第5話 調子に乗りやすいタイプ
あれから、一週間が経過した。
俺と言う人間は、どうやら調子に乗りやすい生き物だったようで、コミュ障が大和さんと話す時だけは克服されるようになったどころか、たまーにチョッカイ出すようにもなっていた。
え?他の艦娘の時?その時は……、
「失礼する」
「…………ぁっ」
「あ、長門さん。出撃の報告ですか?」
「ああ。作戦成功、中破以上の者はいない」
「だそうですが、如何なさいますか?提督」
「………小破した瑞鳳、川内は入渠、あとは休み(小声)」
「小破した方には入渠していただき、他の方は今日は休んで良いそうです」
「……わかった」
長門さんは部屋を出て行った。と、いう具合に大和さんに通訳してもらってます。
大和さんがジト目で俺を睨んだ。
「…………あの、いい加減自分で話したらどうですか?」
「無理ですよ。俺を誰だと思ってるんですか」
「威張らないで下さい」
情けない……と、言わんばかりに大和さんはため息をついた。
「大和さーん」
「何ですか?」
「ケシカススプラッシュ」
「ひゃっ⁉︎」
ケシカスをデコピンで飛ばし、大和さんの顔面をスナイプした。
「な、何するんですか⁉︎」
「ごめん、指が滑った」
「技名まで言って何を言ってるんですか‼︎」
「デコピンって指を滑らせて発射するものですよ。嘘は言っていません」
「た、たしかに……!って、デコピンって自分で言ってるじゃないですか!」
「今仕事してるから。静かにしてて」
「だ、だれの所為ですか誰の⁉︎」
声を荒立てる大和さんを無視して、パソコンに向かった。隣の大和さんも「まったく……」と、言いながらハンコを押した。
「…………」
「…………」
飽きたな。俺はキーボードの前に伏せた。そして、隣りで手伝ってくれてる大和さんの顔を見上げた。
凛とした表情で、仕事をしてる。前々から思ってたけど、この人って美人だよなぁ……。すらっと背も高くて、綺麗で、仕事もできて……まるで小鳥遊小鳥ちゃんだよなぁ。アレ?あいつ男じゃね?って事は、大和さんも男なのかな。
もしかしたら、そのおっぱいミサイルもマジでミサイルで、実際はあんな大きくないのかもしれない。
……………気になる。
「………あの、提督?」
「は、はいっ⁉︎」
「なんですか?さっきから人の顔ジロジロと……」
「いや、気になるなぁって思って……」
「ふえっ⁉︎い、いきなりなんですか⁉︎」
…………あっ、ヤバイ。今のはまるで俺が大和さんの事が気になってるみたいじゃないか。
「いや、大和さんの事が気になってるわけじゃなくて」
「…………ああ、そうですよね」
「……えっと、」
…………なんだ、なんて説明すればいいのかな。大和さんの何?大和さんの性別が気になるとか言ったらぶっ殺されるよな。
「いや、なんでもないです」
「な、何ですか⁉︎もしかして、顔に何かついてますか⁉︎」
「ああ、ここに何かついてる」
「う、嘘……⁉︎ちょっと鏡見て来ます!」
「鼻が付いてる」
「⁉︎ て、ていとく〜!」
肩をポコポコと叩いてくる大和。あの、君のそれすごく痛いからやめてくれない?肩折れるから。
「あーもうっ、仕事飽きた。俺、ちょっと休憩してくるから大和さんも休んで下さい」
立ち上がって、俺は自室に戻ろうとした。が、その俺の襟首を大和さんは掴んだ。
「先程、休憩したばかりですよ?」
「い、いいじゃないですか。どうせあとは出撃の報告書だけなんですし」
「ダメです。仕事は早く終わらせましょう」
ふむ、そんなに早く部屋に帰りたいのか?
まぁ、そりゃそうか。仕事なんてやりたい奴のが少ないだろうし。
「へいへい、分かりましたよー」
「まったく……」
しばらくパソコンを弄ってると、コンコンとノックの音がした。
「どうぞ」
俺は何も言ってないのに、代わりに大和さんが返事をしちゃう辺り、すごく慣れて来たなぁ。
入って来たのは、大淀さんだった。
「失礼します、提督」
「どうかしましたか?」
返事をしたのも大和さんだ。
「大本営から新しい演習方式のやり方が送られて来ました。明日からの一週間、その方式の成果をテストせよ、との事です。詳細はこちらに」
「……………」
「ありがとうございます、大淀さん」
「では、失礼しました」
執務室から大淀さんは出て行った。
すると、大和さんは俺を見た。
「あの、提督」
「何スか」
「悪化してません?こ、コミュ障、でしたっけ?」
「……………えっ?」
い、いやいやいや、それないでしょヤマタケさん。
「いや、だって俺、大和さんとだけは話せるようになりましたし……」
「わ、私だけ……んんっ!コホン、いや、でも他の人との会話は全部私に任せてるではないですか」
…………確かに。
「いつまでもこのままだと、私以外の人とコミュニケーションなんて取れませんよ?」
「………いや、それでも別によくね?」
「はっ?」
間抜けな声が大和さんから漏れた。
「だって、俺の職場はここだし、それも大和さんがいれば上手く回るし、大丈夫でしょ」
「そ、それはダメです!私が出撃してる時はどうするんですか⁉︎」
「じゃあ出撃させない」
「んなっ………⁉︎て、提督がどんどんダメになっていく……!」
「目の前で言っちゃうんだ」
大和さんってたまに毒舌だよなぁ。いや、思ったことが口から出ちゃうだけか。
「まぁ、出撃させないのは流石に冗談ですけど、大和さんが出撃してる間は指揮に全神経を集中させます。執務室に誰も入って来れなくなるくらいに」
「やっぱりダメじゃないですか……」
大和さんは呆れたように呟くと、立ち上がった。
「少し失礼します」
「どこ行くん?」
「ちょっと、廊下に」
大和さんはそう言うと、執務室のドアに手を掛けた。
後ろから俺は輪ゴムを飛ばし、大和さんの首の裏に当てた。
「痛っ⁉︎て、提督‼︎」
「………俺は何もやってませーん」
「ガキ‼︎」
怒りながらも、大和さんは部屋を出て行った。
++++
10分後くらい、大和さんは戻って来た。………武蔵さんを連れて。
「ッ⁉︎」
思わず腰を抜かし、椅子から落ちた。尻を床に強打した。
「グォアァッ……!け、ケツがァッ……!天衝……‼︎」
「何をやってるんだお前は……」
武蔵さんから呆れたような声が聞こえた。
「……で、提督よ。少し用があるのだが、良いか?」
俺はチラッと大和さんを見た。大和さんはにこにこ微笑んだまま何も答えない。
おい!お前だよお前!何笑ってんだクソババァ!ちったぁ、この状況察しろや‼︎………あ、やめて、睨まないで。怖いです。ていうかなんでこっちの思考読めるの?
「おい、提督よ。聞いてるのか?」
「は、はいっ!き、聞いてます……」
「少し時間取れるか?」
「……………」
え、えーっと……無理。仕事はすぐに終わるけど、まともな受け答えできる気がしないし。
断れ、と言う意味の視線を大和さんに送ると、大和さんは俺に微笑んでから、武蔵さんに言った。
「良いわよ、武蔵」
「ヤァァァマトすわぁぁぁぁぁんッッ⁉︎⁉︎」
「そうかそうか、では来てくれ」
武蔵さんは俺の手首を掴むと、力づくで引っ張り出した。
引き摺られてる俺が大和さんとすれ違った瞬間、大和さんは俺の肩に手を置いて言った。
「頑張って下さいね、提督」
「ッ⁉︎は、謀ったな!シャア⁉︎」
「大和です」
微笑みながら手を振って来た。あ、あの野郎……覚えてやがれ。
++++
間宮さんのお茶屋。そこに俺は武蔵さんと二人で座っていた。
「……………」
「何、付き合わせてるのは私だ。金は私が持つ(大和から金もらってるし)。好きなものをなんでも頼め」
「あ、いや、いいですよ全然!オレっ……ぼ、僕の分は僕が払いますのでッ……!」
「…………お前は何に怯えている?」
「べ、別に怯えてなんかないですよ⁉︎」
「いや明らかに怯えているだろうが………」
だ、ダメだ……!さっきから目も合わせられない……!ていうかこの女なんつー格好してんだよ。なんで今時サラシ?野武士かお前は!その癖、眼鏡とか近代的なものつけやがって!目がオッパイに吸い寄せられるんだよ!
「いいからここは私に払わせろ。何にする?」
「あ、え、えっと……お冷で」
「お前は頑なに奢らせないつもりか……。間宮!戦艦パフェ二つ頼む!」
「は、はぁ⁉︎戦艦パフェって……このデカイの⁉︎」
「む、そうだが?」
「無理無理無理!そんなに食べ切れません!」
「男だろう、食え」
「それは野球部とかバスケ部の合宿の飯時に使う言葉ですよ⁉︎」
「何を言ってるのかわからないが、いいから食え」
チッ、これだから気の強い女は……!このおっぱいサラシ褐色メガネが!属性盛り過ぎなんだよ!
「提督よ……なにを考えてるのか、顔に出てるぞ……」
「えっ、嘘っ⁉︎おっぱいサラシ褐色メガネって分かっちゃった⁉︎」
「ほう、そんことを考えていたのか」
「うわっ、やべっ………‼︎」
こ、こいつ……!脳筋に見えて意外と知的だ……‼︎
いや待て。誰も武蔵さんの事なんて言ってない!
「い、いや武蔵さんのことじゃありませんよ?」
「その外見が当てはまるのはこの鎮守府において私だけだ。何より、この場には私と提督しかいないだろう」
「ま、間宮さんもいますよ!」
「私がなんですか?」
ギクッと、俺の肩が震え上がった。後ろを恐る恐る見ると、間宮さんが戦艦パフェを二つトレーに乗せて立っていた。
「…………ぁっ」
「私が、おっぱいサラシ褐色眼鏡ですか?」
「…………いやっ、違っ」
つーか、武蔵さんテメェ何そっぽ向いてんだよ!高レベル過ぎて言うこと聞かないポケモンか!
間宮さんは微笑んだまま、俺と武蔵さんの机の上にパフェを置いた。そして、ポケットからストップウォッチを取り出した。
「30分以内に食べ切らないと、お代2倍です」
「えっ……?」
「すたーと!」
「ちょっ、冗談ですよね……⁉︎」
「……………」
ニコニコしたまま答えない間宮さん。
あ、あははっ………、
「畜生おおおおおおおお‼︎」
俺はヤケクソ気味にパフェをかっ込み始めた。
++++
この前掃除して、綺麗なった俺の自室。そこで、寝込んでいた。
隣で、武蔵さんが座りながら、お腹をさすってくれている。女の人にいい歳してお腹さすられるって少し恥ずかしいな……。
「すまない、提督よ」
武蔵さんが謝って来た。
「…………いや、全然平気です」
「結局、時間も間に合わなかったな……。提督の疲れを取るつもりがダウンさせてしまった……」
なるほど、大和さんからは俺を休息させてやれ、みたいなことを言われたのか。
「大丈夫ですから……気にしないで下さい」
「し、しかし……艦娘として……」
「いやマジでいいですから……。中、高、大学の10年間は登校中、毎日のように腹痛に悩まされていた俺的には慣れっこですから」
「ふ、ふむ………?」
相当、気に病んでるのか。あんまり気にされると逆に俺が気に病まんだけど……。
「それより、別に気を使わないでいいですから。この部屋にいなくても大丈夫ですよ」
「………なるほど、大和が苛立っていたのはこういうところか」
「はっ?」
「いや、なんでもない。そこら辺の漫画を読んでもいいか?」
「あ、いいですよ。全然」
武蔵さんは本棚の漫画を選ぼうと立ち上がった。
下から武蔵さんのスカートの中が見えたので、慌てて顔を逸らした。
…………武蔵さんもパンツ履くんだな。なんか外見とかキャラ的に褌だと思ってた。流石に褌なんて今時、使う奴はいないか。でもピンクってのは意外だった。
武蔵さんはしばらく立ったまま本を読んでいる。アレ漫画じゃないんだけど……いや、武蔵さんならラノベ読んでても不思議じゃないか。
「………そういえば、」
思ったら何を思ったのか、武蔵さんは本を棚に戻すと、俺の枕元に立った。
「………おい、提督よ。…………寝てるのか?」
それは、聞いた相手に寝てて欲しいときの問いだよな。せっかくだから、寝たふりしようか。
すると、武蔵さんは部屋を出て行った。なんだ、気を使って俺の部屋にいてくれてたのは表面上だけか。本当は俺の世話なんてさっさとしたくなかったんだな……。まぁ、過去の人はみんなそうだったし、別に気にしなくていいか。
と、思ったらすぐに扉の開く音が聞こえた。
「ね、寝てるよな……?まだ?」
なんだ?声が少し震えてね?
薄っすらと目を開けてバレないように声の方を見ると、全身びしょ濡れの武蔵さんが立っていた。
「いやっ、何してんの⁉︎」
「⁉︎ お、起きてたのか⁉︎」
武蔵さんは何故か全身びしょ濡れで立っていた。サラシに水が掛かって、肌が薄っすらと透けている。
「な、何やってんですかあんた⁉︎」
「い、いや……この前、大和が提督から借りた漫画に『濡れTシャツコンテスト』というものがあってだな」
ぷ、プリスクかよおおおおおおお‼︎
何やってんだこの人は⁉︎バカなのか⁉︎
「提督は、こういうの好きだと思ってだな。今回は、完全に私の責任だから……」
「いや、嫌い、ではないですが……。いやいや!風邪引くから!」
「ふむ、病は気からと言うだろう。提督の気から元気にしてやろうと思ってだな」
「え?そのためにこのまだクソ寒い中、水被ったの?バカなのこいつ?」
「おい、今お前『こいつ』と言ったか?………まぁいい、元気出たか?」
俺はバカを無視して起き上がって、タンスからタオルを出して、武蔵さんに羽織らせた。
「………?」
「そこ、俺のバスルームだから。使って下さい。あ、床に縮れ毛落ちてたら恥ずかしいんで一回シャワーで床を流してから使って下さい」
「いらんこと言うな」
ここで武蔵さんに風邪を引かれたら大和さんに何を言われるか分かったもんじゃない。だからと言って、入渠ドックまで連れて行こうものなら、途中でずぶ濡れの女を連れてる提督みたいに見られる。ここは風呂場を貸すのが正解だろう。
武蔵さんは洗面所に入った。洗面所の奥にバスルームがある。
さて、とりあえずジャージとか置いとかないと。パンツは……無理だな。考えない事にしよう。
俺は洗面所の扉に耳を当てた。中は静かだ。多分、もう全部脱いでバスルームの中だろう。洗面所の中に入り、ジャージを置いておいた。
「武蔵さん、ジャージ置いとくので着てください」
「ああ、すまん」
それだけ言うと、洗面所を出て自室に戻った。
…………さて、ゲームでもやろう。そう決めて部屋のテレビをつけた。
その直後、ノックの音がした。
「提督?いらっしゃいますか?遠征の子達が帰って来ましたが」
ゲッ……大和、さんだ………。