フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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逆鱗

ダイバとの約束で行動を共にすることにしたジェムは、自分たちを狙い寄せ来る敵を破りながら2人で次の施設へと向かう。さっそく受付のお姉さんに説明をお願いすると、次のように話してくれた。

 

 

「こちらの施設はバトルクォーターです!その名の通り、挑戦者の皆様には15秒の高速バトルを体験していただきます」

「15秒……?」

「はい。この施設のルールは3対3のシングルバトルですが、特徴として15秒ごとにバトルの判定が行われます!判定の基準は3つ。一つはいかに相手を攻撃したかの『心』、そしていかに相手の弱点を突いたかの『技』、どれだけ多くの体力が残っているかの『体』。この3つによって決定されます!」

「判定で勝つとどうなるの?」

「勝った方がそのまま残り、負けたほうはいかに体力が残っていたとしてもそのバトルでは戦闘不能として扱います。短い時間の中でいかに攻めたてるかが勝負のカギとなります!」

「つまり、スピードと攻撃力が高いポケモンで挑むのがほぼ前提。守ったり相手を妨害している暇があったら攻撃したほうがいい……パパたちの考えそうなルールだ」

 

 ダイバがため息をつく。ジェムにとってもこれはかなり厄介なルールだ。ジェムの戦術は能力変化で確実に有利にしていきバトルの主導権を握るものだが、一回のバトルにつき15秒しかないのでは準備を整えている間に勝負が終わってしまう。

 二人して難しい顔をされると受付のお姉さんも対処に困るのか、さっさと通してしまおうとする。

 

「ささ、お二人ともそう悩まずにまずは体験してみてください!きっとご満足いただけると思います!」

 

 そうして二人は挑むポケモンを選出する。ジェムはひとまず自身の手持ちの中で攻撃と素早さに優れたポケモン、キュウコン・ラティアス・マリルリを選んだ。ダイバもポケモンを選び終えると、受付のお姉さんが中へと案内する。

 

「あ、15秒しかないのとポケモンを判定する関係上、バトル中の交代は禁止されているのであしからず!」

「わかったわ。……気合入れていかなきゃ」

 

 短いバトルの連続は、集中力を使うことだろう。ダイバはいつも通り帽子を目深に被っていて何を考えているのかわからない。

 二人はまるで卓球の大会のような、いくつものバトルフィールドが横にずらっと並んでいる広い空間へと案内された。それぞれバトルフィールドに立つと、向かいにバーチャルが現れる。

 

「……君が何で勝てないのか、この施設で教えてあげる」

 

 バトルが始まる直前、ダイバが意味深に言った。上からの物言いにむっとするが、事実勝てていないのだから反論できない。

 

「うほっ いいポケモン バトル やらないか」

「私は 優しい チャンピオンに なるのだ!」

 

 ジェムの相手は山男。ダイバの相手は幼稚園児のバーチャルだ。山男はライボルトを。幼稚園児はホルードを繰り出した。

 

「頼んだわ、キュキュ!」

「……出てこい、ガブリアス」

 

 バトル開始を告げる鐘が鳴る。どうやらどのバトルも一斉に時間を図るようだ。ダイバとジェム、そしてバーチャルが動き出す。

 

「キュキュ、連続で火炎放射!」

「ライボルト 十万ボルト」

 

キュウコンが9つの尾から9条の火を放つ。ライボルトの電撃が相殺していくが、6条までしか打ち消せず残りが体を撃った。

 

「一発は小さくてもいいわ。とにかく火炎放射よ!」

「ライボルト 充電」

 

 

 攻撃が通用したと判断したジェムは更に火球を連発させる。無抵抗のライボルトの体力を着々と削っていくが、10秒たったところで反撃が来た。

 

「ライボルト 雷」

「っ、上!?」

 

 文字通りの雷が電気をためていた分強力になって天井から落ち、キュウコンの体に直撃する。キュウコンは悲鳴を上げて倒れてしまった。

 

「頑張って、キュキュ!」

「きゅ……」

 

 なんとか立ち上がるが、満身創痍なのは明らかだった。向こうのライボルトは火炎放射を受け続けたとはいえ充電で特防をあげていたためまだ少しは余裕があるように見えた。

 

「それでは判定に移ります」

 

もう15秒が立ち、判定が始まる。結果が電光掲示板に表示された。

 

「キュウコン対ライボルト、『心』はキュウコン。『技』は引き分け。『体』はライボルト……よって結果引き分け」

 

 引き分けの場合はお互いに戦闘不能になったものとして扱う。ライボルトの姿が消え、ジェムもキュウコンをボールに戻した。この時、ジェムは内心でほっとしていた。もしここでキュキュが勝っていれば体力の尽きかけた状態で連戦することになる。それで手痛いダメージを受けて苦しむのをジェムは恐れていた。

理由は単純で、先のダイバとの戦いで自分のポケモン達を散々痛めつけられたからだ。

「出てきて、ラティ!」

 

 続けて出すのはジェムの一番の相棒、ラティアスだ。バーチャルはエルフーンを呼び出した。

 

「フェアリータイプ……なら、サイコキネシス!」

「エルフーン ムーンフォース」

 

 強力な念力を相手にぶつける。エルフーンの綿毛がくしゃくしゃになったが、あまり大きなダメージではなさそうだった。対して天井からの月の光を具現化したような光線は、タイプの相性も合わさって強烈にラティアスを撃つ。ジェムの中で、メタグロスに痛めつけられた時の記憶がフラッシュバックする。

 

「あ……ラティ、自己再生!」

「エルフーン ムーンフォース」

 

 自分の相棒が傷つくことに怯え、回復させるジェム。バーチャルは淡々と攻撃を命じ、回復が追い付かない速度でダメージを与えていく。そして15秒が経過した。

 

「『心』『技』『体』、全てエルフーンの勝ち……戻って、ラティ」

 

 結果は当然、バーチャルの勝ち。ジェムはラティアスを戻し、最後のポケモンマリルリを繰り出す。だが相性の関係から半ば勝負は見えていた。15秒のカウントが始まる。

 

「……ルリ、じゃれつく」

「エルフーン コットンガード」

 

 マリルリがとびかかるより先にエルフーンの特性『悪戯心』によってエルフーンの体をすごい勢いで綿が覆っていく。マリルリが攻撃した時にはもこもこの綿が攻撃の威力を吸収し、ほとんどダメージにならなかった。

 

「ルリ、アクアジェットで逃げて!」

「エルフーン ギガドレイン」

 

 水の噴射で距離を取らせようとする。だが直線的な攻撃ではなく、直接生気を吸い取る技から逃れる術はない。マリルリの体力が大幅に吸い取られる。

 

「エルフーン ギガド――」

「待って!もう……降参する」

 

 どうせこの勝負は勝てない。なら自分のポケモンが傷つけられる前に……とジェムは手をあげてサレンダーした。バーチャルの攻撃が止まる。

 

「ルリ……ラティ、キュキュ。ごめんね」

 

 泣きながら、ジェムは自分のポケモンに謝った。バトルに負けたことは勿論、ポケモントレーナーとしての自分が折れかかっていることがたまらなく悔しかった。

 

「……もう負けたの?」

 

 自分のバトルを終えたダイバが遠慮なしに声をかけてくる。彼の場には最初に出したガブリアスが健在だった。ダイバとの実力差を感じながらジェムは答えることが出来ない。ダイバはこれ見よがしにため息をついて言う。

 

「……はあ。ブレーンに挑戦しようと思ってたけど、一週で終わりにするよ。――だから、僕のバトルを見てて」

「……?」

「言ったよね、君が勝てないのには理由があるって」

 

 それだけ言って、ダイバは次のバトルを始める。出すのは再びガブリアスで、相手はモジャンボだ。

 

「ガブリアス、剣の舞」

「モジャンボ パワーウィップ」

「いきなり補助技を……」

 

 相手は体中の草の鞭で叩きつけてくるが、ガブリアスは構うことなく特殊な舞を踊って、己の攻撃力を大幅に上げる。その行動をジェムは不思議に思った。攻撃すれば攻撃するほど有利な施設だと言っていたのはダイバ自身だからだ。

 

「モジャンボ パワーウィップ」

「逆鱗」

 

 次の鞭が飛んでくる前に、ガブリアスは音速にも等しい速度でモジャンボに接近すると、先ほど受けた攻撃の鬱憤を晴らすようにその鋭い刃物のような腕で鞭を無茶苦茶に引き裂いていく。剣の舞の効果と合わせて凄まじい威力となった攻撃は、一撃でモジャンボを戦闘不能にした。

 続いてバーチャルはスピアーを繰り出すが、同じことだった。スピア―が動く前に竜の逆鱗が一撃で敵を戦闘不能にする。

 

「これじゃあ……ルールなんて関係ないじゃない」

 

 ダイバの戦い方は、施設のルールなど見ていなかった。15秒で判定が行われるのなら、15秒以内に敵を倒してしまえばいいという意思がはっきり表れている。だが次にバーチャルが繰り出したのは、奇しくもジェムを倒したエルフーンだった。

 

「エルフーン コットンガード」

「……」

 

 ガブリアスの逆鱗は続くが、フェアリータイプにドラゴンの技は通用しない。その間にエルフーンは綿毛をもこもこと膨らませ、物理攻撃に対する壁を作る。

 

「逆鱗の効果が終了したガブリアスは混乱する……ここからどうするの?」

「ガブリアス、炎の牙」

「エルフーン ムーンフォース」

 

ダイバは構わず攻撃するが、混乱した状態ではうまく攻撃を当てられない。相手の月光の光線が当たり、ガブリアスを戦闘不能にした。

 

「出てこい、そしてシンカしろ……メガガルーラ」

 

 次にダイバが呼び出したのは――親と子供で一体として扱われるポケモン、ガルーラだ。メガシンカを遂げたことで子供が袋から出てきて、確かな戦力となる。

 

「それでも、あの防御力は……」

「関係ないよ。綿毛と一緒に凍り付け……冷凍ビーム」

「エルフーン ギガドレイン」

 

 相手がガルーラから生気を吸い取るが、ガルーラの耐久力はかなり高い。親と子供、二本の冷凍光線がエルフーンに飛んで行き――その綿毛をカチコチに氷漬けにした。エルフーンは凍ってしまって動けない。

 

「このまま冷凍ビーム。これで終わりだ」

 

 次の一撃――いや、親子の二撃でエルフーンは倒れた。ダイバの勝利だ。

 

「わかった?これが僕と君との実力の差……そして、バトルに対する違いだよ」

「違い……?」

 

 実力の差はそもそも自分のポケモンを痛めつけられた時にわかっている。だがバトルに対する違いとはどういう意味か。それをダイバはこう語った。

 

「君はこの施設、攻撃すればするほど有利だと思って補助技をロクに使わず戦ったよね。……それが甘い」

「……」

「本当に自分の実力に自信を持っているなら、そんな小細工はせずに『自分の』バトルを貫いたはずだよ。……君のバトルは、『お父様』とやらの影を追っているだけで実戦経験のなさが露骨に現れた、哀れなほど薄っぺらなものだ」

「そんなことない、私毎日ジャックさんと戦って……」

「ずっと同じ人、同じポケモンと戦ってたんでしょ?一応ポケモンの知識はあるみたいだけど、相手に対する対応力がまるでない……」

 

 反論しようとするジェムを、一言で切り捨てるダイバ。その言葉はジェムの胸に刺さった。自分のバトルを、今までの経験をばっさり否定されたからだ。

 

「何もかも浅いんだ……君は。ポケモンバトルの実力も、信念も」

「……」

 

 ジェムは静かに涙を零した。もうここに来てから何度目の涙かわからないくらいだった。とっくに心は打ちのめされているのに、悲しさは止まってくれない。

 

「また泣く。……まあ好きにすればいいけど、ちゃんとバトルは見ててよね」

 

 自分のバトルを見ることを強調し、ダイバはバトルに戻る。そこからの展開はほとんど同じだった。初手に剣の舞を積み、逆鱗や地震で相手を一撃で沈めていく。混乱や相性などで仕留めきれなかった分は、メガガルーラの連続攻撃で相手に反撃を許さず潰していく。

 それはほとんど流れ作業に近かった。彼は全てのポケモンを知り尽くしているように、機械的に処理をしていく。その動きはジェムの心に密かにこの人にはとても敵わない、傷つけられたくないという気持ちを植え付けていく。何より、自分のポケモンを傷つけられた時のことを思い起こさせる。

 

「……はい、おしまい。一旦戻るよ、ジェム」

 

 勝負を終え、ダイバはジェムに手を伸ばす。ジェムはその手を取る気にはなれなかった。施設から出るダイバに無言でついていくジェムに、ダイバはフードの下でほくそ笑む。

 

「じゃあ、外では僕の代わりに戦ってもらうからね。約束通り――」

「……もう。やだ」

「……へえ?なんで?」

 

 ジェムはポツリと否定する。その声は震えていた。ブレーンに負けて、ポケモンを痛めつけられて、心を支配されかけて、施設のバーチャルに一回戦で負けて、自分のバトルを否定されて……また痛めつけられたことを思い出させられて。ジェムの心はぼろぼろだった、すっかり歪んでいた。それをダイバは、笑いをこらえながら問いただす。

 

「私なんかより、あなたの方がずっと強いじゃない……その辺の相手なんて、私がポケモンを戦わせなくてもあなたは簡単に蹴散らせるでしょう?」

「……まあね」

「だったら!だったら……貴方が私の代わりに戦ってよ……もう……傷つけられるの、いや……」

 

 簡単に認めるダイバに、約束を反故にする行為だとわかっていてもジェムはそう言わずにはいられなかった。ダイバはにやりと笑みを浮かべて言う。

 

「……いいけど、じゃあその代わり何かしてもらわないと割に合わないよね?それでも――」

「いい。いいから……もう、私を戦わせようとしないで」

 

 正直、出来ることなら今すぐ母のいるおくりび山に帰りたかった。だけどこんなみっともない姿を尊敬する母に見せたくないという思いもあった。だからジェムは、ダイバに庇護を乞う。乞ってしまう。

 

「わかった、それじゃあ……」

 

 この時ダイバにはジェムを自分のものに出来たという確信があった。だが――

 

 

「見つけたぞ、ジェム・クオール!!」

 

 

金髪を腰まで伸ばし、紺色のスーツとマントを着たいかにもドラゴン使いですといった感じの18歳くらいの少女がずんずんと大股でジェムに歩み寄ってきた。彼女は自分のモンスターボールを突き付け、堂々と宣言する。

 

「私の名前はドラコ・ヴァンダー。四天王の娘であり、次のポケモンリーグでチャンピオンとなるものだ。さあ私とバトルしろ!!」

「……いや、私は」

「問答無用!出てこいオノノクス!!」

 

 金髪の少女はジェムの心境などどうでもいいと言わんばかりに己のポケモンを出す。ダイバが不機嫌そうに割って入った。

 

「待った。今この子は戦える状態じゃないんだ。代わりに僕が――」

「お前のことなど知らん、引っ込んでいろ!私はチャンピオンの娘に用があるんだ!!」

「……」

「チャンピオンの、娘」

 

 その言葉は、ほんのわずかに残っていたジェムの心の支え。だけどポケモンを傷つけられたくないという葛藤から、すぐに応えることが出来ず俯いて、そう答えることしか出来ない。。

 

「どうした?さっさとポケモンを出せ!それとも……怖いのか?」

「……そうよ」

「はっ!チャンピオンの娘であることを誇りにしていると聞いて来たが、とんだ腑抜けだったか。これではチャンピオンの実力もたかが知れるな!!」

「……!」

 

 挑発なのか本心なのか、ジェムでなく父親を貶すドラコを、ジェムは二色の眼でキッと睨む。

 

「……お父様を、馬鹿にしないで」

「ふざけるな、戦う意思さえ持てないような者をこの地に送り出す時点で貴様の父親は愚か者だ!!」

「……ジェム、こんな奴に構うことなんてないよ。ここは僕に任せて……」

「……私がやる」

 

 その瞳は、怒りに燃えていた。ジェム自身を馬鹿にされただけなら、心の折れたジェムはそれを受け入れただろう。だが尊敬し、愛する父親を馬鹿にされては、己を奮い立たせずにはいられなかった。

 

「ふん、やっとやる気になったか。行くぞオノノクス!!」

「お父様を馬鹿にした言葉……取り消してもらう!出てきて、ラティ!メガシンカ!」

 

 二人の少女は、己のドラゴンをぶつけ合う。そしてジェムの怒りは、新たな力を覚醒させようとしていた――


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