「始まったわね……」
先程の戦闘以上の魔力がパスを通じて吸い上げられていくのを感じ取り、アーチャーとランサーの勝負が再開したことを知る。
途端に気分が悪くなり、壁に打ち付けられたかのような痛みが全身を襲う。
「私は一刻も早くあいつを見つけ出さないと」
それでも歩みを止めることは許されない。令呪を使って宝具の使用も許可しているが、実際はアーチャーがどのくらいランサーと渡り合えるのかは未知数なのだ。
どちらか一方が消えるまで殺しあった場合、最後に立っているのがアーチャーだという根拠を今の私は欠片も持ち合わせてはいない。
「いた……!」
不幸中の幸いか、私はそいつを予想より早く見つけ出すことに成功した。
そいつは余程走り疲れていたのか、壁に寄り掛かる形で廊下に座り込んでいた。この短時間でかなりの道のりを走っていたようなので無理もない。その息遣いが夜の校舎に響き渡っている。
私が接近したことに気づいたのか、怯えるように引きつった顔がこちらを向いた。
そいつは私が思っていた通りに一般人だったが、予想だにもしていない人物だった。
「え、衛宮くん!?」
「と、遠坂!? どーしてお前がこんなところにいるんだ!?」
「それはこっちの台詞よ! どうしてあんたなんかがこんな夜遅くまで学校に残ってるわけ!?」
そこに蹲っていたのは他でもない。桜が毎朝朝食を作りに行くほど懇意にしており、昨日ホテルの上から姿を目撃した赤毛の男―――衛宮士郎だった。
「……まぁ、あんただろうがなんだろうが関係ないわ。申し訳ないけどさっきのことは忘れて……」
「そ、そうだ! こんなところにいたら危ない! 一緒に逃げるんだ、遠坂!!」
「へっ? え、あ、ち、ちょっと手を離しなさい、衛宮くん!?」
衛宮くんは冷静ではないらしく、話を聞く素振りも見せずに私の手をとって走り出した。ここまでもけっこう走っているというのに、まだこれだけ走れるというのは素直に驚きだ。
「さっき校庭で怪しげな二人が喧嘩してて、それがあり得ないような戦闘で……! とにかくできるだけ遠くに……って痛ったあぁーー!?」
「あぁもう! まどろっこしいわね! この際だから特別に教えてあげるけど、私はそいつらの正体を知ってるの! だから私を連れて逃げる必要なんてないわ!
……問題は貴方がそれを目撃してしまったってことよ。申し訳ないけど、魔術に携わるものとして貴方のことを放ってはおけないわ、大人しく今夜の記憶を消されて頂戴」
痺れを切らした私は、得意な魔術の一つであるガンドを衛宮くんに向かって容赦なく撃った。変に抵抗されても面倒なので、現状を適当に説明した後に問答無用で記憶を消しにかかる。
しかし私の考えを裏切るかのように、彼は私の話を聞いた後で驚くべきことを口にした。
「そ、そんな……そ、それじゃあまさか遠坂、お前も魔術師なのか……?」
「そうよ! 私は魔術師……ってなんで……!? なんでそんなことがあなたに分かるのよ!?」
「なんでも何も……だって、
……今こいつはなんて言った?
自分が魔術師だと言ったのだろうか。いや、それは絶対にあり得ない! ……とは言えないけど……いや、でも、それはそんな……まさか本当にそんなことが!?
「だから魔術の秘匿? って意味なら俺の記憶を消す必要はないぞ……って遠坂?」
「…………行くわよ……」
「……? 行くってどこへ」
……本当に一体なんなのかしら。昨日から思い通りになってることなんて一つもないくせに、こう次から次へと予想外のアクシデントだけ起きてくれちゃって……。
さすがに……アッタマきたわ。
「そんなの……あんたの家に決まってるでしょおおぉぉぉ!!」
「はあぁ!? なんでさ!?」
「うるさいうるさいうるさーーい! もうこれは決定事項なの! つべこべ言わずにとっとと連れて行きなさい!!」
こうして当初の目的を達成(?)した上で、今後の展開において非常に有効(?)な情報を手に入れた私は、一人の男子生徒を伴ってその場を離れていったのだった。
◇◇◇
「ハッ、ハッ……! クッソあの野郎……あんな隠し玉を持ってやがったとは。生意気な餓鬼だぜ、気に入らねぇ。でもま、マスターの方はいい女だったな。あれだけの魔術の腕とあそこで令呪を使う豪胆さを兼ね備えてるなんざ、最高じゃねぇか。
―――とにかく、これだけ情報を持ち帰りゃアイツも納得すんだろ……あーあー! ホンット、思い通りにならねぇなぁ!」
◇◇◇
「で、こうして遠坂はそこの衛宮士郎って奴の家に転がり込んだわけか」
「こ、転がり込んだって、別にアーチャーを置いて逃げてきたわけじゃないわ! ただ、その……あの時はこれが最善だと思ったのよ……」
衛宮くんの家に(無理矢理に)案内された(というより案内させた)私は、ランサーとの戦闘を終えたアーチャーと合流していた。宝具を見られたアーチャーはそこでランサーを仕留めるつもりだったらしいが、どうにも煮え切らないランサーに逃げられてしまったらしい。
「ま、あいつたぶん本気で俺たちを倒すつもりじゃなかったみたいだしな」
「それってどういうことよ? ランサーだって宝具どころか真名までこっちにばれてるんだから、決着をつけたかったのはお互い様でしょ?」
「うーん、それがどうにも深追いしてくる感じじゃなくてさぁ。常に逃げ道を確保した上で戦ってるっていうかなんていうか……。死なずに帰ることが目的、みたいな?」
それってどういうことだろう。情報収集をサーヴァントにさせてるマスターがいるってこと? でもそれはおかしい、あいつはランサーのサーヴァントで情報収集に長けているとは言い難いはず。それなのに宝具を使わせてまでそんなことするなんて……メリットに対してリスクが高すぎる。
「何かサーヴァント以外の奥の手があるとでもいうの……? そんな馬鹿な、サーヴァント以上に強力な手札なんて……」
「遠坂、さっきから一体なんの話をしてるんだよ。せめて何をしにここまで付いてきたのかだけでも教えてくれないか?」
「うるさい! 衛宮くんは黙ってて!」
「えぇー……」
「それにしてもお前も災難だったんだか運が良かったんだかよく分かんない奴だな。不幸中の幸いって言っちまえば、それまでだけど。
どうすんだよ遠坂、放っとくわけにもいかないだろ? せっかく色々苦労して助けたんだしさぁ」
「あんたもちょっと話しかけないで! 今考えてるところなんだから!」
「そんな横暴な」
当面の問題であったランサーは去ったが、一難去ってまた一難。私は(自称)魔術師の衛宮士郎というお荷物を背負ってしまったのだ。
ランサーはまだ目的を達成できてないと思っていることだろう。また仕留めに来る可能性が高い、というか絶対に来る。その前に私から説明してやりたいところだが、アーチャーとランサーは次会ったらそれこそ決戦だ。再戦の時期は慎重に見定めなければいけない。あんな行き当たりばったりな戦闘で次も生き残れるとは限らないんだから。
「いっそのこと教会に保護してもらうとか……? でもあいつに借りを作りたくないし……。あぁもう! それもこれもあんたが自分の身を自分で守れないのがいけないんだから!!」
「急になに!?」
「あー、まぁ、そこらの魔術師にサーヴァントから身を守れったって無理にも程があるけどな」
「そこうっさい!」
「そこにいる男はうちの学校の生徒じゃないよな、そいつも俺たちと同じ魔術師なのか? それに遠坂が俺を助けたって一体……」
「もうしょうがないわね……。アーチャー、あんたからこいつに説明してあげなさい」
「えー、なんで俺が」
「口答えしない」
「へーへー。えーっと、衛宮だっけ。それはな、かれこれこんなことがあって、あれそれそういうことがあったわけよ」
「いや、全ッ然分かんないんだが」
「アーチャー! あんた! なに! 馬鹿なことしてんの! ぶっ飛ばすわよ!」
「痛い痛い!? 分かった分かった! 真面目にやるから! ガンド撃つのやめて!?」
「(あ、これ楽しいかも)」
ふつふつと湧いてきた内なる
教会に保護してもらうしかないのかしら……。
「聖杯戦争……ランサー……そっか、そんなことがあったのか」
「あった、っていうか今まさに起きてるんだけどな。それでお前の今後の扱いに悩んで遠坂の気が立ってるってわけ」
「そっか。……なぁ、遠坂。俺から一つ提案があるんだけど、いいか」
「何よ、今更『俺のことは気にするな』とか言ったらそれこそブッ殺すわよ?」
アーチャーから事情を一通り聞いた衛宮くんが、真剣な面持ちでこちらに声をかけてくる。その口から語られたのは、頭を抱えたくなるような素っ頓狂なものだった。
「違う、そうじゃない。俺も一緒に戦わせてくれないか、マスターとして」
マスター、として? それってつまり―――
「――つまり、あなたも聖杯戦争に参加するってこと? 正気なの? これがいかに危険なものかはアーチャーの説明で分かりきってるでしょうに」
「あぁ、分かってる。それでも戦いたいんだ。正直、死ぬのは怖いと思う。でも、それでも放っておけないだろ。関係のない人たちを巻き込むような戦いを見過ごすわけにはいかない。
それに……遠坂だって助けてくれたじゃないか。俺も一緒に戦わせて欲しいんだ」
全く……お人好しだとは聞いていたけれどまさかこれ程だったとは……。桜は一体、これのどこがいいと思ったのかしら。男を見る目がないにも程があるわよ、あの子。
「それは駄目よ」
「なんでさ! 俺だって魔術師だ、別に聖杯戦争に参加しちゃいけないってわけじゃ……」
「違うわ、聖杯戦争に参加するなって言ったんじゃないの。
「それどういうことだよ」
「あなたが聖杯戦争に参加しようがしまいがそれはあなたの意思で、あなたの勝手よ。私の与り知るところではないわ、好きにして頂戴。でもあなたは言ったわよね、『私が衛宮くんを助けた、だから私と一緒に戦う』って。
確かに私はあなたを助けた。でもそれはあなたが聖杯戦争に無関係だったからよ。敵マスターとして私の前に現れるというのなら話は別、次に会った時は容赦しないわ」
「……分かった、それが遠坂の要求だっていうのなら従うよ」
こいつには自分の欲望とかないのかしら。自分よりも他人の方が大事だ、みたいな顔しちゃって。
ほんと、嫌になる。
「あっそ。じゃあ決まりね。ちょっと家の中を見させてもらうわよ」
「なんでさ?」
「なんでも何も、召喚に必要なものを探してくるのよ。それともなに、一人で召喚の準備から実行まで全部を出来るっていうならやめるけど?
曲がりなりにもここは工房として機能してるみたいだし、使えるものの一つや二つくらいあるんじゃないかしら。
あなたは心の準備でもしておきなさい」
「あ、ちょ、遠坂!」
衛宮くんの言葉には耳を貸さず、ズカズカと屋敷に足を踏み入れていく。予想外のことに多少はごたついてしまったが、決めたことはすぐ実行に移すべきだ。
それにしても本当に驚いたことに、衛宮くんの家はちょっと目をみはるほどの大きさもある日本屋敷で、結界もしっかりと張ってあった。私の家も大概だが、こんな和風の屋敷は新鮮だ。
「それにしてもこの結界、いいわね。人間の情ってやつを感じるわ」
「そうなのか?」
「えぇ。出るも入るも自由って感じ。入って来るものは拒む、出て行くものは逃がさないうちの結界とは正反対ね」
そう、ここの結界はとても自然だ。これを張ったのはお父さんでもあり魔術師の師匠でもあった衛宮切嗣という人だって話だったけど、どんな魔術師だったのかしら。
父さんと会った時の反応とか面白そうね。
「ってか遠坂、『私の与り知るところじゃない』んじゃなかったのか? 『聖杯戦争に参加する手伝いはするけど仲間じゃない。でもそっちからしゃしゃり出てこなければこっちから手出しはしない』って……それ矛盾してるって気付いてる?」
「うるっさいわね。私も自分の甘さに辟易してるんだからこれ以上掘り返さないで頂戴。それともなに、文句でもあるっていうの?」
「いやいや、違う違う。むしろ賛成だよ。遠坂、やっぱお前いい奴だよな」
「なっ……バカにしてんの!?」
「素直な感想だよ、気にすんな。それになんだか嬉しそうってか、思ったよりも落ち着いてるみたいで良かったぜ。
休息も兼ねて周囲の監視しとくから、なんかあったら呼んでくれ」
そう言って、アーチャーは虚空に姿を消した。そう言えば全力の戦闘をしたばかりだったっけ。手傷は負ってなさそうだったけれど、少し休ませたほうがいいかもしれない。
落ち着いてる? 私が? そりゃあ『常に優雅たれ』ってのが遠坂の家訓なんだからそれは当然なんだけど、確かにこうアクシデントが続いてて今が落ち着いてるっていうのもなんだか妙ね。
……安心した、のかな。人として破綻してると感じていた彼が、私と同じ魔術師だったっていうことに。勝手に苛立って、勝手に安心して。なんて自分勝手なのかしらね、私は。優雅さの欠片もないじゃない。衛宮くんを助けたのだって余計なことだし。
「こんなの心の贅肉よ、贅肉。慎むべきだわ」
「それって遠坂(の心)が太ってるって話か?」
「……へー、アーチャー。あなたって面白いことを言うのねぇ」
「……ッ!?」