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14:00 とある携帯電話の通話
「珍しいな。君から電話がかかってくるのは」
「ご無沙汰してしまったのは謝る。だが、今回はちょっと事情が特殊なんでね。君の力を借りたいんだ」
「君のことだから、悪い話ではないのだろう?で、どうしたんだい?」
「ウチの娘なんだけど、俺に内緒で婚約したって言うのよ。なんで、ちょっと悪戯をしてやろうと思ってね。急で悪いんだけどさ、29日に学園都市の二十三学区のホテルにあるレストランに一部屋と、ツインルームを二部屋、用意してくれない?」
「また急だな。まあでも、他でもない君の頼みだ。何とかしよう」
「悪いな。恩に着る」
「で、上座には誰を?」
「上条刀夜、詩菜夫妻とその息子の当麻君を」
「わかった。ところで、本当にツインルームは二部屋でいいのか?」
「さすがに中学生の娘に男に抱かれろなんて言わねえよ」
「はっはっは。冗談だ、冗談。それはそうと、入場許可は取れているのか?」
「それはまた別のルートで上条さんの分も俺達の分も取得済みだから大丈夫だ」
「そうか。では29日に君は学園都市にいるというわけだな?」
「ああ。そうなるな」
「では、都合が付いたら私も出向くとしよう」
「ああ、楽しみにしてる。じゃあな」
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16:00 とある高校男子学生寮の一室
お土産に美琴が買ってきた缶詰をがっついている三毛猫を眺めながら、インデックスが尋ねる。
「ねえ、みこと。なんでみつこの寮にお呼ばれされたら、スフィンクスを連れて行っちゃいけないの?」
「…光子が飼っているのは大蛇なのよ。学舎の園のペットショップで餌を買うのに付き合ったことがあるんだけど、それが真空パックのネズミだったのよね…」
袋越しとはいえネズミの死体を手に持ってしまったことを思い出して、ぶるっと肩を震わせる。
「大丈夫だと思うけど、丸呑みされちゃうかもしれないから、さ」
「大蛇って、どのくらい大きいの?」
「んー。4mくらいあったかしら。頭の大きさがスフィンクスくらいあるし」
「大きいんだよ!」
「そ。だからスフィンクスは連れて行っちゃ駄目よ」
「わかったんだよ」
屈託の無い笑顔に微笑み返してから、美琴はスーパーの袋を持って台所へと向かった。入口の端に畳んである布団が視界に入り足が止まる。
(当麻の…布団。いやいやいや、何考えてるの!?わたし!)///
真っ赤な顔でブンブンと頭を振り、布団の中に飛び込みたい衝動を追い払いながら、冷蔵庫へと歩いていく。
(それにしても光子は意外だったわ。インデックスの食事量を見ても驚いていたのは最初のうちだけで、最後にはむしろ感心していたし、名前で呼ばれるのが本当に嬉しかったみたいだし。部屋に招待するとか、学舎の園のケーキショップに連れて行くとか、インデックスと色々約束してたしね)
婚后のことを思い出しつつ、冷蔵庫の扉を開ける。
(でも、友達と名前で呼び合うのっていいわね。名前で呼び合うと一気に仲が良くなった気がするし。…あれ?そういえばわたし、同じ歳の友達を名前で呼ぶのって初めてだ)
冷蔵庫に食材を入れながら、小さく微笑む。
(美琴、か。ふふ。何かくすぐったい)
婚后が自分を呼ぶ声を思い出し、それから上条が自分を呼ぶ声を思い出して美琴はそっと自分左手の薬指の指輪に触れた。
(…でもやっぱり、当麻に名前を呼んで貰うのが一番嬉しいわね)
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21:00 常盤台中学学生寮208号室
ベッドの上で携帯電話を弄りながら、美琴は上条の部屋へ戻ってからのことを思い出していた。ルームメイトは風紀委員の仕事で不在である。
夕食に作った寄せ鍋は大好評だった。
公園まで送ってもらい、自動販売機の陰で抱きしめてもらってから恋人のキスを何回か交わして寮へと戻った。
部屋に戻ってから、メールで取り留めの無いことを送りあい、美琴がメールを送信したところで、携帯電話が振動した。
画面に表示された母親の名前を確認すると、美琴は通話ボタンを押して受話器を耳に当てる。
「美琴ちゃん…」
いつもと違う、どことなく暗い声。
「ママ?どうしたの?」
「ちょっと、困ったことになったかも」
「困ったこと?」
「美琴ちゃん、上条君のことパパに報告してないでしょ?今日パパから電話があったんだけどね…その、上条君のお父さんとウチのパパ、出張先で知り合ったらしくてさ、父親同士で喧嘩になっちゃったみたいなのよ」
「え?ちょっと待って!?その、当麻のお父さんとパパが喧嘩?」
慌てて聞き返す美琴の耳には、わざとらしいくらいに大きな美鈴の溜息が聞こえてきた。
「うん。それでね。パパが出張から戻ったら、その足で美琴ちゃんを連れ戻しに行くって言ってるのよ」
「…いつ帰ってくるの?」
「29日。でもね美琴ちゃん。ママも詩菜さんもふたりの味方だから」
「ありがとうママ」
「いいのよ。私たちはふたりの婚約を認めたんだし。それじゃあ、ふたりで29日、第二十三学区のKALロイヤルホテルへ午後1時頃に来てくれる?」
「うん。わかった」
母親が味方になってくれると聞いて、美琴はほっと胸を撫で下ろす。
「上条君には詩菜さんから連絡が行くと思うけど、ふたりで話しておいた方がいいと思う」
「うん。あと、パパにも電話してみる」
「あー。パパ、美琴ちゃんからの電話には出ないわよ。拗ねちゃってるから」
「あの馬鹿親父!」
「まあ父親なんてそんなものよ。でもね美琴ちゃん。報告貰ったママも結構驚いたんだから、寝耳に水状態だったパパの気持ちも少しは考えてあげてね」
「寝耳に水ってことは、もしかしてパパ、当麻のお父さんからわたしの婚約のこと聞いたの?」
「うん。その、ゴメン。ママが伝えればこんなことにならなかったんだけど」
少し口ごもるように美鈴は言う。
「あー。確かに他人から娘の婚約のこと聞かされればパパなら拗ねるわね。でもそれで連絡取れなくなっちゃうのは考えものだけど」
「まあそれだけパパも美琴ちゃんのこと愛してるのよ」
「…うん」
「もちろん、ママも美鈴ちゃんのこと愛してるわよ」
「…うん」
「それじゃあ、29日に会いましょう。上条君によろしく」
「ちょっ、ちょっと!?よろしくってなによ!?」
「あらーん?だって美琴ちゃん、この後、上条君と話すでしょう?」
「そ、そりゃ、話す、けどさ」
美琴は反論できずにもごもごと呟く。
「だから『よろしく』よ。ああ、それと美琴ちゃん、早まったことはしないようにね」
「なによそれ!?」
「なにって、そりゃ駆け落ちとか、子供作っちゃうとか」
「な、な、な、な、な、なに言ってるのよアンタ!!」///
「んー?追い詰められた恋人が行き着く先。でもね美琴ちゃん、パパにはそういうのまるっきり逆効果だからね」
「…子供なんてまだ早いし、そもそも29日までにそうなるのって無理だから!!それに、駆け落ちって言っても、わたし、超能力者だから学園都市から逃げられないわよ」
「ま、そうね。まあ変に思いつめないでってこと。こと子供のことに関しては母親の方が強いんだし、母親を味方につけている時点で悪いことにはならないから、どーんと構えてなさい」
「うん。わかった」
「じゃあね」
美鈴は途中から演技をやめ、普段どおりの隙あらば美琴をからかう調子で会話していたのだが、美琴は気付いていなかった。
(…パパ、か)
電話帳で上条の番号を選択し、通話ボタンを押してから美琴は父親の顔を思い浮かべて小さな溜息をひとつついた。