フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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融解する鋼の心

 アルカとのマルチバトル。先制してウツボットは倒したもののアルカはジェムとダイバを直接攻撃する姿勢を崩さない。アルカの指示でエンニュートがまき散らしたピンク色の霧と共に立ち込め、甘い刺激臭がダイバの鼻を刺す。しかし特に体に異常はなかった。だがアルカの哄笑は何か嫌な予感をさせる。ダイバは隣のジェムに呼びかけた。

 

「ジェム、何か変化はない……?」

「大丈夫、私は元気。心配してくれるダイバ君は優しいね……大好きだよ?」

「は?」

 

 ジェムの方を見ると、顔が異常に赤らんでいて肩も上下している。熱を出す毒か、と思ったがジェムは平気だと言うし『神秘の守り』は確かに聞いている。ダイバの困惑などお構いなしにジェムは、ダイバの方に突然飛びついてきた。

 

「うわっ!? 何やってるのさ、今どういう状況かわかって――」

「うん……私がダイバ君を守ってあげるよ? それで一緒にアルカさんを、やっつけよう?」

「なっ……!」

 

 ダイバはぞっとした。ドラコに対して自分の事は好きじゃないけど似た境遇の苦しみを抱える人として協力したいと言い、ついさっきまでアルカと真剣に伝えたいことがあると言っていたのは何だったのかと思えるくらいその顔は緩みきっていて、アルカに背を向けダイバの事しか見ていなかった。いくらメタグロスの腕の上と言えど二人で乗るのはバランスが悪い。少しぐらつく。そして支えを欲しがるようにジェムがさらにダイバを抱きしめる。体全体も熱を帯びていて、吐く息が湯気のように熱くなっていた。明らかにエンニュートの毒のせいだ。ダイバはアルカを睨みつける。

 

「……おい、ジェムに何した」

「何だと思います? といってもお子様にはわかりませんよねえ。『メロメロ』の毒ですよ。吸い込んだ人は異性を見るとその人が好きでたまらなくなるのです。個人差はありますが……ま、もともと父親への幻想に溺れるジェムにはよく効いているみたいですね」

「ううん、お父様の事は嫌いじゃないけど……今は、ダイバ君の方がもーっと好きよ?」

 

 ジェムはダイバの身体を包み込むように抱きしめ、額をくっつける。ダイバは対抗しようとしたが、10歳のダイバと13歳のジェムではさすがに厳しい。ジェムは遠慮なく抱きしめているのに対しダイバは今の状況に戸惑っているのもある。

 

「ふふふ、良かったじゃないですか。そんなに好かれて、昨日の夜会ったときはジェムに手を出したことを怒ってましたよね? 僕の物に手を出すなって。今なら正真正銘あなたのものですよ? 尤も、わたしに負けるまでのほんの少しの間ですが」

 

 昨夜突然勝負を挑まれた時にダイバは勝手にジェムを奪おうとしたアルカを加減なしに攻撃した。その時はてんで大したことはなくて、でも攻めきれずにいるうちにチャンピオンが割って入ってきたのだった。

 

「ふざけるな、こんな無理やりな方法で好かれて嬉しい奴なんていない……」

 

 言った後、思い出す。どの口が言うのかと。最初ジェムが自分の弱さに打ちのめされているのを見てこのままいけば自分を頼るようになり、チャンピオンの娘より上に立てるとほくそ笑んだのはどこの誰だ。ほんのついさっきまでの自分は、同じようなことをしていたのではなかったか。

 

「心当たりがあるようですね。男なんてどんな手段でも女が手に入ればいい醜い生き物なのですよ。ましてやあの支配者の息子ならなおさらそうでしょうね……」

 

 だけど、その言葉はすごく勘に触った。確かにダイバは父親に近づこうとしていたし似たことをしようとしていた。だけど、ドラコと戦った時のジェムの言葉で芽生えたある感情。あの時はただ何となくメタグロスで殴ったことを謝っただけだけど。今父親と同じだという言葉をぶつけられてはっきりと自覚した。

 

「……違う。僕はパパとは違う。僕も無理やりな方法でジェムを従わせようとした。ついさっきまで利用しようとしてた。でもそれは楽しくなんてなかった! ジェムがさっき僕と一緒に自分の答えを見つけたいって言ってくれた方がずっと嬉しかったんだ! 僕は……パパとは違う!」

 

 ただチャンピオンの娘より上に立とうとしていた時も。自分の方が強いと主張していた時も、アンティルールでジェムからシンボルを奪うと決めた時も。今日バトルタワーに挑むときに自分の言うことを聞くように命じた時も、どこか心の底からそれを肯定できない自分がいた。やり場のない不満を抱えていた。それがジェムのドラコと戦った時の言葉で、驚くほどすっと消えた。ただ好きだから怖いからとかで従わせるよりも、ずっと気持ちが良かった。

 

「ホント子供ですね。自分にとって都合のいいことを言われたら簡単に流れて他人をムキになって否定して……」

「なんとでも言いなよ。親の顔も知らない君には僕の心はわからない。僕もお前の心なんかに興味ない。叩き潰して、ジェムを元に戻してもらう」

 

 軽蔑するようなアルカの言葉を一蹴する。自分はジェムのようにお人よしじゃない。ジェムみたいになりたいとも思わない。ただ、自分の目的のためにもジェムを元に戻ってもらう。ジェムがそのうえでアルカを助けたいというのなら付き合う。それでいいはずだ。

 

「それは出来ませんね。あなたもジェムも物言わぬ人形になるのですから……リジア、『弾ける炎』!」

「ラティ、『サイコキネシス』」

「ひゅうあん……」

 

 ジェムはアルカやラティアスに振り向きもせずに、指示を出す。ラティアスは悲しそうだったがそれでも主を守るため念力で炎を弾き飛ばした。が、炎は炸裂しわずかな余波がメタグロスとダイバに覆いかぶさるジェムの背中に当たる。

 

「あつっ……!! ダイバ君に、当たってないよね?」

「もういい、早く離れて。このままじゃ危ない」

「大丈夫だよ。ダイバ君が怪我しなかったらこのままで……ダイバ君を守れるなら私はちょっとくらい怪我しても幸せだよ?」

「良くない。僕はジェムを一方的に利用なんかしたくない。ジェムにママみたいな誰かに利用されるだけの行為が好意だなんて言ってほしくない。ラティアス、ジェムを引きはがせ。メタグロスは『バレットパンチ』で攻撃!」

「グオォ!」

 

 メタグロスがダイバが乗っている腕以外の三本で高速の拳をエンニュートとドヒドイデに浴びせる。エンニュートはその素早さで躱し、ドヒドイデは殻を硬くして防がれたが攻撃に転じるほどの余裕は与えない。

 

「ラティ、ダメだよ。ダイバ君と一緒にいさせて?」

「……ひゅうあん!」

「あっ……」

 

 ラティアスは相反する指令に少し迷ったようだが、それでもジェムの異常な状態を思ってダイバの指示に従った。念力がジェムをダイバから無理やり離し、ジェムをラティアスの背中に乗せて動けなくする。ポケモンの念力にジェムが抗えるはずもなく、無理やりラティアスの背中に乗せられたジェムは瞳を潤ませ真っ赤になった顔でダイバを見る。でもそれは、ダイバにとって母親を思い起こさせる嫌なものでしかない。

 

「なんで……? ダイバ君は私のこと、嫌い?」

「……嫌いだよ。何も知ろうとせず、弱いくせにチャンピオンと同じことをしようとしてたジェムも、アルカやラティアスを無視して僕しか見てないジェムも。何の根拠もなく誰もが両親に愛されてるなんて妄想を押し付けられるのも自分を無視して尽くされるのもうっとおしくて苛々する」

「そんな私は、とっても好きなのに……ひどいよ……」

 

 だから、はっきり否定した。ジェムは泣き出したが、そんなことはどうでもいい。ダイバは今のジェムの言葉に何の価値も感じない。

 

「……メタグロス、『地震』!」

「プランチ『ワイドガード』なのです!」

 

 メタグロスが本体と腕を一気に下降させ、巨大な槌のように床を叩く。メタグロスの体が埋まるほどの力に凄まじい衝撃が発生して相手を襲う。だがドヒドイデも地面に棘を打ち出して衝撃を与え、相手の放つ衝撃を相殺した。致命的なダメージはない。

 

「弱点を突こうとしたのでしょうが、無駄な事なのです。わたし達は徹底して自分を守り、毒で相手の体も心も蝕む……理想や目標なんて生きるのに邪魔なものを持ってるお高くとまった人たちなんて全部喰らい尽してやるのです!」

「……君の理念なんて、僕が知ったことか。 やれメタグロス」

「はっ、何度やっても同じことですよ」

 

 メタグロスの攻撃力は高い。ポケモンとしての自力で言えばそもそもトレーナーとしてではなく生きるためにポケモンを使って来たアルカの手持ちとは格が違う。だが仲間のラティアスは『甘い香り』によって反応速度を失い、『神秘の守り』を維持しつつジェムを守るので精いっぱい。そのトレーナーであるジェムは今まともに指示が出せず戦えない以上、メタグロス一匹では守りに徹するアルカのポケモンを倒すことは出来ない。メガシンカをすれば話は別かもしれないが、それをすれば能力を下げられない特性である『クリアボディ』を失い、それすれば数多の毒がメタグロスにも襲い掛かる。

 

 

「それはどうかな……僕はジェムみたいに殻をこじ開けるなんて面倒なことはしない。邪魔するやつはこの拳で、殴り倒す! 『バレットパンチ』!」

 

 

 ドヒドイデの中に隠れるアルカには今の光景を見ることが出来ない。だが鋼の拳が進む音はアルカよりも下、床の中から聞こえた。いくらドヒドイデの防御力が高くとも、下はがら空きだった。三本の拳がドヒドイデのドームの下から床を突き破り、中のアルカとドヒドイデをアッパーで打ち上げる!

 

「なっ……! ああああああああっ……あ……ぐ……」

 

 容赦なく鋼の拳に晒され、アルカは芋虫の様にのたうち回るしかない。ただの人間が、メタグロスの拳を食らって平然としていられるわけがない。痛みで頭が真っ白になって、呼吸をしているのか息を止めているのかもわからない。それでもダイバを睨みつけ、必死に口を動かす。

 

「正気、ですか……わたしがもし死んだら、ジェムを戻せないかもしれないのに……」

「心配いらないよ。メタグロスは人が死なない加減を覚えてる。僕の代わりに、ぎりぎりの手加減はしてくれる」

 

 だからこそ、ジェムを殴ったときも意識を失いはしたが骨折などの後に響く事態にはならなかった。逆に言えば、だからこそダイバは他人に容赦なく拳をぶつける。人が死なず、それでいて最大限のダメージを与える緻密すぎる拳を。それはある意味、殺意よりも恐ろしいのかもしれない。コンピュータゲームで敵を殺しても大部分の人間は良心が痛まないことのと同じ、覚悟のない暴力。その意志を感じ取ったアルカは、震える足で立ち上がる。ドラコのドラゴン使いとしての立派なマントとは違う、襤褸切れを集めたようなローブを翻し、ダイバの目線よりも上から言葉をぶつける。

 

「ふざけないでください……馬鹿にしないでください……わたしが……わたしがどんな気持ちで生きるために他人を傷つけたと……」

「だから、知らないって……大体、平気で僕らを攻撃しといて何言ってるの?」

 

 ジェムの腕に蔦を巻き付けて生気を奪った時も、エンニュートの毒でジェムをおかしくしたときも、『弾ける炎』でこちらを狙った来た時も罪悪感のようなものは一切感じ取れなかった。それで今更どんな気持ちと言われてもダイバは何も思わない。それでも構わず、アルカは独白を始める。

 

「わたしは物心ついた時には親もご飯を用意してくれる人も眠る場所もなくて……タマタマの中身を啜り、サニーゴの体を岩で砕いて飲み込んでなんとかお腹を満たして。少し大きくなってからは自分を辱める相手に嫌々媚びを売ってその日のご飯をもらい、同情してくる人がいれば甘さにつけ込んで金品を奪ってでも生きて。今自分を保護してくれた人が計画に必要な駒を揃えたかっただけで自分に容赦なく毒の力を振るわせる小悪党だったからこんな娯楽施設の破壊なんて何の興味もない事のために色んな人を傷つけて……それがどれだけ苦しかったと思ってるんですか! 誰も私を愛してくれなかったから、死にたくないからわたしは仕方なくこんなことを……! わたしだって、本当はこんなことしたくないです……!」

 

 アルカは涙ながらに訴える。それは涙ぐましい話だ。自分が生きるためには誰かを傷つけなければいけなかった。たとえそれが自分を哀れむ人であっても、気が変わらないうちにありったけのお金を奪わなければ生きていけないと思うほどアルカの心は傷ついていて誰も癒してはくれなかったのだと。

 

「でも、邪魔するなら関係ない。懺悔がしたいならジェムを元に戻して――」

「……最初会ったときにジェムは言ってくれたのです。わたしと、本当の友達になりたいって、アルカさんは本当はこんなことしたくないんだって。わたし、嬉しかったです……欲情でも同情でもない、女の子としてのわたしを見てくれて。……でもわたしには、あの人の命令がかかっているから。フロンティアの破壊に支障をきたす行動は禁止されていて……だから、ジェムの言葉を否定して。五月蠅いって耳をふさぐことしか出来ませんでした。私の意思でジェムを戻してあげるのは、無理です。あなたがリジアを倒さない限り、元には戻りません。……あなたの手で、ジェムを元に戻してあげてください」

 

 エンニュートとドヒドイデは、話している間攻撃しては来なかった。エンニュートが攻撃を受け入れるように両手を広げる。アルカもジェムに影響を受けていたという言葉に、それでも無理やりいうことを聞かされたと涙ながらに発する真に迫った様子に一瞬ダイバの思考がそちらへ向かう。……アルカという敵を倒すことから、淀む。ダイバはいまだにラティアスの上で泣き続けるジェムをちらりと見た後、メタグロスに命じる。

 

「……なら、この一撃でこんな茶番劇終わらせる! メタグロス、エンニュートに『思念の頭突き』!」

「グゴオオオォ!!」

 

 メタグロスの頭脳に念力が集まり、敵を砕く思念となる。抵抗しないエンニュートにまっすぐ突っ込み、エンニュートの細い体がくの字になって吹き飛んだ。仰向けに倒れ、意識を失う。アルカがボールに戻すと同時に、泣いていたジェムがはっと顔を上げる。顔はまだ赤かったが、彼女のオッドアイはダイバだけではなくラティアスや相手のアルカを見ていた。

 

「あれ? 私……なんで、泣いてるの?」

「元に戻った? ……ちょっと毒にやられてただけだよ。でももう、向こうに戦う気はなくなったみたいだし大丈夫……」

 

 ダイバがジェムの方を見て安堵の域を漏らす。それは、アルカ相手に絶対にしてはいけない油断だった。アルカの口元が、狂気的な弧を描く。

 

「くふっ……ふふふふふふふ。あははははははははははははっ!! 甘すぎなんですよ、どいつもこいつも! あなた達はもう終わりです!」

「なっ!?」

「えっ……!?」

 

 ダイバとジェムはあり得ないモノを見た。喉が壊れそうな声で笑うアルカではなく、メタグロスの体が濃紫色に染まっていき、ダイバの乗る腕も同様の色になっていくところだった。メタグロスは鋼タイプ。通常では毒タイプの技は一切受け付けず、毒状態にもならないはずだ。だがアルカが同情を誘う演技をしている間エンニュートはラティアスを『挑発』して『神秘の守り』を使えなくしていた。そしてエンニュートの特性は『腐食』。鋼タイプであろうと毒に染めることが出来る。アルカは口先で時間を稼ぎ、油断を誘い、エンニュートがメタグロスにやられながらも『どくどく』を使うほどの隙を作ったのだ。

 

「どんなに偉そうにしてても、恵まれてても、理想があっても、所詮人間なんて簡単に騙されるんですよ……さて、そこに乗っていていいんですか?」

「ちっ……!!」

 

 ダイバの足元に電気ショックでも流れたような痛みが走り慌てて飛び降りる。鉄の靴を履いていたとはいえ鋼を腐らせる毒には何の防御にもならない。着地したが足の踏ん張りがきかず、膝をついた。毒に侵されたのを、感じ取る。

 

「プランチ、『棘キャノン』です!」

「グオオッ!!」

「メタグロス……!」

 

 ドヒドイデの大きな棘がダイバに飛んでくる。メタグロスが咄嗟に庇うが、その鉄面皮の表面が砕けた。メタグロスの防御力を、綻ばせる。

 

「さらにプランチの特性は『ひとでなし』……アナフィラキシーショックのように、既に毒状態の相手を攻撃した時、ダメージを倍にします。ドヒドイデの攻撃力は低いですが、毒に犯されるあなたにはこれで十分なのです! 全く、面白いくらい真に受けてくれましたよねえ、わたしの気持ちなんてわからないくせに!!」

「全部……嘘だったのか」

「当然じゃないですか。ジェムの言葉が嬉しい? 女の子としてのわたしを見てくれた? そんな心、もうとっくの昔に消えましたよ。わたしは自分に同情する心を食い荒らす醜い女……ましてやジェムの言葉なんて、ただ子供に理想論を押し付けられて苛立つだけなのです!!」

 

 こうしている間にも毒は回り、座っていることさえ出来なくなって倒れる。床はやたらと冷たく感じられた。自分の体が震えているのを、ダイバは感じる。

 

「ラティ、『癒しの波動』でメタグロスとダイバ君を治してあげて!」

「ひゅうあん……!?」

 

 ラティアスが銀色の優しい波動で仲間を回復しようとする。だが何も起こらなかった。気づかぬうちにかけられた『挑発』がラティアスから攻撃以外の選択肢を奪っている。

 

「これであなたたちは回復も防御も出来ません! さあ出てきなさい、寄り付く者を鬼の心で欺く醜い巨大花……スタペシア!!」

「ラァ~!!」

 

 ボールから出てくるのは、ジェムが今まで見てきたどんなポケモンよりも巨大な赤い花。まるできのこのように細い体の上に、人が何人も乗れそうなほどの花が咲いている。それは異常な刺激臭を放ち、花粉をばら撒き始める。花粉が眼に見え、砂嵐かと思うほどだった。『神秘の守り』を失ったジェムとダイバ、ラティアスがそれを吸い込み毒や麻痺、眠気に襲われる。様々な妨害に耐え飛行していたラティアスが、ついに地面に落ちる。

 

「そん、な……私が足を引っ張っちゃった、せいで……」

「ふふふ……その通りなのですよ。あなたがわたしをただの敵だと思っていれば、この男もわたしの言葉に騙されなかったでしょう。ドラコと戦った時もあなたが何か言ったことでこの男に影響を与えたようですが……そのおかげで、わたしと話をしてくれましたよ。まるで蝶を追いかける子供みたいに! 全部ジェム、あなたが招いた結果なんです! あなたの言葉は、人を苦しめるだけなんですよ!」

「私の、せい……私が助けたいなんて言ったから……?」

 

 生気を搾り取られ、メロメロの効果で心を操作され、更に毒花粉を受けたことでさすがに精神が摩耗しているのか、自分を責めるジェムにすかさずアルカがバトルを始めた時のような苛立ちをぶつける。そこにダイバと喋っていた時のような心の揺れはほとんどなかった。やっぱり全部、演技だったのだ。ダイバはそう感じ、毒に侵され紫色になった唇を思い切り噛み、血を流すほどの痛みを与えることで意識を保ち喋る。

 

「……だ、まれ」

「何か言いましたか、既に風前の灯火の癖に」

「ダイバ君、わたし……あんなこと言っておいて、ひどいこと……」

 

 ジェムは責任感が強い。『メロメロ』のせいとはいえドラコとの約束をいきなり破るようなことを言ったことを悔いているのだろう。ダイバも思うところはあるが、でも今はその問答をしているときではない。

 

「僕はあの時……あの時だけは、君の言葉を信じてもいいと思った。だから……『アレ』を使えメタグロス」

「あれ……?」

「ラティアス……僕とジェムを、フィールドの端へ」

「ひゅああん……!」

 

 ラティアスが自分の体は横たえたまま、『サイコキネシス』で二人をフィールドの端へと連れていく。アルカはそれを見て嘲笑した。

 

「ふん……その程度距離を取ればスタペシアの花粉から逃れられると?」

「逃れるんじゃない……倒すんだよ。僕のメタグロスで」

 

 メタグロスが体と腕を合体させ、宙に浮かぶ。しかし毒で紫色に染まり、執拗に『棘キャノン』を受けた体はところどころ砕けていた。次に一回でも攻撃をするか受けるかすれば、毒が回り切って倒れてしまうだろう。

 

「はっ……既にあなたもメタグロスも毒に侵され、ドヒドイデの『ひとでなし』によって体もボロボロ。くたばり損ないに、何ができるっていうんですか!!」

「そう、だからこそ余力は残さなくていい……全てのエネルギーを、開放する! 『大爆発』だ!!」

 

 紫色になったメタグロスの体が、超高熱で真っ赤に染まる。限界を超えたエネルギーはメタグロスの体内に収まらず、体から光が漏れていく。アルカが慌てて、止めようとした。

 

「な…!?そんなことをすれば、メタグロスだけでなくラティアスもただでは済みませんよ!!」

「ジェム……ごめん」

「ううん、いいの。ただ、後でラティとメタグロスに……無茶させてごめんなさいを、二人でしましょう」

「ひゅうあん……」

 

 ダイバがジェムに一言謝り、ジェムはあっさりと受け入れた。ラティアスも頷いた。それは醜い愛欲や善意という名の哀れみ、目的のための利用しか受けてこなかったアルカとその周囲の人間には絶対にあり得ない信頼関係だった。

 

「嘘です……何故ですか! ジェムは親に貰ったポケモンを傷つけられるのを嫌がってたじゃないですか! あなたはジェムの事を何もわかってないやつだって言ってたじゃないですか! それなのになんで……なんでなんですかあああああああ!!」

「グオオオオオオオオオオッ!!」

 

 メタグロスが吼え、フィールドのほとんどを埋め尽くす大爆発が発生した。アルカとそのポケモン達は吹き飛ばされ、壁際に叩きつけられて意識を失う。撒き散らかされた花粉は全て焼けて燃えカスとなり毒性を失った。ラティアスもジェムたちの方に飛ばされ意識を失っており、爆心地のメタグロスは真っ黒な灰のように微動だにしなくなったが、ともかくこれでダイバとジェムの勝ちだ。とはいえ、既に体に入り込んだ毒はどうにもならない。今にも意識は途切れそうだ。

 

「どうしよう……これじゃ、進めない」

「ガルーラ……僕らを、回復装置へ」

「ルラッ!!」

 

ダイバが力を振り絞りボールからガルーラを出す。ガルーラは急いでジェムとダイバを小脇に抱え、ポケモンを回復させる装置まで運んだ。

 

「ジェム……ラティアスをすぐ回復させて、それで『癒しの波動』と……『リフ、レッシュ』を……」

「ダイバ君!?」

「ガル、ルー!」

 

 ダイバは震える声で指示を出し、遂に意識を失った。ジェムが一瞬蒼白になるが、ガルーラがちゃんと息はしている事を確認して力強く励ました。さすが子供を守るお母さん、とジェムは思う。

 

「ラティ……いろいろひどいことして、ごめんね。すぐ治してあげるから……」

「ひゅう、あん」

 

 大爆発もそうだが、ジェムは毒に侵された時ラティアスを無視して戦おうとした。それを謝り、回復装置に当てる。気の遠くなるような十秒後、元気になったラティアスがジェムとダイバの体を癒す波動を当て、体をひとまず元気にした。倦怠感はあるが、それでも十分だ。

 

「ありがとうラティ。今日落ち着いたら……いっぱい、ラティの好きなご飯を食べましょうね」

「ひゅああん!」

 

 ラティアスがジェムの周りをぐるぐる嬉しそうに回る。ダイバのメタグロスもボールを借りて元に戻して、彼の代わりに回復装置に入れてあげた。まだ意識は戻らないが、ラティアスのおかげで表情は落ち着いたし大丈夫だろう。問題は――

 

「ラティ……お願い、アルカさんを『癒しの波動』で回復させてあげて」

「ひゅううん……?」

 

 次の階の入り口付近に横たわるアルカ。ボロボロのマントは完全に焼けちぎれ、下に着ている丈の短いワンピースも灰で黒ずんでいた。無理やりまとめていたピンクの髪も、髪留めがちぎれてくせっけの長髪が腰まで流れている。ダイバが目を覚ますのを待つ必要があるとはいえ、ただ上に行って事態を解決するためならアルカは放置しておいた方がいいに決まっている。バトルタワーのルールのおかげでアルカはもうポケモンを出すことは出来ないが、それでも口先でダイバを騙した以上何をしてくるかわからない。ラティアスが心配そうに首を振る。

 

「大丈夫、私はもうあの時みたいに無茶なんてしないわ。少しでも危なくなったらラティに助けてもらうし、『神秘の守り』もかけてもらう。……駄目かしら?」

 

 ラティアスの首元を抱きしめ、ジェムが頼む。ラティアスの黄色い瞳とオッドアイが見つめ合い、お互いの心を交わした。そしてラティアスは、『神秘の守り』を使いアルカを銀色の波動で包む。

 

「ありがとう、ラティ。……私って、甘いのかな?」

「ひゅうん」

 

 にっこりと頷かれた。でも、それがだめだとはラティアスは言わなかった。ジェムはそのことに感謝しながらも、アルカにかけるべき言葉を考える。そして、さっきラティアスにしたように、アルカの自分とほとんど変わらない大きさの体を起こし、目を覚ますまで見守った――


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