いちご100% IF   作:ぶどう

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第一話

 

 ふとした拍子に昔のことを思い返してみると、いつだって学生時代の記憶が蘇る。

 

 仲の良い友達がいて、入部した部活動に精を出していて、今になって思い返してみると毎日がとても充実し輝いていた。それでも当時の自分はそんな風には考えていなかったと思う。

 

 代わり映えしない日々。学校なんてさっさと卒業して、早く大人になりたいとぼやいていた。大人になって自分で金を稼いでは、誰にも文句を言わせること無く好き勝手に生きたいと。

 

 中学生の頃は早く高校生になりたい。高校生の頃は早く大学生になって酒でも飲みたい。大学生の頃はどうだろう。高校生の頃に戻りたいだなんて言っていたような気もするし、キャンパスライフを楽しんでいたような気もする。なんてことない、どこにでもいる典型的な学生の考えだろう。

 

 彼女だって何人かいた。付き合った理由も別れた理由も様々ではあったが、現在まで続いている人はいない。仲の良かった友人との付き合いも、学生時代と比べると格段に減っていった。

 

 社会人となって数年が経てば色んなことに慣れ始めていた。学生時代に思っていたように夜遅くまで遊び回ることもなければ、平日の夜に酒を飲むことも少ない。ただ惰性のままに毎日を過ごす。次に付き合う人が同年代であれば、そのまま結婚するかもしれないなどと考えたりもした。

 

 もう自分の人生のピークは過ぎ去ったものだと考えていた。悔いが残るような人生ではないが、満足できるような人生でもなかった。我ながらなんともつまらない年の重ね方をしたものだ。

 

 通勤のために利用する最寄り駅で学生の姿を見かける。駅を利用するのだから高校生なんだろうがとても幼く見える。人目も憚らず友人同士で騒いでいた。元気で活力があって輝いている。

 

「…………オレも昔はあんなだったのかな」

 

 そんな様子を感慨深く見ていると、なんだか急に自分が年老いた気分になって困る。

 

 

 

 

 

 その日の晩のことだった。

 

 今朝に学生時代を思い返していたこともあってのことか。本棚にあった漫画に目が止まる。タイトルは『いちご100%』丁度オレが中学生ぐらいの頃に流行った学園物のラブコメ漫画。

 

 セクシーな描写も多く、当時はドキドキしながら読んでいたことを思い出す。中学生の頃はコミックを買いたかったが表紙が美少女だったせいで恥ずかしくて買えなかった。大学生の頃に古本屋で目に止まり全巻衝動買いしたが、結局まともに読んだのは本を買ったその日だけだったか。

 

「懐かしいな。こんなシーンもあったなあ。しかし真中はモテるな。ほうほうほう…………」

 

 懐かしく童心に返った様な気持になっては、独り言を呟きながら楽しく読み進める。

 

 序盤はまだ楽しく読めていた。中盤になると甘酸っぱい青春ラブストーリーに、なんとも物悲しくなってきて本を投げ出そうとしたが、中途半端が嫌だったので気合いで読み進めていく。

 

 そして終盤。大どんでん返しからのハッピーエンド。主人公と相思相愛であった内気な本命ヒロインが告白の機を逃し続けた挙句、活発な対抗ヒロインに敗れてしまうというオチ。結末だけで判断するとハッピーエンドなのかと疑問符がつきそうだが、最後まで上手く纏まっていたと思う。

 

「ああ、もう一度学生生活をやり直してみたい。あの頃は目に映るもの全てが新鮮だった」

 

 叶わぬ夢だとわかっていながらも呟く。そして今読み終わった漫画のことに思いを馳せる。

 

 原作主人公の真中は第一話で内気なヒロインに告白するつもりであったが、間違えて活発な方のヒロインに告白してしまう。そんなこんなで三角関係になり、それが次第に三角関係ならぬ四角関係にまで発展していき、主人公を巡る恋の争いとやらが続いて行くのが物語の本筋だ。

 

 魅力的なヒロイン達。最初は優柔不断ではあるが徐々に成長していく主人公。週刊誌で追っかけていた頃は内気な方のヒロインを応援していたが、今読み返すと活発な方のヒロインも捨て難い。終盤で水を開けられたセクシー枠のヒロインだって展開次第じゃ勝ち得たはずである。

 

 それもこれも第一話。あの告白を間違えていなかったらどうなっていたかの話である。真っ直ぐ内気なヒロインと結ばれて終わるのか。それとも仲が拗れてしまい原作通りの展開となるのか。

 

「目の前で好きな男が違う女に告白するんだもんな。そりゃ踏み出せないのも無理ないか……」

 

 内気なヒロインは主人公と相思相愛という盤石さ故に色々とすれ違いイベントがあった。

 

 要するに不憫である。不憫且つ内気ヒロインの持つ大和撫子ばりの奥ゆかしさが災いする負のスパイラル。それでも最後はメインヒロインが勝つだろうと思っていたら敗れるのだから驚きだ。

 

 漫画を読むことなんて久しぶりだった。だが読んで見ると面白いものだ。ベッドに転がり瞳を閉じた後も脳裏には漫画の名場面が浮かぶ。空想に次ぐ妄想。『もし自分があの世界に居たらどんな行動を取るだろう』だ、なんてトンチンカンなことを眠りにつくまで考えたりもした。

 

 やがてオレは静かに眠りに落ち、そして夢を見た。夢というのは眠る直前に考えていたことが反映されることが多いらしい。だからかオレは漫画の世界の夢を見た。それは夢ということを忘れてしまうぐらい鮮明で現実感のある夢。

 

 その夢の中には漫画の主人公である真中がいてヒロインの東城や西野もいた。東城がまだ眼鏡姿であることや北大路が出ていないことから、原作初期の中学生編であると勝手に判断する。

 

 オレは夢の中で大いに楽しんだ。ハーレム系主人公の真中にヘッドロックを仕掛けたり、学校のマドンナ西野に気さくに声をかけたり、眼鏡東城の巨乳を近距離で視姦したりと夢を楽しんだ。

 

 せっかくの機会だからヒロイン二人の尻でも撫でてやろうかとも思ったが、妙に現実感のある夢であったので躊躇った。西野の尻でも触った時には、周囲の連中にタコ殴りにされるのは目に見える。夢でも痛いのはごめんだ。グッと自制心をもって我慢したのは、本当に僥倖だったと思う。

 

「しかし楽しかった。学校っていいもんだな真中。やっぱ青春って素晴らしいわ…………」

「なんだよ内海。そういやお前一日中テンション高かったよな。そんなキャラだったっけ?」

「ああ、内海ってオレのことなんだな。キャラについては知るか。そんなもん知るわけないし」

「お、おう。なんか調子狂うな?」

 

 夢が夢のまま終わっていれば、目が覚めて三日も経てばもう忘れていたことだろう。

 

 夢の中でも夜になれば眠りにつき、そして明くる日の朝を迎える。最初に違和感を覚えたのは天井の模様が違っていたこと。まさか、と飛び起きて部屋を見渡せば昨晩と同じ光景が広がる。

 

 白い壁には少しくたびれた制服と、その横にはサッカー選手のユニフォームが並んで掛けられていた。ユニフォームはセリエAの世界的に有名な選手のレプリカであったが、そんなことを今は注視している場合じゃない。スーツではなく制服が掛けられていることが問題だ。

 

「…………夢が続いているのか?」

 

 寝巻きのジャージ姿のまま一人呟く。寝起きであることを差し引いても頭は鈍く回っていない。

 

 何分そのままボケっと突っ立っていたことだろう。長く突っ立っていたオレは呼び鈴の音で意識を起こすと、インターホンに出ることもなくそのまま走って、勢い良くドアの戸を開いた。

 

「────うわ! ビックリさせんなよ!」

「やっぱり真中か。マジでどうなってんだ?」

「どういうことだよ? ってか今日はテンション低いんだな。オレも昨日お前が謎に仕掛けてきたヘッドロックのせいで朝から首が痛くてさ。悪いと思ってんならジュースでも奢ってくれよな」

 

 ドアを開けるとそこには昨日と同じく真中が立っていた。オレは全く状況が掴めなかった。

 

「内海お前ジャージじゃねえか。早く制服に着替えないと遅刻するぞ! マジで急げって!」

「お、おう。そう…………だな?」

 

 夢が二日目に突入することなんてあるのか。

 

 オレは訳も分からないまま制服に着替えると、朝飯も食わずにカバンを持って家を出た。頭が混乱していて空腹は感じなかったが、登校中の真中との会話も碌に頭に入ってこなかった。

 

 小走りで10分も経てば学校に着く。校門を潜った所で立ち止まり、ネクタイの紐を結び直して気持ちを整える。オレが立ち止まったことで真中がなんか叫んでいたが、遅刻しようが別にどうってことはない。目を閉じて心を落ちつかせ、この状況を冷静に分析してみる。────だが。

 

「…………わからん!」

「わからんじゃねえよ! 遅刻するぞ内海!」

「わかったわかった! ああ、もうどうなってんだ畜生。こっちは見積書の期限迫ってんだぞ!」

 

 こうして状況もわからぬまま、オレは二度目の学生生活を始めることとなってしまった。

 

 


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