「飛鷹を部屋に案内してから執務室に来なさい。話があるわ。飛鷹はあなたの隣の部屋に」
「わかった。飛鷹、着いてきて」
「はい!」
艤装を外し、花音と別れて飛鷹を部屋へと案内する。
「空母強いんだね。びっくりしたよ」
「ええそうね。うちの子は優秀だから」
「子って?」
「艦載機のこと。どの空母も子供のように思うものよ」
「そういうものなのか」
「ええ」
そう言う飛鷹の顔は、たしかに我が子を慈しむ母親のものだった。
「着いたぞ。そっちは俺の部屋だから、なんかあったら呼んでくれ」
「ありがとう。これからよろしくね。吹雪先輩」
「おう。それと、先輩はなくていいよ」
どうみても年上に見える相手にそう呼ばれるのはむず痒い。
「うーん、そう?じゃあ吹雪って呼ばせてもらうわ」
「おう。よろしくな」
飛鷹と別れ、花音のいる執務室に到着した。
何か話があるとのことだったが……
解雇通告か?
まあ聞いてみるしかないか。
廊下に木の扉をノックする乾いた音が響く。
「入るぞ」
「入って」
正面を見ると花音は執務机の書類を片付け、椅子に深く座っていた。
「話ってなんだ?」
「この鎮守府が抱える問題についてよ。一つは私の。もう一つは……あなたの問題かしら」
「ほう」
なんだ?問題って。
俺の方は心当たりあるけど花音に問題なんてあったっけ?
「まずは私の問題から話すわね。私は出撃することに強い恐怖を感じているわ。出撃中、私が震えていたこと。あなたも気づいていたでしょ?」
ああ、そのことか。
「武器もなしに戦場に行くのは大変だろ。仕方ないって」
命を他人任せにするのは勇気がいるだろうしな。
「あなたはそう思うかもしれない。でも、他の娘はそうは思わないかもしれない。少なくとも皆、勇気に溢れた提督のもと戦いたいはずよ」
「俺は優しい提督の方がいいけどな」
死にたくないし。
「……そう。ただ私としては皆に私の弱さを知られたくはないの。士気に関わるわ」
そういうもんかね。
たしかに、俺が男だから、女の子のか弱さに
「今日はありがとう。黙っててくれて」
「まあ花音がそうしたいってんなら、黙っとくよ」
「ありがと。それで、次はあなたの問題なんだけど」
俺の問題っていうとあれか。
「あなたが他の人物の人格を受け継いでいるということよ」
だよね。
「いまのところまだ上層部への報告はしていないわ。報告すれば艦娘の謎に一歩迫れるかもしれない」
ふむふむ。
「でも、そうすることによってあなたを研究しようということになるかもしれない」
それは困るな……
「俺としては大事にはしたくないな」
「そうよね……わかったわ。今回の件は上層部には伏せておきます」
え?
「いいのか?」
「あなたには助けられてるもの。それにあなたの中身が別人だなんて、わざわざ説明でもしない限りわかるはずもないし」
まあそれもそうか。
「というわけでこの件については他の艦娘や人には話さないこと。いいわね?」
「わかった。ありがとな」
二人だけの秘密か……ちょっといいな。
「ふぅ。あとは今後のことだけど、あなたは秘書艦だから戦闘後は必ず顔を見せるように」
「はい」
今回みたいに今後の話するのかな?
「そういえばあなた、飛鷹の前ではちゃんと提督って呼んでくれていたけれど、花音て呼んでくれていいわよ」
たしかに、提督って呼ぶのはむず痒い。
「もとは普通の人間だったなら、私が提督って意識はないでしょうし」
「でも他のやつは提督って呼ぶんだろ?」
「うーんそうね……初期艦だからそう呼んでるってことにしておけば大丈夫でしょう」
「そうだな」
まあ花音がいいならそうさせてもらおう。
「あと今日の夕食は一九○○だから、飛鷹にもそう伝えておいてね」
「わかった」
「それじゃあ今日はもう終わりね。出撃もなし。また夕食の時に会いましょ」
「おう。またな」
ほんと、出撃中以外は頼りになるなー。
言わないけど。
夕食はラーメンだ。
花音の手作りではなかったが。
「おいしいわね」
花音がラーメンをすすりつつ言う。
「そうだな」
なかなかの味だ。
「でも夕食にラーメンてどうなのかしら?」
飛鷹は不満そうだ。
「少しならカレーも余ってるけど、食べる?」
「ほんとに!?」
花音の言葉に飛鷹はぱっと顔を明るくする。
「ええ。残ってしまったから明日食べようと思っていたの。少し、待っててね」
花音はそう言うと席を立つ。
飛鷹と二人っきりだ。
俺より出来のよい後輩……
「吹雪は食べたの?カレー」
「ああ、食べたよ」
うまかったな。
「そうなの」
……
だめだ、会話が続かねー。
早く帰ってきてくれーー花音ー。
「飛鷹はさ。出撃が怖かったりしないの?」
俺は怖いが、純粋な艦娘はどうなんだろ?
「まあ、怖くないことはないけど。提督も他の艦娘もいるし、全然平気だわ!」
ほぉ。そんな感じなのか。
「俺も飛鷹が来てくれて心強いよ」
「そう?がんばるわ!」
「俺も頑張らないとなー」
そうだ。俺も頑張ろう。
駆逐艦だから。中身は普通の人間だから。
そんな風に言い訳してても始まらないんだ。
花音の役に立つと決めたのだから、頑張ろう。
「お待たせ。暖めてたら時間掛かっちゃったわ。はいこれ」
飛鷹にやや小さいお椀に盛られたカレーが差し出される。
セットメニューのミニカレーのような感じだ。
おいしそうだな。てか、おいしいんだよなーあのカレー。
すると花音が笑い出した。
「吹雪、そんな目をしなくてもあなたの分もあるわよ。どうぞ」
花音がそういうと目の前に俺の分のカレーがおかれる。俺の分のカレーだ。
俺の分のカレーめっちゃうまい。
「そんなにがっつかないで。飛鷹はどう?お口にあったかしら?」
「おいしいです提督!」
俺の分のカレー食べ終わってしまった。
横を見ると飛鷹もまた食べ終え、口元をナフキンで拭いている。
だよな!花音のカレーおいしいよな!
「ごちそうさまでした」
三人で手を合わせて言うと、それぞれの食器を片付け、部屋へと引き上げていった。
大浴場、もとい入渠ドックは九時から十時までは提督専用らしく、早めに入りたかった俺は入浴を済ますことにした。
体を洗って湯船に浸かると、屋根から水滴が落ちてくる。
冷てぇ!
「ふぅーー」
今日は長い一日だった。
眠ったと思ったらいつの間にか提督の目の前にいて、人類のために戦うことになってしまった。
戦うのは怖い。死にたくはない。
だが、花音のことは守りたい。
そして敵の駆逐艦を倒した。
花音には自分の状況も話した。
頼れる仲間、飛鷹も艦隊に加わった。
「にしても……」
これから先、俺はどうなるのだろうか?
元いた世界にはどうしたらもどれるのか?
浸かっているお湯の暖かさや湯気が顔に張り付く感じからしても、これが夢ではないことは確かなようだ。
そういえば、昔読んだものに似たような話があった。
たしか成すべきことを成したら帰るというものだったはずだ。俺もそうなのか?
だとしたら何を成せばいいと言うのだろうか?
他には、最初に送り込まれた場所にいくことで戻れるというものもあった。これは執務室になるだろうが、戻れてはいない。
あるいは……死んだら戻れるのだろうか?
試すわけにはいかないしな。
いま考えても、結論が出るわけはないか。
情報が少なすぎる。
再び水滴が近くに落ちてきて、水音を立てる。
体はだいぶ暖まったが、もう少し温泉を楽しみたい。
以前は長風呂はしない方だったが、体が違えばそういう嗜好も変わるものなのだろうか?
そんな
遠目でよくは見えないが、花音とは違う気がする。飛鷹かな?
「吹雪いる?一緒しましょー!」
またこのパターンか。
この世界のやつらはなぜこうも一緒に風呂に入りたがるのだろうか。
そんなにも自分の体に自信があるのか?
……たしかに、すごく魅力的な体付きではあるのだが。
「俺はもう出るところだよ。また今度な」
「ええー!一緒に入りましょうよー!」
飛鷹は体をさっと洗うと、出ようとする俺の前に立つ。
「一人で入ってもつまらないじゃない」
飛鷹が両手を腰に当てて胸を張ると、膨らみが目線の少し下に入り、その存在を主張する。
お腹の辺りは細い。にも関わらず腰や胸は大きく、くびれがある。
ああ……腰に手を回して抱きつきたい!
やっぱもう少しくらい入ろうかな。
精神的混浴を楽しもう……ってだめだろ!
「のぼせちゃうから!」
「たしかに、少し顔が赤いわね。またにしましょうか……」
ごめんよ、そいつは違う理由だ。
だが助かったぜ。
「そうそう。これから長いんだろ?絶対またそういう機会もあるって」
「そうね」
うつむく飛鷹に罪悪感が芽生えるが、これ以上飛鷹の裸を見るのもそれはそれで悪いし、どうしようもない。
「それじゃあな」
「また明日ね。おやすみなさい」
「おやすみ」
風呂を出て、自室へと戻る。
電気を消してベッドの上に寝そべるが、眠気はやってこない。
それにしても飛鷹キレイだったな。
恥じらう姿もいいけど、信用しきった感じもたまらない。
でも俺は、その信用を踏みにじっていると言えるのかもしれない。
だったら相談するか?実は自分の中身は男だと。
だが、これから仲間はどんどん増えていく。
その度に説明していたら、いずれ外部にもこの事が漏れてしまうかもしれない。
そうなれば俺は研究されるし、花音の責任問題にもなりかねない。
そもそも、花音にしらを切るような真似ができるとも思えない。
一蓮托生だ。とかいって俺のことを庇いそうだ。
ならば、自分の内面を明かすことはできない。
だが、俺は一体どこまで許容されるのだろうか?
女の子と一緒に風呂に入るのは許容されることなのだろうか?
彼女たちも一人の人間だ。ならば本来は、男の俺が一緒に入るのはいけないことだろう。
でも、常に別々に入るなんて真似は出来そうにない。
人のいない時間に入ることは可能だろうが、それでは睡眠が十分に取れなくなってしまう。
命がけで戦う以上、それはできない。
やはり意図せず起こることは、諦めるしかないのだろうか。
俺が避けようとしても、相手に異性だという意識がない以上、男女として不適切なことは起こる。
……待てよ、そもそも俺の体は女だったのか。
女性が好きな女が女風呂に入ろうと、男性が好きな男が男風呂に入ろうと、そこに問題は発生しない。
その事を外部に漏らさなければ、相手に不快感を与えることも絶対にない。
決めた!俺は俺っ子隠れレズな女の子を目指す!
そう考えると、花音に漏らしてしまったのは勿体無かったな。
あのままあの柔肌を楽しめていたら。美しい肢体を眺められていたら。
「花音に話したのは失敗だったな……」
自分の中の罪悪感が消えたからか、飛鷹の裸を見たことの興奮が薄れたからか。
ようやくやってきた眠気に身を任せ、意識を手放した。
お読みいただき、ありがとうございました。