フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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謙虚な厳しさ、傲慢な優しさ

 毒の花を操るアルカの周りには、物心ついた時から人が群がった。無垢な心に美しい髪色を持つ少女に惹かれる卑俗な男共。幼くして強力な毒を持つポケモンを自在に操る力を見せ者にするサーカス団。行く当てのない自分を仲間にしようとした子供達。

 

――――桜のような美しい髪色の娘だ。躾けて傍においておけばいい飾りになる。

 

 そもそもの始まりは幼い頃野草や魚を取ってただ食べて生きていたとき年老いた男に拾われたことだった。老人は自分にご飯をくれる代わりに色々好きなように髪を触ってきた。招いた客人に自由に触らせもした。一緒について回るうちにお金の使い方や世の中のことがわかったし、ご飯さえもらえるならそれでもよかった。でもそのうち飽きて殺されそうになったから、その前に殺して家にあるお金をもらった。その時は、ただの正当防衛だったはずだ。

 

――――レディースエーンドジェントルメーン! 今宵お見せしますは他者の命を糧に呪い花を咲かせる恐ろしい魔女!

 

 てもらったお金が無くなると今度はポケモンと一緒に危険なショーをするサーカス団に拾われた。死体を食って咲く桜のような髪の色と、人間やポケモンの命を搾り取って花を咲せるアルカのポケモン達はそれなりに目を引いたしお客さんも笑っていた。ただ、自分が食べるためでもないのに罪のないポケモンや人の命を吸い取るのはなんとなく嫌な気持ちになったし、そのうちお客さんが飽き始めると追い出されそうになったので。夜の間に団長を殺してショーの稼ぎを持って逃げた。サーカス団のショーで人の命を吸い取ることに慣れてしまったのが致命的だったのかもしれない。

 

――――なあ……行くところがないならお前、俺たちの隠れ家に来ないか? みんな歓迎するぜ。

 

 そしてしばらく放浪していると自分と年の離れていない少年達に声をかけられた。また髪に触りたい人かと思ったので触らせてあげる代わりにご飯をもらおうとしたら、顔を赤くしてそんなのいいと言われ、少年の友達のグループに入れてもらった。生きることに必死だったアルカには遊ぶことの楽しさはいまいちよくわからなかったけど。親の名前も声も知らない自分に、いつかきっと親に会えると励ましてくれた。その時は、初めて人間の仲間が出来たような気がした。

 でも、それはあっけなく崩壊した。別の少年グループとの喧嘩になった時、アルカは咄嗟にウツボットで相手を絞め殺してしまった。一瞬で少年たちにとってアルカは狂った化け物になり、当然のように石を投げられて追い出そうとしたから。アルカは訳も分からず涙を流しながらみんな殺してしまった。

 

「……おなか、すいたのです」

 

 子供たちが帰って来なければ当然親はすぐに探す。アルカがやったことはすぐに知られ、警察に追われた。死にたくない。生きていて楽しいことなんてないけどただ死にたくない。それだけ考えて生きてきた。でももう、疲れてしまった。お腹が空いてもう動けない。動きたいとも思わなかった。草むらの影で横たわり、このまま眠ってしまおうかと考える。自分の毒草ポケモン達も既に瀕死になっている。

 

「お父さんとお母さん……やっぱり、きてくれませんでしたね」

 

 名前も声も知らない親でもきっとアルカの事を待ってるはずという少年の言葉を思い出す。特に両親の存在に希望を見出していたわけでもないのだけれど。意識が薄れていく中で、そんなことをアルカは考えて。誰にも愛されることなく、愛されていたとしても自ら喰らい尽して台無しにするだけの人生を終える。……はずだった。

 

 

「おい……おい、生きているか!? 頼む……こんなところで死んでくれるな!」

 

 

 ひどく必死な男の声だった。アルカは自分にそれが向けられているとわからなかった。ただ自分の肩を掴んで無理やり強請る男に、ぼんやりと声をかける。

 

「お父さん……?」

「生きていたか……! これで駒の一つは手に入った。ひとまずここを離れなければ……!」

 

 男は、自分の質問に答えてはくれなかった。ただ逆立ちしたイカのようなポケモンが自分に催眠術をかけ、意識はそこで落ちる。そして目が覚めると、声をかけてきた男の家の中にいた。

 

「目が覚めたか? 飯は用意した。だがひとまず……『待て』」

 

 アルカはソファに寝かされており、傍のテーブルには温かいシチューが置かれていた。空腹は酷くて体は重いままだったが、食事を前にすぐに手を伸ばそうとする。しかしただの一言命じられた瞬間。アルカの手がぴたりと止まった。自分の意志ではない。自分を拾う相手の言うことは基本的に聞くが、それでも飢え死にするかしないかの瀬戸際で食事を前に大人しくできるような聞き分けのいい人間ではなかった。自分に命令をした男の方を見る。

 

「問題なく効いているようだな。ならば『食ってもいい』」

 

 その一言で弾かれるように体が動き、がむしゃらにシチューを頬張る。熱々のジャガイモが舌に張り付いて火傷をしたがそんなことどうだってよかった。ただ空腹を満たせることに安心する。シチューが空になると、特に何も言わず男はお代わりを持ってきた。それが何回か続いてアルカがスプーンを止めると、男がまた声をかけてくる。

 

「さて、ようやく落ち着いて話が出来るか。お前がアルカ・ロイドだな?」

 

 アルカはこくりと頷いた。それが最初に拾った老人のつけた名前だった。植物が持っている毒の名前をそのまま取ったらしいことは聞いていた。

 

「最初に言っておくが、お前には既に私の催眠術がかかっている。私の言うことには絶対に逆らえないと思え。『お前やお前の持つポケモンは絶対に私を傷つけられない』」

「……わたしのこと、知ってるのです?」

 

 自分で助けておいてこの警戒の仕方は不自然だ。素直に疑問を口にする。

 

「むしろ、お前はお前自身の事をどれだけ知っている? さっき父親について口にしていたが、お前は自分の父親が何者か知っているのか?」

「知りません。何も。あなたは?」

 

 アルカには両親の記憶は一切ない。その言葉に嘘はないと判断したのか、目の前の男は少し考えた後、口を開いた。

 

「直接会ったことはないが、どういう人物かは知っている。……ただし交換条件だ。このことを話す代わりに、お前には私の計画に協力してもらう」

「わかりました」

 

 アルカは考えることなく答えた。基本的に自分を拾った相手に逆らうことなどしないからだ。それをするときは、殺してしまう時だけ。むしろ男の方が息を呑む。

 

「いいだろう。お前の父親は……世界各地の悪の組織に協力するフリーの傭兵だ。極めて強大な毒虫達を自在に操り、組織に仇名すものを殺し尽くしたという。自ら毒を振りまき、不快なさざめきをまき散らす危険極まる男だったそうだ」

「悪の組織……だった」

 

 自分の父親が悪人だったらしいことに特別恐怖感や忌避感はなかった。自分ももう何人殺したかわからないし、その時も悲しかっただけだ。悪いことだ、と思える教育は受けていない。

 

「その男は20年以上前にとある悪の総統と戦って死んだとも言われているが……実は生き延びていて、悪の組織の女と子供を作ったという噂があった。そしてそれがお前だと、私は思っている。お前の連れている虫を食らう花たちとお前の人生がその根拠だ」 

「この子たちが……」

 

 自分のまとう襤褸切れの中に隠しているボールの中の毒草たちを見る。男の手によって回復させられたのか、元気を取り戻していた。本来草タイプが苦手なはずの虫ポケモンを食らい尽すこの子たちが、自分が寄り付くものをすべて殺してしまう性質が父親を繋げているといるのかもしれないという。

 

「お前が親の顔を知らず、私はそれ以降あの男が動いているという話は聞いたことはない。恐らくは、もう母親ともども生きてはいないのだろう。……私が知っているのはここまでだ」

「そうなのですか。ありがとうございます」

 

 アルカはぺこりとお辞儀をする。両親の素性にも恐らくは既に生きていないであろうことにも特別な感慨はなかった。ただなんとなく、自分がどうして今まであんなことをしてきたのかの理由がわかって安心していた。

 

「それで、わたしは何をすればいいですか?」

 

 淡泊に、アルカは尋ねる。男は自分の計画に協力しろと言った。アルカの力とそうした素性を知ったうえで何が目的なのか、どちらかと言えばそちらに興味があった。男はあっさりと受け止めたアルカに驚いたのか、少しばかり言葉に詰まったようだった。

 

「……やはり特別な人間は私とは違うということか。まあいいだろう。私の名前はアマノ・サグメ。そして計画とは――」

 

 今完成間近のバトルフロンティアというポケモンバトルを利用した娯楽施設。それをアマノという男は破壊したいらしい。理由は口にしなかったがその意志は強く、また自分一人では無謀であることを理解した上でアルカや、そこに訪れるであろう特別な人間を利用するつもりの様だった。アマノは人前では穏やかな優しい男を気取るものの。ふとした弾みに汚い言葉が漏れたり計画もかなり運頼みなところがあったりしてアルカから見ても不安になるような人間だった。自分も計画の駒として使う以上必要なことは厳しく教えられたし、時折催眠術で人を思いのままに支配して喜んでいるのも、最初に自分を拾った老人を思い起こさせて好きにはなれなかった。催眠術による支配の効果がなければ、とっくに殺して飛び出していたかもしれない。でも一緒に過ごしていて、ふとした疑問が浮かび聞いたのだ。

 

「アマノは……どうして、私の心を支配しないのです?」

 

 アマノのカラマネロが使える催眠術には二種類ある。一つはアルカにかけている命令に従わせるだけの術。もう一つは心を支配して相手が自発的に服従するようになる術だ。アルカの危険性を知っているのなら、完全にアマノの事を好きになるように術をかけておいた方がいいはずだ。なのにアマノはそれをしない。アルカが毒を吐いたり皮肉を言うのに文句を言いながらも、心は自由にさせている。それに対し、アマノは答える。

 

「――他――――――――――――――――お前―――――――」

 

 言葉は、ここで薄れて聞こえなくなっていく。答えは聞こえなかったのに、アルカは自分の瞳から涙を流していた。ぽたりぽたりと、雫が頬に落ちていく。これは自分の記憶。物心ついてから自分がどんな人生を過ごしたのかが走馬灯。死んだのかとも思ったが、無情にも意識は覚醒していく。

 

 

 

 

 

 

 

(ああ……夢でしたか。思い返しても、気分のよくないものですね)

 

 アルカの意識が現実に戻る。アマノの計画に加担し、邪魔をしに来るチャンピオンの娘とフロンティアのオーナーの息子を毒で侵すため待ち構えた。自分が生来貰っている毒草を操る技術にアマノに教えられた毒ポケモンを使った戦術は確かに二人を追い詰めたが、メタグロスの大爆発の前に吹き飛ばされたのだ。体の芯にダメージが残り、瞼を開くのも億劫だった。

 

(アマノ……やっぱりあなたは愚かですよ。わたしなんかを、計画の駒にするなんて)

 

 アマノの催眠術により裏切ることはなかった。けれどもやはり自分が生き残れればそれでいいだけの醜い女に巨大施設の破壊計画なんて相応しくなかったのだ。夢と同じように、しかし今度こそ自分のポケモン達とともに眠ってしまおうかと思う。しかし、もう夢は覚めたはずなのに雫がアルカの頬にぽたりぽたりと落ちる。もう泣く理由などないはずなのに。瞼を閉じたまま体の意識を外に向けると、動かせない体を誰かがぎゅっと抱きしめているのがわかる。そのぬくもりはアルカに名前も声も知らない誰かを思い起こさせた。

 

「お母さん……?」

「良かった……! 生きてて、くれたのね……!」

 

 ひどく真剣な女の声だった。アルカはその言葉が向けられているとわかった。ただ体を抱きしめて声をかける女の事を思い出し、ぼんやりと声をかける。

 

「……どういうつもりでそうしているのかは知りませんが、痛いですよ。本当に人の気持ちを考えない子供ですね」

 

 瞳を開ける。幼い少女が、自分に対して泣いていた。彼女はチャンピオンの娘。両親に愛されて育ち、食べる物にも住む場所にも何不自由なく育った自分とは対極の存在。相手がどういう人生を歩んで来たかなど知ろうともしないくせに性善説を押し付ける、迷惑だけど優しい子供。

 

「あっ、ごめんなさい……ラティが火傷は治してくれたけど、すごくつらそうな顔してたから心配で……」

 

 自分を抱きしめる腕を離し、そっと床に降ろす。その所作は傷ついた自分に対してできるだけ気遣おうとしているのがわかる。

 

「……で? 私に何か聞きたいことでも?」

「うん……聞きたいことは色々あるし、言いたいこともあるわ」

 

 しかしアルカは冷たく、敵意を緩めずに返す。向こうが性懲りもなく同情しようというのなら、その隙を突くまで。バトルタワーのシステムによりもうポケモンを出すことは出来ないが、まだ撒ける毒はある。アルカはそっと腕を襤褸切れの下、腰につけている小さな注射器を手に取ろうとした。その中にはこのフロンティアに来る前にトウカシティでばら撒いてきたのと同じ、吸い込んだとたんに激しい頭痛や吐き気に襲われる毒が入っている。傍に控えるラティアスが『神秘の守り』を使っているようだがこれは注射器で直接血管に打ち込めばもだえ苦しませることが出来るはずだ。

 

(……ない? 爆発の衝撃で吹き飛んでしまいましたか)

 

 だが、服の下に隠しているはずのそれはなくなっていた。メタグロスの『大爆発』によって壁まで吹き飛ばされたのだからその時に無くしても不自然ではない。しかし、そうではなかった。ジェムが彼女の後ろに置いておいたアルカの注射器を見せてくる。そのことに少なからず驚きを隠せないアルカ。

 

「な……どうして、あなたが?」

「気を失ってる間に、アルカさんが持ってる危なそうなものは一旦取っておいたの。アルカさんは……本気で私を止めようとしてるから」

 

 ジェムの後ろに目をやると、他にもモンスターボールや毒ガス入りの小さなスプレーなどが置かれていた。アルカの持っていた危険物は全て奪われたようだった。普通の人間が相手ならむしろそれくらいの警戒は当然としか思わなかっただろう。しかしジェムはこの前アルカを助けるために自分が毒に支配されることさえ厭わなかった。それでアルカが救われると本気で信じていたはずだ。仕方なく、アルカはため息をついた。

 

「これじゃ何も出来ませんね。降参です」

「……嘘吐きね。ダイバ君の時みたいに、何とかして騙そうって考えてるでしょ?あのね、アルカさんの夢……私も見ちゃったの。あなたがどんな風に生きてきたのか、少しだけわかっちゃった」

「……ッ!」

 

 悲しそうにため息をついた後、ジェムは断言した。彼女の言う通り、アルカは諦めたふりをして、上に行ったときアマノに有利になるように嘘の情報をばら撒くか、同情を引く言葉で先に行かせないようにするつもりだった。それはあっさりと看破され、醜い過去を覗き見られ。表情が憎々しげに歪む。

 

「じゃあなんであなたはわたしを抱きしめてるんですか? 嘘吐きで、平気で他人を毒で苦しめ殺す女を、あなたみたいな人がどうして心配するっていうのです!? あなたの善意なんて不愉快なだけです、離れてください!!」

「……いやよ。私が心配する理由は、私があなたを心配したいから。ただそれだけ。私がチャンピオンの娘だとか、あなたがどんな思いで生きてきたかは、関係ないわ」  

 

 強い言葉をぶつけても、ジェムは苦しそうな顔をするものの怯まなかった。無理やり離れようかとも思ったが、鋼の拳に打ち据えられ、爆発に巻き込まれたダメージは大きく動けず。アルカはこの前とは打って変わった態度を取るジェムに困惑を隠せない。

 

「迷惑だって言われるとしても、あなたに謝りたかったの。……あの時は、私が間違ってた。私は……自分の力であなたを助けられるって思い上がってた。一人じゃ自分の事も守れないし、お父様やお母様の事を何も知らなかったのに……皆誰かに愛されてるはず、悪いことなんてしたくないはずって決めつけてた。だから、本当にごめんなさい」

 

 ジェムはアルカの瞳を見つめる。くすんだ自分の赤目とは違う宝石のような赤と青のオッドアイは今も綺麗に輝いていた。その後ジェムは頭を下げる。アルカから見ればその姿は隙だらけだ。毒の注射器が奪われていなければこの隙に死力を振り絞ってでも刺し殺してやるのに、と思う。

 

「謝られたところで、何の慰めにもなりませんよ。多少考えを改めようが、あなたの自己満足であることに変わりないのです!」

「……そうね」

 

 顔を上げたジェムはアルカに対して手を伸ばす。あの時はその手をアルカが叩いた。そして今度は。ジェムが、アルカの頬を叩いた。突然の事にアルカの思考が止まって、茫然とジェムを見る。

 

「……ッ!!」

「アルカさんは私のことが嫌いなのも、私のせいで傷ついたのもわかってる。でも私だってあなたのせいで変な薬を飲まされて身体が痺れたり蔦で締め上げられたり、花粉の毒で辛い目にあったのよ? あなただけ被害者っていうのはおかしいわ。私に初めてのファンだって嘘をついたこと、私達を傷つけたこと……責任、取ってもらうからね?」

 

 本気ではなくて、子供同士のじゃれ合いのような軽くはたいたような一発だった。そしてその後、ジェムは昔一緒にいた子供たちがお互いに向けていたような柔らかい笑みを浮かべる。ジェムに叩かれたこと、そして責任という言葉。その二つが、アルカの脳内をぐるぐる回る。

 

「わたしに……何をしろって言うんですか?」

「私はね、本当はこのフロンティアに挑戦するんじゃなくて、一人で旅がしたかったの。ホウエンを回って、ジムバッジを集めて。最後にリーグに挑戦する旅ね」

 

 唐突にジェムは自分の事を話し始める。いきなり話を変えられて、どう返せばいいかわからない。

 

「このフロンティアを攻略したらもう一度お父様に旅をさせてって頼むつもりだった。でも、今は違うの。私一人じゃ旅なんて無理だってわかったし……それに、私はあなたと旅がしてみたいなって思うの。ダイバ君やドラコさんも一緒にね。アルカさんは色んなところを見てきたんでしょう? 私はずっとおくりび山にいて世の中の事を知らないから、あなたがいてくれたらすごく頼りになるわ」

「……嫌ですよ。そんなの。あなた達と旅なんて」

「でもダメ。私にも悪いところはあったけどあなたの方から近づいてきて傷つけようとしたんだから……でないと、私はあなたを許せないわ。アルカさんが私の言い分を自己満足だって聞き入れてくれないなら、私もアルカさんが嫌がっても一緒に来てもらう」

 

 なんて無茶苦茶な言い分だろう、とアルカは思った。嫌われているのがわかっているのに、傷つけられたのに。その償いが一緒に旅をすることだなんて。

 

「……わたしの夢を見てたんですよね? これからも一緒にいれば、いつかわたしはあなたを食べてしまいますよ」

「させないわ。もしアルカさんが私を食べようとしても何度でも止めてみせる。それに私はあなたを可哀想だなんて思わない。あなたが恥ずかしいと思うこともさせない。私はアルカさんを傷つけたし、アルカさんも私を傷つけた。だから私達は……ファンでも喋らない人形でもなく、友達同士になれるはずよ。それに、今考えてみてもやっぱりアルカさんは誰かを傷つけるのが好きなわけじゃないと思ってるわ」

「……何故ですか?」

「前言ったこともそうだし、さっき戦った時だって、蔦を腕に巻き付けたなら相手の体力が減るごとに威力が下がる『絞り取る』じゃなくて『パワーウィップ』で直接腕の骨を折ったりすればたぶん痛くて何もできなかったと思うし、、ラフレシアの花粉ももっと強い毒を使おうと思えば使えたんじゃないかって。……違うかしら?」

 

 ジェムの声は以前の何の根拠もない盲信とは違う、自分が間違っていることを考えたものだった。何があったか知らないが、随分な変わりようだと思う。それでもアルカは、呆れたように言った。

 

「何も変わってないですね。やっぱりあなたは、わたしの気持ちなんてわかってないのです。……そんな簡単に、骨を折るなんて言葉が使えるんですから」

 

 どうせジェムには骨折した経験などないのだろう。あっけらかんと言う態度には実感がこもっていない。けどそれ以上反論の余地はなかった。友達になれないと決めつけることは友達のいないアルカにはわからない。ジェムが自分への償いとしてそれを望むのなら、傷つけた側であるアルカに拒否権がないのもある種当然の話だ。ジェムの傲慢な優しさを、受け入れるしかない。アルカはジェムが自分に対して知ったふうな口を利いて、自分勝手な理想論を押し付けるのではないかと警戒していたからこそ必死に反発しようとしていた。けどそれは独り相撲だったのだ。ジェムはアルカとは全く違う人生を歩んできたことを理解し、違う人間だと分かったうえで共に友であることを望んだのだから。

 

「そうね、わかってないわ。だからこれからいっぱい時間をかけて……わかりあって生きましょう。お互いにね」

 

 ジェムはアルカからそっと離れて、立ちあがる。どれくらい気を失っていたのかはわからないが、状況は徐々に差し迫っているはずだ。体を横たえ、鉛のように動かない体で、アルカは小さく笑みを浮かべた。

 

「……アマノを、止めてあげてください。あの人は、こんな大きなことが出来る人じゃないんです。色々都合のいい偶然が積み重なってここまで来ただけ。だからあなたの手で……あの人の幻想を打ち砕いてあげてください」

「うん、でも私一人じゃなくて……仲間たちみんなの手で、止めてみせるわ。勿論アルカさん、あなたの言葉も使ってね」

「……勝手にすればいいのです」

 

 この計画は、アルカがジェムやダイバを毒で捕まえることが前提だ。今アマノがヴァーチャルシステムを乗っ取りに成功していたところで、じきにチャンピオンやオーナーの用意したセキリュティが止めにくる。その時に人質として二人を使うはずだったが、それは叶わない以上時間の問題だ。事が大きくなる前に、幼い子供程度に計画を止められた哀れな男として終わらせてほしいと願う。だがこの胸中もジェムは理解していないのだろう。まだ眠っているダイバをラティアスの背に乗せ、自分も背中に乗った後もう一度アルカを見た。

 

「それじゃあ行ってくるわね。終わったら、一緒に塔を降りましょう」

「わかりました。最後に一つ……ずっと食べるものがないとお腹がすくので、たまにはあなたをつまみ食いしてもいいですか? 殺したり人形にしたりはしませんから」

「うーん……意味がよくわからないけど痛かったり苦しくないならいいわよ?」

 

 ジェムは小首をかしげ、本当に理解していない風で安請け合いした。その様はさっきお互いに傷つけあったのだから友達とか言っていたのと同じ人とは思えないくらい無垢な子供で、なんだか可笑しかった。その気持ちを、素直に声に出すことが出来た。

 

「……ふふっ、これじゃわかりあうなんて夢のまた夢ですね、じゃあせいぜい頑張るのです」

「うん、頑張るわ! お願いラティ!」

 

 自分の相棒に声をかけ、ジェムたちはバトルタワーを昇っていく。もうアマノ側に手駒はない。後は彼さえ倒せばこの事件は終わるはずだ。その後の事は、ジェムの采配に任せるしかない。そう思いアルカは一度意識を手放して――もう一度、これからもずっとジェムの傍にいる償いを果たすために。安らかに眠った。


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