フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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蒼との決別

 ジェムがバトルフロンティアの真実を知ってから一週間後。ここはフロンティアの施設の中で一番大きなドーム。整えた茶髪に黒いタキシードのような礼装に身を包んだ男性がバトルフィールドの端に立つのをジェムはモニターで見据えていた。サファイアの計画通り、ジェムたちの戦いに魅せられた人々がジェムとサファイアの親子対決を心待ちにしている。ジェムは仲間たちと共に今日のために特別に設置されたステージの控室で待機していた。

 

「いよいよ……ね」

「……緊張してますか」

「当然よ。本当にお父様と戦うんだもん」

「そうだな。だが悪い緊張ではない。全てはお前に託した。力の限り戦え。お前はもう勝ち負けに囚われる必要などない」

「……ええ、アルカさんのお茶も効いてるし、大丈夫よ」

 

 アルカとドラコがジェムの傍で声をかける。アルカの調合した緊張をほぐすお茶を事前に飲んでいることもあって、ジェムの表情は張りがあるが気負ってはいない。

 

「……私がジェムにこんな形でお茶を作ることになるなんて、わからないものですね」

「ふふっ、最初は体が痺れる毒だったからね。あの時は本当にびっくりしたわ」

「さて……最後に確認するが、体に不調はないな?視界は平気か?」

「うん、ドラコさんありがとう」

 

 ジェムは鏡で自分の姿を確認する。皺ひとつない青のパーカーとアルカとおそろいの花柄のミニスカート。丁寧にそろえた茶髪には母親に貰った雫の髪飾りだ。

 

 

「────さあ!!いよいよこの厳しいバトルフロンティアの施設をすべて制覇したチャンピオンの娘、ジェム・クオールの入場です!!彼女は若干十三歳。反抗期を迎え父親に親子喧嘩を正々堂々挑んだとのこと!!それをチャンピオンとして、父親として絶対王者はどう迎え撃つのか、目が離せません!!」

 

 

 これがジェムの入場の合図だ。ジェムは立ち上がり、ドアに手をかける。これを開ければすぐにバトルフィールド、サファイアの目の前だ。

 

「ダイバ君……私、ダイバ君の分まで戦うから見ててね」

 

 ずっと黙っていた少年、ダイバはそのドアの前に立っている。サファイアの企みがなければ、今こうしてサファイアに挑んでいるのはダイバだっただろう。それでなくとも思うところはあってか、この控室に入ってからは一言も口を開いていなかった。ジェムの言葉に、ようやく彼が口を開く。

 

「君がチャンピオンと戦うことに今更文句なんてない。ただこれだけは覚えていて。僕は君ならチャンピオンに勝てると思って納得したんじゃない。……君の戦いの結果ならどんな形だって納得できる、これからも生きていけるって思ったからここにいるんだ」

「うん……ありがとう。すっごく元気が出たわ」

 

 ダイバはあれからエメラルドやネフィリムと自分の考えを話したらしい。具体的にどんな内容かは頑なに教えてくれないけれど、それでもジェムを、そして自分のことを認めたようにジェムには思えた。その証拠にダイバは拳を握り、ゆっくりとジェムの前に出す。ジェムも驚くことも怯えることもなく拳を握ってこつんとぶつけた。またお互いに子供の、小さな手が触れる。

 

「行ってくるわ。そして……終わったら、約束通り、みんなで旅をしましょうね」

「ああ」

「約束ですからね」

「……うん」

 

 バトルタワーでの戦いを終えた後でした約束を口にする。大事なのは勝敗ではなく父親に、見ている人に自分の想いを伝えることだ。腰につけたモンスターボールには、六匹のポケモンがやる気十分で出番を待っている。ジェムは扉を開き、まっすぐ歩いてバトルフィールドへ立つ。サファイアと向き合った瞬間、歓声がどっと沸きまるで音のシャワーに飲み込まれそうになった。ドラコのハイパーボイスとは違う。皆が口々に騒ぎ自分を好機の目で見る視線を受けることに怯まないと言えば嘘になる。でも、その弱気を跳ね除けるためのおまじないは既に貰っていた。

 

 

「────この可憐な容姿に誰よりもまっすぐ駆け抜ける強さを宿っていると誰が想像しただろうか!! いや、それは彼女の目が証明している!蒼眼のチャンピオンと紅眼の巫女から受け継いだそのオッドアイ……が!?」

 

 

 司会者の実況が止まる。たくさんのカメラが入ってきたジェムの顔をクローズアップで映し出しオッドアイを映し出そうとした。しかし――ジェムの目はオッドアイではなく両目が真っ赤になっている。泣き腫らしたり寝不足のそれではない。カラーコンタクトで片方を赤色にしているのだ。観客がどよめく。

 

「────おおっとこれはどうしたことだー! 彼女の目が真っ赤に!!」

 

 皆の視線が好機ではなく疑問の瞳になる。ジェムの言葉を待つ姿勢になる。それを察して、ジェムは渡されたピンマイクの電源を入れ口を開いた。

 

「……私はお父様が許せない。私達のバトルフロンティアへの挑戦を操って見世物にしたことを。だから……最初は蒼い方の目はくり抜いて捨てようかとも思ったわ。お父様と同じ目なんて、いやだから」

「ジェム……お前」

「勿論、そんなことをしたらお母様が悲しむからやめたけど。女の子は体を大事にしなきゃダメって教わったから」

 

 観客たちの一部が悲鳴を上げる。わずか十三歳の少女が平然と、淡々と自分の目をくり抜こうとしたと口に出したのだから当然だ。冗談や虚勢とは思えないほどジェムは平常心で、自然に喋っていた。事実、もしジェムがシンボルハンターとの戦いで母親から受けた愛を知らなければそうしていただろうとジェムは自分で思っている。父親を許せず、母親の愛を信じられず、絶望して両の目を捨てたかもしれない。 

 

「……それに、今安全なところから見てるお客さんのことも嫌い。このフロンティアで戦って、ポケモンバトルってすっごく痛いし苦しいものだって私は思った。自分の意志でやるならいいけど、苦しんでる人やポケモンを見て笑顔になる人なんて大嫌い」

「ジェム、言い過ぎだ。私の事をどう思おうと構わないがお客さんへの言葉は慎みなさい」

「言ったわよねお父様。……私はお父様と喧嘩をしに来たの。お客さんの事なんて知らない。お父様に憧れるのはもうやめる。私は……私と私の大事な人の為だけに戦う。名前も声も知らないたくさんの人の事なんて知らない!!」

 

 ジェムの言葉に客席が沸騰する。怒声歓声興奮哄笑。でももうジェムには関係ない。実況や観戦なんて、勝手にしていればいい。

 

「司会。バトル開始の宣言をお願いします。ここまで頑なならばもはや私も言葉での説得はすまい。やはり私に出来るのは勝負に勝つことと……ホウエンチャンピオンとして、挑戦者を圧倒することで観客に楽しんでもらうことだけだ」

 

 静かな、しかし内に深海の重たさを秘めた声だった。司会が咳ばらいを一つして宣言する。

 

「ではルールは説明不要、由緒正しき六対六のダブルバトル、もう心行くまで親子喧嘩をやってくれ!!」

 

 巨大モニターがジェムの表情からサファイアとジェムの二人に切り替わる。フロンティアでの全ての戦いを終え――チャンピオンのサファイアが勝負を仕掛けてきた。後は目いっぱい憧れだった人への決着をつけるだけ。ジェムは腰につけた二つのボールを片方ずつの手でつかみ放る。

 

「いくよルリ、ラティ!!」

「りるぅ!」

「ひゅううあん!」

 

 地面をポンポンと弾みながらマリルリが、紅白の身体でフィールドを飛翔するラティアスが登場する。ジェムが特に頼りにしている友達と相棒だ。対するサファイアが右手を開くと手品のようにモンスターボールが二つ現れ、そこから同時に二体のゴーストタイプが現れる。オーロットやシャンデラとは違う、しかしタイプは同じポケモン。

 

「ガラガラ、ジュナイパー。頼んだぞ」

 

 両手に太さの違う骨を持ち、その両端に炎を揺らめかせるガラガラと、フードを被った人間のようにも見える矢の名手ジュナイパーが現れる。揺らめく炎とフードから影が滲み、本体の横に小さな気配を感じ取る。やはりサファイアの隠れた本質である『死線幽導』は加減なく使うつもりだ。だとしても、ジェムは臆するつもりはない。

 

「それでは……バトル開始ィ────!!

「ラティ、『ミストボール』!」

「ジュナイパー、『エナジーボール』」

 

 開幕した瞬間、ラティアスとジュナイパーの放ったエネルギー弾が放たれる。ぶつかり相殺してミストボールが霧となって広がりジェム達を覆った。相手の特殊攻撃の威力を弱め、更に自分たちの姿を隠す幻惑の霧。ガラガラはそれに構わず二つの骨をぐるぐると回し、火車の大輪のような炎で霧を掻き消しながら突っ込んでくる。

 

「ガラガラ、『フレアドライブ』」

「ルリ、『アクアテール』!」

 

 迎え撃つマリルリの体がゴムまりのように弾み飛び上がり勢いのまま尻尾に水を溜めて巨大な水風船を叩きつけた。マリルリとガラガラがお互いに仰け反り、ガラガラがブレイクダンスのようにバック宙返りをして下がり、マリルリが転がりながらジェムの傍へ戻る。

 

「炎技でルリの水技と互角の攻撃力……!」

「ルリに特性の『ちからもち』があるように私のガラガラには『ふといホネ』を持たせている。攻撃力を倍にする手段などいくらでもあるということだ」

「だったらこれはどう! ルリ、ジャンケン……『パー』!」

 

 マリルリが『はらだいこ』によって腕に最大のパワーを溜める。そして物理技でアクアジェットによる水の噴射を直接ガラガラに向けて放った。『ハイドロポンプ』すら凌駕する量と水圧が飛んでいく。

 

「ガラガラ、『守る』」

 

 太い方の骨を前に出し片手で回転させてまるで円形の盾のように防御する。対してまるで気軽に踊っているような所作だが、骨の盾は流れ来る水をあっさりと弾き飛ばした。

 

「そして、ただ強いだけの攻撃などいくらでも受け流せる。では……少しばかりやり過ぎた娘に灸を据えてやろう」

「やり過ぎたのはお父様の方よ……来るよルリ、ラティ!」

「ジュナイパー、『ブレイブバード』。ガラガラ、『シャドーボーン』!」

 

 ジュナイパーが自身の羽に矢をつがえ放つ。撃たれた一本の矢は猛禽の飛翔のように風を切りラティアスの霧を吹き飛ばし、ガラガラが骨の一本を投げ回転するブーメランのように迫る。二つともが、当たればただの物体以上のダメージを受けることを感じさせるものだ。

 

「ラティ、『リフレクター』!」

「ひゅううん!」

 

 ラティアスが自分とマリルリを守る壁を発生させ、矢羽と骨がぶつかる。二つの攻撃を受けて壁は壊れたが、勢いは止まり――骨の影だけが壁をすり抜けマリルリを弾き飛ばした。

 

「りるっ……!」

「ルリ、大丈夫!?」

「るるう!!」

 

マリルリが小さな腕で力こぶを作って元気をアピール。いつもの仕草にほっと息をつきながらジェムは考える。

 

(今の攻撃……お父様のポケモンは影での攻撃が得意なのがわかってたのに受けるまで影に力が籠っているのに気づけなかった)

 

 ジェムも、そしてこれまでサファイアに挑んだ者達もサファイアのゴーストタイプで統一したパーティーの攻撃手段が影であることは知っている。それでもなお燃える骨から感じた威力は本物そのものでそちらに注意を向けさせた。だが本命はそちらではなくその下に映っていた影。目の錯覚や影に隠れることによる認識のしずらさに加えて使用される五感ではなく気配を作り出すことによって生まれるフェイントである『死線幽導』の力を自分で体感しその技術の凄さに震える。

 

「ジュナイパー、『リーフブレード』。ガラガラ、『フレアドライブ』。狙いはマリルリだ」

「……!!」

 

 ジュナイパーの羽根に今度は鋭くとがった枝がつがえられる。同時にガラガラが二つの骨を器用に回しながら突っ込んでくる。ドラコとの戦いの時とは違い、今回のサファイアは積極的に攻めるつもりのようだ。

 

「ルリ、『アクアジェット』!」

 

 ガラガラの骨の間合いに入る前にこちらから素早く懐に潜り込み顔の骨を砕く勢いで殴りつけようとする。だが当たる直前ガラガラの体がすり抜け横に移動した。『影分身』を作って本物は影の中に隠れそれを気づかせないためにわざと派手に骨を回して気づかれないように────

 

「そうしてくるってルリはわかってるわ! ルリ、『じゃれつく』!!」

「るうう!」

「ガラッ……!?」

 

 マリルリがガラガラの体に抱き付いて密着し、そのまま転がりながらぽかぽかと殴る。マリルリを狙い撃ちにしようとしたジュナイパーが溜まらず枝を撃つのを止めた。多少乱戦になったところで正確に打ち抜けるコントロールはあるが、子供のようにじゃれ回っていては次の予測が出来ない。下手に撃てばガラガラに当たる可能性がある。

 

「構わない。ガラガラに当たったとしても大きなダメージにはならない。その為の『リーフブレード』だ」

「ラティ、『冷凍ビーム』!」

 

 ジュナイパーが指示通り撃とうとした瞬間その羽をラティアスが冷気の光線で凍てつかせ止める。ジュナイパーはバックステップをしながら飛びあがり無理やり羽搏くことで氷状態になることを避けた。ガラガラもマリルリを振りほどき距離を取る。

 

「ここから反撃よ! ラティ、ルリに『ミラータイプ』!そして『波乗り』よ!」

「ひゅうん!」

 

 ラティアスの瞳が輝き仲間のマリルリを見る。するとラティアスの紅白の体がマリルリと同じ水玉模様になった。自身が水タイプとなったことでいつもより大きく相手の二体を飲み込む『波乗り』を起こす。ガラガラもジュナイパーも『守る』により自分の影に隠れてやり過ごし波が通り過ぎた後――フィールドにはラティアスだけが残っていた。マリルリもどこかへ消えている。サファイアは一瞬の沈黙の後、ジュナイパーに指示を出した。

 

「……ジュナイパー、ラティアスに『リーフブレード』!」

「やっぱり……お父様はそうするしかないってわかってた! ルリ、『滝登り』!」

 

 マリルリが隠れていたのはラティアスの起こした波によって発生した大量の水の底。ジュナイパーの影の傍までもぐりこみジュナイパーが姿を現した瞬間に真下から鋭いアッパーを浴びせた。不意を突かれたジュナイパーが錯乱したような悲鳴を上げる。

 

「ラティ、『サイコキネシス』で追撃!」

「ガラガラ、『シャドーボーン』でラティアスを狙え」

「今ならガラガラの骨がない……ルリ、『アクアジェット』!!」

「ガラガラ、『はらだいこ』からの『暴れる』で迎えうて!」

「ルリも全力全壊の『はらだいこ』からの『捨て身タックル』よ!!」

 

 数秒間の技の交錯。ラティアスの追撃に骨を投げて牽制しその隙をマリルリが突く。ならばと骨がなくとも攻撃力を最大限にあげたガラガラが己の拳をマリルリの腹に叩きこみ、同じ技で最大の攻撃力を持ったマリルリの拳がガラガラの顔の骨を砕いた。ガラガラとマリルリが互いにフィールドの端まで叩きつけられ、倒れる。息もつかぬほどの攻防に観客が湧きたち生意気な小娘を打ちのめせという声と親心のないチャンピオンをやっつけろという声が二分する。でも、ジェムにはその両方の声に興味がない。実況者が何か言っているが、ジェムには響かない。倒れたマリルリの傍に駆け寄る。

 

「ルリ……ありがとう。ガラガラ、ちゃんと倒せたよ」

「りるぅ……」

「ご苦労ガラガラ。緒戦は上々だ」

 

 起き上がれないマリルリのお腹を優しくさすり、痛くないように抱きしめてあげた後、ジェムはマリルリをボールに戻す。チャンピオンもガラガラをボールに戻す。

 

「わかってた……か。計画通りだというならジェム、何故泣く?」

 

 仕切り直しとなった盤面を前にサファイアがジェムに問う。戦いは始まったばかり、盤面はほぼ互角。なのにジェムの双眸には涙が浮かんでいる。ジェムは戦いを挑む前、どうやって父に打ち勝つかをみんなで考えた時のことを思い出す。

 

 

────ジェム、あのチャンピオンの守りを打ち崩すにはどうすればいいと思う?

────フェイントに引っかからないようによく注意して戦う……かな?

────と、考えるだろうがそれは逆効果だ。『死線幽導』はいわば常人には感じ取れぬ気配を敢えて出すことで効果を発揮する。よく見る。わずかな気配を逃さない。そうした気構えを持っているほどかかりやすくなる。

 

 直接チャンピオンと戦い、あと一歩まで追い詰めたドラコはそう言った。よく見なければ『影分身』や『身代わり』に騙されよく見れば『死線幽導』に騙される。ならどうすればいいのか。

 

────……なら、攻めさせたら。向こうが守りに入ってる限りドラコのようによっぽどの対策をしないと当てられないんだ。ならいっそチャンピオンから攻撃するように仕向けたほうがいい。

────でもお父様は……私の知ってる勝負ではほとんど自分から攻撃しないよ?

────だろうな。絶対王者は自分から攻め急ぐ必要などない。相手の攻めを受け止めながらじっくりと戦うのがベストだ。

 

 ダイバがそう提案する。有効かもしれないが、一時的二ならともかくバトル中ずっと攻め続けさせることをチャンピオンはしない。どうしたものか、と考えているとアルカが口を開いた。

 

────ジェムはチャンピオンの娘なんです。それを利用して、挑発してみせたらどうですか。

────お父様が挑発なんて乗ってくれるかな……

────いや、悪くない考えだアルカ。確かにあのポーカーフェイスはジェムの挑発になど乗るまい。だが……ジェム、あいつにとって一番大事なものはなんだ? お前か?

────ドラコ、それは。

────いいのダイバ君。そうだよね、そうするしかない……アルカさん、なんて言えば効果があるか一緒に考えてくれる?

 

 

 ジェムの父にとって何より大切なのは自分との戦いではない。あくまで見ているお客さんだ。なら戦いの前に奇抜な言動で恐怖と同情を惹き、そのうえでサファイアのエンターテイメントを、ひいてはそれを見て楽しむお客さんを悪く言えばどうなるか。

 

「誰よりもお客さんのことを考えるお父様なら、お客さんが私に怒ってれば代わりに私を攻撃するしかない……お客さんを悪く言うヒールをやっつけなきゃいけない。だから最初から攻撃的だったしルリがどこにいるのかわからなくても待つんじゃなくて攻撃したんでしょう? 私と本気で向き合うより……お客さんのことを優先するって、わかってた」

 

 でも、わかっていたはずのことが辛かった。自分はずっと父親に憧れてこの日を夢にまで見ていたのに。その父親の目には自分が映っていない。彼の目にはお客さんの事しか見えていない。だからジェムは泣く。その涙を、力に変える。

 

「だから勝負する相手の努力を利用して誘導して、まともに向き合うことすら忘れちゃったお父様には絶対……負けたくない!ラティ、メガシンカ!!」

「ひゅううあん!!」

 

 ジェムの涙と雫の髪飾りが輝きラティアスの体が大きく、水玉模様から本来に赤が交ったような紫色になる。そしてジェムは、今から出すポケモンをもう一度見つめる。ボールの中のポケモンはちらりと控室の方を見た。その後ジェムの方を見て頷いてくれる。

 

「では頼むよ、ゴルーグ」

「ゴオオオオオオ……」

 

 人間の二倍の背丈がある土の巨人、ゴルーグがフィールドに現れる。ジェムを見る黄色い瞳がカッと光り、スポットライトのようにジェムを照らした。

 

「さあどのポケモンを出すジェム。キュウコンか?ジュペッタか?それとも……」

「……全部違うわ」

「何?」

「お父様……これが私達の答えだよ! アマノさんとアルカさんの苦しみをお客さんに媒介するために……出てきて、スタペシア!!」

「ラァ~!!」

 

 フィールドに一枚の巨大花が咲く。ジェムがゲットしたのではなくバトルタワーでジェムとダイバを苦しめたアルカのポケモンだ。大きな声で叫びをあげ花の中央から黄色い花粉を鬼のようにばら撒くのはラフレシア。

 

「……あの子から借りたのか」

「私がお父様を受け入れられないのは、アルカさんやドラコさん、ダイバ君が利用されたのが許せないから……だからみんなと一緒に戦いたい」

「……愚かな」

 

 それを見たサファイアの声には、静かだがはっきりとした怒りが滲んだ。ゴルーグと落ち着きを取り戻したジュナイパーが攻撃の態勢を取る。

 

「『ブレイブバード』に『メガトンパンチ』だ」

「ラティ、スタペシアを『守る』!」

 

 矢羽と拳が巨大花を狙い、それをメガシンカしたラティアスの念力がまとめて逸らす。その間にラフレシアは花粉を有毒な物に変えていく。

 

「ラティ、『ミラータイプ』! スペタシア、『毒の粉』よ!」

「ラァ~」

「ゴルーグ、『神秘の守り』」

「ゴッ!」

 

 ラティアスがラフレシアのタイプを吸収し紫色の体が毒々しくなる。ラティアスが巻き込まれないことを確認してからラフレシアは毒花粉を放つがサファイアの手持ちに『影分身』『身代わり』『神秘の守り』『守る』が使えないポケモンはいない。ゴルーグが両腕から力を放つと、味方を状態異常から守るオーラを発生させた。これで『毒の粉』は無効だ。

 

「スタペシア、『花吹雪』!」

「……無駄だ。ジュナイパー、『ブレイヴバード』!」

「また矢を……」

「いいや、違うな」

 

 ラフレシアが花粉を集めて花弁のようなものを作り一斉に相手へばら撒く。対してジュナイパーは矢をつがえるのではなく自身の体を矢として花弁をものともせずまっすぐラフレシアに突っ込んだ。ラフレシアの巨大な花が吹き飛ばされ、更にジュナイパーがきりもみ回転をしながら鋭い羽根でラフレシアの体を傷つけることで一撃で戦闘不能にする。アルカのポケモンはポケモンバトルの為のポケモンではないので無理はさせられない。ジェムは倒れたラフレシアの体を抱きしめる。花粉で服や顔が汚れるが気にしない。毒の影響はアルカが事前にジェムには影響がないように調整している。

 

「スペタシア!ありがとう、よくやったわ」

「よくやった……? ラフレシアは私のポケモンに何のダメージも与えられていない。あの子のポケモンは相手を欺き毒に陥れることは得意としていてもこのようなまっとうなバトルに向いていないことをジェムも知っているはずだ。そもそも――」

「私達の気持ちを知らないくせに知ったふうな口を利かないで! お願いリザードン!!」

「ガアアアアアアア!」

ラフレシアを戻し、ジェムは続けて出すのはオレンジ色の翼竜。ドラコから借り受けたリザードンだ。翼を羽搏かせ、竜の咆哮をあげ、フィールドに声を響かせる。己を体と炎を蒼く染めあげるメガシンカは、使わない。

 

「ドラコのポケモンなら確かに強力ではあるが、それで私に勝てると本当に思っているのか?」

「愚問よ! わからないなら何度でも言ってあげるわ。私達みんなの力で勝つ! リザードン、『火炎放射』!ラティ、『サイコキネシス!』」

 

 ラティアスの念力がジュナイパーの動きを封じ、リザードンがその体を焼き尽くす。ジュナイパーの体が燃え尽きて消滅した。『身代わり』だ。

 

「ゴルーグ、『ヘビーボンバー』」

「ゴオオオオオオ!!」

「ラティ、リザードン逃げて!」

 

 ゴルーグの巨体が飛び上がり、空中で五体を広げて超重量級の落下を行う。誰から見てもわかりやすく脅威である一撃をリザードンとラティアスはその範囲から逃れるようとする。

 

 

「『影縫い』だ」

 

 

 派手な動きのゴルーグに隠れて狙いを定めた本物のジュナイパーが二本の黒い矢をつがえラティアスとリザードンの影を射抜く。その瞬間二体の動きが止まり逃げることが出来なくなった。ゴルーグのプレスに捕まり、二体が押しつぶされ――姿が、朧に消えた。本物のラティアスとリザードンはゴルーグをしっかり回避している。

 

「『影縫い』は確かに二体の動きを封じたはず……まさか」

「お父様が撃ったのはラティが作った偽物の影よ!『影分身』を使えるのはお父様だけじゃないわ。ジュナイパーだけの得意技が『影縫い』ってことだって私知ってるんだから!ラティ、リザードン、『龍の波動』よ!」

 

 地面に落ちたゴルーグの背中を二体の翼竜が赤と紫の波動が焼く。ゴルーグの背中の土が崩れた体が影に滲んでいく。その影には何の力も感じられない。

 

「……油断しちゃダメよ」

「ひゅうん」

「……ガッ」

 

 戦闘不能とは限らない。『死線幽導』によるフェイントは気配で欺く。倒れたふりをして機会を伺っている可能性も高い。ラティアスが素直に頷き、リザードンが誰に向かって言っているとばかりに炎の息を吐いてさらに羽搏く。

 

「さすがにかからないか……『シャドーパンチ』だ」

「リザードン、『エアスラッシュ』!!」

 

 影の中から巨大な拳のロケットパンチが飛んでくるのに対し空気の刃でジュナイパーをけん制しつつ拳を切り刻もうとする。だが相殺しきれず、拳がリザードンの体を殴り飛ばした。ラティアスがフォローに入ろうとするが、ジュナイパーが矢継ぎ早に木の枝を放ち牽制している。

 

「続けて『爆裂パンチ』」

「……ッ、『フレアドライブ』!」

 

 ゴルーグの体が完全に影から出て、砲丸投げのように思い切り振りかぶってからの拳をリザードンが炎を纏って突進して迎え撃つ。しかし力の差は明らかだった。一秒も持たずにリザードンの体が押し負け、吹き飛ばされて地面に落ちる。

 

「リザードン、大丈夫!?」

「ガア……アッ!!」

「いたっ……!」

 

 リザードンの傍に寄って手を伸ばすジェムを、リザードンは払いのけ彼女の小さな体を突き飛ばした。尻もちをつき、声を上げるジェム。

 

「……ラティ、リザードンに『いやしの願い』!」

「……ガアア!」

 

 ラティアスがリザードンを回復させるよりも早く、『爆裂パンチ』により混乱したリザードンがジェムに摂氏何千度かという炎を吐こうとする。ジェムに避けられるはずもなく、回復しようとしたラティアスに止められるはずもない。ジェムが炎に呑まれるのを防いだのは――ゴルーグの巨大な腕だった。リザードンの口を無理やり上から殴り、炎を吐けなくして今度こそ戦闘不能にする。実際に炎は撃たれなかったにも拘らずストーブに当たり続けた時のような鋭い痛みの熱がジェムを襲って飛びのいた。混乱の影響があるとはいえこうなったのはそもそもリザードンはジェムの手持ちではないからだ。少しのずれがトレーナーにも牙を剥く。

 

「危ないところだった……私が止めなければ焼け死んでいたかもしれないんだぞ」

「……」

「仮にリザードンがメガシンカできていれば、そもそもゴルーグとリザードンの勝敗は逆だっただろう。……つい最近出会ったばかりの相手から借りたポケモンで本来の力を引き出せるはずもない。ラフレシアもリザードンも……そんなまやかしの友情に頼るより、ジェムが何年もずっとにいたポケモンで戦った方がずっと強かったはずだ。安全に戦えたはずだ」

 

 サファイアにとって、この状況は想像の外であっても想定していた強さよりはむしろ低いということなのだろう。ラフレシアを出した時の怒りは愚策を取った娘に対する落胆と失望だったのかもしれない。サファイアはバトルの状況が写された電光掲示板を見やり、言う。

 

 

 

「私のポケモンは残り五体。ジェムのポケモンは残り三体。恐らく残りのうち一体はダイバ君のものだろうが、ジェムが使ったのではメガシンカ及び力を引き出すことはできない。ジェム……お前の気持ちは十分に分かった。だが付け焼刃の友情と対策では私を倒すことなど出来はしない。……もう勝負は決まった。負けを認めてくれ」

 

 

 

 無情な宣告だった。勝利宣言に観客は沸き立ち、サファイアの勝利を確信する。ジェムはしりもちをついて座った姿勢のまま仰ぐようにサファイアの顔を見る。その青い双眸がジェムを睨む。そこに籠る強い力にジェムは起き上がることができない。二十年公式無敗のチャンピオン、このフロンティアで起こったすべての出来事を操る支配者、相手の死力を尽くした戦術をすら誘導する技術。そんなイメージがジェムの脳裏に浮かぶ。自分なんかが勝つなんて無理だ、そう思わされる。

 

「ひゅうあん!」

「こぉん!」

「ラティ……キュキュ」

 

 その時、ラティアスとキュウコン、ジェムの手持ちでありこのバトルに挑む相棒たちの声が聞こえた。続けてこのバトルには参加させられないけどジェムと一緒にいてくれるポケモン達、マリルリの声。ジェムがくじけそうになったときにいつも元気をくれる仲間の声。その声に、自分を叱咤して立ち上がる。

 

「……諦めないわ」

「……」

「私は絶対諦めない……最後の最後まで、私のポケモン達と……私に力を貸してくれた人たちのために戦う!愚かでも、危なくても、悪い子になってでも……私は私の大事な人のために戦うって決めたから!!」

 

 ジェムは立ち上がり、キュウコンをボールから出す。憧れだった父親に伝えたい想いは、まだたくさん残っているから。




次の話で完結です。

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