fate/dark moon   作:ホイコーロー

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 LINE漫画掲載!? マジかよ、やったね! これはアニメ化待ったナシですわーーー!!
 そんな気持ちで書いていきます。



一話 0日目・召喚

 ―――ある所に一人の少年がいた。

 その少年は世間で言うところの不良だったが、誰よりも真っ直ぐで間違ったことを嫌う少年でもあった。ただ、彼が正しくあろうとする姿は他の人間からすれば酷く滑稽で、不器用で、理解不能だった。

 それでも彼はそんなことを全く意に介さず、ただ自分の思うように真っ直ぐに生きていた、

 そんな時、彼に転機が訪れた。

 

 《完全なる悪》の出現。

 

 それは、日常からかけ離れた場所から彼の目の前に降り立った。完全なる悪と対峙した時、彼は自分の力に目覚める。覚醒と言っていい。そして彼はその力を十分すぎるほど存分に発揮した。それはおそらく、史上で最も最強に近づいた人間の一人に数えられるほどに凄まじい力だった。

 しかし、例に漏れることなく、とでも言おうか。

 

 完全なる悪もまた、最強の一人であった。

 

 彼らは互いを傷つけ合う。そこに理解も、同情も、友情もなく。ただ、ただ互いを傷つけ合った。

 そして全てが過ぎ去った。そこには勝利も敗北もなく。

 全てが終わりを告げていた――――――

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 時計はすでに深夜一時半を回り、もうすぐ時刻が変わろうかというところ。一月末の真夜中ともなれば冷え込むのは当然だというのに、私は律儀にも昼間と同じ格好で家の中に佇んでいた。

 それも当然、これから苛烈な戦争を共に戦い抜く戦士を召喚しようというのだ。出合頭が野暮ったい寝間着姿などでは示しがつかない。

 それに、無駄に広いこの屋敷は見た目とは裏腹に過ごしやすい環境を作り出してくれている。しゃべり相手がいなくなって久しいことを除けば、文句の付け所の少ない我が家だ。

 

「いけない、集中しないと」

 

 私の魔力が頂点に達するこの深夜二時。召喚の術式もなんども見直し、ミスなどはない。この最高の条件で、触媒なしでもセイバーのクラスを召喚してみせる!

 地面に描いた魔法陣の前に立ち、その魔法陣に手の平から溶かした宝石を滴らせる。宝石はゆっくりと魔法陣の隅々まで行きわたり、完成へと向かっていく。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師シュバインオーグ。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 目を閉じ、まだ見ぬサーヴァントを思い描きながら呪文を口にする。魔力が消費されていく気だるさが全身を包みこむ。やがて魔法陣が起動を始め、部屋全体を紅く灯しながらその力を発揮する。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 何処からともなく風が吹き始め、周囲の物を巻き込みながら儀式は進む。私は儀式の進行の中にいて、周囲がどうなろうとその集中が乱されるようなことはない。

 魔術師として未熟だというつもりはない。それでも儀式が進むにつれ、作動し始めた魔術刻印は熱を持った蟲のように体中をガリガリと這い回る。

 

「―――――Anfang(セット)

 

 左腕を巨大な何かが鷲掴みにする感覚を覚える。常人であればその一端だけでも悶絶するような苦痛に身を削られながらも、澱みなく詠唱を続ける。

 一つのミスも許しはしない。そう覚悟を宿した瞳は凛々しく、思わず見惚れてしまうような美しさが空間を包んでいる。

 

「――――――告げる」

 

 しかし――――――

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 ―――しかし、だからこそ私は気付くことができなかった。

 自分の懐から、一枚のテレホンカードが魔法陣の中へと侵入してしまったということに……。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。

 汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 今までとは明らかに次元が違う魔力の奔流が部屋を蹂躙し、この世ならざる現象を引き起こす。これにて儀式は終了した。

 

「やった! 完ッ璧! 完全に最強のサーヴァントを引き当てたわ! ……って、あれ?」

 

 そう、儀式は何の滞りもなく終了した。それなのに、辺りを見回してもただ部屋が散らかっているばかり。先ほどの様な強力な魔力が駆け抜けたとは思えない静けさが空間を支配していた。

 と、次の瞬間。

 

(ズドオォォ---ン!!)

 

「ッ!?」

 

 下の階から凄まじい音と振動が私のいる部屋まで伝わってくる。それは、何か物が落ちたとかそんなレベルのものではなかった。

 

「もう、どうしてこーなるのよーー!?」

 

 嫌な予感しかしないが、間違いなく私の求める何かがそこにあることを確信しながら部屋を飛び出し階段を駆け下りる。

 何がまずかったのだろうかと涙目になりながら、衝撃の発生源であろう部屋にたどり着いた。壊れて開かなくなった扉を無理やりに蹴破ってその部屋へと侵入する。

 

「痛ッてえぇぇぇ……」

 

 するとそこには、頭を抱えながら無様に床を転げまわる一人の少年の姿があった。

 

 

 

 ふと、目の端に映った柱時計を見た瞬間、私の体を電流が駆け巡った。

 

「(そ、そうだった! 今日に限ってうちの時計、一時間早くなってたんだっけ……。つまり今は深夜一時……二時じゃない……)」

 

 そう、昨日の夜のことだが、前回の聖杯戦争に参加していた父さんの遺品の暗号を私は解いた。その瞬間、家中の時計という時計が変になってしまい、時間が一時間ずれてしまっていたのだ。

 今朝もそのせいでいつもより一時間も早く登校してしまう羽目になったというのに……。いつもいつもかけすぎるくらいに保険をかけるというのに、肝心なところでばかりこんな大ポカをしでかしてしまうのはどうしてなのだろうか。

 あぁ、父さん、何という宿題を……。

 

 しかし起きてしまったことはしょうがない。今考えるべきはこの少年のことだ。彼は一体何者なのか。果たして彼が私の求めた結果であるのか否か。

 咄嗟に考えたのは、やはりこれはさっきの儀式とは無関係な事故なのではないかという説。

 根拠はある。先程行った儀式は、英霊という英雄が死後に精霊化された高位の存在をコピーして現代に貼り付ける、最上級の降霊術である。問題なのは英雄とは如何ような人物であるかという点だ。

 

 一般的な常識として、科学が蔓延している現代において神秘はほとんど枯渇してしまっている。そして、人類に試練を与え得る存在というのは神秘から放たれたものが大半であり、どれだけ能力があったとしても現代に生きる人物が英雄となる手段そのものがそもそもないのだ。

 その常識に照らし合わせれば、この少年は見た目からして余りに英霊の堕身足り得る存在とは思えなかった。

 髪は青く脱色し、着ている衣服も派手で余りに清潔。首からネックレスらしきものもぶら下げて、何処からどう見ても現代社会の住人だ。しかもおそらく学生である。

 

 ここで、この少年が英霊足り得ない二つ目の理由が浮かび上がる。

 一部の例外を除き、サーヴァントというのは英霊の最盛期の姿で召喚されるのだ。それが最も望まれる結果なのだから、当然だろう。つまり、彼は学生時代が最盛期。これは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 以上からこの少年がサーヴァントである場合、彼は『神秘の乏しい現代において、僅か誕生から十数年間のうちに英雄として世界に認められるほどの偉業を行った人物』ということになる。

 

 「あり得ない……」

 

 そう、そんなのはあり得ない。それは神秘の宿っていた時代に英雄たり得た豪傑たちが、この現代に生まれ変わったとしてもおそらくは成すことのできないことである。

 

「おいおい、ヒッデェ召喚の果てに慌ててやってきて、開口一番『あり得ない』ってのはさすがにひどくねぇか……? 傷付くっつーの。

 なぁ、一応聞くが、アンタが俺のマスターってことでいいのか」

 

 そんな私の考えを知ってか知らずか、それはジト目でこちらを睨み、頭をさすりながら徐に立ち上がる。俄かに信じがたいことではあるが、こいつが私のサーヴァントらしい。

 こいつはどう転んでも聖杯戦争においてはイレギュラーな存在。聖杯戦争に最も適した、最優のクラスであるセイバーを引き当てたかった私。出だしは最悪と言えるだろう。

 

「……えぇ、そうね、私は確かにこれから起きる聖杯戦争のマスターの一人よ。私はさっき上で儀式を行ってサーヴァントを召喚した、そしたらあなたがここに現れた。

 そして何より……これね。どうかしら」

 

 私としてもまだ分からないことだらけだけれど、とりあえず持っている情報の開示を行う。現状を説明し、右手に宿る令呪を見せる。

 令呪とはサーヴァントを律する絶対命令の権利。本来であれば人の身で使役するには困難であるサーヴァントを従わせるための三画の印のことだ。

 そこから流れるパスの存在を感じ取ったのか、少年は満足したように頷いた。

 

「ん、オッケーだ。それだけ示してくれりゃ十分だ。確かにアンタが俺のマスターだな」

 

 随分と素直なサーヴァントだ。いくつものイレギュラーが起こったが、コミュニケーションが良好であることは不幸中の幸いだろうか。

 そして願わくば、彼自身が内包するイレギュラーがこの聖杯戦争においてプラスに働くものでありますように……。

 

「ここは散らかってるわね、場所を変えましょ。……私の名前は遠坂凛よ。あなたは?」

 

「ん、そうだな、自己紹介がまだだったか。俺の名前はアゲハ――夜科(よしな)アゲハだ。よろしくな、遠坂」

 

 

 

 アゲハに散らかされてしまった部屋を後にし、別の部屋へと彼を案内している間も私の頭はフル回転で混乱していた。

 思っていた通り、彼の名前は見たことも聞いたこともない名前だった。おそらく彼は未来から来たサーヴァント、若しくは全く別の世界から来た可能性もある。

 どちらにせよ、彼の身なりからしても剣士のサーヴァントであるセイバーだとは考えられない。今回の聖杯戦争の監督役であるエセ神父の話によればランサー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーは既に召喚済み。消去法からして彼は弓兵のサーヴァント、アーチャーとなる。

 しかしだからと言って、彼の何処が弓兵らしいのかと言われると答えようがない。もしかしてエクストラクラスのサーヴァントを喚んでしまったのではないか。

 そんな不安を悟られないように背後のアゲハに注意しながら屋敷の廊下を歩いていく。

 

「なぁ遠坂、この屋敷ってお前の家なのか? やけに広いっつーか、俺たち以外の人の気配が全然しないんだが……」

 

「え、えぇ、そうよ。遠坂家はここら辺の管理人なの。私が一人暮らしなのは……後で話すわ。

 ……あ、そっか、訊けばいいのか。ねぇ、アゲハ、あなたのクラスをまだ聞いてないのだけれど、教えてくれるかしら」

 

 もう一人で悩む必要なんてないんだった。疑問に思ったりわからなければ目の前のこいつに直接聞いて仕舞えばよかったではないか。

 

「あれ、そうだっけか? すまねぇすまねぇ。俺のクラスはアーチャーだ、呼び方は好きにしてくれていい」

 

「そう、アーチャーね、分かったわ」

 

 セイバーを引けなかったという事実に、今更ながら心の中でため息をつく。先ほどの惨状を考えれば三騎士の一角を召喚できていたのは奇跡と言えなくもないが、それでも自分の思い描いていた道からそれてしまうのは気分がいいものではなかった。

 そんな思いを他所に、後ろの少年は辺りをキョロキョロと落ち着きがない。……もしかして、こいつってば私よりも年下なんじゃないの。

 

「なぁ、余計なお世話かもしれないけどよ、なんだかお前煮詰めすぎじゃないか? あんま喋んないし、上の空だし。まだ聖杯戦争は始まってすらないんだろ?」

 

「ッ!! ……そうね、その通りだわ。私らしくもない、緊張してたのかしらね。

 気が効くじゃない、アーチャー」

 

「そんなのお互い様だろ。先は長ぇしよ、気長に行こうぜ」

 

 アーチャーはそんなことを言いながら、気さくに肩をすくめてみせる。

 ほんっと、英霊らしくないったらありゃしない。

 そんなことを再認識しながら、私は辿り着いた部屋の扉に手をかけた。そう、これからだ、ついに始まるのだ。父を死に追いやった聖杯戦争が。

 そして私はアーチャーと共に一歩を踏み出した。


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