「あの、大和さん!すいませんでした!」
「知らない」
「寝るつもりはなかったんです!だけどあの手のジャンルは好みじゃなくて!」
「知らない」
「………ていうか、目の前でイチャつかれて若干イラついたというか……でも、本当にすいませんでし」
「知らない」
大和さんはプリプリと怒って先を歩いてしまっている。あーあ、どうしてこんなことになっちまったのか……。
いや、今回は俺が悪いか。寝たんだし。でも、それだとこの後が困るんだよなぁ。仕事は終わったものの、これから飲む約束をしてしまったし、その約束が破棄されるのかだけでもハッキリさせておきたい。
だって、行く行かないですごい悩むじゃん?破棄になってて行ったら、何も食べずに店を出るなんて出来ないし、破棄されてなくて行ったら、怒ったままの大和さんと飲むことになる。だからといって行かなくて、大和さんが来なかったら良いものの、来ていたらそれはそれで申し訳ない。
四分の一可能性に賭ける程、俺はギャンブラーじゃない。
けど、流石に怒られた後に「じゃあ、後で飲みに行くかどうかだけハッキリさせてくれませんか?」なんて聞けない。ここはほとぼりが冷めるまで、時間を置くのが良いだろう。
「分かりましたよ……。少し反省して来ます」
「えっ?」
俺はその場でUターンして、書庫の個室に篭った。しばらくは様子見だ。何にせよ、飲みに行くのかはハッキリさせないといけないが、謝っても話を聞いてもらえないなら、今大和さんに声を掛け続けるのは逆効果だろう。落ち着くまで待機していた方がいい。
そう決めて個室に戻ろうとした。作戦を考えるには、一人になれる所が良いと思ったからだ。その俺の肩を大和さんが掴んだ。
振り返ると、頬を膨らませて、涙目でプルプルと震えてる大和さんが立っていた。え、なに?なんで泣いてんの?
「どうして追い掛けてくれないんですか‼︎」
ヤダこの子メンドくさい。
「…………は?」
「なんでもっと食い下がろうとしないんですか!」
「………言ってる意味が分からないんだけど」
「普通、もう少し謝ったり交渉したりするでしょう⁉︎なんか、こう……嫌われないように!なんですんなり引き退るんですか⁉︎」
「だって、大和さん怒ってたから……。これは交渉の余地ないなと予知したので……」
「ぷっ」
「一人になって作戦練ろうと………今笑った?」
「笑ってません」
「あんたほんとはあんま怒ってないだろ」
「怒ってますよ!大体、怒られてる時に下らないこと言わないでくれる⁉︎」
「ごめん魔が差した」
「あ、ああ言えばこう言う……‼︎」
「え?いや、何か言わないと会話って成立しないでしょ」「それ!そういう所!」
えぇ……結局俺はどうすれば良いのか。
「ああもう……どうして私はこんな面倒臭い人を好きになったのよ………」
それはこっちの台詞だ、なんて言ったらまた怒られるからやめとこ。
「分かりましたよ………。交渉すれば良いんですね」
「いや、そんな義務的にやられても……」
こっちのカードはいくつある?金、近代化改修、装備……いや、「物で片付けようとしないでください!でも貰います!」ってなるよな。なら、精神的なものが良いか。
だが、謝罪が通用しない以上、精神的なものなんて通用するのか?それならいっそ、物的かつ精神的な物を渡せば良い。
「……………よしっ」
「?」
「可能な限り、今日1日なんでも言うこと聞きますよ」
「……………へっ?」
ポカンと惚けた表情になる大和さん。最大限のカードを初手で切らせて貰った。これで許して貰えないなら、どうしようもないだろうな。
「ど、どういう……?」
「そのまんまの意味です。ただし、自殺しろ骨折しろみたいな俺が無事では済まない事、デスノートをくれ的な不可能なプレゼント、今から火星に飛べみたいな物理的に不可能な事、提督を辞めろみたいな俺の人生終幕ルートは無しですからね」
「そ、そんなこと頼みませんよ……」
「ま、そういう事です。……あの、ホントさっき寝ちゃってすいませんでした」
俺は頭を下げると、個室に戻ろうとした。その俺の肩を大和さんは掴んだ。
「提督。早速、良いですか?」
「はい」
「とりあえず、二人でソファーに座りましょう」
との事で、執務室に向かった。
++++
三時間前。ソファーに座ると、大和さんは俺の横に座って、肩の上に頭を置いた。
それからずーっとそのままである。大和さんはそのまま寝てしまい、「絶対動かないで下さい」と命じられた俺は、ずっとそのままである。俺はこのまま、どうすれば良いんだろうか。寝ようにも、大和さんの顔が近くて、やけに緊張して眠れない。
「…………どうしたものか」
どうしようもないんだけどね。まぁ、多分この調子だと、このまま飲みに行くことになるし、それまでの時間潰しにはなるけども。時間潰しなのに暇ってどういう事だろう。
ていうか、大和さんはこれで良いのかな。何でも命令できるのに、肩枕で寝るだけって……。こっちとしては別に良いけど。
そんな事を思ってると、コンコンとノックの音が聞こえた。
「失礼する」
返事をする前に入って来ちゃう辺り、さすが武蔵さんだなぁ。
「むっ、随分と仲がいいじゃないか」
「まぁ、そうですね」
「今日は二人で飲むのだろう?そいつ、酔うと面倒くさいから気を付けろよ」
「それより、何かご用ですか?」
「いや、この前借りた亜人を返しに来ただけだ」
「あーじゃあそれ、その辺置いといて下さい」
「うむ」
武蔵さんは亜人全10巻を机の上に置くと、スマホを取り出し、俺たちに向けて無許可で写真を撮った。
「…………はぁ?」
「では、失礼する」
「おい待て色黒痴女メガネ」
「お前今なんつった?」
「何勝手に写真撮ってんだよ」
「大和をこれで脅して今度奢らせようと」
「許可する」
「するのか」
すると、大和さんはズルッと体勢を崩し、俺の膝の上に顔から落ちた。
「………………」
「………………」
カシャ。
「お前今、また写真撮った?」
「大和をこれで(ry」
「よーし、許可する」
「ブライトさん?」
「二度も殴ってないから」
「では、私は失礼する」
「そういえばこの前、小林さんちのメイドラゴンって漫画を買っ」
「借りよう」
あいつ、どんどんオタク化していってんな。
「俺の部屋に置いてあるから」
「うむ」
武蔵さんは部屋から出て行った。そのタイミングで、大和さんは起き上がった。「んー……」と息を漏らしながら、ボーッとした表情で目をコシコシと擦る。おい、目は良いから口、口。ヨダレがすごく糸引いてる。
「…………ていとく?」
「おい、ヨダレヨダレ。スパイダーマン並みに糸引いてるから」
「よだれ………?」
「早く拭………」
直後、大和さんは俺に思いっきり口を付けた。
「ッ⁉︎」
え?な、何?なにやってんの?この人マジで。
「んっ…………‼︎」
「んっ⁉︎」
何かが口の中に侵入して来る感覚。舌だ、舌が入って来た。唾液でヌメヌメした状態の舌が俺の口の中を掻き回した。おい、ヨダレってそういう意味じゃねぇよ。
そこで、ようやく大和さんは自分が寝ボケてた事に気付いたのか、目を見開いて真っ赤な顔で俺を突き飛ばした。
「ッッッ⁉︎」
「ゴフッ‼︎」
突き飛ばされた俺は、ひっくり返ってソファーから落ちた。
「な、何するんですか⁉︎」
「こっちの台詞だハゲ‼︎」
「ね、寝てる所を襲うなんて!」
「寝てる奴に襲われたんだよ‼︎」
「…………え?本当に?」
「本当に‼︎」
「………………」
「………………」
「………も、申し訳ありませんでした……」
「………いや別に謝られる事じゃないから」
「本当にすみませんでした………」
「いいって。…………嫌では、なかったし」
「へ?今なんて……」
「いいからヨダレを拭け」
俺は机の上のティッシュ箱を大和さんに放った。大和さんはティッシュで口元を拭うと、時計を見た。
「………飲みに行きましょうか」
「んっ」
執務室を出た。