翌朝、ドギマギしながら俺は準備をしていた。なんか、昨日の夜に武蔵さんから急に変な電話きて、なんか大和さんと出掛けろだのなんだの……。
まぁ、どうせ当日までには忘れてるだろうな。なんかあの時は飲んでたっぽいし。さて、仕事しますか。
指しか使わない作業をこれから開始するのに、何となく気分で、両腕をクロスするストレッチをしながら歩いて、執務室のドアを開けると、中にはすでに大和さんがいた。
「………あ、え?なんで?」
「おはようございます、提督」
「あ、おはようございます……」
「日曜日、何処に行きます?」
忘れてなかった。
「いや、別に何処でも良いでしょ。てか何、その為にこんな朝早くから待ってたんですか?」
「い、良いじゃないですか!」
「そういうの決めるのは仕事終わってからにしましょう」
「うっ……変な所でマジメですね……」
「いや、だって後から焦って仕事するの嫌じゃないですか」
「ああ、そういう……」
他になんの意味が?俺は机の前の椅子に座って、仕事を始めた。その隣に座る大和さん。
「…………」
「…………」
この前の出撃のお陰で、我が鎮守府の資材は壊滅しかけている。よって、出撃はほとんど出来ない。よって、仕事はほとんど無いに等しかった。
よって、書類仕事と開発と遠征の報告書だけやって、後は自由である。
だが、大和さんと出かける時の事を話さなければならない。何とかして仕事を長引かせなければならない。だって、どうせこういうのって男が行く場所を決めなきゃいけないんだろ?だが、ロクでもない場所を選ぶと、何を言われるか分からんし。
よって、俺は仕事の時間を伸ばし、今日中に出掛ける場所を決められなくさせる作戦に出ることにした。そのためにする事、それは………、
チョッカイ、である‼︎
俺は音速レベルの手刀を大和さんの胸に打ち込んだ。この人の胸にはパッドというなの装甲が着いてるため、セクハラにはならない。
カーンッと音が鳴り、大和さんは顔を赤くして自分の胸を両手で抱くように隠した。
「………なんの真似ですか?」
「……手、超痛い……腫れ上がって来た………」
「当たり前でしょ、このおバカ!一応、装甲なんですから!」
良かった、利き手でやらなくて……。
「もう……ほら、じっとしててください」
大和さんは引き出しから救急箱を取り出すと、俺の手に湿布を貼った。
「ふぅ、これで良しっ」
「すみませんね、迷惑かけて」
「……………」
「……………」
あの、大和さん?手ぇ離してくれません?
「さて、提督」
「あの……せっかく湿布貼ったのにりんご潰す勢いで手握っちゃ意味が……」
「どういうつもりだったのか?お聞かせ願えませんか?」
「すいませんでした大和さん!」
謝ると、ようやく手を離してくれた。
「ま、提督のチョッカイにも慣れて来ましたから良いですけど、セクハラはダメですっ」
「いや、パッドあるの分かってたから胸に……」
「パッドじゃないって言ってるでしょ」
「おっぱい増強器具でしたね、すいませ」
「提督?」
「………九一式徹甲乳でしたごめんなさい」
最近、大和さんの怒り方(特に胸に関する)が容赦ない。俺のこと、提督だと思ってないのかな。別に良いけど。
「じゃ、仕事しましょう」
って、そうだ。何とか仕事するのは避けないと。
「大和さん」
「なんですか?」
「鼻毛出てる」
「う、嘘⁉︎」
「嘘」
「て、提督!」
こんな小さいネタじゃダメだ。何とか上手く……上手く……。
すごく考え事をしてると、ポンッと頭に何かが置かれた。大和さんが俺の頭を撫でていた。
「何か考え事ですか?提督」
「えっ、あ、いやっ……」
「後で大和で良ければ相談に乗りますから、今は仕事を進めましょう。ね?」
「…………」
えー、何それ。母親?スッゲー卑怯でしょそれは。そんなん言われたら何も出来ないじゃん。てか、ここで何かしたらマジで嫌われそうで怖いんだけど。
「…………はい」
素直に頷いてしまった。
++++
昼飯の時間。俺は一人で執務室でパンをかじりながら、パソコンで調べ物をしていた。
チョッカイを母性で封じられた今、最早頼れるのはインターネットだけだ。幸い、この世の提督はバカばっかなので、艦娘とデートに行ったところをTwitterに投稿したりしてるので、調べればどういう場所に行けば良いのか、すぐに分かった。
しかし、どれもイマイチピンとこない。それは、デートスポットばかりだからだ。冷静に考えれば、男女で出掛けるからって、別にデートというわけではない。俺と大和さんの場合なら尚更だ。
それなら、大和さんが喜びそうとか考えないで、鎮守府に必要なものの買い出しに行けば良い。それの付き添いで来てもらう感じ。
………いや、待て。これで大和さんは納得するか?あの人が何を期待してるか知らないが、朝一で俺より早く起きてプランを練ろうとしてた人だ。少なからず、楽しみにして……、
………いや、待て(2回目)。俺は嫌な事は早めに終わらせるタイプだ。というか、頭が悪くない人なら大抵そうだろう。と、いうことは、大和さんも俺と出掛けるのをさっさと終わらせようとしている可能性は低くないんじゃないか?
元々、武蔵さんが掛けてきた電話だ。無理矢理、出掛ける約束をさせられた可能性も無視出来ない。
「………つまり、大和さんは嫌がってるかもしれないっつーことか……」
いや、かもしれない所か正解だろうなこれ。
なら、いっそ出掛けるのをやめてしまえば良いのでは?……まぁ、その辺は仕事終わらせたら、大和さんと話し合おう。
「………じゃ、ニコ動でも見るか」
そう呟いた直後、大和さんが帰って来た。
「お待たせしました。提と……」
ボフッと黒板消しが落ちて、大和さんの脳天に直撃した。うわやっべ、仕掛けてたの忘れてた。
「てぇいぃとぉくぅ〜‼︎」
「あーばよー、とっつぁーん!」
「待ちなさーい!」
俺は窓から飛び上がって屋根に乗り、その後を大和さんが追い掛けて来た。
屋根の上の鬼ごっこ。俺は慣れてるが、大和さんにとっては初めての屋根の上なので、いつもより遅い。
俺は後ろの様子を見ながら逃げる余裕があった。
「よ、よくこんな走りにくい場所をちょこまかと……!」
恨みがましそうな目で俺を見ながら追いかけて来る大和さん。その直後、ズリッと大和さんは足を滑らせた。
「えっ?」
そのまま転び、屋根の上を転げ落ちた。あっ、これはヤバい。俺は慌てて、大和さんの方にスライディングしながら落ちた。
そして、大和さんが屋根から落ちる直前、なんとか手を掴んだ。だが、大和さんは戦艦だ。ぶっちゃけ、俺より体重が重い。俺も一緒に落ちそうになったが、何とか屋根の淵に掴まった。
「て、提督………!」
「大和さん、ごめん」
「へっ?」
謝ると、俺は屋根を掴む手を離した。落下する俺と大和さん。
「うそおおおおお⁉︎ちょっ、離しました⁉︎今、離しましたね⁉︎」
「舌噛むよ」
言うと、大和さんを抱き抱えて自分の体を下にした。
「っ⁉︎ て、提督!な、なにを……!」
こうしないと、大和さんが怪我をする。それだけは避けなければならない。だって、これ俺が原因だし。チョッカイで怪我人を出すわけにはいかない。
それに、俺が怪我をしておけば、後で怒られる可能性はかなり減る。後、ちょっと今の俺かっこいいし。
なんて思ってると、ポフッと柔らかい感触。抱き抱えられるような。目を薄っすらと開けると、武蔵さんがお姫様抱っこで受け止めていた。
「何やってるんだお前らは……」
「あれ?武蔵さん?」
姉妹に挟まれた俺。大和さんの顔を見ると、すごい顔を真っ赤にして怒ってた。
「提督」
「……はい」
「覚悟はよろしいですね?」
「…………はい」
二人にすごく怒られた。
++++
仕事が終わり、俺(頭にゲンコツによるコブ付き)と大和さんは、今度出掛ける所について話し合うことになった。
「で、どこ行きたいんですか?」
「提督にお任せ致します」
出たよこれ。言うと思ったよパッド女。
「……と、いうか、別に無理して出掛けなくても良いですよ」
「へっ?」
「なんかこの前の電話の感じだと、武蔵さんが無理矢理やらせた感じでしたし、俺なんかと別に出掛けたいってわけじゃないでしょ。なら、無理して出掛けなくても」
「いえ、ちがいます。提督」
台詞を遮って否定された。
「大和は、提督と二人でお出掛けしたいんです。確かに、前の電話は武蔵が強引にしたものですが、私は自分でも、提督と出かけたいと思ってますよ」
「……………」
えー、何それ。そうなの?なんか、こう……ズルくねそんなん。なんでそんなことストレートに言えんの?恥ずかしくないの?
………あ、いや、恥ずかしいみたい。今になって顔赤くしてるし。
「あっ、いや別に他意はありませんからね⁉︎べ、別にそんな二人きりが良いってわけじゃないんですからね⁉︎」
「あ、じゃあ武蔵さんも呼びます?その方が大和さん的にも」
「絶対ダメです‼︎」
「お、おう……」
おお……力強いな。薬物取締りのポスターなの?
「ま、まぁ行くのは分かりましたけど。何処にします?俺は別にどこでも良いですよ」
「実は私、前々から行ってみたい場所があったんですよ」
「? どこ?」
「パソコン、お借りしてもよろしいですか?」
「あ、どーぞ」
大和さんは俺の前のノートパソコンを自分の前に移動し、カタカタとキーボードを叩くと、画面を見せて来た。
「ここです!」
その画面には、どっかの遊園地のホームページが載っていた。
「…………マジ?」
「嫌、ですか……?」
「嫌、では、ない、です……」
「じゃあ、決まりですね♪」
大和さんは楽しそうに、弾んだ声で言った。
と、いうわけで、行き先が決まった。
大丈夫だ……大学の時にジェットコースターは(一人で遊園地に行って)克服した。大丈夫なハズ………。
おデコに手を当ててブツブツ言ってると、大和さんは立ち上がった。
「では、お疲れ様です。お先に失礼しますね」
「う、うん……」
大丈夫だ、俺。気を確かに持て。
スキップでもしそうな感じで、大和さんは執務室のドアに手をかけた。
「提督」
「はい?」
「日曜日、楽しみにしてますね」
「……んっ」
大和さんは執務室を出て行った。