フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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ブレーン達は舞台袖で幕間の余興を見る

「ほお……まさかドラコの野郎が牙を剥くとはな。てっきり毒女があのまま蹂躙されるかと思ったが」

 

 シンボルを七つ集めたことで変化した光の反射しない墨染のバトルタワー。その頂点で、フロンティアオーナーのエメラルドは遥か下の光景を見ていた。地上の様子を肉眼で捉えるなど不可能な高さだが、バトルタワーの光景は全て彼の監視下に置かれている。ジェムとダイバのバトルも、それよりももっと前、開幕からすべての出来事も。ホウエンチャンピオンサファイアの計画に則り、状況をコントロールしつつその光景を放送するために。現在公開されているのはバトルタワー攻略の一部始終までだが、既に十分バトルフロンティアのPRとポケモンバトルドキュメンタリーとしての採算は取れた。椅子に腰かけながら、予想外の展開に慌てることもなく見物している。隣にいるエメラルドの妻でありダイバの母親、ネフィリムが軽く窘めるように声をかけた。

 

「あらエメ君。ドラコちゃんだって十七歳の女の子なんですから野郎はよくありませんよ」

「他人がいる前でエメ君はやめろっつってんだろ。大体お前昨日途中で起きてたくせに寝たふりしやがって……」

 

 昨日アマノに眠らされ、人質にされていたネフィリムだが実はアマノが突き落とされたあたりで意識が戻っていたことにエメラルドは気づいていたのだが、本人に起きるつもりがなさそうだったのでそのまま抱えていたのだった。

 

「だって、エメ君が抱きしめてくれる機会なんてもう何年もなかったんですよ。一応危ない役回りでしたし、それくらいのご褒美はもらったっていいじゃないですか」

「お前な……」

「……おいオーナーのにいちゃんよ。わざわざこんな所に呼んで見せたかったのがコレかよ?」

 

 そのやり取りを適当な壁にもたれて見ているバトルダイスの豪気な花札使い、ゴコウは不服そうに言った。別に目の前でイチャイチャしていることが気に入らないのではない。彼が気にしているのは地上にいるサファイア、そしてジェムの様子だった。

 

「なんだ、せっかく面白いかと思って呼んでやったのに不満があるのか?」

「坊と嬢ちゃんの戦いは痺れたぜ。でも、いやだからこそこれはあんまりなんじゃねえか?」

  

 カメラの一つには、ジェムの表情がアップで映し出されている。怒ることも泣くこともせず、ただ茫然としている。その目は自分の怒りを堪えて抱きしめるアルカを見ていない。このフロンティアの真実に気づき、サファイアの予想を打破するための戦いに敗北してなお、ジェムに真実を教えることで支配を打ち破ろうとしたダイバにもジェムの為に戦いを始めようとするドラコにも向いていない。ずっとあこがれ続け、母親への接し方に納得は出来なくてもそれでも尊敬していた父親であり自分やアルカを騙し一連の事件……いや物語を仕組んだ黒幕をぼんやりと見ていた。ずっと真剣に戦って、やっと手にした栄光が自分の父親によってそうなるように仕向けられていた、いわばレールの上を走っていたにすぎないと言われて傷つかないはずがない。ジェムと直接本気で戦い合ったゴコウの立場だからこそなおそう思う。

 

「文句なら俺の息子とチャンピオンに言いやがれ。あいつらがネタ晴らししなきゃジェムにも心置きなくチャンピオンに戦ってもらってたさ」

「そういうこっちゃねえだろうが! 儂はバトルダイスでの事しか嬢ちゃんに何があったか知らねえがよ……嬢ちゃんはすげえ一生懸命だったんだぜ。それをよ……!」

 

 ゴコウが壁を思い切り殴る。二メートル近い巨漢の拳の音が部屋に響いたがエメラルドは動じない。むしろ一笑に付した。

 

「だから面白いんじゃねえか。ポケモンバトルってのはそういうもんだろ? 競技であっても遊びじゃねえ。人間とポケモンが織りなすドラマってやつだ。それをちょいとコントロールして演出しただけだ。それがジェムにも伝わったのは意外だが……まあさすが俺の息子だな。これはこれで盛り上がったし後で褒めとくか」

「てめぇ……!!」

 

 ゴコウはポケモンバトルでは相手を騙すこともあるしトリックも使う。だがそれはあくまで真剣勝負のためだ。ゴコウの白塗りの顔が赤く染まりに手持ちの花札型のモンスターボールに手をかけようとする。ネフィリムはそれをにこにことに見つめていた。勝負になってもエメラルドが絶対に負けない自信があるからだ。

 

「ちょっとちょっと、すとーっぷ! 気持ちはわかるけど落ち着いてよ、ゴコウおじさん」

 

 ゴコウとエメラルドに文字通り割って入ったのは、フーパによる金色のリング。そこからぬるりとジャックが這い出てきて、フーパと一緒に部屋の中に現れた。ゴコウが少し驚き、エメラルドがため息を吐く。この部屋はエメラルドの許可したものしか入れないのだが、ジャックの操る伝説のポケモンには何ら関係がなかった。

 

「またテメエは勝手に……様子次第じゃまたジェムのところに助けに行く手筈だろうが」

「いいじゃありませんか。これでジェムちゃんと戦ったブレーンは集まったんですしのんびり見届けましょう?」

「そ、僕が出ようかと思ってたけど竜の子が言うべきことは言ってくれたし……ジェムはもう僕がいなくても乗り越えられる。彼女は僕の命を救った恩人の娘で、僕の弟子なんだから。僕達の出番は終わり。後は子供たちに任せておくよ」

 

 ジャックもジェムを騙していた立場の一人だから、こうなることはわかっていた。その上で、彼女の味方であるための布石を打っていた。一昨日サファイアにバトルを挑み、負けることでシンボルを渡しドラコにそれを伝えたのはこのためだ。

 

「ああそうかよ。ったく、賭けは結局あいつの勝ちか」

「ダイバ君も強かったけどね。ただ……いくら覚悟があっても、負けたことのない子っていうのはやっぱり脆いかな」

 

 敗北を知らないということは勝てない相手との戦いも経験がないということだ。ダイバのメガシンカに対抗するために様々な策を練ったジェムに対し、ダイバは相手の策を読み切ろうとはしていても根本的に上から力で叩き潰そうとしていた。その差が勝敗を分けた結果は概ね想定の範囲内だ。エメラルドとしてはダイバが勝つと思っていたが、サファイアは昨日ジェムが勝つだろうと何の不安要素もなさそうに言った。

 

「坊……あんたはあの嬢ちゃんのことが大事なんじゃなかったのかよ」

「勿論だよ。でもね……僕は彼女にチャンピオンの志を継ぐ存在になってほしいんだ。それに、さっき言った通りジェムはまた立ち上がれるって信じてるからね」

 

 ジャックの表情は、まだ十にも満たない子供の姿とは思えないほど老獪で、今この光景すら楽しそうに見ている。信じがたいことだが、自分以外の人間にはこの状況に異存はないらしい。エメラルドの許可なくここから出る術はゴコウにはないし自分と同じブレーン三人を相手にして勝てる自信はさすがになかった。ジェム達を信じるしかない状況に歯噛みするゴコウ。

 

「で? てめえはこの勝負はどっちが勝つと思う? 同じ協力者どうしとして、お前はドラコと一戦交えたんだよな」

 

 エメラルドはゴコウの事をもはや意に介さず聞く。ジャックはそんなエメラルドに嘆息しつつも、画面の中のドラコを見た。

 

「竜の子は強いよ。ホウエンの元四天王を父親に持ち、幼い頃から元四天王の友人であるキンセツジムリーダーの元でジムトレーナーとしての修行に明け暮れた女の子。今は四天王やジムリーダーとは違うドラゴンタイプの使い手として自分のスタイルを確立してる。さっき半分の力も出してないって言うのは誇張だしジェムやダイバ君とやったときも本気ではあったけど……あの子は二人の先を行ってる。僕のレジギガスを正面から堂々と倒しきったからね」

 

 ジェムのラティアスの攻撃をいくら受けてもびくとも揺るがなかったジャックが操る最強の伝説ポケモン。それをドラコは自分の鍛えた竜たちで真っ向から打ち破ったとジャックは可たる。

 

「……でもまあ、やっぱり。今のチャンピオンが負けるトコは想像できないかな。だって彼はもう……」

 

 ジャックは含みのある言葉でホウエンチャンピオンを見る。オーロットとシャンデラを繰り出したチャンピオンの瞳は、全ての光を飲み込む深海のように蒼く暗かった。

 

 

 

 

 

 

 

「やはりシャンデラを出して来たか……ならば戻れリザードン」

 

 シャンデラは炎タイプの攻撃を無効にする『もらい火』の特性を持つポケモン。それを見てドラコは一旦自身の相棒であるメガリザードンXを下げる。

 

「……勇んで挑んだ割には随分慎重な立ち回りだな」

「貴様はさっきのジェムとダイバの戦いを見て何も学ばなかったのか? 勝負とは相手への警戒を怠らなかった方が勝つものだ。……来いカイリュー!」

 

 甲高く、且つ重量感のある鳴き声を響かせてカイリューが宙に浮く。合わせるようにボーマンダが口を大きく開き、力を蓄える。

 

「ボーマンダ、シャンデラに『ハイドロポンプ』!」

 

 高速で放たれた激流がシャンデラに直撃し、紫色に燃える炎を掻き消す。しかしサファイアの表情には一分の曇りもない。すぐさまサファイアの後ろに無傷のシャンデラが現れる。放たれた水は後ろのオーロットに直撃したが、深く根を張るオーロットの体は揺るがず、草タイプゆえにダメージも少なかった。

 

「残念だが既に『影分身』を発動させておいた。そんな単調な攻撃は当たらない」

「単調……? 先んじて分身を作って初手を凌いだだけの使い古した戦術で知った口を利くなよ。カイリュー、『電磁波』だ!」

 

 カイリューが口を開け、弱い電気をまき散らす。だがそれは不可視にして不可避の空間一体を覆う一撃、ドラコ自身の身体にも電気が走り焼けるような感覚が走り、ダイバやアルカ、ジェムがびくりと体を震わせる。サファイアと彼のポケモンも同じように電流を浴びたはずだが彼は微動だにしない。ドラコは続けざまにボーマンダと自身のイヤリングに力を籠め、鮮血のような色に染め上げる。

 

「渇望の翼、今ここに真紅となる! 蒼天を統べる覇者の一喝に震えるがいい! 招来せよ、メガボーマンダ!!」

「メガシンカ……だがあれほどの電気をまき散らした以上君のボーマンダとて影響を受けるはず」

「それが知ったふうな口だと言うんだ! 私達だけの力を見るがいい……メガボーマンダ、『殲滅のロストトルネード』!!」

「ボアアアアアアアア!!」

 

 麻痺の影響など一切なく、『スカイスキン』によって暴風のごとく荒れ狂う『破壊光線』がオーロットへと突き進む。麻痺したことにより動きを封殺されたオーロットに光線が直撃し、その体を地面から引きはがし吹き飛ばす。最初にジェムと戦った時に見せたドラコの竜達だけが使える必殺技を容赦なくたたき込んだ。

 

「なるほど。素晴らしい攻撃だ。ジャックさんも認めただけのことはある」

 

 カイリューは『電磁波』を使うより前に『神秘の守り』で状態異常から自分たちを守っていた。よってドラコのポケモンだけは状態異常にかからずメガシンカによってアップしたスピードと威力のある光線を放ったことを看破し、静かに拍手をした。冷静に相手を讃えるその様はとても紳士的で、穏やかですらある。自分を何よりも敬愛する娘をエンターテイメントの主役に据えるためにわざわざフロンティアを襲うヒールまで用意し、死のぎりぎりまで追い詰めておきながら平然と父親として接していた人物とは思えない。

 

「……二十年だ。貴様がチャンピオンになってからの二十年、観客の笑顔とやらのためにどれだけ他人の気持ちを踏みにじってきた?」

 

 ドラコの予想ではこれが初めてではない。チャンピオンはずっと見ている人の笑顔のためにチャンピオンとしての地位を守り続けた人間。彼がチャンピオンとして行ってきた多くの戦いはドラコ含め、ホウエン中の人間を魅了してきたと言っていい。だからこそジェムはあれほどまでにサファイアを信じていたのだから。だがそれは今のジェムのように、仕立て上げられた人間達の本気を利用したものだった。ダイバが真実を暴かなければ、ジェムもやはり何も知らず苦難の末にシンボルを集めきったフロンティアの主人公としてサファイアに挑んでいたはずだった。

 

「厳密には十五年だ。私は私自身のみで行える戦いに限界を感じた。だから――」

「だから他人を自分のシナリオ通りに動かし、あまつさえ自分の娘を巻き込むことも厭わない……そう言いたいのか貴様は」

「……そうだ。非難したければしてくれて構わない。私はかつて誓ったのだ、八百長ではない、お互いの気持ちをぶつけ合う本当のポケモンバトルでみんなを笑顔にしてみせると」

 

 サファイアの表情には騙した人間の愉悦も、娘に対する罪の意識も感じられない。ただジェムに向ける目線が、ひたむきに彼女を信じていることが伝わってくることにドラコが歯噛みする。何より許しがたいのはサファイアがはぐらかさず答えていることだ。この事は既に一般に知られても構わないと彼は判断している。つまりはサファイアのポケモンバトルを楽しんでいる人々にとってはジェム達のこの状況もあくまで一人の少女が仲間と共に危機を乗り越えるエンターテイメントでしかないのだ。サファイアが狂っているから観客たちが感化されたのか、観客たちが楽しむために誰かが犠牲になるのを厭わないからサファイアが狂うしかなかったのか。ドラコにわかるはずもない。何より――

 

「知らんな。そんなことは『私達』の管轄外だ。やはりジェムを貴様と戦わせるわけにはいかん。『お前達』のくだらん楽しみなど、私のドラゴン達が破壊してやる……さあ、次のポケモンを出してみろチャンピオン!」

 

 どんな信念も覚悟も、ジェムやその仲間たちが付き合う必要など毛頭ないのだ。ドラコは最初はとある人物の頼みで協力していたが、ジェムの未熟ながらも真っすぐな思いを認めた。ドラコの聞いていた計画ではアルカはアマノと一緒に警察に捕まっているはずだったしダイバもジェムに心を開くことはなく倒すべき敵としか見なかったはずだ。だがその予測を超え今三人ともがジェムについている。

 

「なるほど面白い。ならば私は……君達が私に勝つことなど不可能という絶望を与えるだけのことだ。それこそが最後の戦いの前座に相応しいだろう」

 

 

 サファイアは何か語ろうとしたのを切り捨てられたにも関わらず、小さく笑みを浮かべる。ドラコやジェムを嘲笑う悪魔のようにも、誰かを楽しませることに憑りつかれた亡霊のようにも見えた。オーロットを影が吸い込まれるようにボールに戻る。

 

「……先制したみたいですが、ドラコに勝つ見込みはあるんですか、ダイバ」

 

 ジェムを抱きしめるアルカが問う。一昨日の夜ダイバのメタグロスの一撃をあっさり躱し続けたにしては随分大人しい立ち上がりだった。ダイバは苦い顔で応える。

 

「……少なくともあのチャンピオンは自分から急いで攻め込むことはしないし圧勝もしない。観客が飽きないようにぎりぎりの勝負を続けてる。多分今もそうだよ」

「典型的な強者の戦い方ですね。……それでも二十年もゴーストタイプだけで勝ち続けるって、どういう理屈なんですか」

 

 ポケモントレーナーが所有するタイプを絞るのは多数のポケモンを育てやすくし、また理解を深められるメリットがあるが当然対策されやすく弱点もかぶりやすいデメリットも多い。アルカはポケモンバトルという競技については素人だが、それでも手持ちが全て毒タイプで構成されているためその辺は理解している。アルカのように弱者として誰かと狙い撃つ分にはメリットが大きいが、チャンピオンのような対策されるのが当たり前の立場の人間にとってはデメリットが重くのしかかるはずだ。

 

「先制したのはドラコか……俺様もチャンピオンのバトルはもう十年以上まともに見てねえ。今のあいつはそんなえげつねえのかよ?」

「えげつない……と言えばそうだね。素人のお客さんたちにはわからないだろうけど……あれより恐ろしい戦い方は僕も見たことがないかな」

 

 バトルタワーの天辺でエメラルドがジャックに聞いた。ジャックは倒れたオーロットを見ても何も感じておらず番狂わせに期待もしていないようだった。それに対するジャックの答えは、奇しくもダイバのアルカに対する答えと全く同じものだった。

 

 

「「一言で現すなら……死に物狂いの特訓も、綿密に練り上げた対策も等しく無力化する。そんな感じの強さだよ」」

 


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