フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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少年のラストオーダー

「あれ……もう朝?」

 

 ジェムはベッドの中で目を覚ます。キングサイズのベッドには両隣にドラコとアルカが既に体を起こしている。眠っているジェムを見つめていたようだった。普段なら少し恥ずかしかったかもしれないが寝ぼけなまこではさして感じるものはない。

 

「二人とも、早起きね……」

「せっかく女三人なんだからベッドでお話ししましょうと言った本人が真っ先に寝落ちおったからな」

「わたしも疲れてたのでありがたかったですけどね」

 

 思い出す。お風呂からあがって海の幸満載の晩御飯を食べた後、色々おしゃべりがしたかったので寝室で集まって色々話そうと思ったのだが、ブレーンと戦いバトルタワーを命懸けで昇り、疲れ切った体はお風呂上りも相まってすぐに意識が薄れてしまったのだった。

 

「……ダイバ君ももう起きてるかな?」

「あいつも昨日は早寝だったろうからな。風呂あがりに何かぶつぶつ言っていたがまあ今日にはいつも通りだろう」

 

 てっきり男性陣の方が早くお風呂を出ると思っていたのだが、ジェムたちよりも大分後で彼らは出てきた。ジャックはいつも通りにこにこ笑っていて、ジェムは昔はこんな風だったよという話を軽くドラコとアルカにもしていた。しかしダイバはのぼせたのか赤くなった顔でふらふらと歩き、心配しても「とりあえず今日は寝る」の一点張りだった。

 

「それで、今日はどうするのですジェム。事件は解決して後は平穏無事にシンボル集めですか?」

「うん、そのつもり……アルカさんにも見ててほしいわ。私がバトルしてるところ」

「……どうせやることなんてないのでいいですよ」

 

 寂しそうに言うアルカ。本意でなくともここ数年はアマノの目的のために動いていた。今はジェムが旅立ったときに一緒にいるという償いの約束があるが、バトルフロンティアにいる間はただの付添人だ。

 

「ならまずは朝飯だな。何をするにも腹が減っては戦は出来ん」

「そうね、昨日のご飯すっごく美味しかったから楽しみ!」

 

 ジェムたちは浴衣からそれぞれの服に着替え始める。ジェムは今日は着慣れた青のパーカーに赤いミニスカート、ドラコは今日も紺のマントにスーツ。アルカは白いワンピースをつける。ドラコがアルカをじっと見つめる。

 

「……なんなのです?」

「いや、そういえば昨日からあの襤褸切れを見につけていないなと思っただけだ」

「そんなことですか。……昨日メタグロスの『大爆発』に吹き飛ばされた時に燃えてさすがに着れなくなったんですよ」

 

 ジェムもアルカの服を見る。昨日は注目している余裕なんてなかったが、改めて見ると鮮やかな桜色の髪に白いワンピースはなかなかよく似合っている。気になるのはスカート部分の丈がやたら短いというか明らかに不自然に切り取られていることだった。本来ならひざ下まで余裕であったであろう部分がちょっと歩くだけで太ももくらいなら見えてしまうほどになっている。

 

「そのワンピースって……アマノさんが?」

「買ってきたのはあいつですが、切り取ったのはわたしですよ。……理由、説明しなきゃだめですか?」

「あっ、ううん。言いたくないならいいの」

「大方、その方が男の目を引きやすいと思っての事だろう。……お前自身が生きるために何が必要だったかを考えればな」

 

 ジェムは退こうといたが、ドラコは遠慮なく言った。アルカは反論せず、下を向いて黙る。図星らしい。他人の道場を食らって生きて来たアルカに取ってわざと他人の目を引くことは生きるために必要なことだった。

 

「……アマノもはしたないからやめろとは言ったんですがね。どうにも、短くしていないと……同情を煽るような恰好をしていないと落ち着かなくなってたんですよ、その時には」

「そんな……」

「ジェム、お前はこいつに償いをさせると決めたのだろう? 相手を思いやるのと無意味に遠慮するのは違う。わかりあいたいのなら聞きたいことは聞け」

 

 きっぱりと断言するドラコ。アルカも自分で説明したし、特に難色は示していない。ジェムはそれを確認してゆっくり頷く。

 

「……わかった。アルカさんもそれでいい?」

「拒否はしません。……とにかく、ご飯食べましょう」

「そうだな、ついでだからジェムが挑戦している間私たちで何かまともな服でも買うか」

「うん、それがいいわ! でも私も一緒に見て回りたいな……」

「なら適当にキリのいいところで三人で回ればよかろう。もうフロンティアに危険もないしな」

「ああもう、煮るなり焼くなり好きにしろです」

 

 一応バトルの影響で服に損傷が出ることも考えてか、小さいけれども服屋さんがあるのはジェムも知っている。そんな話をしていると、ノックもなしに部屋のドアが開いた。パーカーのフードと帽子を被ったいつもの姿のダイバが入ってくる。

 

「……ジェム、少し話がある」

「おはようダイバ君! ゆっくり休めた?」

「……うん、そっちも大丈夫そうだね」

 

 ダイバは帽子を目深に被っていて表情はわからない。昨日の朝に比べれば見違えるほどジェムに対する声は優しくなった。彼は続ける。

 

「……ジェム、今日で僕は7つのシンボルをすべて集める」

「そっか……ダイバ君ならきっとできるわ。私も早く追いつけるように頑張るね」

 

 ダイバの持つシンボルは五つ。あと二つでコンプリートだ。彼の持っていないシンボルはジェムがクリアしたバトルピラミッドとバトルクォーター。どちらのブレーンも強敵だったがダイバならきっとできるとジェムは信じられる。しかし、続いてダイバの口から出た言葉は全く違うものだった。

 

「そのためにジェム、君にバトルフロンティアのルールに則ったバトルを申し込む。あらかじめ言うけど……君に拒否権はない」

「えっ……私に!?」

 

 ダイバとの一方的なバトルを思い出す。勿論今ならああはならない自信はあるが、それにしてもなぜ今なのかわからず困惑するジェム。見かねたドラコが割って入った。

 

「拒否権はない、とはずいぶんな言い草だなダイバ。あの戦いを通じてなお自分の方が強い確信でもあるのか?」

「……バトルフロンティアにはシンボルを持つ者同士がお互いのシンボルを賭けて勝負できるシステムがある。挑まれた側にルールを決める権利がある代わりに、拒否することは出来ない」

 

 ダイバがフロンティアパスを見せる。フロンティアパスの取り扱いや施設の決まりごとがずらっと並んだ利用規約画面をスクロールすると、紛れるようにその旨が書かれていた。よほどマメな人間でなければ書いてあることに気づけないだろう。ジェムはそもそも規約を読んだことがない。

 

「僕が勝ったらバトルダイス以外のシンボルは全て貰う。もしジェムが勝ったら……僕もバトルダイス以外のシンボルは全て渡す」

「そんな……じゃあ負けたほうはシンボルが一個だけになっちゃうの?」

 

 ダイバは頷く。ジェムが打ちのめされたり、卑怯な手を使われたり、すごく強いブレーンと戦ってやっとの想いで手に入れたものが、一回の敗北で奪われる。それはとても残酷なルールだ。

 

「ジェムが渡すシンボルは二個でいい、というより本当にあなたは勝ったら五つとも渡すんですか? あなたに不平等に聞こえますけど」

 

 アルカもダイバに問いただす。強引ではあるがバトルのルールはジェムが決めることが出来、且つ勝利した時に得るものもジェムの方が多い。何か裏があるのでは、という疑問は妥当だろう。

 

「約束する。ルール違反なんてパパも許さない。それに僕は……相手が誰であろうと負けたらダメなんだ。パパ相手でも、ジェムにも、あのチャンピオンにも……勝たなきゃダメなんだ」

「だから多少不利な条件であっても問題ない、とでも言うのです?」

「……それ以上は言えない。ジェムが勝ったら教える。……僕がバトルフロンティアについて知ったすべてを」

「全て……?」

 

 ドラコやアルカの問いかけに、意味ありげにだが真剣に返すダイバ。冷静な周りの様子にようやく落ち着き始めたジェムは自分もダイバに聞く。

 

「ダイバ君は……普通に施設に挑戦してシンボルを貰うのは嫌なの? 私からシンボルを奪いたい理由が、ある? ジャックさんに何か言われたの?」

「……」

 

 ジェムは昨日の戦いでやっとダイバと一緒に肩を並べて、お互いのために協力し合える関係に慣れたと思っていた。でもそれも、自分の勝手な思い込みでしかなかったのかと不安になる。ダイバは帽子の鍔に手を当てる。そして何かを考えているようだった。数秒の沈黙の後、答える。

 

「……確かめたいんだ」

「えっ?」

「ジェム、前戦った時……君にポケモンバトルの才能がないって言ったのを覚えてるかな」

「忘れるわけないわ……私のせいで何も出来ずにポケモン達が倒されて、あんなこと言われて……辛かった」

 

 メタグロスに圧倒され、倒れるラティアスに泣きつく自分に言い放った言葉は鉄拳で殴られたように痛かった。ジェムが一番最初に味わった敗北感と無力感は一生忘れないだろう。

 

「昨日バトルタワーに入るまでは君のことをチャンピオンの娘っていう僕よりポケモンバトルに恵まれた立場の癖に才能のない勘違い女だって思ってた。でも今は、ほんの少しだけ違う」

「ほんの少しなんだ……」

 

 ダイバが頷く。らしい物言いだと思いつつも、否定は出来ないジェム。ドラコとアルカは二人の会話を黙ってみていた。

 

「でも昨日一緒に戦って僕は感じたんだ。君は特別な生まれの癖に才能はないし欠点も多いけれど、優しくて、まっすぐで……児童文学の主人公のように力強い。もしかしたらもう僕よりもずっと強いのかもしれないと思う」

 

 ダイバは帽子の鍔を上げ、ジェムをまっすぐ見て言う。ジェムは思いがけない言葉に顔を赤くした。

 

「そんな……ダイバ君が私のことそんな風に言ってくれるなんて、全然思わなかったな、あはは……」

「だからこそ」

 

 ものすごく厳しかったダイバが褒めてくれて嬉しいやら気恥ずかしいやらの気分になるジェムだが、ダイバの方には一切の澱みもなく、むしろバトルで倒すべき敵を見る目をジェムに向ける。

 

 

「君に勝ちたい。あの時とは全く違う強さを手に入れたジェム、ここにいる誰よりも勝ちを望まれている主人公に……僕が勝って、僕の手でチャンピオンに勝ちたい」

 

 

 数々の褒め言葉は、勝てる確信がない強敵相手だからこそ。自分がジェムの事をどう見ているか本心を伝えた上で勝つという決意。ジェムもその態度に気が引き締まる。

 

「これが僕が君にする最後の命令。……ジェム、僕と勝負してくれるよね? 勝ったらシンボルはもらう。僕が負けたらジェムにシンボルを渡す」

 

 命令、と言いつつもお願いする言葉になっているのはやはりジェムに対する心境の変化だろう。ジェムも言葉の代わりに唾を飲み込み、口を開く。

 

「……わかったわ。ダイバ君が私にそこまで言ってくれたんだもの。お互いに真剣に勝負しましょう。今日は……負けないからね!!」

「じゃあ、ご飯が終わって勝負のルールが決まったら僕の部屋に来て。……そうだ、ルールはバトルフロンティアにあるルールの中から決めてね。そういう決まりらしいから」

「うん、そうするね!」

「……じゃあ、僕も朝ごはん食べるから。せいぜいその二人と作戦を考えればいいよ」

 

 ドラコとアルカを指さしダイバは出ていく。素っ気ない言葉の中にも、二人をジェムの仲間として見ているのが伝わってきた。出ていった後、ドラコがジェムの背をバンと叩く。

 

「よく真っ向から受けて立ったジェム! さすがは私が認めた強者だ」

「……ま、勝ちさえすれば一気に全部手に入るんですからいい判断だと思いますよ」

 「……でも、ダイバ君はすっごく強い。ダイバ君は私の方が強いかもって言ってたけど……勝てる自信はない」

 

 正直な感想だった。あの時のように一方的にやられない自信はあっても、勝てるかどうかは全く別の次元だ。昨日は一緒に戦い頼もしい味方になってくれたダイバと、今まで集めたシンボル、つまりはこれまでフロンティアで行ってきた戦いの象徴をかけた真剣勝負をしなければいけないのは、やはり怖い。

 

「だから二人とも……どういうルールで戦うのがいいか、朝ごはん食べながら相談に乗ってくれる?」

「当然だ。ただしこの私が助力する以上は絶対勝てよ」

「……わたしに何が出来るとも思いませんが、いいですよ」

 

 だから、新たな仲間にジェムはお願いする。昨日の戦いを通じて一緒にいることが出来るようになった二人。ダイバだって今はもう一方的にジェムを嫌う敵ではない。新たな仲間たちとの戦いが、始まる。


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