フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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ぶつかり合う竜

 バトルタワーでジェムたちの行方を阻むドラコとのマルチバトル。心の焦りと相手を見下したことから追い詰められるダイバを支えると決意したジェムに、ドラコはつまらなさそうな目を向ける。

 

「ふん、あくまでサポートに回る気か。そんな消極的な姿勢で私のドラゴンに勝てるとでも? やれフライゴン、メガチルタリス!」

「ラティ、『ミストボール』!」

 

 ラティアスが何度目かの幻惑の霧を出し、二体のドラゴンが織りなす爆音によるダメージを軽減させる。とはいえ、あと何発ももつものではない。

 

「また姑息な危機回避を……吹き飛ばせフライゴン!」

「その前に決めるよラティ! 『ミスティック・リウム』!」

 

 フライゴンはもう一度『霧払い』を使う前にラティアスが自分で霧を集め、メガチルタリスを覆う水球を作る。雲のような羽毛ごと水で包み、溺れさせようとする。

 

「これがラティだけの必殺技よ! これであなたのチルタリスは息を吸い込めない!」

「少しは面白い戦略だ、流石だと言いたいが……ドラゴンはドラゴンであるがゆえにそう簡単に溺れなどしない。メガチルタリス、『ゴッドバード』の構えを取れ!」

「……ダイバ君!!」

 

 チルタリスは息を止め、その体を蒼く光らせ超高速の突進を行う準備をする。以前受けたそれはメガラティアスさえも瀕死にするほどの威力だ。水球を突き破るくらいはわけないだろう。だからジェムはダイバに呼びかける。

 

「……『コメットパンチ』」

「無駄だ、『コットンガード』の効果を忘れたか?」

 

 ダイバが震える声で指示を出す。メガメタグロスは鉄の拳を振りかぶり、彗星のように放つ。今もまだメガチルタリスの全身を覆う羽毛は健在だ。でも──

 

「それは羽がふわふわだったらの話でしょ?」

「なに?」

 

 拳が水球を突き破ってメガチルタリスの体を真芯で捉える。その羽毛はメガラティアスが作り出した水球によって濡れ、本来の柔らかさを失っていた。よって衝撃は素通りし、メガチルタリスを水球から突き飛ばして壁まで殴りつけた。ぴぃ、と一言呻き倒れる。

 

「よし! 今度こそメガチルタリスを倒したよ!」

「やってくれたな……だがこれで我が竜の咆哮を絶てたと思わんことだ。来いボーマンダ!」

「ボアアアアアアア!!」

 

 ドラコが次に出したのは青い体に真っ赤な翼が映えるドラゴン、ボーマンダだ。登場して即座に耳をつんざく咆哮で威嚇する。

 

「……『高速移動』」

 

 それを無視してダイバのメガメタグロスは電磁力による音のないスムーズな移動で、ボーマンダの背後へと回る。そのまま『思念の頭突き』で思考回路がスパークするほどの念力を発生させてボーマンダに突っ込んだ。ボーマンダが吹き飛ぶ。だが倒れることはなく墜落しかけた体勢から持ち直し、飛翔した。

 

「いけフライゴン、『虫のさざめき』でラティアスを攻撃しろ!」

「ラティ、『自己再生』!」

 

 エスパータイプであるラティアスの苦手な虫タイプによる攻撃を、己の体を回復させることでやりすごす。よって大したダメージにはならなかったが、ドラコにとってもそれは本命ではなかったようだ。ドラコのもう片方のイヤリングとボーマンダの体が輝く。ドラコが天に両腕を掲げ叫んだ。

 

「渇望の翼、今ここに真紅となる! 蒼天を統べる覇者の一喝に震えるがいい! やれメガボーマンダ、『捨て身タックル』!!」

「……『コメットパンチ』」

 

 翼が鋭く、まるで血に染まったような翼のメガボーマンダが、メガメタグロスの拳と正面衝突する。それだけで轟音が響き、ジェムは自分のポケモン達ではまだ到達できない威力だと理解して固唾を飲んだ。

 

「メガシンカ同士のぶつかり合い……」

「だがボーマンダの『威嚇』の特性によりメガメタグロスの攻撃力は落ちている!」

 

 拮抗の末、メガボーマンダが拳を吹き飛ばしメガメタグロス本体に全体重を乗せた一撃を見舞う。ジェムは初めてあのメタグロスが大きなダメージを負うところを見た。四つの拳と本体がばらばらに吹き飛んだ。

 

「ダイバ君、大丈夫!? 今助けるよ!」

「……いらない、この程度の一撃で僕のメガメタグロスはやられたりなんかしない」

 

 強がるダイバの声に応えるように、四つの腕がメガメタグロスに集合する。とはいえ、体は削れ低空飛行で反撃の機会を伺うさまは追い詰められていると言っているようなものだ。『ハイパーボイス』などによるダメージも蓄積している。

 

「フライゴン、このままメガラティアスを攻め続けろ!」

「……お願いラティ、『癒しの波動』でメガメタグロスを助けてあげて!」

「ひゅあああん!」

 

 再び虫タイプの力を持つ音波が飛んでくるが、メガラティアスは躊躇うことなく回復効果のある波動をメガメタグロスに分け与えた。鋼の体が竜と交感し、その傷を癒す。当然、メガラティアスは『虫のさざめき』によるダメージをそのまま受けた。

 

「ありがとうラティ……ちょっと休んでて。行くよキュキュ!」

「わが身を挺して仲間のポケモンを守り、そのうえで交代か……ジェム、お前ダイバに惚れでもしているのか? 何故こいつのためにそこまでする?」

 

 ダメージの大きいメガラティアスをボールに戻してキュウコンを出す。その様子を見ながらドラコは心底不思議そうに言った。ジェムは少し考えを整理してから答える。ダイバも答えが気になったのか、少しの間攻撃の手を止めた。

 

「違うよ。ダイバ君とは三日前会ったばかりだし最初いきなりメタグロスで殴ってきたし……まあそれは私もダイバ君のほっぺ叩いたからお互い様だけど。話しかけても目を合わせてくれないしその癖すぐ私達を弱いっていうし、冷たいし……好きになるどころかまだ友達にもなってないよ」

「本人を目の前に随分はっきり言ったものだな」

 

 ドラコが苦笑する。ダイバの反応はやはりフードと帽子に隠れてわからない。

 

「でもここに来てから色んな人と勝負して、わかったの。私もダイバ君も……すごくて強いお父様とお母様は実はわからないことだらけで、それと向き合わなきゃいけなくて……ダイバ君は、そのことについてフロンティアに来るまでは何も考えずに親を信じてた私なんかよりもずっとずっと苦しんでたんだって。だから私はダイバ君と一緒に、自分の答えを見つけたい。その為にダイバ君を信じて、支えるって決めたの!!」

 

 最初は迷いながら、しかしその意志は段々と強くはっきりと言葉になる。それを聞いてドラコは大きく笑った。馬鹿にするのではなく、心底愉快そうに。

 

「フ……フハハハハハハハ!! 面白い、貴様は面白いぞジェム・クオール! その献身の正体はあくまで自分の答えを探すことか! 何度も何度もお父様とばかり言っていた小娘が随分利己的で狡猾な女になったものだ!」

「り、りこてきでこうかつ……?」

「今の言葉、あいつにも聞かせてやりたいところだが……残念ながら貴様らの敗北が決まっているのが悲しいな」

「あいつって誰の事かわからないけど、まだ決まってないわ!」

「すぐに決めてやろう、『爆音波』に『ハイパーボイス』だ!!」

 

 フライゴンの羽搏きと、メガボーマンダの咆哮がフィールドを埋め尽くす。メガボーマンダの叫びは音の震えを通り越してもはや空気の流れ、風を作っているようだった。ノーマルタイプの技を飛行タイプに変換して威力を上げる『スカイスキン』による特性の効果だ。

 

「キュキュ、『守る』!」

 

 それをキュウコンは自分の周りにだけ分厚い炎の壁を展開して凌ぐ。

 

「メタグロスの方は守らなくていいのか?」

「さっき『癒しの波動』で回復したからきっと大丈夫って信じるわ!」

「……当然でしょ。メタグロス、『冷凍パンチ』」

 

 メガメタグロスが衝撃を耐えきった後、自身の拳を電気で冷却しまるで氷のようになった鉄塊でメガボーマンダに殴りかかる。

 

「これが通れば一気に大ダメージよ!」

「通さん、フライゴン『竜の息吹』! メガボーマンダ、『捨て身タックル』!!」

「キュキュ、『神秘の守り』よ!」

 

 『竜の息吹』は攻撃技であるが威力は高くない。本当の狙いはメガメタグロスを麻痺させることだと看破して状態異常から守る技を使うジェムとキュウコン。それによりフライゴンの息吹をものともせず、再びメガシンカした二匹がぶつかり合う。拮抗し──殴り勝ったのは、ダイバのメガメタグロスだった。真紅の翼が凍り付き地面に落ちる。

 

「何!?攻撃力は落ちていたはずだが……」

「僕のメガメタグロスはただ攻撃を受けるだけなんてしない。そっちが吼えてる間『爪とぎ』で攻撃力と命中力をあげておいた……さあ、後二匹だよ。ジェム」

「……! うん、もう一息だから頑張ろうダイバ君!」

 

 さっきの自分の気持ちをどう聞いていたのかはわからないけど、ダイバは一言自分に声をかけてくれた。それがうれしくて、ジェムはこぶしを握り締める。ジェムたちのポケモンは全員少なくないダメージを受けているがまだ四匹とも戦える。一方ドラコの手持ちは後二体。綺麗な金髪をさっと腕で梳いてそのままモンスターボールを手に取る。

 

「なるほど、追い詰められたか……ならば出てこいリザードン!」

 

 ボーマンダをボールに戻し、最後に繰り出すのは炎を尻尾に灯す恐らくは世界でもっとも有名な炎タイプのポケモン、リザードンだ。口からも炎を噴出しながら現れる。

 

「リザードンはドラコンタイプじゃない……でも」

「そう、メガシンカだ! だがただのメガシンカではない、我ら全員が生み出す最強の竜を見せてやろう!」

 

 ドラコの両耳のイヤリングが輝く。フィールドのフライゴンが、ボールの中の倒れたチルタリスとボーマンダが竜の咆哮を重ね合わせ、リザードンの身体と心を震わせる。ドラコは両腕を天に掲げ、竜と共に叫んだ。

 

 

「紅蓮の蜥蜴よ、火口を切り裂く咆哮とX(クロス)して新たな竜となり噴出せよ! 現れろ、メガリザードンX!!」

 

 

 咆哮が響き合い、負けじと放つリザードンの叫びが炎となって地面に落ちる。それが炎の柱となってリザードンを包み、更なる炎の熱を上げた。リザードンの体の表面が焦げて黒く染まり、漏れる炎がさらに温度を上げて蒼くなる。地面に降りたち、踏みしめた場所も焼け焦げていく。

 

「いけメガリザードンよ、あの鋼を焼き尽くせ!」

「キュキュ、メガメタグロスを庇ってあげて!」

 

 メガリザードンXの蒼い炎がメガメタグロスを狙う。それをキュウコンが割って入り代わりに受けた。当然ただの捨て身ではない。キュウコンにぶつかった炎が美しい尻尾に吸い込まれていく。

 

「キュキュの特性は『もらい火』。どんなに強い炎でも自分の力に変えるわ!」

「……メタグロス、『思念の頭突き』」

「いい判断だ。だがこちらもただの炎ではないぞ? 弾け飛べ爆炎!」

 

 キュウコンが庇ってくれた隙を活かし己の念力で攻撃を仕掛けようとするメガメタグロスだが、キュウコンに当たったはずの炎は周囲に炸裂してメガメタグロスにも焼け広がった。『弾ける炎』の技による効果だ。

 

「ごめんダイバ君、防ぎきれなかった……」

「そこまで期待してない。……行くよメガガルーラ」

 

 素っ気なく答え、メガメタグロスは一旦ボールに戻すダイバ。炎タイプによる攻撃が強力なリザードン相手に鋼タイプでは分が悪いと踏んだのだろう。親子二体で戦うメガガルーラを場に出す。

 

「メガガルーラ、『岩雪崩』」

「フライゴン『日本晴れ』! そして岩を溶かし尽くせメガリザードンよ!」

 

 メガガルーラがバトルフィールドを砕いて岩を作り、二体で相手に投げつける。その間にフライゴンは自分で作った火球をフィールドの天井に飛ばし、疑似的な太陽を作り出した。炎技の威力がさらに上がり、メガリザードンが自身の炎で岩をドロドロに溶かしてしまう。岩が液状化したマグマとなって地面に落ちた。

 

「なんて熱さ……!」

「貴様の攻撃、利用させてもらおう。フライゴン、『大地の力』だ!」

「キュキュ、『守る』!」

「そしてメガリザードン、『ドラゴンクロ―』!!」

 

 発生したマグマをもエネルギーに変え、フライゴンがキュウコンの足元の地面を炸裂させる。キュウコンはそれを念力で止めて防いだ。だがそれはガルーラをサポートする余裕がない状況を作るための布石。メガリザードンが大地を蹴り、メガガルーラの前に躍り出て鋭い爪を子供の方に容赦なく振るう。子供は竜の瞳に前に震えあがったが――母親の方が身を挺して庇い、蒼く燃える爪に体を切り裂かれ倒れた。

 

「……まったく。子供を庇うより暇があるならそのまま攻撃したほうがいいっていつも言ってるのに」

 

 ボールに戻すダイバは不満そうだった。確かに子供を放置していればメガリザードンに反撃できたかもしれない。だがそれはあまりに酷だろうしお母さんのガルーラもやりたくないはずだ。

 

「そんな、それじゃ子供のガルーラが大怪我しちゃうよ?」

「僕のママなら構わずそうしてるはず。まあ……ママがおかしいのはわかってるし子供を守る強さがメガガルーラの利点だから別にいいけど」

 

 ジェムが苦言を呈すると、ダイバは怒っているわけではないようで意外とあっさり認めた。メガガルーラが強いのは子供がパワーアップしているのが主な理由ではなく母親の愛情こそが強さだと言われているのを聞いたことがある。ダイバの声はなんとなく、昔の自分が母親がキュウコンを大事にしているのを見た時の反応に似ている。なので思わず言ってしまった。

 

「……ヤキモチ?」

「コメットパンチで殴るよ?」

 

 即座に否定されたあげく脅されたので黙るジェム。本当はダイバのお母さんだってダイバを守りたいはずだと言いたかったけど、聞いてはくれなさそうだった。

 

「我が切札メガリザードンXを前にして漫才とは余裕だな貴様ら。さあメタグロスを出すがいい、同じく焼き尽くしてくれよう」

「……言ってろ」

 

 ダイバがメガメタグロスを出す。炎タイプが弱点であり体力にも余裕がない今の状態では一発が致命傷だろう。『弾ける炎』の存在がジェムがサポートしてもダメージを回避させない。

 

「だったら……一気に勝負をかけるしかないよね! キュキュ、ラティ、あの必殺技で行くよ!」

「コォン!!」

 

 キュウコンが尻尾から炎の輪をいくつも出し、メガラティアスと交代する。そして炎の輪をメガラティアスがくぐりながら飛翔し、紫色の身体と黄色の瞳が赤く染まる。

 

「これが私達の絆の結晶、『灼熱のベステイドバット』よ!!」

「ふん! 最早懐かしくも感じられるネーミングだ……ならばメガリザードンXの『フレアドライブ』を受けるがいい!」

 

 この前戦った時は『蒼炎のアブソリュートドライブ』というフレアドライブとドラゴンクロ―を組み合わせたオリジナル技を使用していたが今度はそのままの技で来た。そして今回の方が本気であるということはどういうことか──それを考える前にそれぞれ赤と青の炎に染まった両者が激突した。お互いの頭でぶつかり合い、力比べが起こる。

 

「竜の咆哮が重なり合って生まれた我がメガリザードンと貴様の仲間との絆の共鳴が生み出すメガラティアス……一見互角に思えるが、貴様はドラゴン使いとしてはまだ甘いっ!!」

「くっ……! ラティ!」

 

 勝負を分けたのは二人のドラゴン使いとしての練度。メガリザードンXの蒼い炎がメガラティアスの紅い炎を覆いつくし、押しのけて吹き飛ばした。ラティアスが飛翔する力を失い、地面に横たわる。メガリザードンXもダメージを受けたが、まだまだ立つ余裕があった。

 

「さあもうそいつは戦えまい、大人しくキュウコンを出すがいい」

「ううん、飛べなくても、まだラティは戦える……いいえ、戦うのを助けることは出来るわ! ラティ、『ミラータイプ』!」

「『ミラータイプ』だと?」

 

 ドラコが訝しむ。『ミラータイプ』は相手のタイプと自分のタイプを同じにする技。ドラゴンタイプ同士のリザードンとラティアスではほとんど意味はない。そもそもラティアスはもう戦えるほどの力はないのだ。

 

「ええ、ただし私がコピーする相手は……ダイバ君のメガメタグロス!」

「……え?」

「何だと!?」

「ひゅうあああああん!」

 

 ラティアスがメガリザードンのタイプをコピーし、メガメタグロスに炎とドラゴンタイプを与えた。ドラコだけではなくダイバも驚く。ジェムはダイバの方を向いて言った。

 

「ダイバ君……今のバトルでわかったよ、ダイバ君とメタグロスには私とラティみたいなすごく深い絆があるってこと」

「……それで?」

「メタグロスのパンチは最初はすごく痛くて突然降ってくる隕石みたいに怖かった……最初戦ったときなんて、『高速移動』と『爪とぎ』を何回か使って殴るだけで私のポケモンを全員倒しちゃったよね」

 

 ひたすら能力を上げて殴り続けられるだけで勝負がついたあの惨敗を思い出す。今でも身が震えそうになるほどの強さを、今度は味方として支えようと思えるくらい、ジェムは今までの自分を乗り越えていた。あのメタグロスはかつて父親の持っていたポケモンだったと分かったのもある。そしてこのバトルでも、ダイバにとってメタグロスは自分の手足にも等しく思っていることは伝わってきた。

 

「あの鋼の隕石を、今度はダイバ君とメタグロスの絆の力で竜の星屑に変えてみて欲しいの。……ここまで言えばダイバ君ならわかるよね?」

「……そんなの、クイズにもなってないよ」

 

 ダイバはジェムの言葉の意味を理解する。ほんの少しだけ、口の端が曲がったことは自覚していない。

 

「貴様ら、まさか……! 鋼とエスパータイプであるメタグロスにドラゴン技最強の奥義を使わせようというのか!?」

「ドラコさんならやっぱりわかっちゃうよね。でも、その通りよ!」

「これが僕とメガメタグロスに出せる最高のパワー……やれメタグロス!!」

 

 メガメタグロスの拳がコピーした炎の力によって分解され、八つのダンバルに近い形となる。それがフィールドの天井へと昇り、まるで無数に降り注ぐ流星群のように一気に降り注いだ。それはトレーナーと完全に信頼で結ばれたドラゴンタイプのポケモンのみが使える技、『流星群』によく似ている。

 

「笑わせてくれる……付け焼刃の竜の力に私が負けることなどあり得ん! 『爆音波』に『弾ける炎』だ!!」

「ただの『流星群』なんかに頼らない。僕の邪魔をする奴は全員殴り倒す……」

「これが今の私たちに出来る絆の技……『メテオスウォームパンチ』!!」

 

 フライゴンとメガリザードンXがそれぞれの得意技を使う。音が拳を逸らし、炎が鋼を焼き尽くす。だが降り注ぐ拳が全く止まらない。弾かれればまた天に昇り、溶かされればまた形を取り直して降り注ぐ。怒涛の流星群となった拳はフライゴンとメガリザードンの体を打ち据え、殴り──二体纏めて、地面に倒れさせた。二体のドラゴンをドラコがボールに戻す。これで四体が倒れ、ルールに則ればもう出せるポケモンはいない。ジェムが固唾を飲む。

 

「私の、負けか……いいだろう、貴様らを二人とも強者と認めてやる」

「やった……勝ったわ! これで上に進めるねダイバ君!」

「……元々、負けるつもりなんてなかったし」

 

 ドラコが敗北を認める。ジェムとダイバ、二人の勝利だ。全身で喜美を露わにするジェムに対し、さっさと部屋の回復装置を使ってポケモンを回復させるダイバ。でも声はバトルを始めた時よりだいぶ柔らかかった。ジェムもそちらに行き、ラティアスとキュウコンを回復させる。

 

「ダイバ君……私の気持ちに応えてくれてありがとう。すごく嬉しかったよ」

 

 ジェムが目を逸らされないようダイバの正面に回って言う。ダイバはしばらく無言でそれを見つめていたが、おもむろに手をジェムの方に伸ばした。握手してくれるのかなとジェムが期待して自分も手を出した瞬間――ダイバの掌がジェムの頬を叩く。

 

「いたっ!? 何するの!」

「僕は命令通りにしろって言ったのに命令を無視した。バトルで勝ったとはいえ、約束を破ったのは許さない。後……最初あったときに殴られたお返し」

 

 そしてすぐにダイバは帽子を深く被って無理やり目線を合わせなくした。さっき最初にほっぺを叩いた事をまだ根に持っていたのか、とジェムは思う。だけどその後、蚊の鳴くような小さな声で呟く。

 

「だからその……あの時、メタグロスで殴って、ごめん」

「へ……?」

 

 つまり、今殴ったのは本当はダイバが怒っているからではなく。戦いの途中でジェムがダイバに殴られた事に対して自分も叩いたと言ったことを帳消しにして謝りたかったから?

 

「ねえ、それってどういう意味――」

「……それ以上聞かないで、これは命令」

「もう……わかった、じゃあやめとくね」

 

 言いたくないらしいダイバに対してジェムは軽くフード越しに頭を撫でる。自分から言うつもりがないなら、好きに解釈しておこうと思った。

 

「じゃあドラコさん、約束通り教えてもらうわ。上で何があったの?」

「……」

 

 ポケモンを回復し終わりドラコの方を見るジェム。しかしドラコは喋らない。ただジェムとダイバを見ている。

 

「……やっぱり最初から教えるつもりなんてなかったんだよ。さっさと上に行って確かめよう」

「ふふ……約束は守る。ただ貴様らの様子が微笑ましかったので見ていただけだ」

「……殴っていいかな」

「駄目よ!?」

 

 ダイバがムッとした顔でドラコを睨み、慌ててジェムが止める。戦えるポケモンがいないはずなのにドラコは全くもって余裕のままだった。その態度はバトル中の険のあるそれと違って大分穏やかで、少しネフィリムさんに似ているとジェムは思った。

 

「といっても大した情報は明かせんがな。まず第一に余計なことは喋るなという命令がかかっている」

「……命令?」

 

 ドラコには似合わない言葉だ。他人の命令で動くようにははっきり言って見えないしかかっているという言葉も変だ。

 

「……あのアマノとか言う催眠術師?」

「さすがに頭は回るな。肯定は出来んが否定もすまい」

「あの人……ドラコさんにまで!」

 

 見当を付けたダイバの言葉を事実上認めるドラコ。ジェムの心を弄ぼうとした男の事はジェムもまったく許していない。ドラコにまでひどいことをしたのかと憤る。

 

「落ち着け、私は貴様ほど心が弱くないのでな。命令には逆らえんが自分の心は失っていない。あくまでバトルフロンティアを破壊する計画に乗ったのはチャンピオンと戦える可能性があるからだ。フロンティアのオーナーには私も少しばかり怨みがあるしな」

「……ふーん」

「ふーんで済ませていいの?」

「パパの事恨んでる人なんていくらでもいるし……それはジェムもわかるでしょ」

「まあ……なんとなくわかるけど」

 

 自分の父親を恨んでいるといわれたダイバはどうでもよさそうだった。というより反応が慣れている。ジェムも自分にされた事を思えば理解できてしまう。

 

「とにかく……じゃああの人がこのフロンティアを破壊しようとしているってことでいいのね?」

「あの人とやらがだれの事か知らんがそういうことだろうな」

 

 どうやらドラコにはアマノの名前を出したり犯人はアマノだということは出来ないらしい。しかし遠回しに肯定してくるのはドラコ自身にはっきり意思があるからだろう。

 

「だが私にとって重要なのはそこではない。もう一人協力者がいる」

「まさか……アルカさん!?」

 

 ドラコが笑った。それが答えだった。ジェムにファンだといって近づいて毒薬を盛り、自分たちの仲間に加えようとした。狡猾で毒の扱いに長けたあの少女がこの上にいると告げられる。

 

「私に勝った実力を免じてジェム、お前に頼もう。……あいつを、助けてやれ。あいつはこんな大それたことに携わる気などなかった。やつもまた、命令によって協力させられているのだ。奴は恐らくこの上で待っているはずだ」

「うん……今度はちゃんと、アルカさんと向き合うわ」

 

 あの時は、自分の言葉を勝手に押し付けるだけでちゃんと彼女の気持ちを考えていなかった。だから昨日の夜あったときも、大分邪険にされてしまったし仕方ないことだと思う。

 

「なら、バトルそのものは楽そうだね……昨日勝負を仕掛けてきたけど、全然大したことなかったし」

 

 ダイバは昨日アルカと会っていた。ジェムが到着した時にはチャンピオンが割って入っていたが、その前に戦いを挑まれていたのだろう。

 

「……ふん、成長しないやつだ。あの女を見くびらん方がいいぞ。お前達が思っているよりもはるかに、あいつは恐ろしい」

「どういうこと?」

 

 ジェムはアルカを大したことないなんて思っていない。それでもドラコの言い方は気になった。ドラコの性格から他人を恐れるような言動は早々でないだろうからだ。

 

「頼むついでに教えてやろう。出会ったらあいつが何を言おうと信用するな。油断するな。昨日まではあいつはお前達を仲間に引き入れるために動いていた。毒で支配することでな。だが計画が実行に移された以上もうその必要はない」

「支配する必要がない……」

 

 確かにジェムがあったときはあくまでも仲間に引き入れてしまうことが目的の様だった。ダイバも否定しないということは似たようなことを言われたのだろう。

 

「だから、お前達が上に行こうとすればあらゆる手を尽くして本気で止めに来るだろう。だがそれはあいつの本意ではない。あいつは……お前に対していろいろ言っていたが、それでもお前が本心から笑いかけてくれたことは喜んでいた。ただそれ以上に戸惑ったのだ。……私に言えるのはこれだけだ」

「アルカさんが……ありがとうドラコさん、いろいろ教えてくれて。絶対、アルカさんを助けてあなたにかかってる術も解いてみせるからね!」

 

 恐らくアルカについて具体的に言及することも禁止されているのだろう。ドラコは安心したような笑顔を浮かべてそれきり口を閉ざした。ドラコの頼みを叶えるためにも、あの時の自分の間違いでアルカを苦しめてしまったことを謝るためにも、ジェムは上に行ってアルカと戦うことを決意する。

 

「いつの間にか……塔の振動が止まってる。早く行こう」

 

 ダイバがメタグロスに乗りながら言う。ドラゴン達による凄まじい咆哮でバトル中はわからなかったが、そういえば勝負が終わってからも一回もタワーはゆれていない。何かしらの動きが止まったようだった。それが何を意味するかはわからないが、急ぐべきだろう。ジェムもラティアスに乗りながら上に昇る。初めて自分のファンだと言ってくれた人を助けるために。


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