フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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白熱する駆け引き

 再び挑んだバトルダイスでの勝負。自分を支えてくれるポケモン達を信じ抜くと決めたジェムは、改めてそれぞれの特性を生かすための戦い方を編み出しながらバトルを進めた。自分のポケモン達はラティアスとマリルリ以外両親に貰ったポケモンだ。ルビーから過去の話を聞けたことで、昔はみんながどんなバトルをしていたのかを聞くことも出来た。気持ちも新たに、戦術を練り続けるジェムの勢いは止まらず――気づけば、ブレーンの一歩手前まで来ていた。

 

「よし……皆、いい感じだよ!」

「次は21戦目です。このままブレーンに挑戦しますか?」

「ええ、そうさせてもらうわ。ダイスロール!」

 

 最初の勢いから衰えることなく、ダイスを振る。出目は5と6だった。ここまで来ればどちらでも大差はない。しかし――

 

「私はあの時と同じ……5を選ぶわ」

「了解しました。では……フロンティアブレーンの、おな~り~!!」

 

 最初に会った時と同じ、堅い木を打ち鳴らすような音が部屋中に響き渡りジェムの対面の壁だと思っていた部分が襖のように開く。その向こうにもまた襖のような扉があり、それがどんどん開いていった。

 その奥から現れたのは――白塗りの顔に目や口に赤いメイクをしている、服は赤と青の二色で構成されたど派手な着物を着た2m近くある初老の大男、ゴコウだ。ゴコウはずんずんこちらに歩いてくると、ジェムを見下ろして楽しそうに笑った。ジェムはそれを、少しの緊張を持って見つめる。勝たなければいけないのではない。ただ、ここで今日の練習の成果を試し、自分たちの実力を示したいのだ。

 

「よう、また会ったな嬢ちゃん。噂は聞いてるぜ? あのピラミッドキングとクォーターアイドルを倒したんだってな!」

「うん……この子たちのおかげでね。今日は、ゴコウさんにも勝ってみせるわ」

「チャンピオンの娘だから、かい?」

「ううん、違うわ。あのね……」

 

 拒絶とは違う、静かな否定。ジェムが今の自分の気持ちを何とか言葉で表現しようとすると、ゴコウはジェムの顔よりも大きな手のひらを前に突き出して止めた。

 

「みなまで言うない。儂にはわかるさ。この前はほんのちまい子供だったが、今の嬢ちゃんはれっきとした一人のトレーナーってな。トレーナー同士なら、自分の気持ちはポケモンバトルで語るもんだろ?」

「ポケモンバトルで……わかった、やってみるわ」

 

 最初に会った時はトレーナとして認められていなかったらしい。でもそれに気づかなかったのは、ジェムがゴコウの事を父親に近づくために乗り越える壁としてか見ていなかったからなのだろうし、今は少しだけ成長したのだから気にしない。ただ、自分と仲間たちのバトルをするだけだ。

 

「今度は小手調べじゃねえ、本気の勝負が出来そうだな……さあ、こいこいチャレンジャー! ポケモンバトルは運と駆け引き、それを体現した儂の花札ポケモン達に勝てるかどうか、見せてみやがれぃ!!」

 

 ゴコウが懐から五つの厚めな札を取り出し、大見得を切る歌舞伎役者のように腕を突き出してジェムに見せつけるように札を出す。その札には一枚一枚、雅に描かれた植物とポケモンがいるのが見えた。ただの札ではなく、モンスターボールを改造して作ったゴコウ専用の特注品だ。その中にはゴコウの信頼する手持ちが入っている。

 

「うん、ちゃんと駆け引きしてみせる! さあ行くよキュキュ、あの時の私たちとはちょっとだけ違うってこと……見せてあげよう!」

「ほう、あの時と同じポケモンかい。なら儂も選ぶのはこいつだ、一枚目は松に鶴!」

 

 ドダイトスと数匹の鳥ポケモンが描かれた札から、まるで屏風から虎を出す逸話のように本物のドダイトスが出てくる。ゴコウのドダイトスはあの時ジェムの手持ち二体を倒したあげく一旦手持ちに戻り、倒すことは叶わなかった。バトルフィールド全体を衝撃で襲う『地震』に加え、火炎放射でも焼き尽くせないほどの蔦を操る『ハードプラント』に木々を巻き込んだ嵐を発生させる『リーフストーム』などいくつもの大技を操る強敵だ。一発一発がそのまま相手を戦闘不能にするパワーを持っている。だからこそジェムは最初にキュウコンを選んだ。

 

「まずは『鬼火』!」

 

 キュウコンが得意技の尾から揺らめく炎で火傷を負わせようとする。前回もまず火傷を負わせることで攻撃力を下げた。今回でもそれは有効なはずだ。

 

「おっと、すまねえが今度は通せねえな。松に鶴、『神秘の守り』だ! この技により儂のポケモンはしばらく状態異常にならねえぜ!」

「いいえ押し通すわ。キュキュ、お願い!」

 

 ドダイトスは足に力を籠め、フィールド全体に自分の力を浸透させる。そして近づいてきた『鬼火』に反応するように地面から若木が生えていき、ドダイトスを炎から守る壁となる……はずだった。しかし鬼火がぶつかる直前、若木が突然根元から燃え上がり焼け落ちる。ドダイトスが火傷になり、攻撃力が半減した。

 

「こりゃあ一体?」

「あなたが『神秘の守り』を使うのと同時にキュキュが『封印』を使ったの。『封印』の効果によって、相手はキュキュが覚えているのと同じ技を使うことが出来ない! だからあなたの『神秘の守り』は無効になったわ!」

「なるほどなあ。早速駆け引きしてくれるじゃねえか」

「キュキュが素早く反応してくれたおかげよ。ありがとう、キュキュ」

 

 キュウコンが褒められ嬉しそうに鳴く。しかしドダイトスからは目を逸らさない。まだ作戦の最初が成功しただけだ。

 

「だが、松に鶴のパワーは半分になったとしても軟じゃねえぜ? 『地震』だ!」

「キュキュ、『電光石火』!」

 

 ドダイトスが大地を揺らし、フィールド全体に衝撃を発生させる。キュウコンは一気にジャンプして、ドダイトスの真上まで飛びあがった。いかに広範囲な攻撃と言えど、地震は宙に浮いている相手には当たらない。

 

「新技いくよ!『ニトロチャージ』!」

「なら松に鶴、『殻にこもる』だ!」

 

 キュウコンが尻尾に炎を集め、尻尾同士をぶつけることで敢えて爆発を起こし真上から加速して突撃する。今までキュウコンは前の持ち主である母親のスタイルに合わせてか天r自分から動かなかった。ドダイトスは自分の大きな殻に体を引っ込めて受け止める。キュウコンがドダイトスの木々が生い茂る背中にぶつかった。木々が生い茂る殻の硬さは予想以上だったのか、キュウコンが額を尻尾で抑える。

 

「コォン……」

「いい動きだ嬢ちゃん、だが松に鶴の真上を取ったのは失敗だったな! その背中こそ一番硬く、そして緑のパワーが集まるところよ! 松に鶴、『リーフストーム』だ!」

 

 ドダイトスの背中の木々がざわめき始め、正にキュウコンの乗る背中から烈風を巻き起こし始める。だがジェムは慌てない。

 

「キュキュ、殻の中に『火炎放射』!!」

「果たして間に合うかなあ!?」

 

 キュウコンが得意技の九の尾からなる炎を直接ドダイトスに注ぎこもうとする。しかし既に烈風は嵐となり始め、キュウコンの体を吹き飛ばそうとするが――

 

「『ニトロチャージ』には攻撃のほかに追加の効果がある。キュキュのスピードはいつもより上がってるわ! エンジン全開よ、キュキュ!」

「コーーーーン!!」

 

 吹き飛ばされるより早く炎を溜めたキュウコンがドダイトスを直火焼きにして、殻全体が炎に包まれる。キュウコンも真上に吹き飛ばされ、天井に叩きつけられはしたが、タッチの差で先にダメージを与えたことで戦闘不能になるまでのダメージは受けなかった。

 

「ちょっとだけ違う、か……いやはや、変わるもんだ」

 

 ドダイトスを札型のモンスターボールに戻しながら、ゴコウがしみじみと言う。二日前に戦った時は、ジェムは使える戦略をただぶつけていただけだった。だが今は敢えてドダイトスの背中を取ることで大技に誘導し、火炎放射を近距離で叩きこむ隙を作ったのだ。ゴコウはそれを認めたうえで、腰につけた瓢箪を手に取り、口をつける。

 

「前も飲んでたけど、何を飲んでるの?」

「ああ、酒だよ。嬢ちゃんも飲むかい?」

「だ、ダメよそんなの!」

 

 冗談めかしてゴコウが盃を突き出す。ジェムは慌てて首と手を振った。お酒は二十歳になってからである。初々しい反応にカッカッカとゴコウが笑う。

 

「嬢ちゃんに話してもわかんねえだろうが、儂は楽しいバトル中に飲む酒が一番美味いと思っててなあ。合間合間に、こうして飲んで気合を入れるのさ」

「うーん、お父様もお母様もジャックさんも飲まないからわかんない……」

「へえ、あの坊は嬢ちゃんの前では飲んでなかったのかい」

「え、ジャックさんお酒飲むの……?」

 

 本気で意外そうに言うゴコウ。しかしジェムは彼がお酒を飲んでいるところなど見たこともなかったし話に聞いたこともなかった。首を傾げるジェム。

 

「ブレーン同士で集まって会食した時呑み比べたら大した酒豪だったし美味い酒について語り合ったんだが……まあ、嬢ちゃんが真似しないように気ぃ遣ってたんだろうな。いい師匠を持ったじゃねえか」

「そっか……ええ、ジャックさんは私の尊敬する師匠で、家族よ」

 

 ジャックは年齢は大人どころではないが見た目は小さな子供だ。彼がお酒を飲んでいたら私も飲みたいと言い出してしまったかもしれない。幼い自分のためにジャックさんにも苦労をかけていたんだなと改めて思う。

 

「おっと、話が逸れちまった。まあとにかく、ポケモンバトルはそれぞれ楽しんでなんぼってことよ! 儂はそのために酒を飲み、札の仲間を使う。嬢ちゃんはどうするか見せてくれい! 行くぜ二枚目、芒に月!」

 

 細長い芒が生えた風景に三日月が映える絵札から、ルナトーンが飛び出てくる。強固な防御力に加えて運次第で威力の変わるサイコウェーブに以前ジェムはぎりぎりまで追い詰められてしまった。

 

「キュキュ、いったん戻って! 頼んだわ、ルリ!」

 

 ジェムはキュウコンをボールに戻し、マリルリを呼ぶ。出てきたマリルリは鞠のようにポンポンと転がり弾んでからしっかり足で立った。耳をピンと立て、力こぶを作ってやる気をアピールする。

 

「芒に月にマリルリをぶつけてくるたぁ……さっきのキュウコンと同じく、期待していいんだな?」

「ええ、応えられるかどうかわからないけど、これが私の作戦よ」

 

 二日前の戦いでルナトーンとマリルリはぶつかり合い、そしてルナトーンの守りを崩せずマリルリが倒れた。それでもぶつけてきたということは今度はそうならないつもりがあるということに他ならない。

 

「ルリ、『アクアジェット』!」

「芒に月、『コスモパワー』!」

 

 マリルリが尻尾から水を噴出させ、一気にルナトーンの眼前に躍り出る。ルナトーンは動じずに瞳を閉じ、エネルギーを溜めて防御を固めた。

 

「さあ、この守りを崩せるか!?」

「勿論そのつもりよ! ジャンケン……『グー』!!」

 

 マリルリがルナトーンの前で拳を固め、その一点のみに『腹太鼓』のパワーを込める。放たれた掌底が三日月の体を捉え、一気に壁まで吹き飛ばした。ゴコウが思わず目を見張る。

 

「ははあ、手遊びの溜めを攻撃力アップに利用するたあ良い発想だ。嬢ちゃんもバトルの遊び心ってやつがわかったみてえだな!」

「うん、ここに来たときはお父様の娘として勝たなきゃ勝たなきゃ……って思ってたけど。ちょっとずつそんな私を大事に想ってくれる仲間がいるって思いだせたから」

「そうだ、それがトレーナーとしてポケモンバトルで語るってことだ! ほんのちょっとのやり取りでも、さっきの一撃が嬢ちゃんがこのバトルフロンティアで何を感じたのかがビリビリ伝わってくるぜ! 芒に月、『サイコウェーブ』!」

「避けて、ルリ!」

 

 壁際からルナトーンが不思議な念波を出す。まっすぐではなく不規則に曲がりくねって飛んでくるそれからマリルリは逃げようとしたが、直前で不意に軌道を変えた念波にぶつかってしまった。

 

「リル……」

「おおよそ6割ってとこか。悪くねえ威力だ」

「やっぱり強い……でもルリもパワーアップしてるわ! もう一度『アクアジェット』!」

「同じ手は食わねえぜ、『ロックカット』だ!」

 

 再び距離をつめようとするマリルリに対して、ルナトーンは体の表面を破壊して、より細い三日月になる。そして体を投げられたブーメランのように横に回転させながらフィールドを飛行し、距離を離していく。追いつくことのできないマリルリを見て、ゴコウは愉快そうに笑う。

 

「防御力を上げ、更に素早さも上げて徹底的に攻撃を防いで『サイコウェーブ』の運に託す。これが芒に月の本気の戦略ってやつよ!」

「速い……なら、『ハイドロポンプ』!」

「悪ぃが芒に月にはお見通しだぜ?」

 

 マリルリがルナトーンの移動する先を予想して尻尾から大量の水を放つ。しかしルナトーンはあらかじめそれがわかっていたかのように停止した。何もないところを水が飛んでいく。水が壁に当たって弾けフィールドの地面全体を濡らしてからようやく、止まっていたルナトーンが動く。

 

「さあいくぜ、二回目の『サイコウェーブ』!」

「さっきよりも大きい……ルリ、『身代わり』!」

 

 ルナトーンが眼を見開き、さっきよりもさらに巨大な念波を飛ばす。直接避けるのは難しいと判断して、マリルリは水で出来た自分の分身を作る。しかしそれすらも予見していたように念波は身代わりを避け、本体に直撃した。マリルリの体が跳ね飛ばされ、何度もバウンドする。ようやく止まって何とか起き上がろうとしたが、叶わず倒れてしまった。

 

「どうよ、これが芒に月のマックスパワーだ!」

「ありがとう、ルリ。今の攻撃……ただの『サイコウェーブ』じゃない。『未来予知』も使ってたよね」

「気づいたか。拳を受ける直前に使ってな。もうマリルリの行動は芒に月にはわかってたってわけさ。ここでマックスパワーが出るとは儂も運がいいな」

「運がいい、ね。確かにゴコウさんのルナトーンはこの前の時もずっと強い念波を出してた……なら私も運を引き寄せてみせるわ! ミラ、『シャドークロー』!」

 

 ジェムは次にヤミラミを繰り出し、影で出来た爪による攻撃を命じる。『未来予知』は発動してからずっと未来が見えるわけではない。時間は限定されているし、発動してからのタイムラグもあることをジェムは知っている。だから速攻で仕掛けることにした。鋭利な闇がルナトーンを切り裂く。だが細い三日月は翳っても砕けることはなかった。

 

「いい判断だ、だが忘れるねぃ。芒に月の防御力は健在だぜ! さあこいこい、『サイコウェーブ』だ!」

「ミラ、『守る』!」

 

 やや小さめの念波が飛んでいくのを、ヤミラミは宝石のような輝く盾を出して凌ぐ。すかさずその守りを『パワージェム』に変換して放つする変則攻撃。だがそれをルナトーンは最初からわかっていたかのように避けた。

 

「やっぱり、また『未来予知』が……ミラ、『シャドーボール』!」

「残念だが、ガードしてる間に芒に月には勝利の未来が見えちまったみたいだぜ?」

 

 ヤミラミが何発も漆黒の弾を飛ばすが、ルナトーンは瞳を閉じたままヤミラミを見もせずにそれらを避けていく。そして東の方から大きく弧を描いて天井近くで止まり、目を見開いた。

 

「さあ、ここでまた大博打だ! 嬢ちゃんのヤミラミのガードをかいくぐって決められるかどうか……まず一発目、こいこい!」

 

 宙から放たれた念波は、マリルリを倒した時とほぼ変わらない大きさだった。恐らく8割以上のパワーはあるだろう。

 

「……ミラ、『守る』よ!」

 

 少しジェムは考え、それでも宝玉のバリアーで念波による攻撃を防ぐ。『守る』は連続で使うことは難しい技だ。次もまた同等以上の攻撃が来たら、『守る』では防げない。

 

「防いだか。だが次はねえぜ?二発目、こいこーい!!」 

 

 再び『サイコウェーブ』が放たれる。そして運が完全にゴコウを味方しているかのように、今度はさっきよりも大きなほぼ最大威力だった。念波がうねり、捩れ、予測不可能な軌道で飛んでいく。

 

「すまねえな嬢ちゃん、どうやら今回も儂の運が勝ったようだぜ!」

「いいえ、これを待っていたわ! ミラ、インチキお月様に向かって『お仕置き』よ!!」

 

 ヤミラミの瞳が輝き、ルナトーンの見開いた目を睨みつける。何かやましいことでもあるかのようにルナトーンが目を逸らすと、不規則ながらヤミラミに向かって飛んでいたはずの念波が ぐるりと回転し――放った主であるはずのルナトーンの方に直撃した。宙に浮く三日月が砕け、地面に落下する。

 

「まさか跳ね返しちまうとは……それに、インチキたぁどういうこったい嬢ちゃん? 根拠のないいちゃもんは真剣勝負じゃご法度だぜ?」

 

 ゴコウがルナトーンを札に戻しながらジェムを見る。さっきまでとは違いインチキ呼ばわりされたことに怒っているような、まるで般若のお面でも被っているような顔をしていた。しかしジェムは怯まず、自分の推理したゴコウの戦略を述べる。

 

「ルナトーンが『未来予知』で見ているのは私たちの動きだけじゃなかったんでしょ? むしろ自分の『サイコウェーブ』をいつ使えば威力が高く使えるかを知るのが本当の狙い。ゴコウさんのルナトーンがいつも高い攻撃力で『サイコウェーブ』を撃てていたのは、そういうことよね」

「ぐっ……否定できるわけじゃねえが、ただ本当にわしらの運がいいだけって可能性もあるはずだぜ? 嬢ちゃんよ、あんたの言う通りだっていう根拠がどこにある?」

 

 あくまで認めるつもりはないらしいゴコウ。ならばとジェムは根拠を述べる。

 

「根拠ならあるわ。ルリの時はハイドロポンプを外して隙があったのにその時は何もせず止まってただけだった。『未来予知』で身代わりを避けて攻撃してたけど、あの隙に攻撃していればその必要すらなかったはずよ」

「ぐぬぬっ……そ、それはだな……」

 

 ゴコウの顔が年老いた姥面のような困り顔になる。自分の推測が間違っていないと確信したジェムは、人差し指を突き付けて宣言した。

 

 

「ミラの時もシャドーボールを避けるだけなら天井まで行かなくていいのにわざわざ弧を描いて、時間をかけて移動した。それはルナトーン自身がサイコウェーブを打つべきタイミングを知ってたからに間違いないわ! あなたたちは二連続で『サイコウェーブ』を撃っても両方強いパワーになる瞬間を待ってたのよ!」

「ぬおおおおおおおお!!」

 

 

 ゴコウの巨体が後ずさり、獅子舞のように顔が真っ赤になって大きく口をあける。しばらく口をパクパクさせ何か反論しようとしたようだが、思いつかなかったようだ。破顔し、手で頭を掻く。

 

「くっ……芒に月の『未来予知』と『サイコウェーブ』のコンボを見抜いたトレーナーは9人目だぜ……」

「あ、結構いるのね……」

「長生きして色んなやつと戦ってるとそれなりにな。とはいえ、十分誇っていいぜ。見抜いた奴は何人かいても、それを利用して反撃したのは嬢ちゃんが初めてだからよ!」

 

 そう、ジェムはゴコウの運を操るトリックを察したうえでそれを利用した。『お仕置き』は相手のパワーが上がっていればいるほど威力が上がる技。『コスモパワー』と『ロックカット』の併用でもともと威力は上がっていたが、ルナトーンが意図的に『サイコウェーブ』の力を強くしたことでさらに威力を増すことが出来たのだった。一撃目で『守る』を使ったのは、ゴコウ側も最初は防がれると踏んで二発目の方に最大威力を持ってくると読み切ったからである。

 

「どう、私たち……運と駆け引きのバトル、出来てるかな?」

 

 しかしそれだけのことを成し遂げたジェムは、ちょっと不安そうにゴコウを見あげた。ただ勝つのではなく、施設の求めるものをクリアしたうえで勝ちたいという意思と、自分の未熟さを痛感したが故の謙虚さが感じられた。ゴコウは酒をぐいと飲みほし、大笑いする。

 

「カッカッカ!! 十分、いや十二分に出来とるともさ! これだけ楽しいバトルはなかなかねえ……そしてまだ儂の花札は3枚も残ってる、最高だ!」

「そうよね、まだまだこれから……」

「その通りよ、本当の勝負はこれからだぜ! カモン3枚目、桐に鳳凰!」

「ミラ、このままお願い!」

 

 大きな葉っぱと紫の花の上に太陽のように力強いウルガモスの描かれた札から、本物のウルガモスが出てくる。その特徴は、炎と虫技による強烈な特殊攻撃。

 

「ど派手に『蝶の舞』といきたいところだがまた『お仕置き』されちゃあたまらねえからな、『熱風』だ!」

「ミラ、『守る』!」

 

 ウルガモスが6枚の羽根が羽搏き、鱗粉を撒き散らしながら風を起こす。ヤミラミはバリアーを張って防いだが、バトルフィールド一面は鱗粉が落ちると同時に火の海に包まれてしまった。ヤミラミは移動することも出来なくなる。

 

「月の守りの次は太陽の圧倒的パワーを見せてやるぜ、ついてこれるかな嬢ちゃん!」

「ええ、この勝負……私たちのために、勝ってみせる!」


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