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07:00 常盤台中学学生寮208号室
「…ん」
布団の中で、少女は小さく身体を震わせ、半覚醒状態のぼやけた頭で目を擦る。
自らの指と共に硬いものが額のあたりにあたるのを感じ、掌を持ち上げて薬指を見て、とても幸せそうに微笑んだ。
(そういえば、学校だって言ってたっけ…)
ヘッドボードに手を伸ばし、携帯電話を取る。それから軽く咳払いをして、声の調子を確かめる。
「…ん、あーあー、よし、おっけー」
小さく呟いてから携帯電話を操作して受話器に耳を当てる。数コール後、相手が出た。
『…ふわい。もひもひ』
「お・は・よ。当麻」
言った瞬間、隣のベッドからドガン!と何かが思い切り叩き付けられるような音が聞こえてきたので、受話器を押さえて注意する。
「黒子。静かにしなさい」
「…はいですの」
普段は語尾を付けない言葉にあえて語尾を付けて返事をしたのはツインテールの少女の精一杯の抵抗だったのだが、恋する少女は気づかない。そしてツインテールの少女の方から今度はピリピリと布を裂くような音が聞こえてきたが、通話の邪魔になる大きさではないので気にしなかった。
『…おはよう。どうした?こんな時間に?』
「今日学校でしょ?寝坊しないように電話したんだけど…」
『…これはもしかして彼女のモーニングコール!?上条さんは幸せ者です』
「えへ。ほんとはね、朝起きて指輪を見たらね、当麻の声が聞きたくなっちゃったの」///
ピリピリと何かを裂くような音がシクシクというすすり泣きの声に変わったが、相変わらず恋する少女は気が付かない。
『…すげえ嬉しい』
「えっ?」
『いや、声を聞きたかったなんて言われると、美琴に愛されてるって実感できてさ。それに、俺も声が聞けて嬉しい』
「当麻、好き!大好き!!」
「ギュオエエエエエエ!!聞こえませんの、聞こえませんの、黒子には何も聞こえませんの、聞こえませんのおおおお…」ブツブツ
『俺も好きだ。美琴』(なにか悲鳴みたいなのが聞こえたけど、白井か?)
「えへ。嬉しい」
電話をしている相手が聞こえるほどの大きさのなのに、恋する少女はルームメイトの叫びに気づくことなく幸福感に浸っていた。
「まさかまさかまさか…黒子は、黒子は、お姉様のお惚気を朝から毎日聞かされることになりますの?そんなの、黒子は、黒子は、耐えられませんですのおおおおおおおおお!!」
(…スマン、白井)『モーニングコール、サンキュな。美琴。おかげで今日一日頑張れそうですよ』
「えへへ。頑張ってね」
「はっ、わたくしの名前に置き換えれば、お姉様の甘いささやきがすべて黒子のものに…」(『黒子、好き!大好き!!』)「ああ~ん。お姉様あああああんっ!!」ハアハア
(…心配するだけ無駄だった)『ああ、じゃあまたな』
「うん。またね」
「お姉様、ああお姉様、お姉様。愛のささやき、黒子幸せ」グフフフフ
「黒子。静かにしなさい」(黒子、朝からテンション高いわね…。わたしも人のこと言えないけど)///
「…はいですの」ショボン
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08:05 とある高校 一年七組
モーニングコールのおかげでいつもよりも早い時間に学校へと着いたツンツン頭の少年が教室に入ると同時に、教室の扉が閉められてクラスメイト達に周りを取り囲まれた。
長い髪をきっちりとオールバックにしてヘアピンで留めた、おでこDX状態の少女が少年の前に出て仁王立ちする。
「おはよう上条。さて、貴様に聞きたいことがある」
「いきなりクラスメイトに取り囲まれるってどういうこと?上条さん、自分の席にも座れないのですか!?」
「貴様に拒否権は無い」
「…手短にお願いします」
少女は腕を組むと、大きく息を吸い込んでから口を開いた。
「では単刀直入に聞こう。お前が常盤台中学のエース、超電磁砲こと御坂美琴と婚約したという噂が流れているのだが、事実かしら?」
「もうここまで広がってるのそれ!?」
「どういうこと?」
「いや、それって、昨日の夜、美琴が常盤台中学の寮で発表したことなんですけど、広がるの速いなあと思って」
「なぜ貴様がそれを知っている?というか、今、超電磁砲を名前で呼んだかしら?」
「なぜって美琴が発表した時、俺も常盤台の寮に居たからだけど。あと、自分の彼女を名前で呼ぶのは別に普通だろ?」
「……………え?」
「…おい、今、上条の奴、何て言った?」
「超電磁砲のことを彼女って言ったよな?」
「いやそれよりも常盤台の寮に居たってどういうことよ?」
「上条君、中学生に手を出しちゃったの?」
「くっ、年上のお姉さんタイプが好きだって言っていたはずなのに、なんで中学生!?」
「常盤台のお嬢様、しかも超能力者…。勝てない、私みたいな平凡な同級生なんかとは格が違うわ」
「そもそもどうすれば常盤台のお嬢様と知り合いになれるんだ!?」
少年の言葉に、教室内のクラスメイト達がざわめき始める。
「…ええと、つまり上条は御坂美琴と付き合っていると?」
「まあ、そういうこと」ポリポリ
少し頬を染めながら左手で頬を掻く少年。おでこDXの少女はその指にあるものを見逃さなかった。
「薬指に指輪…」
「あー、まあ。一応、婚約指輪です、はい」///
「「「「「「「「なんだってえええええええええっっ!!」」」」」」」」
「いや、俺が婚約したってこと確かめようとしてたんだろ?お前ら。なんで驚くんだよ」
「………」
「あのー、吹寄さん?無言で睨むのは勘弁していただきたいのですけども」
「死刑」
「なんでっ!?」
「風紀を乱した」
少女の言葉に、少年を取り囲んでいたクラスメイト達が呼応して包囲の輪を狭めていく。
「いや、ちょっと待てテメエら。ただの妬みだろそれ!?」
その言葉に、教室内の空気が変わる。
「雉も鳴かねば撃たれまいに。貴様はいつも一言多い」ドガッ
「え?ちょっと待って吹寄さん!?ふげろぼぉ!?」
おでこDX少女の頭突きを喰らって後ろに吹き飛んだ少年を、クラスメイトのひとりが捕まえる。
「上条ォく~ン。わかってるよねェ」ニタア
「ちょ!?なんで超能力者第一位みたいな喋り方になってるのオマエ!?」
「第三位だけじゃなく第一位まで知り合いかよ、ある意味すげえな上条」
「まーまー。それよりも今は…」ニタア
「お・し・お・き・か・く・て・い・ね♪」
女子達は超能力者第四位のようなことを口走っていたのだが、第四位の喋り方を良く知らない少年は気づかなかった。
「なんでそんな息ぴったりなんですかアナタたち!?そして上条さん絶体絶命!?」
そのとき後ろの扉が開いたので、ツンツン頭の少年は扉の向こう側に助けを求める。
「お、おい、助けてくれ!」
「…カミやん。それはできない相談やなあ」
「美少女中学生と婚約した裏切り者には制裁だにゃー」
返ってきた言葉は少年にとって非情なものだった。それでも、一縷の望みを託して少年はおでこDXな少女に視線を向ける。少女は小さく微笑んで言った。
「安心しろ上条。骨は拾ってやる」
「ぎゃああああああ!!不幸だあああああああああああっっ!!」