艦娘に転生……って、俺男だぞ!?   作:スライストマト

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2話 昔はお前のようなできる人だったのだが、腹に弾を受けてしまってな

「さてと。それじゃあ早速、出撃しますかー!」

「いきなりだな」

 

この提督、かなりやる気のようだが……。

「なあなあ。まずは何人か仲間を作った方がいいんじゃないか?さすがに一人で戦場にいくのは不安なんだが。作れるんだろ?」

 

どうやら艦娘は深海棲艦を艦娘に戻す以外に、工厰という場所で作ることもできるらしい。

「なにいってんのよー。私もいるじゃない」

「お前は戦えないだろうが!」

提督に戦闘能力はないらしい。

そんな奴を戦力にカウントできるはずがない。

 

「むしろ俺以外で出撃してくれってぐらいなんだがなー。さすがに死ぬのは怖い」

 

「やっぱり艦娘にもそういう感情はあるのね。教練で習ったことはそんなに信用できないのかも」

 

顎に手をやりしきりに頷く姿に思わず見惚れてしまう。……だが今はそれどころじゃなかった。

 

「感心してくれるのはいいけどさ、仲間作らないの?」

「んー資材はあるんだけど開発資材がないのよね……とりあえず一回出撃しましょ。それを本部に報告したらもらえるから。追加の資材も一緒に」

だからそれまではお願いね、と花音は言う。

 

「でも死ぬ危険があるのはちょっとな……」

「さっき協力してくれるっていったじゃないの!一蓮托生よ。頑張りましょ!」

 

協力を約束したのは失敗だった。

あまりの美しさに了承してしまったが、いま自分はどういう条件でここにいるのか?

どうしたら帰れるのか?

それとももう帰る方法はなく、こちらで生きていくしかないのか?

そういった事がわかるまでは協力すべきでないのかもしれない。

 

だが、すでに協力すると言ってしまっている。

それに、女の子が世界のために命を張るって言うなら、見捨てるのは忍びないと思う。しかも美人だし。

 

「てか、なんであんたみたいなのが提督なんだ? 普通軍人は男だろ?」

「なにその偏見……まあたしかに、随分前はそれが常識だったわね」

花音結衣はため息をつき、腕を組む。

 

「提督も最初は男の方が多かった。でも艦娘はみな女よ?一緒に生活することになるし、戦闘中は密着することにもなる」

綺麗な顔が少し曇る。

「五年くらい前、男性提督が艦娘に手を出す事件が多発したの。それもあなたのような年端もいかない駆逐艦達が多く被害にあった」

艦娘にも人権を与えるべきだ。そういう運動が巻き起こっていたこともあって、男性提督はいなくなったわ。

花音はそこまで語ると頬を弛ませ笑い出す。

 

「しかし、本当に変わってるわねーあなた。教練で知り合った他の艦娘とは大違い。吹雪が駆逐艦てことも知らなかったし」

そう、俺はこともあろうに駆逐艦になってしまったのだ。

回避と燃費には優れているものの他の能力は軒並み低く、火力もほぼ最下位。

 

こんなんで命がけの戦いしろって言われてもやるわけないじゃないか……

 

「でもまあ大丈夫。敵も駆逐艦一隻だから」

笑顔で続ける花音が眩しい。

じゃあ行くか、と答えそうになる。

危ない危ない、最初もそれで失敗したんだ。

命が掛かってるんだ。慎重に行け。

 

「なんでわかるんだ?」

「最初の四海域の攻略は教練で習うのよ。まあ艦娘は知らなくても支障はないけど。興味があるの?」

ない。と言えば嘘になる。

だが出撃してから本部に報告して資材を受け取り、それを用いて艦を建造する……なら、時間はあまりないだろう。

 

「いや、大丈夫だ。任せる」

今は花音のことを信じよう。確かなようだし。

ん?待てよ?

「って、駆逐艦一隻って戦力同じじゃねーか!ほんとに大丈夫なのかよ?」

しかも初陣。性能が同じなら勝てる気がしない。

「基本的に艦娘の方が深海棲艦より強いのよ。最初の海域だから敵も弱いし」

絶対大丈夫だから任せなさい、と花音が胸を叩く。

不安ではあるが……一回は出撃しないと味方増えないみたいだしな……

 

「仕方ない。やってやるよ」

「ふぅ、よかった。それじゃあ出撃しましょう!」

「おう!」

俺は花音とともに提督室を後にした。

 

 

海に来たのは何年ぶりだろうか?

足元から続く蒼が、ずっと遠くで空の青と繋がっている。

風が潮の匂いを運び、じめじめとした空気と強い日差しが、なぜか心地よい。

 

俺はいま、鎮守府前の海上に両の足で立っているのだ。

スキー板をはいて雪の上に立つような感覚で、立っているだけでもそれなりに楽しい。

 

「へぇ。こっから出撃するのかー」

すると背後の埠頭(ふとう)から花音が答える。

 

「そうよ。ちょっと待ってね」

花音は手早くベルトを俺の腹に回すと、体を俺の背中へと預ける。

リュックを背負った時のような重量感だが、花音の足は地面から離れているようだ。

ということは腕や腰の艤装(ぎそう)も実はそこそこ重いのだろうか?

 

「締めるわよー……きつくない?」

ベルトが閉められ、背中に花音が固定される。

……ベルトによって押し付けられた胸が、背中で柔らかく変形する。

 

「はいできた!これで準備は完了ね。出撃するわよ!」

「いやいやいや待て待て待て!背中から攻撃されたらどうするんだ!」

「大丈夫。この旗艦ベルトを着けている限り、私が受けたダメージは全てあなたが肩代わりするわ!」

「え?」

「私が受けたダメージは全て、あなたが肩代わりするわ!」

「全然大丈夫じゃねーー!外せよ!俺一人で行ってくるから。お前はおとなしく待っとけ!」

的が大きくなる上に動く邪魔になるし、なんもいいことないじゃないか!

……胸が押し付けられること以外。

 

「でも私がいないと海域に入れないのよね……海流に阻まれちゃって」

あれ、そうなの?

「だから邪魔になっちゃうのはわかるけど、連れていって」

お願い! と言われ、背中からは甘い香りと柔らかな圧力が加えられる。

「仕方がないなー」

うん。仕方がない。

出撃しなければいけないものは仕方がないし、連れてかなきゃいけないものは仕方がない。

全部仕方がない。

 

「じゃあ行くわよ!目標!鎮守府正面海域!」

そう花音が言うとベルトが光り、体が滑るように前進し始める。

「おお!?なんだ!?」

「旗艦は各海域までベルトで誘導されるのよ。一応あなたの力で動いてるのだけどね」

「へぇ。便利なものだな」

これだけの技術力があるならとっくに深海棲艦倒せそうなのになぁ。

 

 

「なあこれどれくらいでつくんだ?」

「鎮守府正面海域はほんとにすぐよ。あ、この辺じゃなかったかしら?」

ベルトの光が消える。

「ここが海域前。一歩前に進むと海流に引っ張られるから、もう戻れない」

準備はいい?と言われ、艤装の使い方を確認する。

「これはここ押せばいいんだよな?」

主砲も魚雷も、スイッチを押すだけ。次弾の装填も自動式のようだ。楽チンだな。

「そうよ。あと魚雷はそこね」

「わかった。ありがと」

 

後は当てるだけか……大丈夫かな?

 

「射撃訓練とか、しなくていいのか?」

「うーん、教練では必要ないって教わってるけど……」

たしかに使いやすそうだけど、いきなり撃って当たるもんなのか?

「一応、そこの岩に試射してみて」

「あいよ」

目の前の岩にまっすぐと右手を向け、主砲を操作する。たしか……

「ダメダメダメ!体の前に構えて左手を添えないと!少しは反動もあるんだから!」

「おお。そうだったのか」

体の中央で右手の肘を軽く曲げ、左手を添えて引き金を引く。

二つの砲弾が飛んでいき、岩をえぐる。

 

「当たった!」

思わず声が出てしまった。

ちょっと恥ずかしい。

 

「じゃあ次は魚雷を……」

続けて腰に着いた魚雷発射管を操作する。

白い雷跡が岩へと伸びていき、六つの魚雷が爆発する。

「いい調子じゃない!」

「これなら当たりそうだな」

花音の言葉に首肯する。

 

「そうそう、戦闘が終わったら来た方向へ引き返すこと。そうしないと次の戦闘地点まで運ばれちゃうから。いいわね?」

「わかった」

「それじゃあ前進しましょう!」

 

少し前へと進む。

すると海流に乗ったのか、勝手にゆっくりと前に進んでいく。

海流は徐々にその強さを増し、頬を撫でる潮風が心地よい。

 

 

背中で花音がもぞもぞと動き、そのたびに背中で彼女が変形する。

役得役得。

「おーいなにやってんだ?」

「羅針盤を見てるのよ。どの方向が帰り道かわからなくならないように」

「なるほど」

振り帰ると鎮守府の建物は屋根が少し見えるだけだ。

戦闘後に見失うかもしれない。

 

やがて海流が弱まったかと思うと、前進が止まる。

「おい、海流が止まったぞ?」

「敵の駆逐艦が来るわ!戦いに備えて!」

腕についた小型の大砲を前に持ってくる。

よくみると遠くからなにかが近づいて来ている。

だが黒いなにか、ということしかわからなかった。

色も定かじゃないが。

 

「花音。あれかな?」

「うーんわからないわね。多分そうなんじゃないかしら?」

やがて粒ほどだったそれが小さな鯨だとわかる。

大きさは二、三メートルほどだろうか?

「なんだ、鯨か。生で見るのは初めてだけど」

触ってみたいかもしれない。緑に光る眼が不気味だが。

「何言ってるの!?あれが駆逐艦イ級よ!止まっていると撃たれるわ!動いて!」

 

そう言われて左斜めに滑るように進むと、黒い鯨は右斜めへと進み、距離がつまっていく。

二十メートル程の距離まで近づいたところで敵駆逐艦は進路をずらし、並走を開始する。

 

「同航戦になったわね。攻撃して!」

焦りから右手だけを敵へ向け主砲の引き金を引くと、二つの砲弾が飛び出す。

だが、当たらない。一秒前に敵がいた位置へと着弾してしまう。

「大丈夫!次弾装填まで回避するの。きゃっ!」

大きく口を開けたイ級が砲弾を放つ。

右の腹部をかすめ、バランスを崩しそうになる。

 

右足を伸ばしたまま左足を曲げ、伸脚の要領で体勢を戻す。

「怖くない怖くない怖くない大丈夫よ結衣相手は駆逐艦よこんなところで死ぬはず……」

後ろから念仏のように聞こえてくる言葉から察するに、花音さんは参ってしまったようだ。

 

完全にダメダメお姉ちゃんである。

あんだけ偉そうなこと言っといてそれかと。

 

だが目の前の敵は消えてなくならないし、退却もできそうにない。

ふと、体が揺れていることに気づく。

背中から小刻みに震えが伝わってきているのだ。

 

おそらくこの提督は初陣なのだろう。

彼女も軍人である前に一人の女の子なのだ。

死ぬのは怖いはず。

強い自分を演じてきたのだろう。

責任感ゆえに。

きっと……背中で震える彼女こそが、等身大の花音結衣なのだ。

 

そう思うと愛しさが込み上げる。守りたいと思う。

そのためには……

「倒す……!」

さっきの砲撃で、移動中の弾の軌道はわかった。

わずかに逸れるというなら、進行方向を――鼻先を狙えばいい。

そして今度は、ちゃんとした構えで撃つ。絶対に外さない!

 

胸の前に主砲を構え、左手をそえる。

そして、腰をひねって敵を正面に捉える。

 

「当たれーーっ!」

力を込め、引き金を引く。

装填が終わった主砲から砲弾が飛び出し、今度は相手の左腹部と頭部へと直撃する。

 

そしてイ級がバランスを崩し速度を落とす。チャンスだ!

「今だーー!」

緩やかに右へと旋回しイ級を正面に捉えると、腰部分に装着された魚雷発射装置を起動させる。

魚雷が勢いよく飛び出し、蒼い海上を白い線が伸びていく。

それらがイ級に到達すると大きな爆発を起こし、敵が沈んでいった。

 

「おい、花音!しっかりしろ!」

背中へ向けて呼び掛ける。

「そうだわいまからでも逃げれば……あ、吹雪?ごめんなさいあたしったら」

 

「いや、構わない。それでどうしたらいい?敵は倒したが」

「え!?倒せたの!すごいじゃない!やったわね!」

花音が後ろから抱き締めてくる。苦しいぜちくしょー。

 

「退却するんだろ?どっちに向かえばいい?」

「ええーと、西からきたから……十時の方向ね」

「わかった」

左前へと進んでいく。しかし何も起こらない。

「なあ、こっちであってるのか?」

「安心していいわ。海流に飲み込まれないということは、あってるはずだから」

言葉通り、鎮守府が視界に映る。

 

「おおほんとだ」

「ね!大丈夫だったでしょ」

頼りになるでしょ、と後ろから抱きつく花音。

 

「ああ。戦闘中以外はな」

その言葉に抱きつく力が弱まる。傷付けてしまったか……?

「そういうつもりじゃないんだ。ほら、花音がいなきゃ帰れなかったしさ」

「ほんとに?」

「ああ。だから元気出せって。これから新しい仲間も増えるんだし」

「そうね!」

なんとかうまくフォローできたみたいだ。

たしかに軍人にとって戦場でテンパるというのは悔しいのかもしれない。

可愛かったけど。

触れないでおこう。

すごく可愛かったけど。

 

「着いたなー」

埠頭(ふとう)につくと背中を向け、花音を下ろす。そして自分も埠頭に上がる。

コンクリートの固さに違和感を覚えつつも、そのたしかな感触に安心する。

 

「ありがと」

「どういたしまして」

 

まだ日は高い。

波打ち際でテトラポットに砕かれた波がキラキラと輝いている。

 

「次は、工厰か?」

「ううん、その前に報告しなくちゃね。それと先に」

花音は振り返り言う。

「お昼にしましょ!」

 

その言葉は胃をキリキリと締め上げていた緊張をほぐすと、心地よい空腹感をもたらした。

「おう!」

 

今日の昼食は、なんだろう?

 

 

 

 




ご覧いただき、ありがとうございました。

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