フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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子供たちの決意

 ジェム、それにサファイアとジャックはジェムが昨日泊まったホテル、そのスイートルームという部屋に移動した。フロンティアのオーナーがチャンピオンであるサファイアのために用意した部屋らしい。煌びやかに輝くシャンデリアに、ジェムの家族全員で寝れそうなベッドが二つ。テーブルには高級そうなお茶菓子がたくさん置かれていた。

 

「すごい……昨日ダイバ君と泊まった部屋よりももっと綺麗。天井の明かりもシャンデラみたいになってる……」

「確かに似てるね。っていうかシャンデラがそういう明かりの形を真似したのが始まりなんだけど」

「そうなの?」

「ゴーストポケモンみたいな本来決まった姿を持たないポケモンは文明の発達や人間の思想の変化とともに姿を変えた子もいるんだよ。ミミッキュとかわかりやすいかな?」

 

 地面まで沈んでしまいそうなほど柔らかなベッドの上に座ってシャンデリアの造形に見とれるジェムに、ジャックが3000年生きているが故の知識を披露する。ジェムが感心していると、ドアの外でホテルのボーイさんと話していたサファイアが中に戻ってくる。

 

「ジェムのポケモンは今日一日ゆっくり休ませて、明日には元気になっているそうだ。ジェム、昨日はあの子と一緒の部屋で寝ていたのか?」

 

 サファイアの深い蒼の瞳がじっとジェムを見つめる。真剣な声に、思わずジェムが背筋を伸ばす。

 

「う、うん。私とダイバ君を倒したら賞金が出るって話になってからダイバ君とは一緒に行動することになって……それで、寝る場所も一緒の方がいいって、ダイバ君が」

「おっ、父親らしくもう年頃の娘がどこの馬の骨ともしれん男と一つ屋根の下で寝るとはけしからんとかそういうやつかな?」

「ひ、一つ屋根の下って……」

 

 サファイアをからかうようなジャックの言葉。思わずジェムが顔を赤らめるが、サファイアは取り乱すことも、ジェムを怒ることもしなかった。

 

「そんなことはない。むしろジェムはまだ一人では危ないところもあるからな。さっき手合わせした彼と一緒なら安全だ」

「にしし……言われちゃったよジェム?」

「ううん、本当にそうだったから、いいの。ダイバ君やジャックさんに助けられてなかった私……どうなってたかわからないから」

 

 ダイバのせいで危ない目にあったり痛い思いをしたところもあるが、それ以上に彼がいなければシンボルを獲得するどころか、打ちのめされたまま立ち直る余裕すらなかっただろう。そして、アマノやアルカの操り人形にされていたはずだ。

 

「そうか。じゃあまずは聞かせてくれないか? ここに来てからのジェムが何をして、どんなことを感じたか」

「うん……あのねお父様。夜になったらお母様に今日あったことを連絡するって約束したから、お母様に電話しながらでもいい?」

「もちろん構わない。ルビーに無事合流したことも伝えたいしな」

 

 サファイアが頷き、どうせなら私のパソコンでお互いの顔を見ながらにしようと言いながらノートパソコンを開く。サファイアが別の地方に出ていて当分帰ってこれないときは、ジェムも母親のルビーと一緒に通話したことがあるので知っている。いつも連絡が来るとジェムが飛びついて操作して、3人で喋るのがなかなか父親が帰ってこない時の楽しみだった。

 連絡を入れるとほどなくしてルビーが顔を見せた。いつもとあまり変わらない静かな表情を、ジェムは緊張しながら見つめる。

 

「こんばんは。聞こえているか、ルビー? さっきジェムとジャックさんに合流できた」

「……」

「お、お母様……?」

 

 サファイアとジェムが話しかけてもルビーは反応しない。少し困り顔で自分たちを見ている。それだけで、ジェムは自分のせいではないかと無性に不安になってしまった。だがルビーが指一本でパソコンを何度か触ると、ほっとした表情になる。

 

「えっと、これで……聞こえてるかな?」

「ああ、聞こえているぞ」

「まったくもー、古代人の僕より機械音痴なのはどうかと思うよ?」

 

 そういえば母親はパソコンをいじるのが苦手だったと思いだす。いつもはジェムが通話ボタンを押しているから、あまり自分で触ったことがなく操作に戸惑ってしまったのだろう。

 

「良かった……昨日直接連絡が取れなかったら心配したんだよ、ジェム」

「お母様……!」

 

 その言葉が、一番最初に自分を心配してくれたことがジェムには何より嬉しかった。もし自分よりサファイアと話すことを優先されたら、やっぱり母親は自分の事が嫌いだったんじゃないかと思ってしまうだろうから。そしてその安心が、シンボルハンターと戦った時に理解させられた自分の傲慢さが、ジェムに涙を零れさせた。事情を知らないルビーはわずかに驚いた顔をした。

 

「あのねお母様、私、あの……本当に、ごめんなさい」

「どうしたんだい、ジェム。心配はしたけどメールは送ってくれたし、そんなに謝らなくても……」

「違うの、そのこともだけど……お母様に、謝らないといけないの」

 

 この部屋に来るまでになんというべきかいろいろ考えていたはずなのに、父親にあったときと同様やっぱり頭が真っ白になってしまって、全然上手く言えなかった。ルビーも困った顔を出なんといえばいいのかわからないようで、黙っている。ジャックがやれやれと息をついて、ジェムの肩をおもむろに叩く。

 

「落ち着いて、ジェム。まずはフロンティアで何があったか、それをちゃんと話してからにしよう?そうしないと君のお父さんも話に入れないしね?」

「う、うん……わかったわ、ジャックさん」

 

 ねっ!とウインクするジャック。ジェムよりもその両親よりもずっと長生きなのに、その挙動はまるで末っ子のようにも見えてしまうから不思議なものだ。いつもの彼にサポートしてもらって、ジェムは今までのことを話し始める。

 

「私ね……ここに来たときは毎日ジャックさんと稽古してたし、お父様の娘だし、ブレーンになんか負けないって思ってた。でもね、全然そんなことなかった。ブレーンの人にも負けたし、バーチャル相手に一回戦で負けたりして、すっごく悔しかった」

 

 その悔しさも、自分の力を過信していたがゆえのものだった。バトルダイスのブレーンの人の言葉にも応えず、みっともないことをしてしまったと思う。バトルダイスへの挑戦やゴコウとの戦い、そこで言われたことをまずは話す。

 

「ダイバ君にも全然敵わなくて、優しいふりをした男の人に騙されそうになって。もう少しで悪い人になるところだった」

 

 チャンピオンの娘、という立場に目を付けて自分を利用しようとしていた男の事を話す。ただ輝かしいだけだと思っていた自分の立場を、悪く使おうとする人がいるなんてあの時まで考えもしていなかった。アマノという男に慰められてなんとなくついて行ってしまったことや、その時ダイバに助けられたことを伝える。

 

「お父様を悪く言われて何も考えずに怒ったり、あなたのファンだって言われて浮かれて、また騙されたり。私、一人じゃ何もできなかった。早く旅に出たいなんてずっと言ってたけど……今の私じゃとても無理だったんだって、わかったの」

 

 ダイバに助けてもらった後も、自分は弱いと思った、でもそのあともチャンピオンに敵意を向けるドラコのこともただ否定しただけでちっともその意味を理解しようとしなかった。アルカの心の苦しみの理由を考えずただ助けたいがために無茶をした。自分と同年代の女の子と会った時の気持ちを言葉にした。ダイバやドラコ、アルカに比べて自分がいかに甘えた子供だったかようやくわかり始めた気がした。

 

「でもね、そんな私だけど、ラティやみんなが支えてくれたから……ネフィリムさんや、ジャックさんに勝ってシンボルは取れたんだよ」

 

 自分のフロンティアパスにはめられた二つのシンボルを両親に見せる。ジェムの話をずっと真剣に聞いていた二人は、小さくだが笑顔を浮かべて頷いてくれた。ジャックもいやーまさか負けるとは思わなかったなー、なんて照れ臭そうに言った。

 

「だからね、お父様お母様。私のことを大切に思ってくれるポケモンをくれてありがとう。すごくありがとう。それでね、二人に聞きたいことがあるの」

 

 まずは両親とポケモンに出来るだけの感謝を込めて頭を下げる。そしてあのシンボルハンターに教えられた両親の過去の一部。一度はジェムを絶望させた予想だにしなかった過去。ジェムはシンボルハンターと名乗る男との戦いについて話していく。

 

「今日の夜、戦ったその人はお父様と、それにお母様の事をよく知ってる人みたいだったの。お前の母親はお前の事なんか好きじゃないって何回も何回も言われた」

 

 両親の顔が険しくなる。ジェムは一瞬それは図星だからではないかと考えてしまう。でもジャックと話して、自分は両親の与えてくれたポケモンを信じると決めたから、その恐怖を振り切って話を続ける。

 

「私は勿論信じなかったけど、その人はゴーストポケモンの力で私に昔の記憶を見せてきたの。……お母様の、昔の記憶だよ」

「ジェム……!!」

 

 両親の、とりわけ母親の顔がひどく強張った。ひた隠しにしようとしていたことを知られたことに何を感じているのかは、画面越しではわからない。いや、子供の自分には例え母親が目の前にいたとしても推し量ることは出来ないのだろう。

 

「お母様が子供の時にどんな生活をしてたとか、私が生まれる前に気分が悪くなってたこととか……私、見て感じちゃったの」

「違うんだよジェム、それは……!」

「違わないよ、ジャックさんもそうだって言ったし……あの時感じたお母様の心は、嘘なんかじゃないってわたしも思うもの」

 

 ルビーはジェムの言葉を必死に否定しようとした。だがそれをジェムは受け入れなかった。母親が自分に対してそういう感情を持っていたことはもう認めた。その上でだ。

 

「お母様は、ずっとずっと苦しかったんだよね? お母様が私くらいの時はずっとお爺様とお婆様、それにお兄様にひどいことをされてて。だから自分の子供にもそうしちゃうんじゃないかって。嫌いになるんじゃないかって。私のためにご飯を作ってくれたりお洗濯したり、ポケモンバトルはしてなくても、お母様はずっと戦ってたんだよね? それなのに私……あんなに頑張ってたお母様のこと、ちっともわかってなかった! お母様の事も大好きだったのに、お父様のことばっかりすごいって言ってた! お母様が私のこと本当はどう思ってるかなんて、考えたこともなかった! だから……本当に、ごめんなさい……」

 

 早口で一気にまくしたて、最後の方はやっぱり泣きながらジェムは謝った。今度はジャックは何も口を挟まなかったし、サファイアも黙っていた。画面の向こうのルビーはしばらく困り顔でジェムを見ていたがふっとため息をついた。母親の紅い瞳にもうっすら涙は浮かんでいたけど、その調子はおくりび山でジェムが見てきた、いつも母親が自分に向けてくれていたものだった。

 

「……はあ。娘にこんな心配をかけるなんて、やっぱり私はダメな母親だったね」

「そんなことないよっ! お母様はすごいよ……私より、ずっとずっと……」

 

 ダメな母親、という言葉を即座に否定しようとするジェム。ルビーはゆっくりと首を振る。

 

「いいや、ジェムはすごい子だよ。……正直、私の過去を見たって聞いた時は私のことが嫌いになるんだろうなって思った。あんな風に言われたい放題で何一つ期待に応えられず、ジェムが生まれてからも心のどこかで疎んじてるような女だからね。でもジェムは私を心配してくれているだろう? ……それだけで、私は今まで頑張ったすべてが報われたよ。あの人は昔から嘘が達者だからいろいろ言ったと思うけど……それでもジェムは、私のことを好きだと言ってくれる優しくて強い子に育った。母親として、それ以上嬉しいことなんてないよ」

「ほん、とう……?」

 

 そこでルビーは、ジェムに微笑んだ。それは今までジェムには向けられず、かつてのルビーの手持ちであるキュウコンやサファイアに向けられていた笑顔だった。

 

「本当だよ。信じられないかもしれないけど……これからゆっくり、今まで話せなかった色んなことを話そう」

「うん……わかった。楽しみにしてるね」

 

 だから、ジェムもそれを理解して涙を止めた。まだまだこれから話す時間はいくらでもある。涙を拭って、娘と母は盲信でも背信でもなく、ごくごく自然な表情で向かい合うことが出来た。

 

「それでね、お父様……お父様には、聞かなきゃいけないことがあるの」

「……言ってみるといい」

 

 ずっと静かに聞いていた父親の方をジェムは向く。ホウエン地方のポケモントレーナーの頂点に立ち続けた、ジェムが憧れて全肯定していた父親に生じた疑問を、ぶつけなければならない。生唾を飲み込み、聞く。

 

「お父様……お母様があんなに苦しんでたことを知ってたなら、もっとそばにいてあげることは出来なかったの? もっとたくさん家にいて、支えてあげることは出来なかったの?」

 

 勿論チャンピオンとしての仕事があるのはわかっている。ホウエン全土をあちこち移動してバトルを見せたり、他の地方の四天王やチャンピオンと戦ったりしてみんなを笑顔にする行いは憧れてきたとおり偉大だ。でも、だからといって。自分の大事な人が苦しんでいることを知っていたにしては、サファイアが父親として家にいる時間はごく短いものだった。

 

「……言い訳はしない。私には、あれ以上ルビーのために時間を割いてやることは出来なかった。みんなを笑顔にするチャンピオンであるために」

「つっ……!」

 

 ここに来る前のダイバやアルカに対してのような、ある種の突き放すような言葉だった。テレビでお客さんを楽しませているときのサファイアとは明らかに違う言葉だった。

 

「どうして? お父様にとってお母様はすごく大事な人だよね? お母様があんなに苦しんでたのに、お父様はみんなを笑顔にしてたって言えるの?」

「ジェム……それは」

「いいんだ、ルビー。そうだ、私はジェムの知る通りルビーの傍にいてやれる時間は少なく、ルビーの苦しみをすべてなくせないことはジェムが生まれるころにはわかっていた。それでも私は、みんなを笑顔にすることを優先した」

 

 ルビーが何かジェムに説明しようとしたが、サファイア自らが制止して説明した。だが、それはジェムとって十分な説明ではなかった。父親が掲げ続けたみんなを笑顔に、という言葉が凄く遠くの空虚な言葉にさえ聞こえた。ここでジェムは、物心ついてから初めて父親にはっきり怒りを覚えた。

 

「じゃあ……じゃあお父様の言う『みんな』って誰? 『みんな』の中にお母様は入ってないの!?」

「……そうだとも言えるし、そうでないとも言える」

「それじゃわかんないよ……!」

 

 ジェムは自分の父親を睨もうとした。でも父親の魂を吸い込んでしまいそうほど青い瞳と目が合うと、どこか落ち着かされてしまう。ジュペッタが感情を喰うように、怒りが奪われてしまう。

 

「私の言う『みんな』とは……私のポケモンバトルを見る人たちのことだ。観客席のお客さんや、ジェムのようにテレビで見る人たちのことだ。

 

昔旅立つとき、チャンピオンになるとき、私は誓った。ポケモンバトルでみんなを笑顔にしてみせると。作り物や八百長ではない、本物のエンターテイメントを作り上げて見せると。だがそのためには弛まぬ研鑽が、幽かずつでも確実な進化がなくてはならない。だから私は仕事以外でも、自分と自分のポケモン達を鍛え続けなければならなかった。だから、ルビーの傍にいてやれる時間はあれが限界だった」

 

 チャンピオンの座を狙うトレーナー達の強さはジェム自身が思い知った。それを退け、チャンピオンであり続けるための努力は並大抵ではない。ましてはそれを見る人を笑顔にすることを考えるなら、ただ勝つだけではだめだ。幽玄で、優雅な勝利を求めるには、圧倒的な力が必要なのはわかる。

 

「だからお父様は……お母様のことは自分の夢を叶える邪魔にならない範囲でしか傍にいてあげなかったし、関係ないアルカさんのことは気にかけなかったってこと……?」

「……そうなる。ジェムとルビーの関係がどこか歪なことにも気づいていたが……それはジャックさんに取り持ってもらうよう託すことしか私には出来なかった」

 

 静かな声は、あらゆる意味で嘘偽りがなかった。サファイアは心の底からルビーとジェムを大事に想っているし、大事な人のためにしっかりと手を打っている。でもそれは、どこまでも自分の理想に支障をきたさない範囲でだ。

 どこまでも優しくて、どこまでも理想を実現して、どこまでも正直な一人の男を……やっぱりジェムは、嫌いにはなれなかった。むしろより一層そのすごさを理解する。ルビーが一旦代わりに弁解しようとしたことから納得はしているであろうことはわかる。チャンピオンの凄さを噛みしめて、そのためには仕方なかったと考えて。ジェムは自分の正直な気持ちを言った。

 

 

「――――お父様のバカッ!!」

 

 

 やっていることはすごいし自分たちへの優しさもある。でも一人の娘として自分と母親への行いを納得できるかどうかはまた別の話だ。さすがに予想外だったのか、サファイアの眉が少し動いた。ルビーが思わず仲裁しようとする。

 

「ジェム、私は納得してるんだよ?仕事にまで迷惑をかけるわけにはいかないし、私は私の仕事をしてみせるって約束したから彼もそうして――」

「そうだとしても! お母様が苦しんで悲しい思いをしてるのに仕方ないなんて言ってお仕事ばっかりするお父様なんて『みんな』が笑顔になってても『私が』許せないのっ!!」

「ジェ、ジェム……」

 

 今まで見たことのない剣幕で怒る娘にルビーは何と言っていいかわからないようだった。納得済みの事とはいえ、やはり自分と娘よりも理想を優先していたことへ何の不満もないなんてわけもなく、強く否定も出来なかったのだろう。

 

「……そう思われても仕方ないことをしてきたのはわかっている。だから――」

「わかってないよ、お父様に今の私の気持ちなんてっ! たまに帰ってきた時も女の子の遊びはわかんないからってお話はしてくれてもあんまり遊んでくれなかったじゃない! お母様と話してるときも自分からはほとんどポケモンバトルの話しかしないし!」

「む……」

 

 初めて、淀みなく静かに返事をしていたサファイアが言葉に詰まった。ちょっとだけジェムの胸がすっとする。心からあふれる感情の波を、父親の後を歩くのではなく自分の為の力に変えて言い放つ。

 

 

「私、今までずっとお父様みたいな立派なポケモントレーナーになりたいって思ってたけど……憧れるのは、もうやめる! まだどうすればいいかわからないけど……私は私のやりたいことを見つけて、私のポケモン達とその道に進んでみせるから!」

 

 

 思いきり指さして荒く息をつき宣言する。勢い任せではあるけど、これではっきり覚悟は決まった。ジャックはその様子を見て大笑いした。

 

「あははははははっ!! もう13歳、反抗期を迎えてもいいころだとは言ったけどここまで言うとは思わなかったよ! それでどうする? ジェム、このままお父様と同じ部屋で寝るかい?」

 

 完全に面白がってわざと煽る言い方をするジャック。ジェムもそれは薄々感じながらも、ここまではっきり言っておいて今から隣のベッドで寝ますというのは嫌だった。通話中のノートパソコンを画面は開いたまま持ち上げる。

 

「……昨日泊まった部屋は今日も使えるはずだから、私はそっちで寝るわ! お父様、このパソコン借りるからね、今日はいっぱいお母様と話して色んなことを教えてもらうんだから!」

「……そうだね。私も、ジェムの考えていることを聞きたいな」

 

 頬を膨らませて怒るジェムに折れたような苦笑を浮かべるルビー。自分の荷物とノートパソコンを持ってジェムはそのまま部屋を出ていってしまった。部屋の中にはサファイアとジャックの男2人が残される。

 

「……ジャックさん、ここに来てからあなたはジェムに何を言ったんですか?」

「別にぃ~? ただ今までいい子過ぎたからもうちょっと自分の本心に正直に、わがままを言っていいんだよとは言ったね。……20年前の君みたいにさ」

 

 もう10年は見ることのなかった呆気にとられたサファイアをにやにやと笑いながらジャックは言う。そこに込められたのはたった20年で大きく変わってしまう人間への、皮肉があった。

 

「なるほど……ありがとうございます」

「……全く、そこでお礼が出てくるあたりは変わったというべきか変わっていないというべきか」

「私は私の理想を追求するがゆえに、あの子の私への幻想を守らなければいけなかった。でもそれをあなたと……おそらくは、かつて私が憧れた人が壊してくれたのでしょう?」

「まーね。今から女二人は色々君の愚痴とか言うだろうけど、僕らはどうする?」

 

 と言いながらジャックはモンスターボールを器用にお手玉し始める。その中にはスイクンにレジスチル、はたまたジェムのラティアスと対を為すラティオスがいることをサファイアは知っていた。

 

「……私のポケモンも先ほどの戦いでは少し未練が残るようで。久々にお相手願えますか?ピラミッドキング」

 

 サファイアもモンスターボールを取り出す。その表情は穏やかだが、幽かに笑っていた。さっき娘にバカと言われたばかりなのに、挑まれたバトルを楽しもうとしている。

 

「ホント、根本的にバトル大好きなところは変わってないよね。そうでないと面白くないけどさ――いくよ!」

 

 もう何度目になるかわからないサファイアとジャックの勝負が始まり、自分とダイバの部屋に移動したジェムは母親のルビーと今まで話せなかったことやフロンティアで経験したもっと細かいことについて話す。ジェムたち家族の夜は、そうして更けていく。

 

 

 

 

 

――一方、バトルタワー最上部。父親から話があると言われてエレベーターでそこに向かったダイバは、既に集合している父と母、それに祖父を見てため息をついた。安っぽいSFの宇宙船のように壁中がコンピュータによる何らかの情報が表示されている部屋の中心に大きな黒い椅子があり、真っ赤な長髪に男性用の中国服で身を包んだ父親が肘をついて座っている。その傍らには椅子に座るのではなくもたれかかるようにして母親が寄り添っていた。綺麗な肌、色あせない紫の髪、外見的にも胸元の開いたドレスのような服装からも年齢を感じさせない。その二人の更に後ろで、浮遊するソファに座った白衣に白髪、手にした小型端末を弄る祖父が控えている。相変わらずこの部屋で会うとどこの悪の組織かと思ってしまう。まあ母親と祖父は元々悪の組織に属していたらしいが。

 

「……パパ、話って何」

 

 あまりダイバは両親と話すのが好きではない。さっさと要件を聞いて寝たかったので単刀直入に聞く。

 

「何、大したことじゃねえさ。お前はこのフロンティアの大事なテスターだからな。いくつか感想を聞いときたくてな」

 

フロンティアはまだ一般公開されていない。今はまだバーチャルポケモンや、フロンティアの設備に欠陥がないかどうかのテスト期間中であり、ジェムが特別に呼ばれたのもそういう背景がある。ダイバも同じだが、彼の場合は更に特別な事情があった。

 

「バーチャルのポケモン達は僕が最終調整したのと同じ強さで機能してる。グランパの作ったポケモンがおかしくなるわけない」

「とぉーぜんですね。私が発明し、我が孫と何年も調整し続けた技術の結晶に狂いなぁーどあり得ません」

 

 グランパ、のところでダイバはティヴィルを見る。ダイバはティヴィルの事を昔からそう呼んでいた。フロンティアの中心となるバーチャルポケモンシステムはティヴィルの作ったものであり、ダイバはそれ相手に物心ついた時にはメタグロスやサーナイトと戦っていた。最初はほとんど見ているだけだったが段々と指示を出し、一緒に戦い、今ではメガシンカを使いこなすまでに操ることが出来るようになった。その過程でバーチャルポケモンもまた、本物のポケモンと遜色ない戦いができるほどに進化していったのだ。

 

「そうか。ならブレーンにたどり着く奴すらなかなかいないのも納得ってところだな」

「ふん……あの程度のポケモンを倒せないやつらばっかり集めてよかったの?」

 

 バーチャルポケモンは機械で出現させているがゆえに、ティヴィルの意思で強さをコントロールすることが出来る。今のフロンティアではバーチャルポケモンのレベルは最大値の半分である50に統一していた。そしてその程度なら、ダイバはバーチャルポケモンなど赤子の手をひねる様に倒せる。だからこそ、それを倒せず苦戦するジェムやその他のトレーナーには少なからず失望させられていた。

 

「構わねえよ。難攻不落であってこそ挑戦しにやってくるもんさ、トレーナーって連中はな」

 

 人差し指で自分のこめかみをトントンと叩いて見せるダイバの父親。表情には絶対の自信が浮かんでいる。その理由を傍らの母親が解説する。

 

「テスターとして一部のトレーナーを完全無料で招待し、難易度と攻略性の高さを示すことで一般公開でたくさんのトレーナーに来ていただく……という戦略ですね。ダイ君があっさり倒せてしまうのはずっと昔から戦ってきたのと何よりダイ君が優秀だからですよ?」

 

 聞き飽きた褒め言葉だ、とダイバは思う。さっきチャンピオンの力量の一部を垣間見た今、そんな言葉に何の意味も感じられない。

 

「さて、今お前の持っているシンボルは3つか……明日には揃えられるか?」

「いくらなんでも早いよ。パパの追加したルールのせいで余力は残さなきゃいけないし、ジェムと一緒に行動してるから」

 

 エメラルドが余興と称して開幕と同時に告げたルールのせいで、島を歩くときはいつバトルを挑まれてもいいようにしなければならない。施設の攻略にはダイバといえど何度も戦わなければいけないので当然時間はかかる。加えてあの危なっかしいジェムと一緒に行動する関係上、自分の施設攻略に専念するわけにもいかない。ダイバの考えでは、7つすべてを集めるにはあと一週間ははかかる想定だった。

 

「そう、ジェムだ。あいつの娘も2個シンボルは獲得してるはずだ」

「ピラミッドとクォーターのを持ってる。……だから?」

 

 意図を図りかね、刺々しく言うダイバ。ジェムがダイバより早くシンボルを集めればあいつに構う必要はないと言いたいのだろうか。だがそんなことはあり得ないと思っている。ジェムは、自分よりはるかに弱いから。

 

「なんだ、あいつと組んで7つのシンボルを集めるために一緒にいるんじゃねえのか?」

「ふふ……あなた、ダイ君はあの子と一緒にいたいから連れてるんですよ」

「組んで7つ……? チャンピオンへの挑戦権は7つのシンボルを集めた一人に与えられるんじゃなかったの?」

「なんだ、ここまで言ってわからねえか? 思ったより疲れてるみたいだな」

 

 母親の言葉は無視して気になることだけ聞く。するとダイバの父親はやれやれとため息をついた。その言葉の裏には、いつもの状態なら自分の息子であれば確実に気づくという確信がある。父親はいつもそうだ。

 

「あなた、ダイ君はまだ10歳なんだからちゃんとわかりやすく言ってあげましょう?」

「しょうがねえ。まず今日お前達を襲ったシンボルハンターは犯罪者ではなく俺たちが用意した仕掛け人だ」

「……知ってる。あんな子供だましに騙されるほど僕は馬鹿じゃない」

「なんだよ、わかってるじゃねえか。ならもう少し考えてみろよ。俺がただ子供だましのためにわざわざあんなゲストを用意すると思ったか?」

「……はあ」

 

 ダイバはシンボルハンターが誰かまでは知らない。だが父親の言い方からしてかなりの有名人なのだろう。帽子を目深に被り直して、父親が提示した問題を考える。

 

(せっかく獲得したシンボルを奪われるのは、本来なら挑戦者にとっては不利益でしかない。わざわざ挑戦者が減るようなことを、パパはしない)

 

 まずそれが前提だ。ダイバの父親はさっきバーチャルのレベルの話にもあがったようにフロンティアのオーナーとしてできるだけ儲かるように手を打っている。利益を失うだけのメリットのないことはしない。

 

(逆に言えば、シンボルハンターを用意したのはその存在によって参加者にメリットが生まれるということ。 それってなんだ?)

 

 参加者、ひいてはこのフロンティアを運営する上でのメリットがあのシンボルハンターにはあることになる。ならばそれは何か。

 

(シンボルを奪う存在をオーナーであるパパが用意する。それはつまり、運営側がシンボルを奪う存在を認めたことになる……そうか)

 

「……繋がった」

「おぉー? もう察しましたか。さすが我が孫ですねぇー?」

「さすがダイ君ですね。さあ、パパに言ってみてください?」

 

 母親と祖父はダイバの答えが間違っていると全く思っていない。それもいつもの事だった。ダイバと話す時、父親は何かしら問題を与えてそれをダイバに解かせようとする。そしてそれにダイバは答えてきたからだ。

 

「バトルフロンティアでは、シンボルを持っている相手にバトルで勝つことでその相手が所有するシンボルを奪ってもいいルールが存在する……だよね」

 

 答えを聞いた父親は満足そうに目を細める。それはまるで人間を見下ろす巨竜のようだった。少なくともダイバには、そう見えた。

 

「正確にアンティルール、両者がシンボルを持っていることで成立するルールだがな。まあ本質は見抜いてるし正解ってことにしてやるよ。流石俺の息子だとな」

 

 父親が細かい条件を説明する。シンボルを持っている者だけに与えられる他の挑戦者からシンボルを奪うことのできるルールで、何個ずつ賭けるかは両者の合意が必要だが、挑戦された側には拒否権はなく挑戦が発生した時点で最低一個ずつは賭けなければいけない。ただしどんなルールでバトルをするかは挑戦を受けた側に決定権があり、望むならポケモンセンターで回復してから戦うことが出来るということだった。後半のルールは施設を出てすぐの疲れ切った相手を狙うことは出来ないようにするという配慮である。

 

「せっかくトレーナーがたくさん集まるのに、みんな施設に挑戦するだけでお互いにバトルしねえんじゃつまらねえだろ? だからこのルールを用意したんだ」

「じゃあ、明日にでも揃うっていうのは……」

「ああ、あいつの娘と合わせて7つそろったらそいつから奪え。お前の方が強いってルールに則って証明しろ」

 

 完全に命令だった。それをダイバが聞くと疑っておらず、ジェムとダイバの関係がどうなるかについても特に考慮していないようだった。そんな父親の言葉に、ダイバは――

 

「……わかった。僕の方が強いなんてもうわかってるけど」

 

 拒否することなく、従った。もともとジェムと一緒に行動したのなんて自分にとって利用できると思ったからに過ぎない。むしろ今の指示ではっきりとジェムを連れていた意味ができる。父親が母親をお金を稼ぐために利用したように、自分にも同じことが出来るはずだと。

 

「ふふ……ダイ君は本当に賢いいい子ですね」

「当然だな。だが二つ忘れるなよ? まずあいつの娘は、この二日で見違えるほど強くなってる。もはやお前が蹂躙したときの甘ったれただけの子供じゃねえ」

 

 人差し指を立てて父親が言う。その言葉をダイバはただの脅しだと思った。さっき会った時のジェムは相変わらず父親のことを盲信しているとしか思わなかったからだ。むしろ気になるのは、もう一つの方だ。それはこのフロンティアに挑戦するときにわかっていたこと。

 

「そして何より。7つすべてを集めるには、当然タワータイクーンからのシンボルを獲得しなきゃいけねえ。つまり……この俺様にポケモンバトルで勝たなきゃいけねえてことだ。お前とあいつの娘のどちらかがな」

「……わかってる」

 

 バトルクォーターを母親のネフィリムが務めているように、このバトルタワーのブレーンはオーナーである父親――エメラルドだ。彼のポケモンバトルの強さは……ダイバでも、勝てる自信があるとは言えない。

 

「話は以上だ。もう自分の部屋に戻っていいぜ」

「……わかった。グランパ、今からファクトリーに入ってもいい?」

 

 話は終わり、ダイバは深いため息をついた後踵を返す。そして自分の祖父に尋ねた。祖父もその意味を察して頷く。

 

「勿論、許可しまぁーしょう。我が孫が義理の息子に打ち勝とうとするのに協力を惜しむわけにはいきまぁーせんからねえ」

「……ジェムなんかがパパに勝てっこない。明日、僕がパパを倒す。そしてジェムからシンボルを奪って、あのチャンピオンを超えてみせる」

 

 ダイバはそのためにわざわざこんな茶番劇のような施設に挑戦することにしたのだ。ホウエンの社会を操る圧倒的強者の父親にバトルで勝ち、ポケモンバトルの王者であるチャンピオンにも勝つために。その為の対策を、今夜改めて練る。

 祖父と連れだって部屋を出ていくダイバを見送り、父親であるエメラルドは小さく笑った。

 

「くっくっ……あいつも自分の意思ってやつが出てきたな。まだまだ俺の指示は必要だが」

「そうですね、あの子が自分から同年代の子と一緒に行動しようとしたのなんて、初めてですもの……それもあなたのようにしっかり利用しようとしている」

「ああ、それであいつらが競い合い、どちらかがいち早く7つのシンボルを集めてくれれば好都合だ。フロンティアの最終計画を実行するうえでも……な」

 

 まるでゲームマスターがプレイヤーキャラクターの動きを見守るような言葉だった。フロンティアという盤上で、挑戦者の動きをエメラルドは観察し、支配している。そうして、ダイバたちの家族の夜が更けていく。

 

 

 

 

 

――一方フロンティアのとあるホテルの一室。ダイバを動けなくするために戦っていたら現れたチャンピオンとジェムに邪魔されたアルカは自分とアマノの隠れ家であるそこに戻っていた。このフロンティアに来る前に自分の毒ポケモンでトウカシティに毒ガスをまき散らす事件を起こすことでチャンピオンをそちらに釘付けにする手はずだったのだが、どういうわけかチャンピオンは平然とここにやってきていた。部屋の中にいる黒髪を一部だけ赤く染めた長身痩躯の男に、苛々を隠さずに話しかける。

 

「どういうことですかアマノ? チャンピオンはホウエンで何か大規模な事件が発生すれば解決に動くのではなかったのです?」

 

 アルカはそう聞かされていたからこそ、吸い込んだら数日は寝込み激しい頭痛がするが、アルコールのような時間経過とともに体の機能によって自然に分解される命に危険のない毒をわざわざ作って自分のウツボットやマスキッパとばらまいてきたのだ。なのにこれでは骨折り損であるばかりか無駄にトウカシティの人々を苦しめてしまったことになる。

 

「……このフロンティアのオーナーの仕業だ。あいつが今チャンピオンを確実に招待するために自分の会社で解決を請け負いやがった。無償でだぞ? 全く信じられん」

 

 が、苛々しているのはアマノも同じだったらしい。それは予想に反してチャンピオンがここに来たからでもあるし、別の理由もある。今この部屋にいるアルカより少し年上の少女のせいだ。美しい金髪に、紺色の派手なマントがついた燕尾服を着る彼女は手持ちであるチルタリスの羽毛を丁寧に掃除してやりながら派手に笑う。

 

「ふはははは! 私を洗脳するのも失敗する、チャンピオンは平然とここにやってくる、貴様の作戦は穴だらけだなアマノ!」

「うるさいぞドラコ! 私の操り人形の分際で……」

 

 服装から見たままのドラゴン使いであるドラコは、昨日アマノの策略にはまり服従の催眠術をかけられた。普通ならそこでドラコはアマノの忠実な操り人形になるはずだったのだが、ドラコは異常なまでのドラゴン使いとしてのプライドの高さと精神力で催眠術にかかりながらもほぼ自我を保っている。おかげでうるさくて仕方ない。

 

「はっ、操り人形だと? 今私がここにいてやっているのはそうすればチャンピオンと戦えるかもしれないというメリットを感じているからこそだ。アルカには同情してしまうな。こんな軟弱な男に従うしか生きる道がなかったとはとんだ不運だ」

「貴様……ええい、『黙れ』!!」

「……」

 

 アマノが命令するとドラコは肩を竦めて黙り、大人しくチルタリスのブラッシングに戻った。催眠術によって絶対服従ではあるので命令は効く。ただし直接命じたことでなければ平然と逆らうとんだじゃじゃ馬だった。アルカはため息をつく。

 

「……あなたにも同情される謂れなんてないのです。こんな男の悪事に協力するしかないなんて不運なのは事実ですがね」

「ちっ……」

 

 アマノは舌打ちしてアルカを見た。アルカは行き場を亡くしたところをアマノに命を拾われた身であり、また当時のアルカが生き残るためなら手段を選べない子供であったために恩をあだで返されないためにアルカにも絶対服従の催眠術はかけられている。当時の自分の精神状態が原因でもあるからそのことについて一概にアマノが悪いと言うつもりはないが、命令に逆らえないというのはいい気分ではない。

 

「ともかくだ。想定外の事態はあったが、結果的にお前のおかげで計画は遂行できた」

「バーチャルシステムを管理するバトルファクトリーへのハッキングは成功したということですか」

「ああ。……明日が、決行日だ」

 

 

 アマノがこのフロンティアの支配者に取って代わるための計画。必要な布石は今日で撒かれた。アルカがダイバに攻撃を仕掛けたのはバトルファクトリーのブレーンが彼の保護者を担っているからであり、その人物の注意を少しでも引きつけることでバーチャルシステムへの侵入をするためだった。

 

「現オーナーからフロンティアを奪い返し、あの男とチャンピオンの計画を一掃する……この時を、どれだけ待ち望んだことか!」

 

 突然感極まって叫ぶアマノにアルカとドラコが眉を顰める。正直アルカにはアマノの目的に興味がない。

 

「はいはい、男の人って馬鹿ですよねー。そんな大きなことしなくても自分のご飯があって寝るところが確保できればいいと思うのですよ」

 

 その言葉はアマノのことだけではなく、フロンティアのオーナーやチャンピオンにも向けられていた。アマノによればこのフロンティアにはただのバトル施設以上の存在理由があるらしく、アマノはそれを阻止したいらしい。物心ついてからただ自分が生きることを考えるしかなかったアルカにはスケールが大きすぎて理解不能なのだった。

 

「それは小さすぎるぞアルカ! 誰であってもただ衣食住を確保する以上の生活を望み己を高めるべきだ。アマノが身の丈に合わないことをしようとしているのはそうだが、お前はそんな小さな女じゃないと私は認めているつもりだ!」

 

 ドラコの中で『黙れ』という命令の期間が終わったのか、またしゃべり始める。アマノもドラコが喋るたびに黙れと命じていてはきりがないのかもう一度命令はしなかった。

 

「……どーも、ありがとうございますですよ。それじゃあ明日頑張りましょうか、3人で」

 

 心底どうでもよさそうに褒め言葉を受け取りながらも、アルカは自分がしっかりしなければと思う。アマノは自分から見てもホウエンの経済を牛耳るような相手に歯向かえるほど大きな人間だとは思えない。既に計画の歯車は狂い始めている。それでもアマノにはなし得たいことがあり、アルカはそれに協力するのだから。ポケモンバトルは好きではないが、それを邪魔するのなら誰であっても倒さねばならない。

 

(そう、例え私に初めて心からの笑顔を向けてくれたあの子であっても……です)

 

 自分たちの計画が作動すればジェムは止めに来るだろう。アルカの事など何もわかっていないのに助けようとした愚かで優しいあの子を思い出すと、切なさと苛立ちが同居した不思議な気持ちに包まれる。騒がしい二人と計画を確認しながら、夜は更けていき――次の日が、やってくる。

 

 


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