「皆お疲れ様。今日はもう出撃は無しにするわ」
あと五時間はあるはずだが……まあこれ以上の戦闘は難しいか。
「随伴艦の皆は入渠しなさい。吹雪は執務室までついてきて」
「わかった」
「はいっ!」
出撃がないということは、次の海域の話かな?それとも明日の予定か?
と、そこで鈴谷が疑問を口にする。
「私、ドッグがどこにあるかわからないんだけど」
夕立もそれに続く
「私も知らないっぽーい」
「私が案内するから、着いてきて」
「は~い」
「ぽいっ!」
飛鷹の言葉に二人は頷き、三人でドッグへと歩いていく。
「私たちもいきましょ」
「そうだな」
まだ日は高い。
ボス戦から生還した俺達を祝福するかのように、太陽の光が降り注いでいた。
執務室に到着するなり花音が抱きついてくる。
「ありがとう!あなたがいなかったらきっと負けてたわ……それに飛鷹や鈴谷は沈んでいたかもしれない」
それは至福の瞬間だった。
五感の全てが花音に満たされ、意識が遠退く。
……ああ、このために生きてるんだな……!
「ねぇ、吹雪。聞いてるの?」
「……ああ聞いてる。いや、犠牲がでなくてほんと良かったよ」
「そうねー」
花音が身を離して顔を覗き込んでいた。
危ない危ない。危うく意識を持ってかれるところだった。
「たった一戦進んだだけでこんなに変わるとはな。あとどれくらいあるんだ?」
「全二十五海域よ」
「うへぇ、多いな」
毎回あんな苦しい戦いをしてたら持たんぞ。
花音は席に戻り、頭に手を当てて口を開く。
「そうね。一つ目の海域からあれでは先が思いやられるわ」
そこまで言うと花音は顔をあげた。
「それに海域の攻略はあくまでも通過点。私の目標はその先にあるわ」
その先?
「全海域を制覇した提督は一級提督と言われるの。大本営の作戦には一級提督しか呼ばれない。だから私は、一級提督になりたい!なって、人類が制海権を取り戻す手助けをしたいの!」
花音は表情を硬く、真剣にしてそう言い、続ける。
「今の海には大量の深海棲艦がいると言ったでしょう?なかには今日戦ったような海域棲型のものだけじゃなく、回遊型のものもいるの」
「回遊型?」
字面からするに、海を回遊しているということだろうか?
「ええ。回遊型の深海棲艦は編成や練度がバラバラな上、遭遇地点もわからない。だから、こちらも相応に高度な艦隊であたらなければならないの」
「なるほど、それで……」
一級提督、一人前の提督にならないと作戦には参加させてもらえないのか。
全滅したら、艦娘は深海棲艦になってしまうみたいだしな。
「本当はあなたを戦線には出したくない。あなたは人間だもの。でも今日の戦いを見ると、やはりあなた抜きで海域攻略するのは難しいわ」
花音はこちらを見つめて、続ける。
「もう少しだけ力を貸して。お願い!」
「もちろんだ。花音に俺が必要な間は、戦う」
戦力が揃うまでの間は手を貸す。
そう決めたのだから。
「ありがとう!」
そう言ってはにかむ花音はとても美しくて、可愛くて。
この人の夢を守れたことがただ嬉しかった。
「今日はもう疲れたでしょう。随伴の子達はもうでた頃でしょうし、あなたも入渠してきなさい。お疲れ様」
「そうだな。花音もお疲れ様」
俺は執務室を後にした。
疲れたな……一眠りしたい。
とりあえず風呂に入らないと。
そう考えた俺は服を籠へいれ、入渠ドッグへと入った。
「あ!吹雪さん!やっときたっぽーい!」
見るとピンクの髪を長引かせて少女が近づいてくる。夕立か。って……
「まだ入ってたのか?」
「一番の功労者に一人風呂させるなんてかわいそうじゃん?」
浴槽に腰かけた鈴谷がそう答える。ほどよい胸の膨らみと細すぎないスタイルが美しい。
「なかなか来ないから、入渠しないのかと思ったわ。もうすこし入っていこうかしら」
シャワーを浴び終えた飛鷹が濡れた黒髪をまとめ、風呂へと戻る。
「吹雪も早く風呂に入るっぽい!」
「わかったよ」
シャワーを浴びて風呂に入る。
すると飛鷹が申し訳なさそうに口を開く。
「私を庇ったせいで被弾してたわよね。大丈夫?」
「ああ、問題ない。気にしなくていいよ。無事で良かった」
魚雷は直撃してないし、砲弾もかすっただけだしな。それでも痛かったけど。
飛鷹を助けられたのなら安いもんだ。
またこの裸を眺められるのだから。
「吹雪は頼りになるっぽーい!」
「うわっ!やめろって!」
突然夕立が抱きついてくる。
服の上からではわからなかったが、たしかにある胸の膨らみが肩にあたる。柔らかい。
しかしのしかかられるように抱きつかれたため、体勢を崩しそうだ。
すると、逆側から飛鷹が体を支えてくれる。
「夕立。吹雪は疲れてるんだからそんな風に体重を掛けたらだめよ」
「鈴谷もくっつかせて!すべすべじゃーん!」
鈴谷が正面から抱きついてきて、顔が胸に埋まる。
両方の頬を白く柔らかなメロンが挟みこむ。
気持ちいいけど……
「く、苦しい……」
「鈴谷、離れなさい!」
「あ、ごめんごめーん」
鈴谷が離れ、息を大きく吸い込む。
こんなところで死ぬわけにはいかないって。
「夕立、頭がくらくらするっぽいー」
長く入ってればそうなるよね。
「そうね、そろそろ出ましょうか」
飛鷹がそう言って立ち上がる。
「えぇー!鈴谷はもう少し入りたい!」
鈴谷は不満そうに頬を膨らます。
「吹雪も疲れてるみたいだし、この辺にしときましょ」
「わかったー」
飛鷹に説得されて渋々と鈴谷が立ち上がる。
俺も出るか。
執務室により鈴谷の部屋を聞いた後、四人で自室へと向かった。
「それじゃ、また夕食の時に」
「夕立も眠いっぽい~」
夕立と一緒に二人に向かって手を振る。
「お疲れ~ぃ!」
「はい!」
鈴谷と飛鷹はそう言うとそれぞれ別の部屋に入っていった。
「夕立、俺達も休もう」
「ぽい!」
夕食まではあと三時間ほど。一眠りはできるだろう。
はしごを上っていく夕立が視界から消え、俺は、心地よい微睡みへと身を任せた。
そして明くる朝がきた。
夕食を食べるために起きた以外はずっと寝てしまっている。寝過ぎだ。
「夕立、そろそろ行こうか」
「まだねむたいっぽーい」
上にいる夕立へと声をかけると、眠たげな返事が返ってくる。
ベッドから降りて上を見上げると、夕立が眼をこすりながら体を起こすところだった。
「朝ごはん食べに行くぞ」
「ぽい~」
夕立はやっとはしごに手を掛けて降りようとするが、手を滑らせてしまう。
「ぽいっ!」
「危ないっ!」
スライディングで体を滑り込ませ、夕立をキャッチする。
お姫様だっこする形になった。
「無事か!?」
「うん!ありがとうっぽいー!」
「おう。気を付けろよ」
ふぅ。
まあ無事ならいいか。
「朝食行くか」
「ぽいっ!」
俺達は顔を洗い、朝食へと向かった。
朝食を終えると、出撃が待っている。
今日は新たな海域へと進むらしい。
前を歩く花音が、全体へと呼び掛ける。
「先程も言ったように、今日からは第二海域、南西諸島沖へと向かいます。全員気を引き締めて行きましょう!」
「おう!」
「はいっ!」
「おーう!」
「ぽいっ!」
四人の返事が合わさって、鎮守府の廊下へと響いた。
埠頭から離れ、旗艦ベルトの誘導に身を任せていると、前方の海域に旗艦ベルトと同じような光る部分があった。
大きさはテニスコートくらいだろうか?
光る海域に近づくにつれて旗艦ベルトの光が弱まり、やがて前進が止まる。
「全員あの海域まで移動して!」
花音の指示に従い全員で光る海上まで進むと、光が一層強くなった。
視界が白くなり、目を閉じても光が感じられる。
「眩しっ……!」
やがて光が弱まった。
暖かい潮風が頬を撫でる。少しだけ、じめじめとした湿気が強くなったように感じる。日差しも強くなったようだ。
これは……どういうことだ?
「南西諸島海域前に着いたようね。向かうわよ!」
強く言う花音だったが、背中から伝わる震えは強まっている。
そろそろ戦闘が近いようだ。
慎重に前進していくと、突然視界が回転する。
「花音!どういうことだ!?」
「この海域は最初に分岐があるのよね」
先に言ってくれよ!
「夕立も回るっぽいー!」
回転が収まり横を向くと、夕立がくるくると回転している。
花音が夕立に尋ねる。
「夕立も回されてるの?」
「楽しぃーっぽい!」
夕立の足元に渦潮はない。
どうやらただ遊びで回っていただけのようだ。
「夕立、前進するぞ」
「ぽい!」
そう言うと同時に前へと体が流され始める。
新海域での初戦が、近づいていた。
「敵艦を捕捉!駆逐艦二隻です!第一次攻撃隊、発艦始め!」
飛鷹は目をつぶりそう言うと攻撃機と爆撃機を飛ばす。
ラジコンのような大きさではあるが、第一海域ではなんども駆逐艦を沈めてきた。
「攻撃成功!敵大破一、小破一」
片方の駆逐艦からは煙が上がっている。
「鈴谷にお任せじゃーん!」
続いて鈴谷が腰についている大ぶりな主砲から砲弾を射出する。
甲高い風切り音を残して着弾した砲弾が、煙の上がっていない方の駆逐艦を沈める。
「うしっ!」
次は俺だ。
「いけっ!」
放った砲弾が敵の駆逐艦を掠めると、バランスを崩した敵はそのまま沈んでいく。
「楽勝だな」
「夕立も攻撃したかったっぽーい!」
近寄ってきた夕立が頬を膨らませる。だが、頭を撫でると気持ち良さそうに笑顔を浮かべる。
「また今度な。花音、この後は?」
「……ええ、帰投しましょ。八時の方向に移動してね」
「わかった」
花音に従って反転し、海上を滑るように移動し始めた。
しばらく進むと、再び海域が光だした。
「全員止まって!」
花音の指示に全員停止すると、一際強い光が艦隊を包む。
そして光が弱まる。
緩やかな波が足元をゆらし、吹く風はやや肌寒い。
「戻ってきたのか……?」
「そうみたいね。前進しましょ」
第二海域の初戦は、余力を残した勝利に終わった。
雲一つない空に浮かぶ太陽が、傷一つなく帰投する俺達を照らしていた。
お読みいただき、ありがとうございました