フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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絆が繋ぐ勝利

 バトルダイスブレーンのゴコウと挑戦者のジェムの5対5による戦い。ゴコウの残りはあと3匹でジェムの残りは1体はダメージを受けているものの残りは4匹。ジェムが一歩リードしている。

 

「桐に鳳凰、『虫のさざめき』!」

「ミラ、『メタルバースト』!」

 

 花札の一枚、桐に鳳凰の名を関するウルガモスが羽搏いて強烈な音波を発する。ミラと名をつけられたヤミラミは体の周りに光る結晶の壁を作って防ぎ、はじき返した。しかし反射した音は、ウルガモスには届かない。

 

「だが『虫のさざめき』は音を一点に集中させてダメージを与える技。むやみに跳ね返してもダメージにはならねえ!」

「わかってる。ここから反撃よ! ミラ、『シャドークロー』!」

「させねえぜ、『炎の渦』だ!」

 

 ヤミラミが腕から影の爪を伸ばしてウルガモスを狙う。対してウルガモスは地面に落ちた燃える鱗粉を風で操り、ヤミラミの周りを炎の渦で包むことで影そのものを消し去った。

 

「これじゃ攻撃が出来ない……」

「だが今の嬢ちゃんたちならなんとか出来ちまうだろうな。だからこそ一気に決めるぜ桐に鳳凰! 儂らのゼンリョクってやつでな!」

「ゼンリョク……まさか!」

 

 シンボルハンターがジェムに過去の記憶を見せるために放った技の前にも聞こえたゼンリョクという言葉。ゴコウは瓢箪の真ん中の細い部分にはめられたリングの力を使い、Z技を開放する。

 

「いよっ~!! あ、これが儂と桐に鳳凰が解き放つゼンリョクのZ技……『ダイナミックフルフレイム』だ!!」

「ミラ、『守る』!」

「すまねえな嬢ちゃん、Z技はいかなる手段でも回避することが出来ず、また防ぐことも不可能だぜ!」

 

 ゴコウが燃え立つ炎を現すように腕を上下し、最後に右腕を突き出して大見得を切る。するとウルガモスの周囲に真っ赤なエネルギーが溜まり、ウルガモスの体の直径ほどもある火の玉がヤミラミを襲う。ヤミラミは宝石のような障壁を出して防ごうとするが――着弾とともに爆発した炎が、障壁ごとヤミラミを吹き飛ばす。

 

「ミラ、お疲れ様……しっかり休んでてね」

「これでまた互角の勝負だな。さあ次はどうするかい?」

 

 ボールにヤミラミを戻し、少しジェムは考える。フィールド全体を炎で包むウルガモスに鋼タイプのクーやさっきの様に影そのものを消せるペタペタは相性が良くない。それにキュキュはまだ温存しておきたかった。

 

「となると……ここはお願い、ラティ!」

「ひゅううん!!」

「ほう、やっぱりあの時のドラゴンが出てきたか」

「ええ、ここは確実にとらせてもらうわ! 『波乗り』よ!」

「そうはいかねえな、『熱風』だ!」

 

 ラティアスが大量の水を発生させ、火の海となったバトルフィールドとウルガモスの炎の鱗粉を覆っていく。相殺され、炎をぶつかった水が霧となって立ち上る。

 

「おっと視界が……いや、これはあの時のか?」

「その通りだけど、それだけじゃないわ。あの時は使えなかった技……いくよラティ、『ミスティック・リウム』!」

 

 ラティアスの水によって発生した霧が、念力によって集まりウルガモスの体全体を覆う水球となる。水の中に閉じ込めて身動きを封じ、押しつぶすジェムとラティアスだけの必殺技。

 

「自分だけのオリジナル技を見つけてきたか。だが太陽の化身である桐に鳳凰を倒すにゃ水が少ねぇぜ! 『フレアドライブ』!」

 

 ウルガモスが水球の中から炎を発し、今度はウルガモス自身が火の玉となって水球を打ち破る。その勢いのまま、霧の向こうにいるラティアスに突進した。霧に覆われていれど、その輪郭ははっきりと見えている。ラティアスの輪郭とウルガモスの体が激突し――水風船を割ったような、水の弾ける音がした。

 

「ラティはね、『水遊び』が好きなの。暑い夏になるとルリとプールを作ってくれて、何度も水のかけっこをして遊んだわ」

 

 ラティアスの念力で霧が晴れていく。本物のラティアスは光を屈折させて姿を隠していた。そしてウルガモスがラティアスだと思って攻撃したものは――

 

「水で作った、分身ってわけかい……! いやはや、嬢ちゃんらしい華やかな遊びじゃねえか」

「ええ、ついでに熱かったし私もちょっと水を被ったわ」

 

 そういうジェムの髪や体は、ラティアスの水でかなり濡れていた。けれどジェムの表情に曇りはなく、むしろ冷たさを楽しむように笑っている。『波乗り』の際に自分の周りにも水を溜めていたのだろう。霧を発生させると同時に水の分身を作り、居場所を誤認させるとともにウルガモスに『水遊び』の効果を適用させたのだ。ウルガモスの炎の鱗粉は濡れ、体の炎が消える。

 

「これで止めよ、『竜の波動』!」

「ひゅあうん!!」

 

 ラティアスの瞳が光り、赤色の波動がまっすぐウルガモスを直撃する。炎を失った太陽になすすべはなく、地面に倒れ伏した。

 

「これで4体目……だがこっからは前の嬢ちゃんが越えられなかった領域よ! さあ越えられるもんなら越えてみな。カモン4枚目、小野道風!」

「げろぉ」

「ここは一旦ラティは戻って、お願いクー!」

 

 和傘を差した歌人の傍らに描かれた蛙たちの絵札から出てくるのは、ジェムに直接敗北を与えたニョロトノだった。ラティアスをメガシンカさせたのに、それでも勝てなかったときの悔しさをジェムは恐らく一生忘れることはないだろう。殿様のような威厳を持って現れたニョロトノが、天井に雲を出し雨を降らす。ニョロトノの『ハイパーボイス』はラティアスでも防ぎきれない。ならばここは下手にぶつけず、鋼タイプのクーで戦うべきだと考えるジェム。

 

「さて、嬢ちゃんがそう来るなら儂らもここで奥の手を出すしかねえな」

「奥の手……さっきのZ技のほかにもまだ?」

「おうよ、あれはやろうと思えば誰にでも出来る技さ。多少条件はあるけどな。だが今から出す技は間違いなく儂らの花札ポケモンにしか出来ねえ!」

「……ここはメガシンカでいくよ、クー!」

「クチッ!」

 

 ジェムとクチートの思いが共鳴し、相手を威嚇したクチートの顎がツインテールのように二つにわかれメガクチートとなる。どんな技が来てもいいようにゴコウとニョロトノを見つめる。ニョロトノは頭に載せている持ち物、『おうじゃのしるし』を手に取り、それをおもむろに飲み込んだ。予想外の行動にジェムが呆気にとられる。

 

「えっ、食べちゃった?」

「ああ、これでいい!この技は松に鶴、芒に月、桐に鳳凰がバトルに参加した時のみ、小野道風が使用することが出来る! いくぜ小野道風、『雨死降』!!」

「げろげーろ……げろろ~ん」

 

 ニョロトノが鳴くとと同時に、その口から真っ黒な音符がいくつも飛んでいく。だがクチートではなく天井の雲へ吸い込まれていき――降る雨が、不気味なくらい真っ黒になった。雨に打たれるクーは痛くはなさそうだが、明らかにただの雨ではない。

 

「何か嫌な予感がする……クー、一気に『噛み砕く』!!」

「おっと、なら『飛び跳ねる』だ!」

 

 メガクチートが大顎を開けてニョロトノにかぶりつこうとするが、その前にゆったりと大きく跳ねて距離を取られてしまう。

 

「なら『冷凍ビーム』で動きを封じるのよ!」

「ク……」

 

 命じられた通り、遠くのニョロトノに対して遠くで二つの口を開けて冷気を溜める。しかしそれが放たれる直前――すべての力を失ったようにメガクチートは倒れてしまった。ジェムは訳が分からず茫然としてしまう。

 

「クー!? どうしたの……」

 

 この雨のせいか、とジェムは思った、だが雨はそこまで激しくはないし、ジェム自身も受けているが痛みもない。ゴコウが笑って説明する。

 

「カッカッカ! 教えてやるよ嬢ちゃん、これが『雨死降』の力さ。ニョロトノの降らせた雨を浴びたポケモンは一定時間ごとに大体3割くらいの確率で無条件に瀕死となる! いわば『滅びの歌』の応用だな。どんな高い防御力も技による防御でもこの雨は防げねえぜ!」

「そんなっ……!!」

 

 ピクリとも動けないメガクチートをボールに戻しながらも、ジェムは焦る。何せ雨だ。『守る』でも防げる時間には限界があるし、フィールド全体に降り注ぐ以上影分身だろうと霧による目くらましだろうと雨粒から身を隠し続けることは出来ない。ジェムは必死に思考を巡らせる。

 

(雨に当たっちゃダメなら、キュキュの『日本晴れ』で雨を止めてみる……?)

 

 雨さえやめばこの恐ろしい効果を消すことが出来る。一瞬キュキュのボールに手が伸びたが、すんでのところで踏みとどまった。

 

(でも、あのニョロトノが『雨乞い』も覚えてたら多分どうしようもない……)

 

 他の手持ち3匹がバトルに出ていないと使えない誓約のある技だ。そこまで苦労して使う技が『日本晴れ』の一発で攻略できるなんて甘い戦略はゴコウは取らないだろう。お互いに転向を変更し合ったあげく、そのうちわずかずつでも浴びた雨に倒されてしまうはずだ。

 

(何かある? もっと確実な方法……雨を受けても、瀕死にならないようにする作戦は……)

 

 ラティのサイコキネシスで雨粒を受けないようにコーティングする方法も考えたが、自分の体全体にサイコキネシスを使いながらあのニョロトノを倒すのは不可能だろう。この前はこの技を出させるまでもなく『ハイパーボイス』に敗れてしまったのだから。

 ジェムはニョロトノの様子を観察する。ニョロトノ自身も当然真っ黒な雨を浴びているわけだが、まさしく蛙の面に水といった様子で苦しむ様子はまったくない、むしろ舌を出して雨を舐めていたりする。

 

(当たり前だけど、ゴコウさんのニョロトノは『雨死降』の効果を受けないんだよね……そっか!!)

 

 一瞬の閃き、それを活かすために自分の仲間たちに出来ることを考えて、結論を出す。

 

「行くよラティ! もう一度『水遊び』!」

「ここで『水遊び』だとぉ?」

 

 ラティアスが自分の身体にもう一度自分の水を浴びせる。しかし『水遊び』は本来炎タイプによるダメージを減少させる技だ。ニョロトノは炎技は使えないし、そもそも『雨死降』の効果にはほとんど関係がない。せいぜい少しの間だけ呪いの雨が直接体に当たるのを防ぐ程度だろう。

 

「何のつもりだい嬢ちゃん? 遊び心は大事だと言ったが、この状況でそれはちとおふざけが過ぎるぜ」

 

 こうしている間にも、ラティアスの体に死の雨は降り注いでいる。このままではいずれメガクチートの二の舞だ。

 

「勿論勝つための作戦よ! これが本当の狙い……ラティ、『ミラータイプ』!」

「くっ、そういうことか!」

 

 ラティアスの瞳がニョロトノを射抜く。ニョロトノの持つ性質を、ラティアスの体が鏡のようにそっくり写し取る。『水遊び』によって呪いの雨を受けずに済む数秒の間に、エスパー・ドラゴンタイプのラティアスが、純粋な水タイプへと変化する。

 

「良かった……その反応だと、これで合ってたみたいね。ニョロトノが平気でいられるのは、『雨死降』の技の効果を水タイプは受けないからか、もしくはニョロトノだけは受けないのかはわからなかったから正直ギャンブルだったんだけど……」

 

 たじろいだゴコウを見て、ジェムは心の底化からほっとする。もし後者だった場合、今の行動は完全に無駄だったからだ。それならまだキュウコンの『日本晴れ』に託したほうがましだっただろう。だけど結果としてジェムは賭けに勝った。水タイプになったラティアスは、『雨死降』の効果を受けない。

 

「ク……カッーカッカッカ!! そうか、ギャンブルか! 嬢ちゃんもなかなかいける口だな! このバトルが終わったら嬢ちゃんにも花札を教えてやろうか?」

「教えてくれるのは嬉しいけど、お金を賭けるギャンブルは良くないってお母様が言ってたわ。だからごめんなさい」

「そうだな、今はそういう時代だ。ならなおさらこの勝負を楽しむしかねえな! 小野道風、『ハイパーボイス』!」

「ラティ、あなたと私の一番の力を見せてあげましょう! メガシンカ!!」

 

 ラティアスの紅い体が蒼い光に包まれ、紫色の身体となってパワーアップする。だがそれだけではゴコウによる『ハイパーボイス』には及ばない。一撃で決着をつけることが出来なければ、ジェムの指示さえ声にかき消されてせっかくつかんだ勝機も水泡に帰する。

 

(必ずこのチャンスをつかんでみせる……私を支えてくれる、みんなのために!!)

 

 ニョロトノの防御力は高い。『竜の波動』や『サイコキネシス』では倒しきれない。ジェムは、更なる運に賭ける。

 

「ラティ、あなたの強さを信じるわ! 『サイコウェーブ』!」

「ひゅううううん!!」

 

 この戦いでも苦しめられた、運によって威力が変化する技を放つ。ジェムとラティアスには当然運を操作するようなことは出来ないので、純粋な運頼みだ。そしてルナトーンのそれをもはるかに超える念波が発生し、ニョロトノの口へとぶつかった。

 

「げろおおおおおおおおおお~……」

 

 鳴き続けようとする口がふさがれ、体がひっくり返る。手足をぴくぴくさせるニョロトノは、確実に戦闘不能になっていた。黒い雨が止み、雲も消えていく。

 

「やった……あのニョロトノを倒せたよ、ラティ!!」

 

 ジェムは嬉しくて飛び上がりたいくらいだった。それが、少なくとも二日前の自分を超えた証明になると思うから。

 

「ふ……本当に見事だぜ嬢ちゃん。だがまだ終わってねえってわかってるよな?」

「……うん」

 

 ニョロトノを花札型のモンスターボールに戻したゴコウの表情は、今までよりも真剣だった。それは残り一体になって本当に追い詰められたからか。それともジェムが本気を出すに値したからなのかわからない。でも、強さを認めてくれている気がした。

 

 

「花札ってのは札を集めて役をそろえる勝負。俺の花札ポケモン達もそれに応じる技を持ってるが『雨死降』はその中でも二番目に強い役だ。そして──今から揃うのが、正真正銘最強最大の役よ! これが儂のリーサルウェポン……5枚目、桜に幕!!」

 

 

 最後の絵札に映るのは、紅白の幕飾りを背に上品に立つ着物姿の女の人……ではなくそれに似たポケモンだった。飛び出てきた桜色のポケモンは、振袖のような鎌をちらりと見せて、まるで口元を隠して笑う女の人のような仕草を取る。はなかまポケモンのラランテスだ。

 

「草タイプだよね……なら任せたよ、キュキュ!」

 

 ジェムはラティアスを下げ、炎タイプのキュウコンに変える。ラティアスがキュウコンの入ったボールに自分の額をこつんとぶつけ、自分のボールに戻っていった。多少ダメージを負いながらもまだまだ余力のあるキュウコンが、一鳴きとともに姿を見せる。

 

「しゃらんらー、らんら?」

 

 しかしゴコウの最後のポケモン、ラランテスはバトル中だというのにゴコウをちらりと振り向いた。炎タイプであるキュウコンへの恐れなど微塵もないように見える。見返り美人、という言葉がジェムの頭の中に浮かんだ。

 

「おおそうよ、あのお前とほとんど背の変わらない嬢ちゃんがお前をバトルに呼び出したんだ」

「しゃららん」

 

 ゴコウが真剣ながらも、大事な娘を扱うような優しさのある声で言う。それを聞くと、ラランテスはジェムとキュウコンに丁寧に頭を下げてお辞儀をした。

 

「あっ、えっと、よろしくね!」

 

 ついジェムも釣られて頭を下げてしまう。そうしないと失礼だと思ってしまうような、不思議なポケモンだった。

 

「桜に幕の挨拶も済んだところで、さっそく決めさせてもらうぜ……『五光』をな!」

「ゴコウさんの名前と同じ技ってこと……? 来るよキュキュ!」

「『五光』は松に鶴、芒に月、桐に鳳凰に! 小野道風がバトルに参加した時のみ、桜に幕が使用することが出来る技! 見せてやれ桜に幕!」

「しゃらんら~!!」

 

 ラランテスが打って変わって素早い動きで体を捻る。そして捩れたゴムが戻るように更に素早くきりきりと舞って体が回転すると――目にも留まらぬ速さで、5条の『ソーラーブレード』が飛んできた。スピードを鍛えたはずのキュウコンが、逃げるための反応すらできずに体を突き刺され吹き飛ばされる。

 

「キュキュ!!」

「体を大きく捻り、戻る勢いすら利用して『ソーラーブレード』を連発する桜に幕の、いや儂ら花札ポケモン達の必殺技……炎タイプだからってダメージを既に受けてるのに耐えられるようなもんじゃねえぞ?」

 

 ジェムが思わずキュウコンの体に触る。尻尾と体を貫かれ、少なくない血が滲んでいた。ドダイトスとの戦闘で受けたダメージも合わせれば確実にもう戦わせられない。でも、キュウコンの眼はまだ諦めていない。

 

「ごめんね、後ちょっとだけ頑張って……『鬼火』!」

「無駄だぜ、『花吹雪』!」

 

 キュウコンが9つのうち4つの尾から攻撃力を下げる炎を放つ。しかしそれが届くよりも早くラランテスの出した花びらの幕がキュウコンの体を叩き、今度こそ倒れさせた。ジェムはすぐにボールに戻してやる。コントロールする主を失った『鬼火』はふわふわとその場に滞空した。それを見てゴコウは少し苦言を呈する。

 

「勝ちてぇのはわかるが、無茶させるのは感心しないぜ」

「ううん、ラティが交代する前『願い事』を使ってくれたからさっきの技を受ける前に体力は回復してた……だからぎりぎりだけどまだ頑張れたの」

「そうか、なら心置きなく最後の一匹同士勝負ができるな」

 

 そう、お互いに最後の1匹、ジェムはメガラティアス、ゴコウはラランテス。一見そう思える。

 

「違うわゴコウさん。最後の一匹なんかじゃない……これは、私たちの総力戦よ。ゴコウさんの花札ポケモンが皆の力を合わせて『雨死降』や『五光』を使ってるみたいに……私も、私の仲間たちみんなと一緒に戦う! そのために、お願いラティ!」

「ひゅうううん!」

 

 三度ラティアスがフィールドに現れる。ここまで戦えたのも、ジェムの仲間たちみんなが勝利への想いを繋いでくれたおかげだ。その証が、今フィールドに操る主がいなくなったのにまだ残っている鬼火に現れている。このフィールドに残る炎こそが、ジェムが母親から教わったキュウコンの本当の力、昔まだポケモンバトルをしていたころ、サファイアをサポートするために編み出した仲間を強くする炎。

 

「感じる……感じるよ。みんなの優しい思念と、お母様が教えてくれた私への苦しい気持ちが……今私とラティの心に響いてる。それぞれ想いは違っても、今一つになってる」

 

 ジェムの雫を象った髪飾りが光り、重なり合う想いと絆がメガラティアスとシンクロする。キュウコンの残した鬼火が火の輪となって広がり、メガラティアスがその中を通り飛翔する。メガラティアスの紫色の体が、メガシンカを維持したまま本来の紅色よりも激しい紅蓮になる。

 

「なるほどな、それが嬢ちゃんの答えか……なら儂ら全員と嬢ちゃん全員の力、どっちが上かはっきりさせようぜ! 最後の最後のとっておきを見せてやる!!」

「しゃらんら~!!」

 

 ラランテスの体が一際多めに周り、光り輝く。草タイプのZ技の力も合わせて放つ『五光』は更に回転を加えたことで5条の『ソーラーブレード』がさらに大きくなって飛んでいく。一方メガラティアスは4つの火の輪を抜け、燃え盛る心を現すように真っ赤に染まった『思念の頭突き』を放つ。

 

 

「いっけえラティ! 『灼熱のベステイドバット』!!」

「桜に幕、『五光』!!」

 

 

 お互いの仲間全員の力が籠った一撃がぶつかり合う。光の剣が一つずつメガラティアスの体を削っていくが、勢いは徐々にメガラティアスが押していき──ついに、最後の光の剣をラティアスの思念が砕いてラランテスの元へと突き進んだ。

 

「しゃらぁ、ん……」

 

 炎タイプの強烈な一撃に、ラランテスがふらふらとよろめき、後ろに倒れる。しかしそれを、ゴコウがしっかりと受け止めた。ラランテスの体は焼けていてそれに触れるゴコウもかなり熱いはずなのだが、辛そうな顔を見せない。

 

「よくやった桜に幕、お前らのおかげでいいバトルが出来たぜ……」

「しゃらんらー……」

 

 ゴコウが花札にラランテスを戻す。ジェムには戻る直前のラランテスの声は、とても嬉しそうに聞こえた。試合終了の音声が流れ、ジェムの勝利を告げる。

 

「勝った……やった、私たち……やったよ! ラティ、みんな!」

 

 少しの間だけジェムはぽかんとしていたが、勝利を実感すると比喩ではなく飛び上がって喜び、近くにきたラティアスを抱きしめようとする。ラティアスは慌ててメガシンカを解き、まだ熱気でホカホカの身体で喜ぶジェムと勝利を分かち合う。もちろん、ボールの中のみんなと一緒に。

 

「ははっ、いい喜びっぷりだぜ。負けたほうも気持ちがすっとすらあ……ほらよ、これがバトルダイスのラックシンボルだ!」

 

 ゴコウがジェムの元に歩み寄り、大きな手のひらにはすごく小さく見えるサイコロの6の目を象ったシンボルを渡す。でもジェムがそれを手に取ってみると、とても大きく価値あるものに見えた。

 

「ありがとうゴコウさん。あのね……私、このバトルフロンティアに来てから勝って一番嬉しいかもしれない。誰かのためじゃなくて、自分と自分のためを思ってくれる人のために勝つって……こんなに気持ちよかったのね」

 

 自分の胸のうちをありのまま言葉にしてみる。父親のために勝とうとしていた時はある意味勝つのは当たり前、そうでなければいけないものだった。だけど今は誰かに縛られず、純粋に勝利を喜べる。それが嬉しかった。

 

「そうよ、勝負ってのはそうでなきゃいけねえ。前に戦った時はそこが不安だったんだが……今の嬢ちゃんなら何の心配もねえ。勝ったり負けたりしながら、いくらでも前に進めらあ!」

「そうかな……ありがとうゴコウさん、またいつかバトルしましょうね。」

「おお、その時また語ってくれよ、嬢ちゃんの成長を期待してるぜ!」

「うん! その時もまたポケモンバトルで……ね!」

 

 トレーナー同士ならバトルで語ればいい。それで想いは伝えられる。そのことを学び、ジェムはバトルダイスを後にする。ダイバと合流し、次へ挑戦するために──

 

 


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