、どうせ帰っても暇だし居ても構わない。目の前で盛大にイチャイチャを始められたら考えるけど。
「お、またメールか。返信早……」
教え上手な東城の手解きを受け、真中の学力は徐々にではあるが伸びてきている。
そして学力の伸びと同じように真中と東城の仲も徐々に近づいているように感じる。どこかでこっそり逢い引きでもしてるのかな。オレも四六時中、真中と一緒にいるわけでもないし。
「内海。携帯が先生にバレたら没収されるぞ」
「ああ、気をつける。麻雀本に隠して巧みに操作すれば影になって大丈夫なはずだ」
「う、内海くん。麻雀本もバレたら没収されるんじゃない? 余計に危ない気がするけど……」
下を向いてカチカチと携帯をイジるオレに真中と東城から忠告が入る。
この時代の携帯は非常に操作し辛い。それもそのはず2017年には半ば化石認定されているガラケーが主流の時代だ。中々慣れない。無意識に操作しようとすると画面を触ってしまう。
まあ、ちょっとレトロで面白いっちゃ面白い。携帯の本体にアンテナが付いているのを見た時は懐かしくて噴き出しそうにもなった。昔の携帯は通話中の声が聴き取り辛いなんてことがよくあって、その度にアンテナを立てては電波の良い方角を探したりしたものだ。
「で、内海。さっきから誰とメールしてんの?」
「西野」
「あーあー。絶対そうだと思ったよ。いいなぁ。携帯持ってれば場所なんて関係ないもんなぁ」
携帯をまだ持っていない真中から、毎度毎度のことながら妬みの言葉が入る。
オレはそれを華麗にスル―しながらガラケーと格闘。メールのやり取りも地味に懐かしい。スマホが普及すればラインが流行して、メールなんて迷惑メールや広告ぐらいしか来なくなるし。
「内海くんってマメなんだね。ちょっぴり意外」
「そうか?」
「うん。気を悪くしたら謝るけど、あんまり頻繁に携帯を触ってそうなタイプに見えなくて」
「西野がメール好きでな。放置したり返信するの忘れたら、翌日なんか理不尽に怒られてさ……」
東城に返事をしながら、オレは西野とアドレスの交換をした時のことを思い返す。
なんてことない放課後の帰り道にパパッと交換してからというもの、ずっとメールのやり取りをしている。話す内容なんてすぐに無くなりそうなものだけど、案外というか続くものだ。
夜遅くになると西野が寝落ちして、朝になると昨晩の返事と共に「おはよう」とくる。これもなんだか一種のルーティーンになりつつあるが、確かに学生時代のメールのやり取りなんてこんな感じだった気がするな。これも懐かしい。
「高速で返信するのには理由があってな」
「理由?」
「そう、理由。メール好きな西野にも勉強する時間というものが存在するらしくてさ」
「西野さんも受験生だもんね」
「あんま勉強してなさそうだけどな。それで勉強する時間には携帯をイジらない代わりに、していない時間は早く返信しろってさ。オレ基準の早くは、西野基準では亀のように遅いらしいんだ」
だからオレ基準の高速返信、と言うと東城が小さく笑った。
しかし西野とはいつまでメールのやり取りをするんだろう。お互い高校に進学すれば自然消滅してしまうのかな。それともメール程度なら今後も継続的に続いていくのだろうか。
少し考え込んでいると、東城がまだこっちを見ていることに気づく。話は一区切りついたが、もしかして続きが聞きたいのかな。場の空気が勉強からお喋りの流れに変わった気がする。
「でもアレかな。西野って案外、口煩くてさ」
「なになに? そういう話って凄く興味あるな」
「別に面白い話じゃないぞ。休みの日に昼まで寝るのはおかしいとか。カップ麺は一週間に一食にするべきとか。世話焼きなのかもしれんが、オレに餓死しろって言いたいのかと思うね」
やっぱり東城は続きが聞きたかったようで、オレの話に喜々として相槌を打ってくれた。
これといって人に話すような内容でもなかったが、二人の屋上での話を聞いていたこともあったので、あれこれ思い出しながら色々と話した。メールの話が尽きれば学校生活のことも話した。
最近だと寝惚けていた時にネクタイを締めてもらい、それが意外と上手くて後で驚いたこと。星座も教えてないのにオレの星の巡りが悪いとか言われ、良くするためには金髪の女に優しくするべきというエセ占いをされたこと。
その他諸々の他愛のない話をしていると、東城はなぜか瞳を輝かせて聞いてくれた。それとは対照的に真中は勉強道具が並ぶ机に頬杖をついたまま、いくらか呆れるような口調でこう言った。
「でも東城さー。これで内海と西野は付き合ってないらしいんだぜ。怪しいと思わねえ?」
「えっ? ええっ??」
「まーたその話か。真中もほんと好きだよな。そんなに疑うなら西野に直接聞けばいいじゃん」
もう何度目かもわからない話題だ。東城が驚いているのも無理はないだろう。
「なんか話をする時の距離感とか近すぎるし」
「それはオレもちょっと思ったけど、男に慣れてる女子ってそんなもんよ」
「それに携帯の番号教えてもらった時に『家族以外には教えてない』って言われたんだろ?」
「確かに言われたけど、誰彼構わず教えると色々面倒なことになるんだろ。西野は人気あるし」
これも何度目かもわからない舌戦だ。
オレは恋愛事に関して決して鋭い方ではないが、だからといって極端に鈍い方でもない。
確かに一見すると真中の言う通り、オレと西野は良い関係のように見えるかもしれない。そしてオレも相手が西野じゃなかったら、そんな風に考えていたかもしれないと思う。
だが相手は西野だ。原作でも初期の西野はその美貌と飾らない天真爛漫な振る舞いから、多くの男共を虜にしてきた。人を強く惹きつける魅力に満ちていることは傍にいると良くわかる。
それでも西野のちょっとした振る舞いに心を奪われ「気があるんじゃないか」なんて考えるようじゃ話にならない。そんな風に思っている連中は、この学校にも巨万といることだろう。だから周囲には鈍いと思われるぐらいで相手をしておかないと、後々に恥をかくのは目に見えている。
「東城からも真中に言ってやってくれよ。恋愛脳もほどほどにしとかないとって…………ん?」
中立な立場である東城に助け船を求めようとするも、なんだか少し様子がおかしい。
驚いた様子だった東城はオレに話を振られると、困ったような顔で取って付けた感のある笑みを浮かべた。その東城の笑みはなぜか、真中に対して肯定の意思を表しているように感じた。
「…………んん? 東城さん?」
「ほら見ろよ内海。これで2対1だぜ。内海は鈍いんだよ。ぜんぜん女心をわかってねー」
お前もわかんねーだろ、と真中につっこみを入れたい。真中の目も大概節穴じゃないかと。
しかし東城まで真中の味方につくと流石に気になる。まあ、東城の笑みが「真中くん馬鹿だね」という意味である可能性もあるが、遺憾ながらオレも真中の言葉に同調しているように感じた。
「2対1だろうが100対1だろうが違うもんは違うぞ。多数決で決まることでもないし」
「付き合ってないにせよ脈はあるだろ」
「どこ情報だよ。そんな話は聞いたことないし。真中、オレを罠に嵌めようとしてないか?」
やれやれとばかりに真中が首を振った。
「東城もそう思うのか?」
「私は西野さんと面識ないからはっきり言い切れないけど、流石にちょっと…………ね?」
「そんな婉曲的に言われてもな…………」
真中じゃ話にならんとばかりに東城に尋ねるも、曖昧な返答しか返ってはこなかった。
普段のオレならここで考えることを諦めていた。今は長々とお喋りする時間でもないし、どうせ話は平行線で終わるだろうと。極論だが西野の気持ちは西野本人にしかわかりっこない話だ。
そんな風に思ってきっと考えることを諦めていたはずだ。だが今回は────。
「…………まあ、二人がそういうのなら、明日は普段より気を配って西野に接してみようかな?」
真中と東城の話に乗っかってみることにした。
「おお! そうしろそうしろ!」
「うん! きっとそれがいいよ!」
「お、おう。なんか二人共ノリノリだし、良かったらアドバイザーでもやってくれるか?」
高校でも関係が続く真中と東城とは違い、西野は中学を卒業したら縁が切れるかもしれない。
それを仕方がないこととして割り切ろうとする気持ちと同じぐらい、物悲しい気持ちもあった。きっとそんな気持ちの現れから、オレは二人の言葉を聞き入れて行動に移したんだと思う。
さて、明日はどうしようか。茜色の空に想いを馳せながら、オレは西野のことを考えた。