翌朝。身体を揺さぶられて、俺は目を覚ました。
「………とく、提督!」
「んっ………?」
起き上がった。目の前には誰かがいるが、目がぼやけてて何も見えない。なんだ……?なんか、目というか頭がボーッとする……。
「提督!起きて下さい!もうマルナナマルマルですよ⁉︎」
「んっ………」
「寝坊ですって!提督!」
「………無理。寝る」
「きゃっ⁉︎て、提督⁉︎な、何を……⁉︎」
俺は前に倒れ込んだ。誰かを押し倒した気がしたが、ぼーっとしてて思考が安定しない。
「て、提督⁉︎と、隣りで武蔵が寝てるんですよ⁉︎ま、周りの目を考えて……!こういうのは二人きりの時に……‼︎」
「zzz…………」
「…………(怒)」
この、まま……夢の、世界へ………。俺の意識が遠退いて来た頃、
「い、良い加減にしなさい‼︎」
チョップが眉間に直撃し、一発で目が覚めた。
なんだ?何が起こった?
眉間を抑えながら辺りを見回すと、俺が大和さんを押し倒していた。真っ赤な顔をして自分の肩を抱く大和さんが、俺を本気で睨んでいた。どう見ても、俺が襲ってるようにしか見えない。
慌てて大和さんの上から飛び退いた。
「………おはようございます。提督」
「お、おはようございます……。す、すいません。もしかして、俺寝ぼけてました?」
「それはもう壮大にね」
マジか………。もう起きないと。
「あー……肩痛い……。じゃ、すぐに着替えるんで」
言いながら俺はパジャマを脱ぎ始めた。
「ちょっ……提督⁉︎な、何を⁉︎」
「え?あ、ああ、そっか。すいません」
そっか、剣道部だったからあんま女性の前で下着姿になるのに抵抗ないけど、普通はダメだよな。
…………昨日は女性の前で放尿しちゃったし。
「…………」
「て、提督?どうかなさいました?」
「………なんでもないっス。着替えるんで、見たくなければ出て下さい」
この後、どういうわけか大和さんは出て行かず、目を隠しながらも指の隙間からこっちを見ていたので、俺は気付かないふりをした。
ムッツリだなぁ、この人。
「………ムッツリスケベ」
思わずボソッと呟くと、大和さんが顔を真っ赤にした。
「ち、ちがいます!」
「え、いや何も言ってないです」
「嘘つかないで下さい!ていうか、え……えっちな漫画読んでる提督に言われたくないです!」
「だーかーらー、アレはそういう漫画じゃないんですよ」
本当に理解がない奴は何度説明しても納得しない。
………ちょっと、からかってやるか。
「大和さん、髪跳ねてますよ」
「えっ⁉︎う、嘘……⁉︎」
「ちょっと待ってて下さい」
俺は引き出しから、ある物を取り出し、ポケットにしまうと、櫛を取り出した。
で、大和さんに言った。
「少しかがんでください」
「え?は、はい……」
俺は大和さんの髪に櫛を通した。
「て、提督⁉︎な、何を……!」
「髪、整えてんの」
「そ、そんな……!は、恥ずかしいです……!」
「いいからじっとしてて」
顔を真っ赤にして、フルフルと震える大和さん。俺だって恥ずかしいわ。それを乗り越えてこその成果は出せるはずだ。
俺は、さっき引き出しから出した「ある物」、猫耳カチューシャを大和さんの頭にバレないように着けた。
「っし、終わり」
「あ、ありがとうございます……」
「じゃ、仕事しますか」
俺は猫耳大和さんと、執務室に向かった。
++++
昼休み。猫耳大和さんは食事に向かい、俺は洗濯物が干されてる屋上に来た。
誰もいないことを確認し、キョロキョロと首を捻りながらある物を探す。ここは基本的に男子禁制なので、俺がここにいることがバレたら、磔獄門である。
それでも、俺は探さなきゃいけない。大和さんのハンカチだ。俺の所為で血塗れになったハンカチ、ちゃんと血が落ちてるかどうかを確認しなければならない。
こういう所は、大体何かしらの法則によって分けられて干されているものだ。
俺が今いる場所は、制服が集中的に干されていた。ここは制服ゾーンか。
制服ゾーンから抜け出そうと歩き続けると、物干し竿に「朝潮型」と書かれていた。そのおかげで大体理解できた。
まずは、布団とか服みたいにカテゴライズし、その後からさらに同型艦ごとに区切ってるのだ。なら、ハンカチゾーンを探し、その中から大和型の場所を探せば良い。
さて、何故制服は制服ゾーン、みたいに分けているか。それは多分、衣類の種類によって干す場所が違うのだろう。
大きい洗濯物の陰に小さい洗濯物を干しても、日光が当たらずに乾かない。
なら、今の太陽の位置取り的に一番近い所にある洗濯物がハンカチゾー……いや、太陽って動き回ってんだから意味ないじゃん。
「………楽しようとしないで地道に探すか」
まったく無駄に思考を巡らせてしまった。
制服ゾーンから突破し、次は布団ゾーン。吹雪型だの川内型だのと言ったかけ布団とか敷布団とかの群れを抜け、次に見つけたのは、下着ゾーンだった。ああ、なるほど。下着を干してるから男子禁制なわけか。
「っと、それよりハンカチ、っと……」
だが、そこはただの下着ゾーンではなかった。下着以外にも、靴下やハチマキとか小物が干されていた。その中には当然、ハンカチもある。
「……………」
あの中に行くのか。ただでさえ男子禁制。それも下着が干してあるから男子禁制なのだ。それなのに、ハンカチを探しに下着ゾーンに行きましたって、どう考えても下着ドロの言い訳である。
けど、俺が変な見栄張って大和さんのハンカチを血塗れにしたのは確かだ。もし、ダメになってたら買いに行かないといけないし。
「…………行かなければならない」
深呼吸をして、覚悟を決めた。大丈夫、元々俺なんて存在感薄いじゃん。この鎮守府においても、俺が指示してるとはいえ、命令を出してるのは大和さんだ。もしかしたら、俺のこと知らない子もいるんじゃないか?何それちょっと泣ける。
「行くぜ!」
そう決めて小物ゾーンに足を踏み入れた直後、下着エリアの奥からヒョコッと何かが顔を出した。
…………彩雲だ。
直後、バタンッと屋上の扉が開き、俺は慌てて受け身を取りながら布団エリアに逃げ込んだ。ここなら、多少身を隠せる。
屋上に現れたのは瑞鶴さん、瑞鳳さん、そして大鳳さんの3人だ。
「私の彩雲が反応したわ。誰かが下着エリアに入った」
「………下着泥棒なんて……最低です。犯人は許せません」
「…………コロス。提督だったら絶対コロス」
え、えらいこっちゃ⁉︎ていうか大鳳さん⁉︎なんでそんな怒ってんの⁉︎昨日のことはお互い忘れようって事になったよね⁉︎
そんな事を思ってる間にも、3人は艦載機を発艦させた。
上等だこの野郎。布団の間を抜け、艦載機のうちの一機に目を付けた。狙うは、大鳳さんの艦載機。
空母の着替えゾーンから、長めのタスキを取り出し、大鳳さんの艦載機に狙いを定めた。貴様らに教えてやろう、戦の勝敗を決めるのは、技術と知恵と運であるということを‼︎
とある蜘蛛男に憧れて編み出した伝説の技を喰らえ‼︎
「ッ‼︎」
俺はタスキをビュワッと飛ばした。それが、大鳳さんの艦載機に巻き付き、一瞬で捕まえて自分の手元に引きずり込んだ。この間、0.1秒である。
「⁉︎」
「大鳳さん?どうかした?」
「一機、やられた……?」
「‼︎」
瑞鶴さん、瑞鳳さん、大鳳さんの間に緊張が走る。俺は艦載機から妖精さんを引きずり出すと、ポケットのクッキーで餌付けして黙らせ、艦載機に向かって話した。
「大鳳さん?大声出したら、この妖精さんを殺す。返事は頷くだけでいい。今すぐに瑞鶴さんと瑞鳳さんを屋上から追い出して」
「ッ!」
「返事は?」
布団の間から大鳳さんを見てると、大鳳さんは頷き、瑞鶴さんと瑞鳳さんに言った。
「あ、あの……二人とも」
「どうしたの?大鳳?」
「何かあったの?」
大鳳さんはなんと言おうか悩んだ挙句、苦笑いしながら言った。
「て、提督が……『瑞が付く艦娘って無いよな。何がとは言わないけど』と、昨日愚痴ってました……」
「」
おい、何言い出すんだお前は。
瑞鶴さんと瑞鳳さんは走って屋上から出て行った。ああ……もう、目を血走らせてたじゃん……。絶対、執務室にカチコミに行ったよ………。
「これで良いのかしら?」
「……………」
「聞いてる?早く私の子を返して」
「………ああ、うん……」
いつまでもしょげてると、あの二人が戻ってくるかもしれないので、俺はさっさと姿を現した。
「⁉︎ て、提督⁉︎下着ドロは提督だったんですか⁉︎」
「いや、下着ドロじゃないから」
「わ、私に恥部を晒させて、今度は仕返しとばかりに晒して……その上、下着を⁉︎さ、最低!変態!鬼畜!」
「違うってば。お願いだから話聞いて」
顔を真っ赤にして俺に暴言を浴びせる大鳳さんをなんとか黙らせた。
「ていうか、昨日の事はお互い忘れようって事になったじゃないですか。蒸し返さないで下さいよ」
「そ、そうでしたね……。はうぅ……」
頭から煙をあげる大鳳さん。
俺があの中で大鳳さんを選んだのは、お互いに恥ずかしさを共有し合った仲だからだ。これ程、安心できる関係はない。
「あそこの中の大和型の場所からさ、ハンカチ取ってきてくれませんか?」
「いくら何でも下着ドロの手伝いは……‼︎は、ハンカチ、ですか……?」
どんだけお前俺のこと疑ってんの?
「多分、血が付いてるハンカチ。無かったら別に良いんだけど……」
「下着を取りに来たのではないんですか?」
「違うってば。良いからお願い」
「は、はあ。分かりました……?」
大鳳さんは、頭上に「?」を浮かべて下着ゾーンに入って行った。
二つ目のクッキーを妖精さんに渡してると、戻って来た。
「これですか?」
ピンクと白のハンカチ、のはずが、血が付いていてほぼほぼ真っ赤に染まっている。いや、時間が経ってオレンジっぽい茶色だなアレ。
「ああ、それ。ありがとうございます」
「い、いえ。それがどうかしたのですか?」
「いや、ちょっと。じゃあ、俺もう出て行きますから。ほら、お前も向こうに行きな」
妖精さんを摘んで、大鳳さんに渡すと、俺は屋上の地面のコンクリートの一枚を抜くと、屋根裏から移動した。
しばらく移動し、自室の洗面所。俺の血が付いたハンカチを水道で手洗いし始めた。
洗剤とかを混ぜて、ゴシゴシと洗うが、まったく落ちる気配がない。
「………こりゃもうダメだな」
このハンカチは使えない。新しいの弁償しないとなぁ。
大和さんと一緒に………いや、あの人のことだから絶対「そ、そんな気になさらないで下さい!」とか言い出すなこれ。
………けど、俺一人で買いに行ってどうするよ。ロクなもん選べないぞ。他の人を俺の私情でお出掛けに誘って「え?なにこいつ、上司の立場を利用して何、デートに誘ってんの?キモッ」とか思われたくないし……。
「ググってもイマイチどんなのが良いか分からないんだよなぁ………」
「手伝ってやろうか」
「うおっ⁉︎」
後ろから声をかけられ、振り返ると武蔵さんが立っていた。
「な、何してるんですか⁉︎」
「いや、この部屋漫喫みたいで面白くてな」
ニートじゃん。良いのかそれでこの人。
「………あの、ウチは訓練は基本的に自主的にやらせてますけど、ずっとサボってばっかいないで下さいよ」
「分かっている。私だってずっとこうしてるわけではない」
「まぁ、良いっスけどね。自己管理はしっかりして下さい」
「うむ。で、どうする?」
「まぁ、付き合ってくれるなら助かりますけど」
「へ?付き合う?」
「え?ハンカチ買いに行くのでしょ?」
「……あ、ああ!そうだったな!う、うむ。良いぞ。行こうか」
何を勘違いしたのか知らんが、まぁ付き合ってもらおうかな。
「じゃあ、着替えて下さい」
「? 何故だ?」
「や、サラシの女の子連れてると目立つでしょ」
「そうか?」
「私服の一枚くらいありますよね?」
「無いが?」
「じゃ、俺一人で行くんで」
「ま、待て待て待て!この前のジャージでいいから貸してくれ!」
ああ、この人アレか。ただ単に外に出掛けてみたいだけか。このイケメンにも可愛いとこあんのな。
俺は黙ってタンスからジャージを取り出した。………そういえば、この鎮守府の提督になって半年になるけど、艦娘を外に連れて行くのって初めてかもしんない。
「………今度、大和さんとかも連れてってあげよう」
いや、みんな割と勝手に出てるかもしんないけどね。