大和さんの部屋の前。そこに到着すると、俺は深呼吸した。さて、謝る、謝るぞ………。
…………もう一回深呼吸。
「おい、ダンジョンか私の部屋は」
「いや、だって緊張するじゃないっスか」
「だからって二度もするな。言い忘れていたが、大和は今、体調が悪い」
「えっ、何それ聞いてない」
「余り、精神に負担かかるようなことは言うなよ」
「えっ………」
い、今更そんな事言うなんて……⁉︎ていうか体調悪いって……‼︎
俺はゴンゴンと強めにノックした。
「何よ……武蔵?体調悪いから今は」
「大和さん」
「て、提督⁉︎」
「あの、体調悪いって聞いたんだけど……大丈夫ですか?」
「ちょっ、待っ……!だ、大丈夫じゃないです‼︎」
「えっ、そんな辛いんですか?入りますよ」
「は、入らないでください!う、移しちゃ悪いですし!」
「いや、俺身体だけは頑丈で風邪なんてハレー彗星並みの頻度でしか引きませんから」
「お気を使わないでくれて結構です!」
「はぁ?気?そりゃ常日頃から使ってますけど」
「ッ!」
ドアの向こうから、息を呑む音が聞こえた。そして、しばらく静かになった後、大和さんは震え声で言った。
「…………提督」
「はい」
「大和を、解体して下さい……」
「はい?」
こいつ今、なんつった?
「提督は、いつも口うるさい大和が嫌いなんですよね⁉︎それなら、大和は解体されて、鎮守府から……」
「いや、好きだけど」
「出て行………はっ?」
「んっ?」
思わず口を滑らせると、大和さんどころか、武蔵さんまで声を漏らした。流石に、直で本人に好きと言うのは照れたが、開き直って好きである理由を言った。
「や、だから俺は大和さんのこと好きですよ。構ってくれるし、仕事も手伝ってくれるし(一人でも出来るとはいえ)」
「………で、でも、昨日お風呂に突入して来たときに、舌打ちしましたよね?」
「しましたっけ?」
「しました!アレで大和は提督に嫌われたと……!」
腕を組んで俺は思い出す。………ああ、そういえばしたような気がする。
「あの時はー……確かアレ神様に舌打ちしたんですよ。大和さんと全然話せなくて、俺嫌われたんかな、と思い始めてた時に、まさかの風呂突入して全裸見ちゃったから、俺にあんな運命を辿らせた神様をいつか殺すと心に決め……」
そこで、俺は「ヤバい」と悟り、口を止めた。そうじゃん、俺ここに全裸見に来たこと謝りに来たんじゃん。
「や、大和さん……すいませんでした。昨日、わざとじゃないとはいえ、大和さんの裸を見てしまって……」
「……………」
しばらく沈黙。流石に怒ってるか、俺はそれ以前にも股間を下から覗き見て、パッドを強奪しておっぱいを見ている。許される方がおかしい。けど、許されなければならない。俺は、大和さんに怒られたい。
………もう少し何か言った方が良いよな。
「でも、俺はもう大和さんがいないとダメなんです。大和さんがいない生活なんて考えられない。(加減を知らない)武蔵さんでも、(ズボン脱がしてくる)大鳳さんでもダメなんです。大和さんが良いんです」
俺はそう言い切った。気が付けば、後ろにいる武蔵さんは「こいつ、ほんと馬鹿だな」って顔をして立っていた。
俺はそれを後で問い詰めることにして今は無視し、大和さんの返事を待った。おそらく、考えているのだろう。散々、今までチョッカイとセクハラをして来たバカをここで許すべきか、少し厳しく対処すべきか。大和さんとしても苦渋の選択のはずだ。
俺が大和さんなら、こんなクソ提督さっさと見限っている。それでも、見捨てなかったのは、やはり大和さんの優しさからなのだろう。それでも、ストレスは溜まる。今回、大和さんが体調を崩したのは、そのストレスが限凸したからだと考えられる。
だから、今、俺が許しを請うてるのはただのワガママだ。ワガママを通してでも、俺は大和さんにこれからも構って欲しい。そう心に誓い、とりあえず大和さんからの答えを待った。
「………………」
「………………」
つーか、返事遅くね?俺は武蔵さんと顔を見合わせた。
「…………」
「…………」
「あの、大和さん?」
「大和、何か答えてやれ」
「…………」
「…………」
「や、大和さん?入りますよ?」
俺は一応、ノックしてから部屋の中に入った。中では、顔を真っ赤にして、漫画みたいに目をグルグルと回してる大和さんが発見された。
とりあえず、医務室に運んだ。
++++
夕方になった。今頃、食堂では祝勝会をしているのだろうか。医務室で、大和さんの面倒を見ている俺には関係のない事だが。
本当は、今日中に大和さんが目を覚ます保証はないので、俺は部屋でゲームをやろうと思ってたのだが、武蔵さんが「お前は大和の側にいろ」との事で、医務室でゲームをしていた。
「………おお、ラオかなり楽しくなってんな」
大砲の弾三連発とかマジか。ラオ可哀想だろこれ。
そんな事を思いながらゲームしてると、「んっ……」と吐息が漏れた。大和さんからだ。
目をコシコシと擦りながら辺りを回し、大和さんはくあっと欠伸をして起き上がった。
「…………あ、おはよーございます」
「ていとく……おはようござ………提督⁉︎」
「提督です」
ギョッとした様子で大和さんから声が上がった。
「て、提督⁉︎なんでここに……⁉︎」
「うおお、なんだこの大砲。ラオの顔面超燃えてたぞ今」
「て、提督!話を……!」
「しかも5分後にまた使えるんか。反則だろこれは」
「て、提督!」
「あ、ちょい待ち一時停止するから……よし、おk」
一時停止した後に、ゲーム機を台の上に置き、俺は大和さんの方を見た。
「で、何ですか?」
「ど、どうして提督がここにいるのですか⁉︎ていうか、ここ何処ですか⁉︎」
「医務室」
「い、いい医務室‼︎」
「大和さん大丈夫ですか?さっき話してたと思ったら急に倒れたんですよ?」
「話してた………?」
すると、大和さんは何か思い出したのか、カアァァッと顔を赤らめた。すごい赤らめた。
「大和さん?」
「な、なんですか⁉︎」
「まだ熱あるんですか?顔赤いですけど」
「あ、赤くありません!誰がシャアですか⁉︎」
「いや、言ってねえ」
「なら黙ってなさい!」
「え?俺が黙るの?」
大丈夫かこの人……。
大和さんは真っ赤になった顔を両手で隠すと、指と指の隙間から俺を見て、小声で言った。
「…………か?」
「あん?」
「………さっきの言葉は、夢、ですか?」
「さっきの言葉って、どの?」
「私のことが、好きとか………何とか………」
「………あー、それは夢じゃないですけど」
「ッ………!」
「それより、さっきの返事欲しいんですけど……」
早く安心したいためか、俺はさっき許しを乞うた時の返事を急かしてしまった。
すると、しばらく沈黙。大和さんは顔を赤らめたまま動かない。
…………あれ、なんだろうこの感覚。なんか、色々と間違いが起こってるような気がする。
「………あの、大和さ」
「ちょっと今は話し掛けないで下さい」
「えっ」
「……………」
あの、怒ってるの?
すると、大和さんが顔を真っ赤にしたまま、震えた声で言った。
「……………あ、あのっ、」
「ん?」
「……あ、あああのっ、て、提督……」
「なんすか?」
「………じ、じじっ、実はっ……私もっ………」
「…………?」
「…………やっ、大和もッ………」
………えっと、なんで大和「も」?許しを乞うてるのだから、me too的な意味になるはずが……いや、大和さんなりの伝え方があるのだろう。ここは黙って聞こう。
「………………」
「………………」
「…………………や、大和をッ、秘書艦に復帰させて下さい………」
何故か、落胆しながら大和さんはそう言った。
「はい?や、むしろこちらからお願いしたいくらいなんですけど………」
「…………はぁ、私のバカ……」
「えっ?」
なんで急に自己嫌悪?もしかして、そんなに秘書艦やりたくないの?
「………あの、もし嫌なら別に」
「うるさい黙ってて」
「はい」
えっ、なんで怒ってんの。マジでなんなのこの人。
大和さんはしばらく肩を落とした後、再び深いため息をついた後、切り替えるように両頬を叩き、再び俺に正面から向き直って頭を下げた。
「………それと、提督。この前は、申し訳ありませんでした。提督は、大和の身を案じて下さったのに、指揮官としての資格がないなどと言ってしまって……」
「え?いや、良いですよ。気にしてないです。あの時は俺も悪かったですよ。大和さんに手をあげるなんて」
「………いえ、悪いのは大和ですから……」
「いや、悪いのは俺です。そもそも、俺がキチンと指揮を取れてれば、大和さんは大破なんてしなくて済んだはずですから」
「いえ、大和の方が悪いです」
「や、俺の方が悪い」
「いえ、私の方が悪いです。駅とかに手配書貼られてます」
「いや、俺の手配書の方が懸賞金が高い」
そこまで言い合った後、大和さんはクスッと笑うと、微笑んだまま言った。
「では、お互いに悪かった、としましょうか」
その笑顔を見て、思わずドキッとしてしまった。……あーくそっ、やっぱこの人は美人だ。美人で可愛いとか反則だろ畜生。けど落ち着け。どんなに俺が美人さんが好きでも、美人さんが俺のことなんて好きになるはずないんだ。平常心、平常心。
………よし、落ち着いた。
「じゃ、俺寝ますね。今、新海域攻略の祝勝会やってるみたいですから。大和さん、気が向いたら顔出してあげて下さいね」
「? 提督は祝勝会行かないのですか?」
「俺の事なんて、みんなお呼びじゃないでしょうから」
そう言って、俺は机の上のゲーム機を持って、立ち上がって医務室のドアを開けた。
ドアの向こう側には、武蔵さんを先頭に、うちの鎮守府の艦娘が全員揃っていた。
「……………」
「……………」
しばらく沈黙。やがて、武蔵さんが「退避!」と言うと全員が逃げ出した。
怒る気力も追いかける気力も無かった俺は、欠伸しながら自室に向かった。