第1話 きっかけ
コミュ障、という言葉がある。
他人とコミュニケーションを取れない、もしくは取ることが苦手な人種だ。
コミュ障の中でも、他人とコミュニケーションを取ろうとする人種と、コミュニケーションを取ることを諦める人種の二つがある。
後者はどうだか知らないが、前者はその中でさらに二つに分かれる。何とか会話を頑張ろうとするコミュ障か、会話以外の方法でコミュニケーションを取ろうとするコミュ障か、だ。
後者は大体、子供の頃からの天性のかまちょであることが多い。話をしたいが、何を話せばいいかわからない。だから、チョッカイかけて話題を作ろうとする。
俺は、その後者だった。後者であってしまった。後者であろうとしたわけでなく、何でか後者なのだ。
今も、何となく誰かに構って欲しいが、秘書がいない執務室には俺しかいない。
「………飽きた」
仕事飽きた。ペンを机の上に放って、椅子にもたれかかる。………眠いな。ゲームしたい。
すると、コンコンとノックの音がした。慌てて俺は仕事に戻りながら「どうぞ」と返した。
「失礼します」
うちの第一艦隊のご帰還だ。と、言っても報告は旗艦しかこないけど。だってせっかく戦闘終わらせて帰って来たのに休めないなんてかわいそうでしょ。そもそも、こっちは遠くからとはいえ、指揮を取ってるわけなんだから、結果は知ってるし。
だけど、形式的には報告してくれないと困るので旗艦にだけ来てもらってる。
その旗艦は大和さんで、部屋に入って来た。
「帰還致しました。作戦完了です。小破、中破、大破、全ていません」
「お疲れ様っス。じゃあ、あの……アレだと思うんで、出て大丈夫です」
アレってなんだよ、と思うかもしれないが、「作戦終了したばかりなんだし、疲れてるでしょ?」という意味が含まれています。
まぁ、それくらい言わなくても向こうは分かると思うから、「アレ」という短い言葉で伝えた。
「………了解しました。失礼しました」
大和さんはそう短く言うと部屋から出て行った。
コミュ障とカマチョを兼業してる奴は、人に話をかけることができない。だから別の方法でチョッカイ出すのだが、俺に他の人をこの部屋にとどめる会話スキルはない。
よって、手放してしまった。ヤベェ、面倒臭いな俺って。
「………仕事するか」
暇だし。
演習、近代化改修の報告書は終わった。後は出撃と開発建造と遠征の分だけだ。ちゃっちゃと終わらせよう。
++++
5時間後、仕事が終わらない。忘れてたんだよ、今日は何を思ったか、ビスマルクレシピアホみたいに挑んだんだった。
出撃や建造をすればするほど、報告書の量が増えるのは当然だ。ならしなければいいだろ、と思うかもしれないが、それでは戦争にならない。
あー、畜生………やっぱり、出撃は1日2回までだな。
まぁ、自業自得だし仕方ないか。そう思って、パソコンで文字を打ち込む。ちなみに、ワードの隣のニコニコ動画を見ながら作業してるのは言うまでもない。
明日に響かないように、なるべく早めに終わらせるか。
そう決めてカタカタとキーボードを叩いてると、ノックの音がした。
「っ⁉︎」
反射的に動画を一時停止した。
こ、こんな時間に誰だ⁉︎ヤバい、完全に油断してた。どうしよう……!
「ど、どうぞ?」
考えがまとまらないうちにOKの返事をしてしまった。
入って来たのは、大和さんだった。
「な、なんでしょうか……?」
「いえ、今日は出撃後に明日のご予定を仰らなかったので気になったのですが……」
げっ、確かにいつも翌日になって呼び出すのが嫌だったから、予め出撃とか遠征の時間と編成を伝えるようにしてたけど……。忘れてた。
「忙しかったですか?」
「いや全然。あー、明日は出撃無し。演習も挑まれたら、古鷹さん、瑞鶴さん、榛名さん、霞、朝潮、瑞鳳の編成で相手してください。こっちから挑むことは無いんで」
「分かりました」
キーボードを打ちながら、そう答えた。
コミュ障とはいえ、俺だって話を振られれば答える事は出来る。ただ、必要以上の事は言えません。
「…………」
「…………」
………あの、なんでまだこの部屋にいるの?あ、まだ出てっていいよって言ってなかったっけ。
「あ、あの、どうぞ出て下さい。おやすみなさい」
「いえ、その……今はお仕事ですか?」
「え?はい」
何、俺って仕事するように見えない?何それひどい。泣きそう。
「こんな夜遅くまで?」
「こんなって、まだ22時ですけど」
「い、いえ、でもいつもはこの時間だと執務室の明かりは消えてますよね?」
え、なんでそんなことまで知ってんの。や、確かにこの時間は今頃自室でゲームしてるけど。
「まぁ、今日はちょっと仕事多くて。けどま、全然大丈夫なんで」
そう言って、ワードに文字を打ち込み続ける。動画の再生は後でいいか。
「……………」
「……………」
あの、この人なんでまだいるの?
チラッと見ると、大和はぷくーっとふくれっ面で俺の事を睨んでいた。
えっ、なんで怒ってんの?
「提督」
「は、はい」
「知っていますか?他の鎮守府では、秘書艦というのが存在するんです」
「は、はぁ」
「仕事の手を止めてください」
怒られたので、キーボードを打つ手を止めた。
「普通、その様な執務は秘書艦と二人でやるものなんです」
「は、はぁ」
「何故、提督は秘書艦をお決めにならないのですか?」
「や、一人でも全然できるんで」
「提督、大和は今、お説教をしています。黙って聞いてください」
「え、はい」
え、これ説教だったの?てか、大和さん顔怖っ。
「前々から思っていましたが、提督は私達とコミュニケーションを取らなさすぎです。いつも一人でこの広い部屋で仕事をして、食事も食堂の一番端に座って、最低限の事しか私達と会話をしません。なんでですか」
それは、あれです。コミュ障だからです。
「その癖、食堂でご飯食べてる時、チラチラと周りの艦娘を見てますよね。何なんですかあなたは」
おいバカやめろ。人の心を抉りに来るな。
「艦娘とのコミュニケーションも大事な仕事の一つです。提督の的確な指示には、私達も信頼を置いていますが、その他の部分は、私達は提督の事を全く知りません。一部の駆逐艦の間では、怖がられていますよ」
え、マジか。それは初耳学。
「艦隊とは、全員の力を合わせて成り立つものです。その全員の中に、提督も含まれているのですから、忘れないで下さいね」
それは分かるけども……。まぁ、大和さんが正しいか。頷いておこう。
「…………はい」
素直に返事をすると、「よろしい」とでも言わんばかりに大和さんは優しく微笑み頷いた。そして、俺の隣に椅子を用意して座った。ちょっ、近い近い近い良い匂い。
「では、大和も手伝います」
「えっ?なんでそうなるの?」
思わず口に出してしまった。
すると、さっきまでの優しい微笑みが嘘のように烈火のごとく怒った顔になった。
「…………さっきの話、聞いていらっしゃらなかったのですか?」
「あ、いえ、なんでもないですっ」
「では、私は何をすればいいですか?」
「部屋に戻」
「提督?」
「………らないで、そこの書類の表紙に判子を押してホッチキスでまとめて下さい」
「はい」
うちの艦隊にも、秘書艦が出来た。
内心、ドギマギしながらも、俺は少し嬉しかった。あんな風にお説教されたのは、中学の時、好きな女の子の靴の中にザリガニを入れた時以来だ。それ以来、友達もいなくなったし、教師からも見放されるようになったからなぁ。
それから、如何に自分がダメな人間だったかを知って、他人の気持ちを考えてなかったかを知って、どれだけ人を不快にさせてたかを知って、それからなるべく人と関わらないようにして来た。
そんな俺に、まだ説教をしてくれる奴がいる。
俺は、ふと隣の大和さんを見た。真面目な表情で、俺に言われた仕事をこなしている。
_____________ああ、もっと、この人に怒られたい。
そう思うように、なってしまった。