執務室に戻り、俺は貸切券をポケットにしまって、どうするか悩んでいた。貸切なんてしてもたくさん頼むわけじゃないし、まず行く相手いないしなぁ……。
大和さんにあげようか。そう決めて事務仕事を終わらせると、ちょうど良いタイミングで大和さんが来た。
「あ、大和さん」
「提督?どうかなさいましたか?」
「これ、鳳翔さんのお店の貸切券」
「か、貸切⁉︎」
「うん、なんかポストに入ってた奴。それでさ、」
「わかりました!今夜ですね?」
「あげるから武蔵さんと一緒に行ってきなよ」
「ご一緒させていただ………はっ?」
「や、だから行って来て良いですよ。武蔵さんと」
「……………」
大和さんはゴミを見る目で俺を見ていた。
「………え、何」
「なんで、私と提督が二人で行くってならないんですか」
「え、いやだって俺、大和さんほど食べないし、まず間違いなく途中から大和さん単独お食事会になりますよ。無料で貸切にしてくれるってことは、向こうもそれなりに赤字になる覚悟はあるって事だろうに、なんか勿体無いですよ」
「…………なんでその無駄な気遣いが少しでもこっちに向かないんですか」
「え?」
「私は二人で提督と飲みたいんです!」
「え、なんで?」
「なんでって………!じゃあ提督は私と飲みたくないんですか?」
「うーん……そもそも、俺酒飲んだ事ないんですよね。だから少し心配で」
「えっ?の、飲んだ事ない……?だって、社会人ならそれなりに飲みの席とか」
「新人全員参加らしいのに俺だけ誰からも誘われなかったんですよね」
「……………」
「他にも年末の飲みも誘われてないし、鎮守府に着任してからも誰からも飲みとか誘われてないですね、年末だろうとクリスマスだろうと。艦娘達がどんちゃん騒ぎしてる間、部屋で紅白見ながらゲームしてましたから」
「…………………」
「だから、機会がなかったというか………」
「すみませんでした、提督………」
「や、何が⁉︎」
「誘ってあげられなくて、すみませんでした………」
「いや、別に良いですって!宴会とか言うバカ騒ぎよりゲームの方が全然楽しいんで!」
「提督」
「は、はい?」
「私といる時はゲーム禁止です」
「えっ」
「提督はこのままでは休日は家でゴロゴロしながらカップラーメンとポテチとコーラを片手にパソコンとゲームをダラダラやって一日潰す人になってしまいます」
「そんな、うまるーんとしねぇよ俺」
「とにかくダメです!そして、今日は夜二人で飲みます!良いですね⁉︎」
「えぇ………もう分かりましたよ……。早く潰れても怒らないでくださいよ」
「怒りませんよ。では、仕事始めましょうか!」
「もう終わりました」
「…………えっ?」
ポカンとする大和さんを置いて、俺はウンコしに行った。
++++
トイレから出て、何となく書庫に向かった。まぁ、実際はただの図書室なんだけどね。装備や過去の艦娘の事が書かれている本しかないけど、最近は駆逐艦の要望に大和さんが答えて、漫画とか絵本とか小説とかラノベとかエロ同人とか置いてある。
で、俺もたまに漫画読むのにここに来ている。パソコンとDVDプレイヤーが設置されてる個室も10個ほど用意されてるので、俺的にはかなり良い場所だ。そう思って、テキトーにラノベを手に取って、個室の一箇所を開けた直後、
「ふむふむ、つまりここをっ……んっ……こう……」
大鳳さんが上半身裸で本を読みながら自分の胸を揉んでいた。本には、バストアップマッサージと書かれている。
「えっ?」
「あっ」
大鳳さんがこっちを見たので、俺はドアを閉めた。うん、見なかったことにしよう。
さて、別の部屋で………と、思ったら、個室の扉からクロスボウの弾が飛んで来て、慌てて回避した。
「あっぶな⁉︎」
扉がキィッ……と静かに開いた。中から出て来たのは、上半身裸のままクロスボウを握り締めた大鳳さんが出て来た。
「た、たいほう、さん………?」
「何度も何度も何度も何度も何ッッッ度もッ………‼︎」
あ、ヤバイ。なんかよく聞かないけど、多分呪文唱えてるし。
大鳳さんは俺にクロスボウを向けた。
「良い加減にして下さいってんですよ‼︎ッットにもうッ‼︎」
飛んで来る弾を俺は回避した。だが、大鳳さんは容赦なく撃ってきた。
「ま、待て待て待て落ち着け!死ぬって!死ぬ!」
「毎回毎回毎回毎回‼︎私と顔を合わせる度にセクハラして!何なんですか⁉︎一々、セクハラしないと次の行動に移らない人なんですか⁉︎」
「わざとじゃないんですって‼︎すいませんでした‼︎」
「よりにもよって……‼︎殺す‼︎」
「今殺すって言った⁉︎てかお前服着ろよ服!」
メッチャ、弾を飛ばして来る大鳳さん。俺はこのままでは躱し切れなくなると思い、本で弾を弾き飛ばした。
「っ!」
「ナメんなよ!提督になる前は、海軍の中で肉弾戦と友達の少なさではナンバーワンだったんだ‼︎」
大鳳さんの弾を回避し、回避できない分は本で弾きながら移動した。窓からガラスを突き破って、目の前に生えてる木を伝って一階に降りると、身を隠すために移動した。
図書室の窓からの狙撃を前転しながら回避し、目の前の街灯を掴むと、グルッと一回転しながら本を大鳳さんに投げ付けた。狙いは、クロスボウを握る手である。
だが、まさかそのタイミングで大鳳さんが飛び降りると思わなかったんだなぁ。狙いはズレて、大鳳さんの顔面にクリーンヒットした。
飛び降りる体勢を崩した大鳳さんは、無防備に木の中に突っ込み、ガサッガサガサッと音を立てて落下した。落下した時、スカートがなくなっていた。多分、木の枝に引っかかったんだろう。
気まずい笑みを浮かべてると、大鳳さんがすごい形相で俺を睨んでいた。
「……………マジブッッッ殺す」
俺は逃げ出し、後ろからパンイチ大鳳さんは引き続きボウガンを撃ちながら追いかけて来た。
++++
大和さんの部屋。俺と大鳳さんはそこで正座させられていた。
「こう言った事は!金輪際!しないで下さいね⁉︎」
「「…………はい」」
俺と大鳳さんは声を揃えて返事した。ちなみに、大鳳さんはちゃんと服を着ている。
「では、大鳳さんは出て良いですよ」
「はい」
「あ、じゃあ俺も」
「お前は待て」
「え?お前今、お前っつった?」
大鳳さんは出て行った。残された俺は大和さんと二人きりになった。直後、大和さんの表情は豹変した。
「提督……どういう事ですか?」
「いえ、ですから先程説明した通り……」
「バカ‼︎わ、私というものがありながらっ、他の子の裸を見るなんて……‼︎」
「い、いや待った!俺は前に大和さんの裸も……ブッ!」
弁解しようとすると、拳が飛んで来た。
「反省してないようで何よりです。お陰で、心置きなくお仕置きできる」
「ま、待って待って!反省してるから怒らないで!」
俺、暴力振るおうと追いかけられるのは好きだけど、実際に暴力を振るわれるのは好きじゃないんだよ。
「そ、そもそもワザとじゃないんだし、別に大和さんには隠さずに言い訳すらもしないで説明したじゃないですか」
「わ、わかってる!分かってますけど……‼︎」
そこで、大和さんは口を閉じて、目を伏せながら呟いた。
「………分かってますけど、やっぱり……頭で理解してても、ムカムカするじゃないですか。好きな人が、別の女性と何かあったりするの……」
「……………」
………ふむ、確かにそういうものか。
「…………すみません」
「良いです、反省してるのはわかってますから。それに、浮気というわけでもありませんし」
「今日はもう仕事ありませんし、大和さんとできる限り一緒にいますよ」
「出来る限り?」
「トイレとか風呂とか」
「ああ、そういう……。いいんですか?私、結構ワガママですよ?」
「どうぞ」
「じゃ、まずは書庫に行きましょう」
「はぁ?なんでまた……」
「いいから♪」
俺は大和さんに腕を引っ張られて書庫に歩いた。ていうか、本当に戦艦って力強いんだなぁ。あの細い腕からこんな力が出るなんてすごいわ。
俺なんてどんなに鍛えてもここまでの力は……いや、男一人引き摺るくらいは余裕だけど、あの馬鹿でかい艤装をぶっ放して身体が反動で粉々にならない自信がない。
そんなことをぼんやり考えてると、書庫に到着したようだ。大和さんは書庫のDVDコーナーの中から腹立つ青春恋愛映画のDVDを選ぶと、個室の中に入った。
「あの、何を………?」
「良いから座ってて下さい」
「ここ、席一つしかないんですけど……」
「良いから良いから♪」
「いや、もしあれなら俺が立ってますよ」
「電車の中じゃありません!良いから立ってて下さい!」
「了解」
「あ、間違った。座ってて下さい!」
俺は仕方なく席に座った。大和さんはパソコンをいじってDVDを掛けると、俺の膝の上に座った。
「へっ?」
「さ、見ましょう!」
「は?いや、なんで膝の上?つーか重」
ゴッ、と脛を踵で蹴られた。
「何か言いました?」
「………蹴ってから事実確認すんなよ」
「んふふ♪楽しみですね、提督」
あんまり恋愛モノの映画って好きじゃないんですけどね……。ま、いっか。なんか大和さん楽しそうだし。
++++
〜10分後〜
「いいなぁ……。遊園地も良いけど、動物園も良いですね提督!………提督?」
「zzz………」
「…………(いらり)」