fate/dark moon   作:ホイコーロー
<< 前の話 次の話 >>

7 / 8
七話 教会

 冬木市はその周囲を山と海に囲まれた自然豊かな都市だ。街を二つに分断する形で未遠川という大きな川が流れていて、東側が近代的に発展した新都、西側が古い町並みを残した深山町になっている。それなりに栄えた都市だ。
 霊脈的にも優れているらしく、極東に存在することから魔術協会や聖堂教会にも睨まれにくい。そんな理由で聖杯戦争はここで行われているらしい。
 要は一般人はもちろん、魔術師にとっても住みやすい土地ということだ。

 俺たちは西側の住人で、東側に行くには電車やバス、若しくは川にかかる巨大な橋を使わなければならない。
 遠坂が言う教会は東側にあり、歩いて行くとなると一時間はかかるのだがこんな時間に交通機関は動いていないので仕方がない。仕方がないのだが……この深夜に遠坂と二人きりとなるとどうも調子が狂ってしまう。
 セイバーもいるが、遠坂とは反りが合わないらしく姿はない。せめてアーチャーだけでも出てきてくれれば助かるのだが、そんなことを遠坂に言えるわけもなく、二人きりで夜道の散歩をする羽目になってしまっている。

「なぁ、遠坂。単純な疑問なんだが、お前はどうして聖杯戦争に参加するんだ」

 俺はその事実を頭から拭いさる為に話をすることにした。世間話などする余裕はないので、専ら聖杯戦争についてということになる。

「そこに戦いがあるからよ。戦いに参加して、勝つ。ただその為に私は聖杯戦争に臨むの」

「はぁ? なんだそれ。戦いたいから戦うって、遠坂がそんな戦闘狂だとは思わなかったぞ」

「違うわよ。勝つ為に戦うの」

「……名誉が欲しいってことか?」

「確かに名誉も手に入るでしょうけど、そんなものに興味はないわ。そうねぇ……これは今の衛宮くんに話しても理解できないかもしれないわね」

 どうにもそのようだ。どれだけ聞いても、遠坂が何を求めてるのかが理解できそうにない。理解できたとしても、呆れることに違いはなさそうだが。
 他にも、聖杯戦争のルールについても話をした。遠坂が殺し合いだというが、それが具体的にどんなものなのかまだ聞いてなかった。
 聞けば、聖杯戦争は七体のサーヴァントを生贄に聖杯という霊体を降臨させる巨大な儀式のことらしい。それなら殺し合う必要はないのではないかとも思ったのだが、俺はセイバーやランサーに勝てる筈がない。マスター同士が殺し合うのは自明の理というわけだ。
 さらに、令呪を得てマスターになるというのはある意味呪いに近い。その権利は放棄することはできず、争うことを聖杯に強制される。これでは、話し合いによる解決も難しいかもしれない。



 さて、橋を渡りきって新都に着いたが、そこは西側と大して違う様子はない。近代的とはいえ、中心部から離れていればこんなものだ。教会はそんな住宅街の中でも坂の上の高台に居を構えていた。
 そこは、俺が予想していたものよりも遥かに大きな施設だった。高台の土地のほとんどを敷地にしているらしく、建物のかなり手前から広場になっている。教会の建物自体はそれ程大きくはないのに、来るものを威圧するような迫力があった。
 なぜかセイバーは門の前で待つというので、俺と遠坂の二人だけで敷地の中へと足を踏み入れる。

 だだっ広い広場を進み、辿り着いた洋風な扉を開けて入ったそこは荘厳で白い礼拝堂だった。
 白かった……というと語弊があるが、教会というだけあってとにかく綺麗で汚れがない感じだったのだ。それに深夜だというのに電気が煌々と点いていることもそれに拍車をかけている。
 外から見てもわかったことだが、中の礼拝堂は悠々とした広さがあり、普段からかなり多くの人が利用しているのではないかと推測できる。
 これ程の教会を任されている人はどのような人物なのだろうか。

「なぁ遠坂、ここの神父さんってどんな人なんだ」

「どんな人って……私もあいつと知り合って十年になるけどよく分からないわ。さっきも一筋縄じゃいかないって言ったでしょ?」

 十年って……そりゃまた随分な知り合いがいたもんだ。しかもさらに話を聞いてみれば、その人は遠坂の後見人かつ魔術の兄弟子かつ第二の師なのだとか。ここで驚きなのは、神父が魔術に手を出しているという点だ。

 この世界には魔術協会と聖堂教会という巨大な二つの組織が存在する。もちろん、どちらも世間からは見えない闇で蠢く月の裏のような存在だ。いつも側にあるけれど、見ようと思わなければ見ること叶わず、見るのにも相当なリスクが伴う。
 魔術協会はその名の通りに魔術師で構成された組織で、遠坂や親父はこちら側に分類される。それに対して聖堂教会は世界の裏側に存在する一大宗教である。
 これらは人目につかないという点は共通してこそいるが、奇跡を極めようとする魔術協会と奇跡を独り占めにしようとする聖堂教会は決して相容れないものであり、隙あらばお互いを消し去ろうとする仲である。
 また、教会において聖人以外が行う奇跡は異端とされ、問答無用で排斥の対象なのである。

「本当にどんな人物だよ……というか、ここの神父さんはこっち側の人間なのか」

「えぇ、聖杯戦争の監督役を任されているバリッバリの代行者よ。神の加護があるとは思えないような人物だけど」

 話をしながらも遠坂の歩みは止まらない。神父さんがいない協会に立ち入るというのは、主のいない家に上がり込むかのような背徳感があるのだが、遠坂は勝手知ったる実家のようにズカズカと進む。
 俺の家の時もこんなだったし、遠慮がないというか容赦がないというか……。

「そう言えば名前はなんていうんだ、その遠坂の第二の師匠さんは」

「言峰綺礼よ。いいこと、奴が来ても絶対に気を許しちゃ駄目よ。やることだけ手短に済ませて帰るんだから」

「これはこれは。また酷い言われようだな。師に敬いを抱かない弟子など育てた覚えはないのだが」

 神父を探しに奥の私室へと足を運ぼうとしていたその時、一人の男が祭壇の奥からゆっくりとその姿を現した。



 かつんかつん……と足音を礼拝堂に響かせながら、その男は俺たちの目の前へとやって来た。

「はぁ……こっちだってあんたなんかの弟子は願い下げよ。父さんの弟子でさえなければ知り合うことも御免だわ」

「久しぶりに顔を出したと思えばその言い草か。文句を言われる筋合いなど私にはない。
 それにしても面白い客を連れてきたようではないか。なるほど、彼が七人目というわけだ」

「そう、彼が最後のマスターよ。一応は魔術師なんだけど、これがてんで素人で見てられなくて。確か、マスターになった者はここに届けを出すのがあんたたちの決まりだったわね。今回は仕方がないから従ってあげるわ」

「ほう、再三の呼び出しに反応すらしなかったというのに、今更になってやって来たのはそういう訳か。それではそこのマスターには礼を言わねばなるまい」

 俺は、二人の話をじっと聞いていた。いや、()()()()()()()()()()()()()()()()()。この男が現れてからというもの、話が耳に入ってこず、男から視線が離せなかった。

「少年、名をなんと言う」

 その言峰という男が遠坂から視線を離し、ゆっくりとこちらに向き直る。
 思わず足は後ろへと下る。初対面の人間だ、怖いわけはない。敵意が湧いてくるわけでもない。それでも俺の体は……俺の心は悲鳴を上げる。彼から発せられる空気に当てられて、その場から離れようと後退する。
 しかし俺は話しかけられているということに気付き、自然と問いへの答えを紡ぎ出す。

「え、衛宮。衛宮士郎だ」

「衛宮―――士郎」

 瞬間、肩にかかっていた圧力は明確な悪寒へと形を変えて俺の体を蝕む。暗く、冷たく、音もない。そんな虚空に俺一人だけが放り出される。そんな感覚。
 ハッと気付いた時にはその男は笑みを湛えてこちらを見ていた。

「感謝する、衛宮士郎。君が連れてこなければ、あれは終ぞここに足を運ぶことはなかったであろう」

「それっておかしいでしょ! 私がこいつを連れてきてやったんだから、私にも礼の一つでもないと不公平なんじゃないの、綺礼」

「馬鹿を吐かすな、凛。ルールは守らん、師の言葉にも従わぬ。そんな不遜な輩に零す礼など私は持ち合わせてはいない」

 瞬きをする暇もなく言い合いを始める二人の師弟。……この二人、とんでもなく仲が悪そうだ。先程まで感じていた不快感は嘘のように消え、目の前の口喧嘩に苦笑する。

「まぁとにかく。凛の言うことではないが、夜も遅いのだ。子供をいつまでも縛り付けていては神罰が下るというもの。手短に済ませよう。
 衛宮、君が聖杯に選ばれた七人の一人、セイバーのマスターで相違ないな?」

「あぁ、その通りだ」

「それでは君は勝利の果て、そこで得た聖杯に何を望む?」

「そんなことも聞くのか」

「左様。監督役として、聖杯戦争の末に何が起こりえるのかを把握するのも務めの一つだ」

「そうか、なら俺は勝利に何も望まない。ただこの聖杯戦争とやらが許せないだけだ。他のマスターの思い通りにはさせない」

 そう聞くと、遠坂は俺が仕様のない阿呆とでも言いたげに頭を抱え、言峰は面白いものでも見たかのように目を開く。
 神父はともかく、遠坂の願いだって似たようなものだ。馬鹿にされる謂れはない。

「ほう……それでは君はただ、聖杯戦争の妨害をしたいが為にマスターとしての権利を得て、それを行使すると。そう言いたいのかね」

「うん……確かにそうだ。監督役としては不服かもしれないが、別にルール違反ってことじゃないだろ。この街で殺し合いなんて絶対にさせない」

「ふむ……止めはしまい。むしろ殊勝な心がけだと褒めてやろう。私としても、十年前のようなことが起きることは避けたいからな。君がそれを防いでくれるというのならば、期待する。
 だがな、少年。最後まで戦い抜くというのであればいずれ聖杯は現れる。その時までには込める望みを考えておくことだ」

「十年……前……?」

 謎の感覚から解放され、マスターとしても認められたのも束の間。今日一番の衝撃が俺を襲う。ランサーに襲われるより、遠坂が魔術師であるより、セイバーが目の前に現れるよりも。その単語が俺という存在を脅かす。
 それは俺にとって決して忘れることのできない、且つ()()()()()()()()()()()()()()年だから。それは(だれか)が死んで、(えみやしろう)が生まれた年なのだから。

「待て、それはなんの話だ。この争いは今回が初めてじゃないってのか……!?」

「なんだ、凛から聞いていないのか? それなら私が教えてやろう。十年前……この街で起きた第四次聖杯戦争の話を」

 そして神父は語り出した。
 彼の言葉は鼓膜を突き破り、体の中をドロドロに溶かす。耳を塞ぎ、思わずその場から逃げ出したくなるような、そんな話だった。



「君も聞いているだろうが、聖杯戦争とは一つの儀式だ。冬木の聖杯が真か偽か、そのようなことは問題ではない。マスターを選定し、サーヴァントを使役させる。それだけの物であれば、持ち主に無限とも言える力をもたらすであろう。
 故に、マスターと呼ばれる彼らは様々な思いを胸にこの戦いに参加する。ある者は名誉を得るため、ある者は一族の悲願を成就させるため、またある者は正義のために聖杯を欲した」

「この争いは約二百年前から五十年ほどの周期で繰り返されているが、過去に魔術の秘匿が損なわれたことから私のような監督役が査定の任務も兼ねて教会から派遣されている。
 しかし我らは聖杯の行く末まで見届けるわけではない。どのような者が聖杯を手にしようと感知することはないし、止めることはできない。事実、十年前に行われた第四次聖杯戦争では紛うことなき悪が聖杯を手にしたのだ」

「それがどのような願いだったのかは、私の知るところではない。その結果、聖杯はこの街に絶望をもたらした。
 そう、君もよく知るあの大災害。死傷者五百名、百三十四棟の建物が焼け落ちていながら今もなお原因不明とされる大火災。それこそが第四次聖杯戦争の爪痕なのだ」



 脳裏にあの地獄が思い浮かぶ。
 吐き気や目眩が次々と体を襲い、体が言うことを聞かなくなる。それでもなんとか自分の足で踏みとどまり、よろける体を礼拝用の椅子に預けた。

「ちょ、ちょっと急にどうしたのよ。顔が真っ白じゃない。確かに気持ちのいい話じゃなかったかもしれないけど、それにしても酷いわよ? 貧血?」

 遠坂が心配そうな顔をして肩に手をかけてくる。なんだか分からないけど、これってすごくレアなことじゃないだろうか。

「あ、あぁ、すまない。ちょっと立ち眩みがしただけだ、遠坂の変な顔を見たら治った」

「ム……それってどういう意味かしら」

「どういうって、そりゃ言葉通りの意味さ。だから気にするな」

「あらそう……ってそんなのなおさら悪いでしょこのばかちんが!」

 ノリツッコミで頭をすこんと叩いてくる学園のアイドル、遠坂凛。

「いや、本当に遠坂のおかげで助かったから。あまり突っ込まないでくれ、もう少し訊きたいことがあるんだ」

 遠坂はまだ納得がいかない様子ではあるが、なんとか引き下がってくれた。

「これまでに何度もこんなことを繰り返してきたとあんたは言ってたが、今までに聖杯を手に入れた人はいたのか」

「先程も言ったが、前回の聖杯戦争では最後に良くない者が聖杯に触れた。それが一人。私が他に知るのは……同じく前回の聖杯戦争。間違った選択をした、愚か者だ」

 今までと違って、なんだか歯に布着せた物言いだ。さっきまではまるで暴力でも振るうかの如く事実を突きつけてきたというのに、突然迫力がなくなった。

「それってつまり、前回の聖杯戦争では二人が聖杯を手に入れたってことなのか」

「その認識でも間違いないが、少し違う。完成した聖杯を手にしたのは前者の方。後者の方は聖杯に触れこそしたものの、手順を踏まなかったために聖杯から嫌われた臆病者だ」

「手順? 臆病?」

「聖杯を手にするだけなら簡単なことだ。七人のマスターとサーヴァントが揃ってしまえば、じきに聖杯は現れる」

「だから、そいつは戦うことをしなかったってことでしょ。他のマスターと決着を付けずに聖杯を手に入れたって、聖杯に選ばれるわけはなかったのよ。ね、綺礼?」

「そうだ。勝利していなかった私に聖杯は応えることがなかった」

「はぁ!?」

 な、なんだって……!?
 それじゃあ、この言峰とかいう神父は前回の聖杯戦争の生き残りで、一度は聖杯を手にしたほどの猛者だっていうのか……!?

「なに、いずれにせよ私には土台無理なことだったのだ。何せ、私と競い合ったマスターはどいつもこいつも化け物揃いだったものでな。その先など、夢のまた夢。
 早々にサーヴァントを失った私は当時の監督役であった父に保護されたよ。父はその折に亡くなってしまったがね」

 言峰は悔いるような目で地面を見つめていた。

「……それはすまない。良くないことを思い出させてしまった」

「気にするな。今ではこうして父の後を継いで監督役をしているのだ。今更流す涙もありはしない。
 さて、手短にと言っておきながら長く脱線してしまった。もう一度問おう、衛宮士郎。
 君はセイバーのマスターとして聖杯戦争に参加するのか、しないのか。最も、マスターとしての覚悟すらできない者を魔術師などとは呼べん。それは育てた師も同罪だろうな」

 俺はここに来るまでは遠坂からの話しか聞いていなかった。ここに来て、様々なことを知った。聖杯戦争の意味も、十年前の出来事も。
 俺は――――

「―――俺は、聖杯戦争に参加する」

 それでも覚悟は変わらない。むしろ、この聖杯戦争は俺が放っておいていいものじゃないと、ここに来て改めて思い知ったくらいだ。
 何がそんなに嬉しいのか、言峰は愛しいものでも眺めるかのように笑みを浮かべる。

「そうか。それではここに七人のマスターが揃い、聖杯戦争は受理された。存分に競い合うが良い」

「綺礼、せっかくついでに私からも質問いいかしら。他のマスターについて知ってることがあったら教えて頂戴。わざわざ足を運んだんだら、それくらいいいでしょ」

「あぁ、構わない……と言いたいが大した情報はないぞ。なんせ、今回は衛宮のような半端者が多く紛れ込んでしまっているからな。私も知っているのは君たちを含めて三人だ。
 バーサーカーが一番手、キャスターがその次で後は似たり寄ったりだ。他に質問はないか? 分かっていると思うが、聖杯戦争の間はここに近付くなよ、凛。
 もし後ろめたいことでも残れば、後からあれこれ言われてせっかく手に入れた聖杯も聖堂教会に盗られてしまうからな。それは私にとっても最悪の展開だ」

「このエセ神父。教会側のくせに魔術協会の肩を持つなんて。恥知らずもいいところね」

「私は教会に仕えているのではない。この身は神にのみ仕えているのだからな」

「そんなだからあんたはエセ神父なのよ」

 それだけ言うと、遠坂は言峰に背を向けてつかつかと歩き始めてしまった。十年来の知り合いなのだから、他に話すこととかあったんじゃないのか。

「いいのよ、これで。むしろ縁が切れて清々するわ」

 そして遠坂は礼拝堂の外に出てしまった。俺も慌ててそれに続いて礼拝堂を後にする。

「……ッ!?」

 しかし扉を開けて外に出ようとしたその瞬間、俺は背後に気配を感じて振り返った。そこには、いつの間にいたのか言峰が見下ろすように立っていた。
 背の高さもあるだろうが、やはり妙な迫力がある。こいつとは相性が悪いというか、モノが違う。そんな気がするのだ。

「何だよ、話がないなら帰るぞ―――」

「―――喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う」

「―――ッ!?」

 思いがけない言葉だった。
 そいつは言うのだ。正義の味方になるとは、倒すべき悪の存在を望んでいるということだと。
 俺はその言葉を否定することができず、群がる虫を払うようにしてその場を離れて行く。
 その様子を見て、言峰は残酷なほど楽しそうに笑っていた。