fate/dark moon   作:ホイコーロー

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八話 襲撃

 教会を後にした私たちはセイバーと合流し、もと来た道を戻っているところだった。

 

「で、どうだったよマスター。しっかり覚悟は決めてきたか」

 

「あぁ、問題ない。俺の意思は変わらなかったさ」

 

「……変わらなかった、ね。ちったぁマジな面になってんじゃねぇか、安心したぜ」

 

 セイバーの言う通り、来た時とは衛宮くんの顔つきが明らかに違っている。彼の中で変化があったようだが、よく分からない。最後に綺礼と何かを話していたようだったけど。

 ま、彼が何のためにどんな風に戦おうが、私には関係ないことに変わりない。

 

 

 

 夜の街を二人で歩く。初めこそ声を交わしたものの、数分も経たないうちに帰り道は無言になった。衛宮くんが私たちの立場を理解してそうしているのかは、分からない。

 聖杯戦争はもう始まっている。

 明確な始まりがあったわけじゃない。でも、七人のマスターは揃った。これをスタートと言わずして何と言う。つまり、衛宮くんとはもう敵同士になるという立場が確定したのだ。

 もちろんそれは分かっていたこと。教会を出て「はい、それじゃあ殺し合おう」なんてことにはならない。それでも、もう仲良しこよしのお友達ではいられない。

 だこらこその、無言だった。

 

 行きに渡った橋に差し掛かる。相変わらずアーチャーには先行して敵の気配を探らせているが、未だに異変らしい異変はない。そんな事をせずとも、敵が来ないことなんて分かりきってるけど。

 だって、今ここにはサーヴァントが二体いるんだから。獲物が多いってことにもなるけど、ここに攻めてくるような阿呆はそうはいない。

 ……何を考えてるのかしら。さらっとこいつのことも戦力に入れちゃって。むしろ、今に気を付けるべきなのはこいつのセイバーじゃない。

 ま、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ないことなんだろうけど。

 

「(でもそっか……もうこいつは『ただの同級生』じゃなくなっちゃうんだ)」

 

 敵でも味方でもない衛宮士郎。ここでこいつと二人で歩く。それが突然、とても掛け替えのないことのような気がして、心の奥にざわめきが興る。でもそれは気持ちの悪いものじゃなくて、むしろ……今までの迷いを洗い流すような綺麗なものだった。

 きっと十年後とかになっても思い出すんだ。『あの時に一緒に歩いたあいつは、こんな奴だったなぁ』って。例え私が、こいつを殺すことになったとしても……。

 この時間は日常と非日常の転換点になる時間だと、私は心の底で理解していた。

 

 

 

 橋を渡りきり、私たちの住む街へと辿り着いた。程なくして私は立ち止まる。ここからさらに少し歩いた所で差し掛かる交差点を私は左に、彼はまっすぐ進む。

 その前に、はっきりさせておきたいことがある。

 

「遠坂?」

 

「衛宮くん、悪いけどここから先は一人で帰ってくれるかしら」

 

 私は後ろを振り向いて、そこにいた衛宮くんにそう言い放つ。すると彼は、全く予想していなかったという阿呆な顔をしてその首を傾げた。

 

「はあ? なんでさ?」

 

「あのねぇ……ここまで付いて来てあげたのはランサーから助けてしまった成り行きだったの。それが片付いた今、私が付いて行く義理はないわ。

 しかも今は敵同士なのよ? 私はね、そんな奴と馴れ合うような甘ちゃんじゃないの」

 

「いや、そういうことじゃなくてだな……だからってここで別れることはないじゃあないか」

 

 彼は別に、聖杯戦争を生き残るために私の力を借りたいという魂胆を持っているわけではない。それは分かる。分かってしまう。

 つまり、彼はこう言っているのだ。マスター同士だからって私と戦うつもりは毛頭ないと。ここまで歩んで来たように、ここからも一緒に歩むことができるのだと。

 

「あっきれた……馬鹿もここまで来たらむしろ清々しいわね」

 

「そんなこと言うなよ。お前は命の恩人だろ。俺は遠坂に借りも返したいんだ、お前のためならなんだってするぞ」

 

「何でも、今何でもって言ったわね!? じゃあ今すぐ教会に引き返して聖杯戦争が終わるまで保護してもらいなさい! そして私が勝つまで大人しくしていなさい!」

 

「それは嫌だ」

 

「〜〜〜ッ!!」ムキ--ッ!!

 

 何なのこいつ! 助けられた分際で生意気すぎやしない!? このままじゃあ、リスクを負ってまでこいつを助けた数時間前の私が浮かばれないったらありゃしない。

 

「それに遠坂だって、ただ助けたいから助けたわけじゃないだろ。そうじゃないとむざむざ倒す敵を増やしたことになるわけだし……俺が少しは役に立つと思ったからこうして付いて来てくれたんじゃないのか」

 

 あぁ……あたしって……ほんとバカ……。

 

「はぁ……もうそれでいいわ。とにかく今日は帰りなさい……私はあっちから帰るから」

 

「ちょ、ちょっとま―――」

 

「ちょっと待て遠坂!」

 

 衛宮くんの度を超えた頑固さと、自分の行動の阿呆さ加減に頭を抱えて帰ろうとする。そんな私を引き止めたのは、衛宮くんではなかった。

 

「アーチャー? どうしたのよ急に……ッ!?」

 

「ねぇ、お話は終わり?」

 

 そして息つく暇もなく現れたのは、一人の男を携えた銀髪の美しい少女だった。

 

 

 

 私たちの行く先を遮るように姿を現したのは、北欧風の防寒着に身を包んだ一人の小さな少女だった。その声は鈴の音のようで、冬の冷え切った空気に響き渡る。

 その後ろにいる男の姿は暗くてよく見えない。しかしセイバーよりも一回り小さいほどの体格であるにも関わらず、その身体から垂れ流される殺気は空気という緩衝材を突き破って私たちの肌に突き刺さる。()()が何であるかを私はすぐに理解した。

 

「バーサーカーの……サーヴァント……ッ!!」

 

「(すまねぇ、遠坂。遠坂の家の周囲を警戒してたら、別方向からの接近に気づくのが遅れちまった)」

 

「(いえ、モタモタしてた私がいけないし……それにしてもあれは本当にバーサーカーなの……!?)」

 

 あの男は間違いなく狂っている。それが考えるまでもなく分かる程の殺気が先程から突きつけられるが、その男自身から感じられる印象はほとんどその真逆だ。

 ようやく見て取れるようになった容姿はテンガロンハットを被った恰幅の良い青年で、内から迸るイメージは生命そのもの……というよりそいつ自身が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 

 突然の出現に混乱を隠せない私たちとは裏腹に、そいつはご丁寧に衛宮くんに挨拶をしてくる。そして私の方に向き直ると、服の裾をつまみあげて礼をしながら自己紹介を始めた。

 

「初めまして、遠坂凛。私の名前はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンって言えば分かるでしょ?」

 

「アインツベルン……」

 

 アインツベルン。それはドイツに存在する魔術一族の名であり、さらに言えば『遠坂』と共に聖杯戦争を作り上げた『始まりの御三家』の一角である。つまりは彼女自身がとんでもない強敵だと予想されるが……やはり気にするべきはあのサーヴァント。

 本来は剛の極地であるはずのバーサーカーに感じる柔の影が嫌な予感を加速させる。

 

「不気味だわ……それに目的もわからないんじゃ下手に動けない……」

 

「ならオレっちが手始めに出方を見て来てやろうとするかよぉ!」

 

 動き出せずにいた私たちの殻を破ったのは、今まで沈黙を貫いていたセイバーだった。どこから出てくるのか、これでもかという程の自信を携えて足を踏み出す。

 

「セイバー!」

 

「なぁに、心配すんなよマイマスター。こう見えてもオレ、力勝負には自身があるんだぜ」

 

「「「(どう見てもそうなんですけど!?)」」」

 

「おおっと、なんだなんだその視線は。恥ずかしくって自慢の一張羅に穴が空いちまうぜ。

 とにかくオレが時間を稼ぐ。その間に作戦を考えてくれりゃあいい。な? 簡単だろ?」

 

 セイバーの言うことはもっともだ。あのバーサーカーの性能がわからない以上、誰かが囮のような役割をこなさなければならない。こちらの強みはサーヴァントが二体いることで、接近戦が強いセイバーと狙撃を得意とするアーチャーならどちらが適切かなど言わずもがなだ。

 そう考えた私は同意する旨を目配せで伝え、アーチャーに待機するよう指示をする。彼の能力は乱戦には向いていない。

 

「セイバー……頼む」

 

「合点承知よ!」

 

「相談は終わった? じゃあ始めるね。やっちゃえ、バーサーカー」

 

 アインツベルンが歌うようにそう告げ、戦闘の火蓋が切って落とされた。

 揺れるように上体を落としたバーサーカーが地面を蹴って突進してくる。それを迎え討つセイバーの手には金色に輝く刀……ではなく鉞のような巨大な武具が握られている。

 それを見てもなお素手で向かってくるバーサーカーにセイバーの鉞が迫る。回避や防御をする素振りもなくその上半身は薙ぎ払われ、蜃気楼のように消え去った。

 

「グッ……」

 

「嘘……!?」

 

 初手で勝負がついてしまったのかと思われた次の瞬間、脇腹を抑えて呻き声を上げたのはセイバーの方だった。一瞬のことでよくは見えなかったが、セイバーの一撃は間違いなくバーサーカーを捉えていた。バーサーカーの上体は吹き飛び、致命傷は免れなかった筈だ。

 

「■■■■■ーーー!!」

 

 しかしどういう訳かその身体は依然として健在で、それどころかセイバーに反撃してみせたのだった。予想外の一撃にセイバーの表情は歪み、バーサーサーの追撃を難なく許してしまう。

 

「チィッ!」

 

 仕切りなおすために振るわれた鉞は雷を放ち地面を穿つ。二重の衝撃によりバーサーカーは吹き飛ばされ、再び膠着状態が訪れた。

 

「一体何があったんだ、セイバー」

 

「あぁ、ふざけた野郎だぜ。オレが黄金喰い(ゴールデンイーター)で攻撃した瞬間()()()()()()()()。急所があんのかどうかも分かんねぇ。持久戦じゃちと分が悪ぃな」

 

「炎に化けた……!? なんだよそれ!?」

 

「そう……アーチャー、あなたならなんとかできる?」

 

「あぁ、やってみる価値はあると思う」

 

「なら決まりね。セイバー、少しの間バーサーカーの気を引いて。準備が出来次第こちらから合図を送るから、そしたら距離をとって()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほう。何をするつもりか知らねぇが、面白そうじゃねぇか。それじゃ、もういっちょ頼まれてやるとするかぁ!」

 

 そう告げたセイバーは、鉞を肩に担いだままバーサーカーへと向かっていく。距離にして数十メートル程離れていたが、サーヴァントにとってその程度の距離はあってないようなものだ。一息の内に戦闘が再開される。

 セイバーの実力は並ではない。あの巨体からは想像もつかない俊敏さで相手を翻弄し、天性の肉体によって放たれる一撃は本物の雷のようだ。戦国時代を生き抜いたその武芸は本物だし、最優と言われるセイバーの中でもトップクラスの性能を誇ることだろう。

 しかし、だからこそあのバーサーカーの異常性が際立ってしまう。

 

 本来バーサーカーとは、格の低い英霊でも戦えるように『狂化』によって戦闘能力を底上げするものだ。その反面、ステータスでは全クラスでも上位に位置するが、こと戦闘となると理性を伴わない全力の暴走しか取り柄がない。

 それに対してあいつはどうだ。一騎打ちでセイバーに隙を見せないどころか、圧倒的に優位な戦いを繰り広げている。炎を使った多彩な攻撃も厄介だが、やはり問題はあの無尽蔵な再生能力だろう。四肢を捥いでも頭を吹き飛ばしても忽ち復活するのだからキリがない。あの能力と力に任せたゴリ押しはあまりに相性が良すぎる。

 不幸中の幸いは、アインツベルンが参戦の意思を示して来ないことだろうか。バーサーカーが戦っている様子を楽しそうに眺めている。

 

「ったく……本当にとんでもないサーヴァントを用意してきてくれたわね。アーチャー!」

 

『いつでも行けるぜ』

 

「セイバー!」

 

「応よ!」

 

 準備ができたことを伝えるとセイバーは技を一段階アップさせる。彼は反応がワンテンポ遅れたバーサーカーの隙を見逃さず、鉞でその足を薙ぎ払ってその場を離脱した。

 

「ナイスだセイバー! 暴王の流星(メルゼズ・ランス)!」

 

 足を失い、さらに体勢を崩したところにアーチャーによる追撃が行われる。彼が手を掲げた先に黒い粒が複数出現し、それは黒い流星となってバーサーカーの体を貫いた。

 

「グラ゛ア゛ア゛ァ゛ァァァァーーー!!!」

 

 その瞬間、バーサーカーの周囲は炎で包まれ、近づくことをできない灼熱が辺りを襲う。しかしアーチャーの追撃は止まらない!

 

「まだまだ行くぜ……暴王の月(メルゼズ・ドア)!!」

 

 人の体をすっぽりと包み込む程の黒い球体が二つ現れ、()()()()()()()()()()()()()()。バーサーカーも巨大な炎の塊を新たに作り出し、それらは二つの月と衝突した。

 それは相打ちとなり、立っていられない程の凄まじい衝撃が離れていても伝わってきた。蒸気が立ち上る中、バーサーカーの姿が現れる。

 

「本命はこっちだ……!」

 

 意表を突かれたのか、背中からの奇襲にバーサーカーは気付かない。アーチャーの黒い円盤がその無防備な体を切り刻み、三つ目の月がついに全てを消し飛ばした。

 

 

 

「やったか……!?」

 

「……そう簡単には行かないようね」

 

 バーサーカーの姿が見えなくなって私たち四人を安堵の空気が覆う中、それを嘲笑うかのように銀髪の少女が再び姿を見せる。

 その背後に狂気の魔人を引き連れて。

 

「へぇ……やるじゃない、凛のアーチャー。まさかバーサーカーに傷をつけるなんて。ほんのかすり傷だけど」

 

「そ、そんな馬鹿な……!」

 

「えぇ、そうね。つまらないことは早々に済ませちゃおうと思ったけど気が変わったわ。今日のところは見流してあげる」

 

 あれでダメなら正直こちらには打つ手がない。こちらとしては願っても無い……提案だった。

 

「あ、そうだ。アーチャー、またバーサーカーと遊んであげてね。あんなに嬉しそうなバーサーカー、初めてだったんだから」

 

 そう言い残すとアインツベルンはこちらに背を向けて踵を返す。辺りには嵐が過ぎ去ったかのような痕跡と静けさが残っている。

 そして、それとは比較にならない大きな傷が私たちの中には刻まれた。

 

 




 この対決が書きたくて構想を練り始めた感ある。でも全然上手く書けない。悲しい。
 次回から二週間ごとの投稿になります。

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