fate/dark moon   作:ホイコーロー

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二話 1日目・掃除〜ビルの屋上

 ―――聖杯戦争。

 それは、七人の魔術師が万能の願望機である聖杯を求めて行われる争い。彼ら七人の魔術師はマスターと呼称され、誰が最も聖杯の持ち主として相応しいかを殺し合いによって選定する。

 己の召喚したサーヴァントと共に最後まで生き残った者のみが聖杯を手にすることができる、小さな町で起こる、最大級の戦争である。

 

 奇跡を欲するのなら、汝。

 自らの力を以って、最強を証明せよ――――――

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「それじゃあアーチャー。もう一度確認だけど、あなたは近未来の英霊ってことでいいのかしら」

 

「あぁ、そうだな、どうやらここは俺がいた世界の四、五年前ってところだ」

 

「そう、ありがと」

 

 場所を移した私たちはお互いが持つ情報の共有を行っていた。話を聞いたところ、やはり彼は過去の英霊ではなく未来からの召喚であるらしい。それに、彼の知っている歴史と私の知識が噛み合わないことから、この世界の住人でさえないということも判明した。

 これは聖杯戦争においては大きなハンデだと言える。なぜなら彼らサーヴァントはあくまでも英霊の劣化版に過ぎず、その力を十全に発揮するためにはそのフィールドでの知名度が必要となるからだ。

 有名であればあるほどに生前の力を引き出すことができる。その点では彼はその恩恵を全く受けることができない。

 敵にこちらの情報がないという点では有利と言えなくもないが、事前情報がないのはお互い様だ。知名度補正を補えるほどではない。

 正直、予想はしていたが……。

 

「(こいつ、ハズレね)」

 

「……なんかすっげー腹立つことを思われた気がすんだけど。お前、今何考えたか正直に言ってみ?」

 

「あら、あなた心でも読めるのかしら。気に障ったのならごめんなさい。でもこれはマスターとしての私の過失なの。あなたの所為ではないから気に病まなくていいわ」

 

「おっま……口悪ぃーな、お前!」

 

 何やらアーチャーが憤慨しているが、それよりも私は情報の確認に移る。召喚直後で乱れていた魔力の流れが安定し始め、マスターとしての機能が正常に働いている。それによって彼のステータスが確認できるようになっていた。

 それは一言で言えば規格外だった。

 

《クラス》  アーチャー

《マスター》 遠坂 凛

《真名》   夜科 アゲハ

《性別》   男性

《身長・体重》168cm・58kg

《性質》   混沌・善

《パラメータ》

筋力D 耐久D 敏捷C 魔力A+ 幸運B 宝具EX

《クラス別スキル》

対魔力D 単独行動C

 

「(こいつ……本当になんてデタラメなパラメータしてんのよ。基本的な戦闘能力は良いとこ下の中なくせに、魔力がキャスターのそれと比べても遜色がないなんて)」

 

 というかむしろ、これはどこからどう見てもキャスターのパラメータだ。かろうじてクラス別スキルの《対魔力》と《単独行動》を有してはいるが、こちらも優秀とは言い難い。

 これを信じるなら、彼は魔術に類する何かしらの手段によって遠距離から敵を嬲り殺すアーチャーと考えられる。

 そして何より目を引くのが……。

 

「(宝具のランクが規格外(EX)……。間違いないわね、これが彼が英霊たり得るその証明。彼の全てはこの一点に起因する)」

 

 この規格外が今後どう転ぶかは未だにわからないが、恐らく今回の聖杯戦争、大きなハンデを背負っていると考えたほうが良いだろう。

 

「さっきからよー、がっかりしてるのがビンビン伝わってくるんだけどよー。……まぁ、いいや。

 確認が終わったのなら夜も遅いしとっとと休めよ、遠坂。召喚の疲れだってあるだろ」

 

「わ、わかってるわよ」

 

 時刻はすでに深夜三時……じゃなくて二時に届こうかというところ。召喚の儀式で消耗した魔力と体力も眠気に追い打ちをかけている。

 最低限のことは済んだので、今日はもう寝ることにする。

 

「っとそうだ、アーチャー」

 

 もう一つやっておくことを思い出した私は、隅にあった道具を手に取りアーチャーへと投げつける。

 

「なんだ、遠坂……ってなんだこれ」

 

「見ればわかるでしょ。箒と塵取りよ」

 

「は?」

 

「あんたが散らかした部屋の掃除、よろしくね」

 

「ちょ、ちょっと待てよ遠坂! 『マスターとしての過失』とやらはどこいった!? サーヴァントは小間使いじゃねぇんだぞ!」

 

「う、うるっさいわね! 私の所為でもあんたがやったんだからあんたにも責任の一端はあるはずでしょう! サーヴァントだって所詮は使い魔、私の言うことには絶対服従ってもんでしょ!

 それに私はあんたの言う通り疲れてんのよ、これから寝るんだからあんたが掃除しておきなさい!」

 

 そう言い残して、私は寝室へと潜り込んだ。適当に着替えを済ませて、無造作にベッドに横になる。連日の準備と本番で蓄積された疲労の所為か、私は息つく暇もなく眠りに落ちた。

 

「な、なんて横暴な女だ……祭先生レベルだぜ、こりゃぁ……」

 

 廊下には、憐れなサーヴァントが一人取り残されていた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 ―――荒れ果てた土地。

 そこには生物の気配が微塵もなく、ただ乾いた土埃が舞っている。辺りを見回せば建物が崩壊した痕跡が見て取れ、かろうじて原型をとどめているものも穴だらけでとても使えたものではない。

 

 静かで、何もない。

 

 しかし突然、目の前に幾人かの人の群れが現れてまるで何かから逃げるかのように走っていく。年齢も性別もバラバラで、共通しているのは日本人らしいということだけ。

 

「あれはアカン! 一体なんやねん! 早よ逃げッ、ガァッ!?」

 

 そのうちの一人が悲鳴をあげたと思いきや、背中から血を吹き出して倒れ込む。その背中には幾本の矢が突き刺さっており、それがその男性を絶命へと追いやったらしい。さらに驚くことに、間も無く男性は周囲の埃と変わらない無機質な灰へと変化していった。

 

「ひ、ひィッ、や、やめ、許しデッ」

「い、イヤッ」「ふざけんッ」

 

 その男性を追うように他の人たちも倒れていく。

 

「……アグロ」

 

 最後には彼らを葬った、人ならざる化け物だけがその場に佇んでいた――――――

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「なに、今日は遠坂が休み?」

 

「あぁ、さっき藤ねぇがそう言ってるのを聞いたんだ。何でも、朝礼の時間を過ぎても連絡がないらしい。風邪でも引いたんじゃないのか」

 

「ふむ、彼奴が風邪の侵攻に屈するような奴だとはとても思えん。ズル休みに違いない」

 

「おいおい、なに言ってんだ。遠坂だって人間だろ、風邪くらい引くさ。それに寺の一人息子が人様の陰口なんかたたいていいのかよ」

 

「これは陰口ではない、俺の見立てではあれは女狐だぞ。……はっ!? まさか衛宮、貴様も遠坂狙いではあるまいな!?」

 

「な、ななな何言ってんだ一成! そんな話はしてないだろ! ほら、早くしないとホームルームが始まっちまうぞ、次は何を修理すればいいんだ、とっとと案内してくれ」

 

「む、そうだな、かたじけない。次は文化部のストーブを幾つか頼まれてくれんか。この学校における文化部の冷遇はとどまるところを知らんからな」

 

「オッケー、望むところさ」

 

 

 

「今日はサボるわよ!」

 

「おま……今更起きてきてなに言ってんだ。学校ならとっくに始まってるだろ」

 

 時刻は午前十時。学校で行われているやりとりなど露知らず、私は自らのサーヴァントであるアーチャーにそう告げる。

 

「馬鹿言わないで、今日は元からサボるつもりだったんだから。あんたもここに来たばかりで、自分が戦うフィールドのことを知っとかないといけないでしょ」

 

 今日は召喚を行ったその翌日。昨日の疲労がまだ抜けきらないと考えたことから、今日は休息と準備に費やすと決めておいたのだ。決して寝坊した上での遅刻がしたくないわけではない。確かに、朝が苦手というのは事実ではあるけれども。

 

「ふーん、俺はどっちでも良いけどよ」

 

 それにしても驚いたのは、昨日の召喚でボロボロになってしまったリビングがすっかり元通りになっていたことだった。それどころか、頼んでもいない他の場所の片付けや掃除までされていて、屋敷中が未だ嘗てないほど綺麗になっている。

 アーチャーの話によると、彼は母代わりだった姉の指導のおかげで家事の類を一通りこなすことができるのだとか。そのなんとも人間らしいエピソードに呆れながらも、街を回る身支度を整える。

 しかし、その手つきは何処となく緩慢だ。私の頭を悩ませていたのは聖杯戦争への高揚感でなく、昨日の召喚の疲労でもなく、寝起きによる気分の悪さでもない。

 今朝に見た夢の内容が原因だった。あれはただの夢ではない。少なくとも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(アーチャーの……記憶……)」

 

 召喚を行った際、サーヴァントとそのマスターは『パス』と呼ばれる霊的な伝達回路によって繋がれる。それによって魔力の受け渡しなどを行うわけだが、副次的な作用としてお互いの記憶や感情が干渉し合うこともあるという。今朝見た夢は、おそらくそれだ。

 一体あれはなんだったのか。人ならざる者が殺戮を行っていた。人の形をしていないものから言葉を喋るものまで様々だったが、おそらくは人に何らかの施術を施した成れの果てだったことだろう。それはまるで死徒……。

 むしろ、あの惨劇がただの夢であってくれればどんなに心の救われることか。

 

 アーチャーは自身を近未来の英霊だと言っていた。でも、夢に見たのは私の知る世界とは別物だ。何が世界をあそこまで変貌させてしまったのか、想像もつかない。

 

「(アーチャーはその何かと争っていたのかしら)」

 

 直感が告げる、これ以上は良くない、もう考えるのは止した方がいいと。サーヴァントに情を抱くのは最もしてはいけないことだから。

 そう自分に言い聞かせて思考を振り払い、身支度を整えてアーチャーに声をかける。

 

「今日は街を回るわよ、構造をしっかりと頭に入れておきなさい」

 

 

 

 聖杯戦争の行われるここ冬木市のなかでも一等高いビルの屋上で二つの人影が人目を憚らずにうごめく。これほど高いビルの上で憚かるものなどないというのはもっともではあるが。

 

「どう、見晴らしが良いでしょうここは」

 

「あぁ、ここからなら街全体がよく見える」

 

 日はとっくのとうに落ち、黒い星空の下で多くの光がピカピカ瞬く。下を見れば、冷え込んだ外気から身を守るようにコートやマフラーを着込んだ人々がそこかしこに見受けられた。

 

「でも、初めからここに来れば街全体を回ったりなんかせずに済んだじゃないか」

 

「なに言ってんの、実際に見て回らないと詳しいことはわからないじゃない」

 

「ふーん、そんなものかねぇ。……っと、昼間見た公園はあそこか。それにしても変な場所だったな。バカ広いくせに人はおろか、動物や植物に至るまで命の気配が妙に薄くて気味悪ぃのなんの。

 あそこで大勢の人が死んだことでもあんのか」

 

「あら、サーヴァントってそんなことまで分かるのね。えぇ、そうよ。ここ冬木市ではね、十年前に大規模な火災が起きてるの。それも街全体を覆い尽くさんばかりの超ド級のね。あの公園はその火災の中心で、特にたくさんの人が死んだ場所よ」

 

「へぇ、そんなことが……って十年前? それってまさか」

 

「そう、その火災は十年前に行われた第四次聖杯戦争の決着によって引き起こされた人災。前回の聖杯戦争による最後にして最大の爪痕よ」

 

 冬木に住むものにとって忘れることのできないあの悍ましい火災。それが人の手によって、聖杯によって叶えられた願いだと知った時の驚きは今でも残っている。

 アーチャーによれば、霊体であるサーヴァントは怨念や妄執といった類に親しく、死の無念などには特に敏感なのだという。

 彼と話していると、私が今まで抱いていたサーヴァント像というものがいくらか間違いであったと考えさせられる。これからの戦いに備えて、考えを改めておく必要がありそうだ。

 

「(あれ、あいつは……)」

 

 そんなことを考えながらもう一度ビルの下に目を向けると、見覚えのある赤毛が下を通って行くところだった。すると、おもむろに上を向いたそいつがこっちを見たような気がした。

 

 目があったような、気がした。

 

「……ッ。アーチャー! 行くわよ!」

 

「おい、どうしたよ遠坂、突然」

 

 無論、そんなことはありえない。ここは三十数階にも及ぶビルの上。魔術師やサーヴァントならまだしも、ただの人間であるあいつがあの距離から私の姿を目視するなんてことは不可能だ。

 でも……私の中でひとつの光景がフラッシュバックする。

 

 夕暮れの中、人のいなくなったグラウンドでひたすらに高跳びをし続ける少年。跳べるとは到底思えない高さに挑んでは挑んでは無残に失敗し、そしてまた何事もなかったように挑戦する。神秘の欠片もないというのに、そこにはとても破綻したものが内包されていた。

 まるで無駄であるその行為にきっと意味があるはずと信じてやまないその姿は、決して根元に到達できないことを知りながらも血反吐を吐く思いで手を伸ばし、己を殺して次世代に思いを託す魔術師のよう。その姿に私は『負けた』と感じた。あんな姿を私は一生晒すことができない、そう確信した。

 

 そんな人物に魔術師としての私を見られてしまったかもしれない。それだけで私は苛立ち、その場を逃げるように離れていくのだった。


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