朝。私はいつも5時に起きる。6時に執務室に集合と言われているが、女性として身支度があるから仕方ない。
なのに、今日は5時20分に起きた。超遅刻です。
「い、急がなきゃ!」
慌てて、部屋に付いてるお風呂に入った。私は毎朝、シャワーを浴びている。たまに、提督が「良い匂いする」とかボソッと言ってるが、それとは全然関係ない。ただ、シャワー浴びると目がバッチリ覚めるということだ。
シャワーを終えると、髪を乾かして、いつもの髪型に結び、続いて着替え、最後に化粧をした。
普段なら、朝食の時間があるのだけれど、今日は時間がないため、抜くことにした。
で、慌てて執務室へ向かい、到着した。執務室の前で呼吸を整え、部屋の中に入った。
「おはようございます。提督」
「おはようございます」
前々から思ってたけど、なんでこの人は私に敬語なのだろうか。別にタメ口でも良いと思うんだけど。まぁ、いっか。それは私が気にすることじゃないし。
私は提督の隣に座った。
++++
お昼の時間になった。私は食堂で「ざる蕎麦大和盛り」を頼み、運ぶと、席に座った。
「大和さん」
声を掛けられた。最近、鎮守府に来た大鳳さんだ。
「ご相席してもよろしいですか?」
「良いですよ、どうぞ」
大鳳さんがラーメンを持って前に座った。
「いつになく機嫌悪いですね。また提督と何か?」
「そうなんです!聞いて下さいよ、大鳳さん!」
そばを啜りながら私は言った。
「提督、酷いんですよ⁉︎私が椅子に座ろうとしたら、椅子を引くんです!」
「小学生ですか」
「しかも、それで怒ってる大和のスカートの中を覗くんですよ⁉︎もう、最低です!」
ホンッッットに信じられない!ホンッッットに子供みたいなチョッカイばっかり出してくる!
「はぁ、可哀想に……お尻大丈夫ですか?ていうか、なんで提督はそんなちょっかいを?」
「大丈夫です。仕事に飽きたからってスマホでゲームやり始めたんですよ。だから私、スマホ没収したんです。そしたら、子供みたいにチョッカイで抗議して来たんです」
「あ、あはは………」
「まぁ、私も別に構ってあげるのは良いんですけどね?提督だって、多分遊んで欲しいんでしょうし!」
「い、良いんだ……」
「でも、時と場合くらい考えて欲しいわね」
なんでいつも仕事中にチョッカイ出して来るかなあの人は!
私はイライラしながらそばを啜りまくった。
「……でも、アレですね。話を聞いてる感じだと、提督は大和さんの事、大好きみたいですね」
「ブフォッ⁉︎」
啜った蕎麦を全部吐き出した。大鳳さんは慌てて避けて、私に非難の目を向ける。
「す、すみません……で、でも何を言い出すんですか⁉︎」
「いや、昔からよく言うじゃないですか。好きな子には意地悪したくなるって」
「いや、で、でも……!あ、ありえません!」
「まぁ、イマイチあの提督も何を考えてるか分かりませんから、確定は出来ませんけど。でも、好きじゃ無かったらチョッカイなんて出しませんよ」
「………大鳳さん、あなた分かってないですよ」
「何がですか?」
「………あの提督は、唯一の話し相手に構って欲しいだけなんです。他の艦娘とはコミュニケーション取れませんから」
「……………」
納得した顔を浮かべる大鳳さんは、すぐに言った。
「でも、他の艦娘にはチョッカイなんて出しませんし、多分どうでも良いと思ってるから中途半端に優しいだけです。その点、大和さんだけは提督にチョッカイ出されてるんですから、少なくとも特別な存在なんじゃないんですか?」
「……………」
今度は私が納得する番だった。そ、そうよね……少しは特別に思われてるって事よね。
「………えへへ」
「うわっ、分かりやすいなーこの人」
思わずニヤけると、大鳳さんは目を腐らせながらラーメンの卵を食べた。私の頬がカァッと熱くなった。
「な、何がですか⁉︎」
「へ?何がって?」
「わ、分かりやすいとは?」
「いや、提督のこと好きですよね?」
「はぁ⁉︎ち、違います違います!ありえません!」
「は、はぁ。まぁ毎日提督の話ばかり聞かされてる私としては全部筒抜けですが」
「だから違っ」
「少しは特別に思われてる事ですし、たまには遊んであげたほうが良いと思いますよ」
大鳳さんはそう言うと、いつの間にラーメンを食べ終えたのか、食器を片付けに言った。
私は釈然としないながらも、ざるそばを啜った。
++++
「大和さん、コーヒー飲みますか?」
「大和さん、肩揉みましょうか?あ、セクハラとかしませんから!そんな度胸ありませんし!」
「大和さん、もしアレなら全部俺が仕事やりますよ!あっちのソファーで休んでて下さい!」
「……………」
少し鬱陶しいほどに、提督が中途半端に優しくなった。どうしたのかしら。
「………あの、提督?どうかなさいましたか?」
「え?何が?どうもしませんけど?」
何トボけてるのよ。その顔かなり腹立つんですけど。
「いえ、その……親切すぎて……」
「いやいやいや、全然いつも通りだから。何もないから」
「あの、何か変なものでも食べました?」
「は?全然?あ、リンゴ食べます?切りますよ?」
「じ、じゃあ、その……お願いします?」
あまり豹変し過ぎて、思わずお願いしてしまった。
「あの、提督?普通にお願いしてしまいましたけど、皮剥けるんですか?」
「やったことないけど大丈夫でしょ」
「ええっ⁉︎」
いや、まぁ中にはそういう人もいるかもしれないけど……!
一生懸命、りんごの皮を剥こうとする提督を見ながら、わたしはハラハラしながらも微笑んでしまった。
怒られてすぐに態度を変えるなんて、本当にそういう子供っぽい所は可愛い提督ね。
そんな事を考えてると、ポタッ……と提督の足元で液体が垂れる音が聞こえた。真っ赤な水滴が床に落ちていた。その後に、りんごと包丁が床に落ちた。
「提督?どうかなさいましたか?」
恐る恐る提督に聞くと、涙目で答えた。
「えっ⁉︎何がッ⁉︎」
「いえ、さっきから動きませんし。りんごと包丁落とされたのでどうしたのかと……」
「いや、全然大丈夫!何もないから!指なんて全然切ってないから‼︎」
この提督は世話がやける!
「指切ったんですか⁉︎見せて下さい提督‼︎」
「いや、切ってないから!俺の強靭な身体に包丁の刃なんて刺さらな」
頭にカァーッと血が上った。
「いいから見せなさい‼︎」
「はい」
思わず大声で怒鳴ると、提督はノータイムで返事をして指を差し出した。
私は提督の指を消毒するため、指を咥えた。前に調べた止血の方法を実行し、お気に入りのハンカチでキュッと指を縛った。
++++
仕事が終わり、私は武蔵とお風呂に向かった。何がどうなってこうなったか分からないが、提督の部屋で過ごすことになった。
大浴場に向かいながら、私はもはや口癖のように呟いた。
「はぁ……まったく、提督は」
「なんだ、また惚気か?」
「違うわよ!今回は本当の愚痴!」
「今回は本当の、ってことは今までのは惚気か?」
「そ、そういう意味じゃ……!〜〜〜っ!い、いいから聞きなさい!」
「はいはい。今日も愚痴という名の惚気を聞かされる武蔵さんですよー」
「む、武蔵!」
ああもうっ!なんでうちの妹だけ姉を慕ってくれないのよ!金剛さんとか扶桑さんが羨ましい!
「で、なんだ?また何かやらかしたのか?」
「あの人ったら、指を切ったのを何故か隠すのよ?私に」
「指を?紙でか?」
「いや、なんか知らないけど、あの人、今日やけに優しかったのよ。なんか、コーヒー淹れるだの、肩を揉むだの、仕事全部やるだの……まぁ、秘書艦として全部お断りしたけれどね?で、リンゴ剥いてくれるって言うから、なんか流れでお願いしちゃって」
「お願いしたのか」
「その時に指切っちゃって。なんか恥ずかしいところ見られた子供みたいに隠すものだから、少し腹が立ったってだけよ」
「つまり、怪我という一番自分を頼るべきタイミングなのに頼ってもらえなくて、イライラしてるわけか」
「ちっがうわよ!なんでそうなるわけ⁉︎」
なんか武蔵と話しててもイライラする!何よ、どいつもこいつも……‼︎
「でも、他に理由なんてないだろう。普通は心配、良い所でも治療する程度だろう。それを超えて怒るということは、つまりそういうことだろう?」
「うっ……!」
な、なんなのよこの人前から……‼︎人の事を散々バカにして……!論破されちゃうからほんとにバカみたいじゃない!
「まぁ、お前も良い加減素直になれ」
「す、素直よ私は!」
そんな事を言いながら、私と武蔵は大浴場に入った。
脱衣所で武蔵がサラシを外しながら思い出したように言った。
「そういえば、提督が私の部屋に降ってきた時も何か様子がおかしかったな」
「降ってきた?」
上半身を脱ぎながら聞いた。
「実は今日、提督の部屋に泊まることになったのも、奴が私達の部屋の天井に穴を開けたのが原因でな……」
「何したのよあの人」
「いや、何か相談しに来ようと思ったが、廊下は艦娘と出会す可能性があるから、屋根裏を移動して部屋の前に移動しようとしたらしい」
「何してんのよあの人」
「で、その時になんか聞いて来てたな。艦娘にパンツを履く文化があるか、だの、透明のパンツを履いたりするか、だの……」
「あの人は後でとっちめるべきね……」
そんな話をしながら私はスカートに手を掛けた。
「ま、奴も男だ。そういう事に興味を持ってもおかしくない。大目に見てやれ」
「そんなもんかしらねぇ」
テキトーに返しながら、スカートを降ろした。直後、ブフォッと武蔵が噴き出した。
「? どうしたのよ、汚いわね」
「い、いやっ……す、全てが腑に落ちただけだ」
「はぁ?」
何言ってるのこの子?どうかした?
「お、おまっ……お前、ずっとそのままか?トイレとかいかなかったか?」
「一度だけ行ったわよ。それが?」
「行った時に気が付かなかったのか⁉︎」
「何がよ」
聞くと、武蔵は言おうか言うまいか悩んだ。ていうか、スカート半脱ぎの姿勢がいい加減辛いんだけど……。
「言わないと、武蔵はメガネを取ると恥ずかしがるって提督に言うわよ」
「わかった!言う、言うから落ち着け!」
で、武蔵はコホンと咳払いすると言った。
「お前、パンツはどうした?」
「…………へっ?」
私は自分の足の間を見た。あるのは女性器だけで、パンツの姿がない。スカートと一緒に下ろしたのかと思い、スカートの中を見るが、そこにもパンツはなかった。
いやな汗が額に浮かぶ。
「……うっ、うそ……でしょ………?」
武蔵は無言で顔を背け、「私の姉大丈夫か……?」と呟いていた。反論できないのが悔しい。
と、いうことは何。私、今日一日ずっとノーパンで遅刻してノーパンで朝ご飯食べてノーパンで提督を叱ってノーパンで大鳳さんとお昼を食べてノーパンで提督の指咥えてたって言うの⁉︎どんなプレイよ⁉︎
……………いや、待った。私、お昼前に提督にスカートの中見られたわよね………?
それを思い出すと、全てが腑に落ちると共に、私の全てがドン底に落ちた気がした。
「…………」
顔が真っ赤になっているのがわかった。これはヤバイ。これは死ねる。これは痴女だ。
そっかぁ……提督がやけに優しかったのも、その所為かぁ。
「お、落ち着け大和……!だ、誰だってこんな日は……あ、あると、思う……」
ないわよ……。なんで?どこで?そ、そういえば、今日は寝坊して遅刻ギリギリだったっけ……?その時に、パンツを履き忘れたのか、な?
「あ、あはっ、あははっ………」
「や、大和?気にするな、落ち着け。な?」
「……はははっ、ははっ、はぁ………む、むさしぃ……」
「……………」
武蔵に泣きながら抱き着き、武蔵は私の背中をさすってくれた。
++++
提督の部屋に着いても、私の気は沈んだままだった。私はこれから、どんな顔して提督の部屋で提督と寝ろというのだろう。
しかも、ノーパンで提督の指を咥えたと自覚した時、若干濡れてた事実をどう受け止めれば良いのだろう。考えれば考えるほど死にたくなる。
「………はぁ、死にたい」
「そう気を落とすな。今度、何か奢ってやる」
武蔵が肩に手を置いてくれた。………なんか、姉妹の立場逆転してる気もするけど、今は気にしてる余裕はなかった。
提督の部屋の前に到着し、私は深呼吸した。………ふぅ、よし!
「やっぱり、私達の部屋で寝ない?」
「提督よ、入るぞ」
「無視⁉︎」
武蔵が入り、わたしも慌てて後から入った。
中を覗くと、提督は既に眠っていた。布団の中で丸まって、子猫みたいに寝息を立てている。
「……………」
「良かったな、寝てて」
「………あ〜〜〜良かったぁ………」
「ホッとし過ぎだ。じゃあ、提督の隣はお前で良いな。私ももう寝る」
「ええっ⁉︎わ、私⁉︎」
「当然だろう。逆に、私が提督の隣で寝ても良いのか?」
「ダメ」
「決まりだな」
………最近、妹に弄ばれ過ぎてる気がする。姉としての威厳がまるでないわね。今度、仕返ししてやろう。
けど、今回は乗せられておいて、提督の隣に寝転がった。
「て、提督……失礼します………」
布団の中に入った。提督はこっちを向いて寝ている。
…………ち、近い。緊張する。な、なんか普段から幼いとは思ってたけど、寝顔はその3倍くらい幼いんじゃないかしら。
これ、寝れる気がしないんだけど。
「ね、ねぇ武蔵?やっぱり場所代わっ」
「zzz………」
「は、早っ⁉︎」
こ、この妹は本当に………‼︎
すると、目の前の提督から「んっ………」と、吐息が漏れた。起こしちゃったかしら?
「………ゃ、やまと、さん……」
⁉︎ わ、私が夢に出てるの⁉︎
「………怒ら、ないで……」
…………夢の中でも怒られてるのね、私に。
少し微笑ましくなり、私は提督の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ、提督が何もしなければ怒りませんから」
そう言いながら頭を撫で続けた。なんか、こうして見ると弟みたいでかわいいかも。
そう思った直後、
「頭を……カチ割ろうとしないで………」
「……………」
すぐに手を離した。
なんか、緊張してるのがバカバカしくなったので、さっさと寝ることにした。