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―――お姉様が…殿方と恋仲に…
寮の屋上へと移動したツインテールの少女は、夜空を見上げながら溜息をついた。
―――わかっていたことですの。でも、お姉様から直接言われると、やはり堪えますわ。
夏頃からあのツンツン頭の少年を追い掛け回していたのは知っている。『電撃が効かないムカつく奴がいる』と、楽しそうに話していた。
秋が近づくにつれ、ツンツン頭の少年のことを話すたびに赤くなったり、挙動不審になったりすることが多くなった。
第三次世界大戦の後、しばらくの間ツンツン頭の少年のことを呼んで魘されていた。
―――なにがあったのかはわかりませんが、あの時のお姉様はそれはもう酷い有様でしたわ。今にも壊れてしまいそうなくらい打ちひしがれていて…。でも、いつの間にかお元気になられて、殿方のことを呼んで微笑んだりして…。
秋の初め頃、研究協力の一環として外泊することがあった。その頃には常盤台のエースの名に恥じない超能力者第三位に戻っていた。
―――なぜか私服を持っていかれたりしましたけど。もしかしたら学園都市の外の協力企業への出向だったのかもしれませんが。
黒子「…」ハァ
―――あの殿方と一緒にいるときのお姉様を見てしまうと、黒子が入る隙は無いですの。
しばらくの間、空を見上げながら、ツインテールの少女は呟いた。
黒子「上条当麻…お姉様を泣かせたりしたら許しませんですわよ」
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とある男子学生寮の一室
ベッドの上の寝具を床に置いてあったものと取替えると、少年はその上に仰向けに倒れこんだ。左手を上に上げ、薬指の付け根をじっと眺める。
「許婚、か」
自然と、頬が緩む。
待ち合わせ場所で抱きつかれた時に、自分の中にあった想いを自覚した。
喫茶店で自分の想いを確信して、そのままの勢いで階段の踊り場で告白して、両想いだったことに幸福を感じた。
いつでも一緒のものを身に着けていたい我侭から、お互いの親に連絡をして許婚になった。
「…結構ぶっ飛んだことをしたよなあ」
後悔はしていない。むしろ絆が深まったことに幸せを感じている。
(それだけ俺は、美琴のことが好きだったんだな)
夕飯に作ってもらったカレーは、今まで食べたカレーの中で一番美味しかった。
寮の前まで送ろうと思ったのに、『抱きしめて欲しいから』と言われて、公園で抱きしめた後、姿が見えなくなるまでそこで見送った。
(しかし、何であんなにいい匂いがするんだろうな)///
頬を赤くしながら、天井を見上げて両手を挙げる。
「幸せだー」
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布団の中で、銀髪の少女は目を開けて天井を見た。
(とうまとみことがデートをしていた)
頬を赤く染めていた茶髪の少女の顔が思い浮かぶ。
茶髪の少女は、安全ピンで留めた修道服を『そんなの着ていると危ないから』と言って縫ってくれた。
『女の子は身嗜みも大切よ』と言って、ショッピングモールへ連れて行ってくれて、下着や部屋着、小物、生活用品を買ってくれた。
たまに部屋に来ては同居人のツンツン頭の少年に勉強を教えたり、わざわざ材料を持ってきて食事を作ってくれた。
ときどき外に連れていってくれて、一緒に遊んでくれた。
(最初はとうまを虐める酷い奴だと思っていたんだよ)
茶髪の少女は、外で会うと必ずと言っていいほど、ツンツン頭の少年に向かって雷撃をぶつけてきた。
でも、何度か見ているうちに、攻撃というよりは、話すためのきっかけを作るためにそうしているんだと気が付いた。
ツンツン頭の少年と話している時の茶髪の少女は、とても嬉しそうで、楽しそうだったから。
(やっと、とうまに想いが届いたんだね)
銀髪の少女の口元に優しい微笑が浮かぶ。そして再び目を閉じた。
(よかったね。みこと)
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学習机の椅子に座り、右手でシャープペンシルを弄りながら、黒髪の少女はノートに視線を落とす。
(上条君。楽しそうだった)
常盤台中学の女の子と真っ赤になりながら、ケーキを食べさせあっていたツンツン頭のクラスメイトの少年。
青髪ピアスのクラスメイトの少年が乱入した時には『デートの邪魔をするな』と言って、しっかりと女の子をかばっていた。
(デート…か。あれもデートになるのかな?)
青髪ピアスのクラスメイトの少年に頼まれて、一緒にクリスマスオーナメントを選んだ。そのお礼にと、クレープとココアを奢ってもらった。
(私は。どうして。OKしたんだろう?)
青髪ピアスのクラスメイトの少年との約束。明日も彼のショッピングに付き合うことになっている。
(別に。今日買ってもよかったと思うんだけど)
青髪ピアスの少年はどうしてわざわざ明日を指定してきたのだろう。
(まあ。楽しかったから)
青髪ピアスの少年との他愛の無い話や、クリスマスオーナメント選びは思っていたよりも楽しかった。
(青ピ君…か)
青髪ピアスの少年のことを思い出しながら、少女は小さく微笑んだ。
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12月23日夜、とあるふたりのメール
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From:御坂美琴
Subject:今日は
本文:ありがとう。嬉しかった。夢じゃないよね?わたし、当麻の婚約者だよね?
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From:上条当麻
Subject:Re:今日は
本文:夢だったらどうする?俺は泣く。
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From:御坂美琴
Subject:Re:Re:今日は
本文:泣くだけなの?わたしは死んじゃうかも…
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From:上条当麻
Subject:安心しろ
本文:御坂美琴は上条当麻の婚約者だ。冗談でも死ぬとか言うな。好きだぞ。
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From:御坂美琴
Subject:わたしも
本文:よかった。ごめんなさい。大好き。
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From:上条当麻
Subject:明日
本文:10時に自販機前で待ち合わせでいいか?ゲーセンでも行こうぜ。
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From:御坂美琴
Subject:Re:明日
本文:了解。一緒にプリクラ撮りたいな。新作のゲコ太フレームのやつが出たんだ。
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From:上条当麻
Subject:Re:Re:明日
本文:ゲコ太に邪魔されないツーショットが欲しいかも。
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From:御坂美琴
Subject:Re:Re:Re:明日
本文:うん。それも一緒に撮ろうね。
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From:上条当麻
Subject:Re:Re:Re:Re:明日
本文:ゲコ太は確定かよ。まあいいけど。
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From:御坂美琴
Subject:ゲコ太
本文:イヤ?
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From:上条当麻
Subject:Re:ゲコ太
本文:イヤじゃないぞ。好きなんだろ?
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From:御坂美琴
Subject:Re:Re:ゲコ太
本文:うん。でも、当麻の方が好きだからね。
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From:上条当麻
Subject:Re:Re:Re:ゲコ太
本文:サンキュー。俺も、好きだぞ。
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From:御坂美琴
Subject:あのね
本文:言葉で、聞きたいな。
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常盤台中学学生寮208号室
ベッドの上に横になり、茶色い短髪の少女は携帯電話を握り締めていた。
ルームメイトであるツインテールの少女は、勉強机の前に座ってノートパソコンを開き、キーボードに何かを打ち込んでいる。
他愛の無いメールのやり取り。それはそれで楽しかったのだが、文字だけでは物足りなくなってくる。
(わがままだなあ。わたし)ハァ
小さく溜息をつくと同時に、握っていた携帯電話が震えて、少女は小さく体を震わせた。
ディスプレイに表示された、『上条当麻』の文字に頬が赤くなるのを自覚しながら、少女は通話ボタンを押す。口元に幸せそうな笑みを浮かべて。
「も、もしもし」///
『まったく、お前は甘えん坊だなあ』
「わ、悪い!?」
『いーや、悪くないですよ美琴さん。…ホントのこと言うと、俺もお前の声、聞きたかったし』
「ホ、ホント?」
『お前に嘘ついてどうするんだよ。あー、…好きだぞ。美琴』
「わたしも、好き!」///
その言葉を聞いて、ツインテールの少女の身体が小さく震え、キーボードを打つ手が止まる。(彼女に聞こえているのはルームメイトの少女の声だけ)
(まさかとは思いますが…殿方とのラブトークですの!?)ブルブル
『…上条さん、幸せを噛み締めてるんですけど』
「ふふ。当麻♪す~き♪」
「―――!!」(ギュオエエエエエエエエエッッ!!あの類人猿めえええええええっっ!!)ギリギリ
『あー、もー!なんでこう美琴さんは、今日一日でこんなに可愛くなっちゃったんですか!』
「当麻が告白してくれたからに決まってるじゃない!わたしはずっと、当麻のことが好きだったんだから!だから、当麻が好きって言ってくれたから、わたしも素直になれたの」///
(告白ですとおおおおっ!?こ、これはまずいですの。この後は延々とお姉様の惚気話が続くかもしれなくて、そのようなもの、わたくしには耐えられませんの…)ガタガタブルブル
『上条さんは幸せ者です。こんな素敵な彼女がいて』
「わ、わたしも幸せ!当麻の彼女になれて」///
『美琴』
「当麻」///
「…!!」(酸素、酸素が足りませんわ!お姉様が電気分解でオゾンでも精製させておりますの?)ゼエゼエ
『やべ。これ以上話していると会いたくてたまらなくなる』
「ホントに?わたしも今、同じこと考えてた」
『はは。似たもの同士だな』
「えへへ」
『じゃあ、また明日。おやすみ』
「…もう一回、好きって言って?」
「――!!」(げ、限界ですの…)パタリ
『美琴。好きだ』
「わたしも、好き。おやすみ。当麻」
『おやすみ。美琴』
少女は携帯電話を閉じると、それをそっと胸に抱いた。
(おやすみ。当麻)
「…」