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10:30 セブンスミスト
白いダウンジャケットを羽織った白いフードを被った少女と、黒いロングコートを羽織った常盤台中学の制服の少女がショッピングモールの店先を冷やかしながら並んで歩いていた。
「みこと、みこと」
「なに?インデックス」
「あのパジャマ、可愛いと思うんだけど?」
「んー、わたしは奥にあるやつの方がいいかなー」
言いながら茶髪の少女は店内へと入り、銀髪の少女が指差したパジャマの後ろにあった黄緑色のパジャマを手にする。
「…その柄はちょっとお子様すぎるかも」
「な、ゲコ太を馬鹿にするな!」
「別に馬鹿にしていないんだよ。ただ、中学生が着るにはお子様かもしれないって思っただけなんだよ」
「………いいじゃない。好きなんだから」
不満げに頬を膨らませるが、パジャマは手に持ったまま離さない。
「ふーん。みこと、それ、お泊まり用に買うの?」
「ぶほぉっ!?いきなり何言ってるのよアンタ!?」///
「だって、美琴の部屋にはパジャマあるでしょ?」
「そりゃあるけども、なによお泊まりって!」
「あれ?みことはしたことないのかな?友達同士のお泊まり」
きょとんとした表情で銀髪の少女は茶髪の少女を見る。
「………………え?」
「……………もしかして、とうまと一緒に寝るとか考えてたの?みこと」
「そ、そ、そんなことないからっ!!」///
「真っ赤になってバレバレなんだよ」ハァ
「…そりゃ、ちょっとは考えたけど」///
「む。これは注意しないといけないんだよ。みことの歳で異性との同衾は早いんだよ」
「ど、同衾って。だ、だいたい当麻の布団に二人は入れないでしょ?」
「とうまのお布団は普通のお布団だから、入ろうと思えば入れるんだよ」
「何で知ってるのよ!?」
「…寝ぼけてとうまのお布団に潜り込んだことがあったりして」エヘ
「なに羨ましいことしちゃってるのよアンタ」
「でも、次の日からとうまはお風呂場で寝るようになっちゃったんだよ!」
「うん、それ、間違いなくアンタが布団に潜り込んだのが原因だから」
はぁ。と大きな溜息をついて茶髪の少女は手にしたパジャマをぎゅっと握る。
「ま、アイツらしいけどね。でもさすがに秋を過ぎてもお風呂で寝ているって聞いたときはびっくりしたわよ」
「どうして?」
「普通あんなところじゃ眠らないでしょ」
「うん」
「寝るなら台所の方がまだましよ。まあどっちも水場だから寒いといえば寒いけど、浴槽よりは板の間の方がいいに決まってるし」
「みことに言われてから、とうまは台所で寝るようになったんだよ」
「アイツ頑固だから苦労したわよ。入口にカーテン付けて、カーテンに鈴ぶら下げるってことでやっと了解したんだから」
「むう。そんなに潜り込まれたくないのかな」
頬を膨らませる銀髪の少女の額を、茶髪の少女は人差し指で突いた。
「痛いんだよ、みこと」
「あのねえ、アンタが女の子だから当麻は別の場所で寝るようにしてるのよ」
「なんで?」
「エ、エ、エ、エッチな事故が起きないようにするためよ!アンタが潜り込んできて同じ部屋で寝るのはマズイって思ったんでしょ」
「裸を見られたり着替えを見られたりする方がえっちな事故だと思うんだけど?」
「な、なによアンタ!?アイツに見られちゃったりしてるの!?」
「私だけじゃないかも」
「あの野郎っ!」
「でもね、私や女の子とえっちな事故が起きた後、とうまは謝ってから必ず『不幸だ』って言うんだよ。酷いと思わない?やっぱりみこともえっちな事故の後、『不幸だ』って言われた?」
「うーん、わたしはアイツとそういう風になったこと無いからなあ」
「…仮にみこととえっちな事故が起きても、とうまの不幸にはならないかも」
「え?それってどういうこと?」
「好きな相手とのえっちなことって、不幸って言うよりも幸福だと思うんだよ」
「………あー、そう、ね」///
昨日の行為を思い出し、茶髪の少女は頬を染める。
―――不幸ではなかった。むしろ幸せすぎてどうしようもなかった。
「む。なんで赤くなるのかな?」
「…当麻とそういう事故が起きたと想像してみたら、不幸じゃないかなー、なんて」///
「その考えは危険なんだよ。みこと」
「どうしてよ!?こ、こ、こ、恋人なんだからいいじゃない!」
「…とうまもみことも貞操の危機なんだよ」
「なっ!?なに言ってんのよアンタ!?」///
「そのままの意味なんだよ」ハァ
小さくため息をつくと、銀髪の少女はやれやれと首を振った。
「みことって、えっちな子だったんだね」
「ぶふぅっ!?」///
「ふたりとも、私がしっかり監視しないといけないんだよ!」
「なっ!?なっ!?」///
真っ赤になって固まっている茶髪の少女の前で腰に手をやって胸を張りながら、銀髪の少女は宣言した。
「ふたりの貞操はシスターである私が守るんだよ!」
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12:15 とある国の酒場
中南米のとある国の小さな酒場で、二人の東洋人の男がお互いの肩を抱きながらカウンター席で酒を飲んでいた。
「いやー。嬉しい。実に嬉しいですぞ。こんなところで再び出会えるなんて」
「また奇遇ですなあ」
「これは何か運命的なものを感じますなあ。はっはっは」
そう言ってバンバンと人の肩を叩きながら、人の頼んだ小エビのフライを許可も得ずに手掴みで摘むダンディ紳士。
「ま、いいけどさ。相変わらずあまり酒は強くないみたいですね」
「んん?安くて酔えるんだからいいんじゃね?」
バリバリと尻尾ごと小エビを噛み砕き、泡の薄い地ビールで流し込むと、ダンディ紳士はズボンのポケットに手を突っ込み、振動する携帯電話を取り出してディスプレイを見る。
「ちょっと失礼」
「ああ、お構いなく」
「もしもし、ああ、うん。こっちはだいたい夜の九時ってところかな。そっちはお昼?うん。で、どうしたの?」
空になったジョッキをカウンターの上に置き、手を上げておかわりを要求しながら、ダンディ紳士は携帯に耳を傾ける。
しばらくして泡の薄いビールで満たされたジョッキが運ばれてきたとき、電話の邪魔をしないようにと一つ席をずらして小エビのフライを摘んでいたもう一人の東洋人の隣に、ダンディ紳士が携帯電話を耳にあてたままにじり寄ってきた。
「どうしたんです?まだ電話中でしょ?」
「…アンタ、上条さんだったよね?」
「そうですけど?」
「もしかして、息子さん、学園都市にいる?」
「ええ、まあ」
「まさかと思うけど、当麻って名前?」
そう尋ねられた東洋人の片割れ―上条刀夜―は、荒々しくジョッキをカウンターに置くと、ゆっくりと立ち上がり肩からダンディ紳士の手を払いのけて睨みつける。
「…私の息子に何か文句でもあるのか?コラ」
「いやね、コレ、ウチの奥さんからの電話なんだけどさ、ウチの娘の婚約を認めたって言うのよ」
「…それ、私の息子と何の関係が?」
「アリもアリ、大アリですよ?だってさ、聞いてよコレ。…うん、じゃ、流して」
そう言って携帯電話をスピーカーモードにするダンディ紳士。
カチッ
『…上条当麻は、御坂美琴を、愛しています』
聞こえてきたのは、紛れも無く自分の息子―上条当麻―の声だった。
「と、当麻!?」
『…また清清しいまでに言い切ったわね。上条君。美鈴さんの負けだわ。…美琴ちゃんをよろしく。代わってくれる?』
『………ひゃいっ!?も、もしもし』
『美琴ちゃんはどうなの?上条君を、愛してる?』
『…うん』
『じゃあ、上条君にわかるように言ってみなさい』
『御坂美琴は、上条当麻を、世界中の誰よりも、一番愛してる!!』
『見事に言い切ったわねー。美琴ちゃん。いいわ。認めてあげる』
カチッ
『もうっ、ふたりともすごく初々しかったんだから!講義用のPICR持ってて良かったわ』
「あれ?もしかして、大覇星祭のときの…」
『あ、お久しぶりです。詩菜さんの旦那様』
「え?じゃあ御坂さんって、あの常盤台の娘さんと姉妹にしか見えない御坂美鈴さんの旦那さんなの!?」
『あらー。褒められちゃった。でも詩菜さんには負けますけど』
「いえいえ。あの、それよりも、いつの間にウチの奥さんと仲良くなったんでしょうか?」
『あら?ご存じないですか?上条さん引っ越してこられたのウチの近所なんですよ。それでご一緒させていただく機会が増えまして』
「それはそれは。どうかこれからも仲良くしてやってください」
いかにもご近所の井戸端会議みたいな会話になってきたところで、ダンディ紳士―御坂旅掛―が突っ込みを入れる。
「いやいやどういうこと?なに自然に会話しちゃってるの?もしかして俺だけ除け者で、もう顔合わせ済んじゃってたりするわけ?」
『違うわよ。そちらの上条さんとは大覇星祭の時お昼をご一緒しただけ。そのときはまだ美琴ちゃんの片思いぽかったんだけど、いつの間にかラブラブになってたみたいねー』
「あの美琴ちゃんが『世界中の誰よりも、一番愛してる』って言い切ってるもんなあ…。どんだけベタ惚れなのよ?」
『美琴ちゃん、天邪鬼だからねえ。私もびっくりしちゃった。…でも』
「ん?どうしたの?」
『美琴ちゃんも素直になれる場所ができたんだな。って思ったら嬉しくって』
「親としては複雑だけどなあ。まあでも、学園都市で一緒に居てやれることもできないし、それ考えるといいっちゃあいいのか?」
旅掛は顎に手を置いてうーんと唸ると、片目を開けて刀夜を見る。
「ま、奥さん達も子供達も仲良しになっちゃったわけだし、我々も友誼を深めるとしますかね?上条さん」
「は?ええ、まあ。御坂さんがいいなら私としても異論はございませんが」
「よし、決まり!ってことで、ゆくゆくは親戚付き合いになる父親同士の、最初の相談なんだけどさ」
そう言うと携帯をスピーカーモードのままカウンターの上に置いて、刀夜の肩に手を回してニッと笑いかける。
「父親に報告してこなかった子供達にさ、ちょっとした悪戯、仕掛けてみねえ?」