フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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甘美なる毒、閉じた心の殻

 それぞれの相棒に乗って静かになった塔を昇っていると、階段の上から少しずつ甘い匂いが漂ってきた。更に昇っていくごとに、匂いは強くなっていく。

 

「いい香り……?」

「なんだこれ、ハーブティーでも煮詰めたような匂いだけど……」

「あっ……! ラティ、『神秘の守り』!」

 

 ダイバの言葉にハッとして、ジェムは慌ててラティアスに状態異常を防ぐ技を使ってもらう。ジェムとラティアスの周りを体に悪いモノを払うオーラがまとい、香りを防いだ。そのままラティアスがダイバの乗るメタグロスに近づき、メタグロスとダイバもオーラの中に入れる。

 

「いきなり何……?」

「思い出したの。この香り、最初に私がアルカさんに会った時に飲まされたお茶の香りにそっくり。吸い込んだら体が痺れちゃうかも!」

 

 あの時何も警戒せずお茶を飲んだジェムは体が麻痺して、意識を失ってしまった。この香りも吸い込み続けていれば何かしら悪い影響が出るのかもしれないと話す。

 

「あのドラゴン使いが手段を選ばないって言ったのはこういうことか……卑怯な奴」

「でもドラコさんはアルカさんはやりたくてやってるわけじゃないって教えてくれた。全部あのアマノって人が悪いんだよ!」

 

 自分やドラコを催眠術で支配下に置こうとした悪い男の人。ジェムの母親にその時のことを話したら本気で不愉快そうな顔をして、二度とそんな悪い男に騙されちゃいけないよと言われたのをはっきり胸に刻んでいる。そしてアルカもまた、彼の被害者なのだ。

 

「なら気を付けたほうがいいね。……ジェムは甘いからすぐ嘘に騙されるし」

「う、嘘つくかもってわかってたら気を付けるわ!」

 

 かなり痛いところを突かれたが、それでもアルカが何を言おうと信じるなと警告された以上、同じ過ちを繰り返すつもりはない。その上でジェムはアルカを助けたい。しかし自分は嫌われているし自分の考えを押し付ければあの時の二の舞を踏むだけだ。警戒しつつどうするべきか考えていると、次の部屋が見えてくる。――そこで、ジェムはいかに自分がアルカの事を理解できておらず、考えが甘かったかを思い知らされる。

 

「……ジェム!」

「えっ……? わっ!」

 

 屋の奥から伸びてきた蔦が直接ラティアスとメタグロスの上にいるジェムとダイバを貫こうとする。『甘い香り』に気を取られ回避率の下がったラティアスがぎりぎりで急旋回して避け、考え事をしていたジェムは危うく振り落とされそうになった。ラティアスが慌ててバランスを取り、それが隙となる。棘のついた蔦がうねって再びジェムを狙い、その腕にぐるりと巻き付いた。

 

「餌がかかりましたね。……『絞り取る』」

 

 緑色の蔦が淡く発色する。するとジェムの腕に巻き付いた蔦が回転し、激痛を与えた。腕を締め上げるだけでなく体の血を抜き取られるかのような痛い身に思わず悲鳴をあげる。

 

「あぐっ……きゃあああああっ!!」

「『バレットパンチ』!」

 

 もがくが蔦はびくりとも離れず、食虫植物のようにジェムの身体にあるエネルギーを奪い去っていく。ダイバが指示を出し、高速の拳が無理やり蔦を引きちぎった。ジェムに巻き付く蔦の光が消える。それでも残る痛みはひどく、ラティアスが急いで『癒しの波動』を使いジェムの傷を癒していく。傷を治してもらったジェムはそっと腕に巻き付いた蔦を剥がす。それでもまだ、痛みで力が抜けて腕がだらんと下がり、肌を浅く切り裂いた分の血が手のひらを濡らした。上の階へつながる出口にぶら下がったウツボットがジェムたちに向けて蔦を放ったと分かる。

 

「うう……入ってきてすぐ、狙うなんて」

「ふふふ……いい気味です。ペンテスの蔦は痛むでしょう? その苦痛に歪む顔を見れないのが残念なのですよ」

 

 声の主は桃色の長いくせっけを無理やり二つにまとめ、ぼろきれのような布で体を隠した少女、アルカ……のはずなのだが、彼女の姿は見えない。その声は半径一メートルほどのドームのような水色の殻の中から聞こえた。ついている棘がわずかに動いているのを見ると、これもポケモンだろう。

 

「あの殻は?」

「ドヒドイデ。ヒトデナシポケモン……今みたいな卑怯な手を使う人にはお似合いのポケモンだよ」

「またそんなこと言う……アルカさん、そこにいるの!?」

 

 ジェムが呼びかける。アルカの背格好はジェムより少し大きい140㎝ほどだ。あの殻の中に入ることは可能だが身をかがめるなりする必要がある。そこまでして中に入る理由がジェムにはわからなかった。

 

「当然なのです。バトルする前に『サイコキネシス』で捻り殺されては堪りませんからね」

「私たちは、そんなことしないわ」

 

 殻の中から聞こえる声に驚く。サイコキネシスで人間に直接攻撃するなどとんでもないことだ。今まで考えたこともなかったことを、アルカは平然と、それが当たり前だと言わんばかりに口にする。昨夜と同じ、ジェムに対する嫌悪と怒りを隠さない声に今与えられた痛みも相まってジェムは怖気づきそうになるが、ドラコの怯むな、あいつの言葉は本気であっても本意ではないという言葉を支えに必死で話しかける。

 

「信用できません。……どのみち、あなた達が倒れるまでここから出る気はありませんから」

「倒れるまで? 死ぬまでの間違いじゃないの」

「ちょっとダイバ君、何を根拠に……」

「殺されるのを警戒するのは、殺す気があるからだよ。……さっきのでわかるでしょ」

 

 途中で割って入るダイバがジェムの腕を指さす。メタグロスが蔦を千切ってくれなかったらどうなっていたのだろう、あまり想像したくない。でも事実から目を逸らすことはしたくなかった。それがアルカの本気だからこそ、ジェムは真剣に向き合いたい。

 

「アルカさんは……私たちを殺すつもりなの?」

「この場で命までは取りませんよ。殺したら利用価値がなくなりますからね。生きたまま動けなくしてフロンティアのオーナーとチャンピオンに突き付ける必要があるですから。……ま、それが終われば知りませんけど」  

「本気で、言ってるのよね」

「当然なのです、何故わたしがそれを躊躇う必要があるのです? 相変わらず甘えたことばかり言いますね」

 

 アルカからすればそジェムが自分の身を差し出してでも助けようとしたときの拒絶が、ジェムへの印象の全てなのかもしれない。最初にファンだと言ってきたこと自体、ジェムを油断させるための甘言に過ぎなかったかもしれなかった。ジェムは言い返すことが出来ない。

 

「随分とジェムを気にしてるみたいだけど、僕はジェムやお前の出してる匂いみたいに甘くないよ。……『コメットパンチ』」

 

 ダイバはメタグロスに乗ったまま指示を出す。降りれば即座に蔦で狙われると判断してだろう。メタグロスは鉄の拳を電磁力で操り、彗星のように上からドヒドイデに向かって振り下ろした。

 

「……いや、別に気にしてませんから。プランチ、『トーチカ』」

 

 殻の周囲が濃紫色のバリアーに包まれる。彗星の拳を弾き飛ばし、殻には傷一つつかなかった。プランチ、というのがドヒドイデのニックネームらしい。

 

「ジェム、絶対にラティアスから降りないで。ラティアスもジェムが毒になったり直接攻撃されたときに守れるように注意しておいて、勝手に危ないことしだしたらそれこそサイコキネシスで縛るくらいでいい。……こいつは、僕が倒す。メタグロスは鋼タイプだから、毒の心配はしなくていい」

「……うん、ありがとう。でもダイバ君が危なくなったら絶対助けるからね?」

「……ひゅうあん」

 

 ダイバは小さく頷く。ジェムはアルカに騙されるし勝手に危なっかしいことをするとは思われているらしく無理やり縛れと言われるのは少し納得いかないけれど。ドラコとのバトルを通じてダイバにも心境の変化があったのだろう。幾分かジェムに対する態度は柔らかくなっていた。ラティアスもさっきのジェムの悲鳴を聞いたせいもあり、頷いた。

 

「ふん、賢い判断ですよ。とはいえ所詮あなたもジェムと同じ温室で育ってきた子供に過ぎません。そんな人たちに、わたしは負けませんから」

「言ってなよ、正々堂々戦ったら勝てないだけの癖に」

「アルカさん、私はあなたに伝えたいことがたくさんあるの。だから殺されるかもって理由でそこから出てきてくれないなら、無理やりにでもその心の殻をこじ開けてみせる!」

「本当に五月蠅いですね……その心と体、私の毒で虫食みつくしてやるから覚悟するのです!」

 

 ここもバトルタワーのフィールドである以上ルールは同じ。ダイバとジェム両方に憎悪と怒りを向けるアルカとのマルチバトルが始まる。だがアルカは容赦なくジェムとダイバを直接狙ってくる以上こちらは手持ちから降りることが出来ず、もしラティアスやメタグロスが倒されれば絶体絶命になり得る。ある意味ドラコ相手よりも厳しい勝負だ。

 

「ペンテス、『パワーウィップ』です」

「ラティ、守って! 『サイコキネシス』よ!」

 

 ウツボットがいくつもの蔦に力を込めてしならせ、ジェムに直接襲い掛かる。『クリアボディ』により能力の下がらないダイバのメタグロスと違い、ラティアスの体は『甘い香り』の効果を受けているため直接躱しきろうとすれば先ほどの二の舞。対応するラティアスの瞳が光り、襲い来る蔦を念動力で操ってこちらが動かして相手が攻撃できないように蔦を蝶結びにした。更にウツボット本体に括り付け、まるでウツボットの頭にリボンでもつけたようになる。

 

「これで動きは封じられた。……ウツボットに『思念の頭突き』」

 

 ダイバは二つの腕に一時的に乗り、メタグロスの残った本体が頭の思考回路をフル回転させることによって生まれた念力の籠った頭突きを放つ。体を自分の蔦で縛られたウツボットは避けることが出来ない、が。

 

「その程度……ペンテス、『蓄える』!」

 

 ウツボットが自身を縛る蝶結びの蔦を無理やり口の中に入れ、蔦を溶かしていく。それによって得られたエネルギーがウツボットの体を覆い、『思念の頭突き』によるダメージを軽減した。蔦の先端が溶けたことで、再び自由に動くようになる。

 

「自分の体の一部を食べるなんて……」

「生き延びるために必要なら当然ですよ。そして、あなたたちも最期はこうなるのです。ペンテス、『パワーウィップ』!」

「ラティ、もう一度お願い!」

「させませんよ、プランチ、『ミサイル針』です」

 

 しなる蔦が全てダイバを狙う。ラティアスがもう一度操ろうとしたがドヒドイデの殻が毒のしみ込んだ針を飛ばしてくる。ラティアスは慌てて横へ避けたが、続けて何発も放たれる針を避けるので精いっぱいで蔦をコントロールすることが出来ない。

 

「ダイバ君!」

「……メタグロス、『高速移動』!」

「はっ、あなたが振り落とされるのがオチなのです!」

 

 今ダイバはメタグロスの腕に乗っている。ダイバはまるでスケートボードにでも乗るような体勢を取ると、一気に腕が加速した普通ならばダイバの身体だけが取り残されてしまいそうなものだがダイバは腕の上でバランスを取り、追いすがるウツボットの蔦を上下左右、フィールド内を駆け巡るように躱していく。まるでメタグロスの腕とダイバの足が一体化していると思えるほどの同調した動きだった。

 

「メタグロス、『コメットパンチ』!」

 

 メタグロスの腕がダイバを追いかけるのに夢中になっていたウツボットの体を殴る。蔦ごと吹き飛ばすどころかあまりの衝撃に蔦を根元から引きちぎり、戦闘不能にした。腕の一本に乗ったままダイバがジェムの横まで来る。

 

「すごい、まるでダイバ君が自分でメタグロスの腕を操ってるみたい……!」

「メタグロスは僕の手足と同じなんだから、当然だよ。……こんな時のために靴には鉄を仕込んでるし」

「電磁力によって靴とメタグロスの体をくっつけたというわけですか……金持ちらしいやり方ですね、反吐が出るのです」

 

 アルカの声に強い苛立ちが混じる。一瞬ドヒドイデの殻が開いたかと思うとそこからモンスターボールが転がり出てきた。中から黒の体にピンク色の燃えるような模様が体についたポケモン、エンニュートが出てくる。

 

「ですが、教えてあげますよ。優秀で強くて恵まれたあなた達も、結局は醜く本能のままに動くしかない生き物だということを……やりなさいリジア!」

「どくどく~!!」

「ラティ、もう一度『神秘の守り』!!」

「メタグロス、一旦こっちへ」

 

 エンニュートが口からピンク色の霧の様な毒をばら撒く。あまりの色の濃さに周囲が見えなくなるほどだった。メガメタグロスが不意打ちに備えダイバとジェム、ラティアスを守る盾となるように位置を取る。ジェムは念のため毒を防ぐ守りを重ね、その効果を確かに発揮する。それでも、刺激的ですらある甘い香りがジェムの鼻をくすぐり、体の中に入っていく。

 

「これで毒は防げるはず……なのに、この香り……怖い」

「怖い……?ただ甘ったるいだけでしょ」

「……無駄ですよ、『神秘の守り』はあくまで人やポケモンに害を与える異常を防ぐもの。リジアの毒はとーっても気持ちよくなれて傷つきもしませんから……さあ、お前も私の様に醜く心を蝕まれてしまうのです! ふふふ、あはははははは!!」

 

 濛々と立ち込めるむせ返るほど濃いガスの中に、アルカの声が響く。そこに込められた恐ろしく甘い毒が、二人に襲い掛かる──

 


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