フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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5VS6!ZワザVSメガシンカ(3)

涙を止めたジェムは瞳を閉じて黙考する。自分が母親にどう思われていたのかを。でも、いくら考えても幼いジェムには、母親の言葉から答えは出せない。今までずっと夢を見ていた相手の真意など、わかろうはずもない。それでも、考え続けて。

 

「……決めたよ」

 

 ジェムは自らのオッドアイを開く。その瞳は絶望に染まっていない。ただ輝かしいだけの幻想を見てもいない。その瞳はメガシンカしたクチートとヤミラミ、そして自分の手持ちポケモンに向けられていた。

 

「私には、お母様やお父様が本当はどんな気持ちで私を見てたのかはわからない。きっとさっき見た記憶以外にもいっぱい悩んだことがあって、それはまだ私には理解できないことも、たくさんあるんだと思う」

 

 自分が母親のお腹の中にいた時のあの気持ち悪さも、母親の苦しみを知ってなおみんなを笑顔にすることを優先する父親の気持ちも、わからない。

 

「それでも、お母様もお父様も自分の大事なポケモンを私に渡してくれた。渡されたポケモン達は、私のこといつもそばで大事にしてくれた。それは誰がなんと言おうと本当のこと、だから私はこんなに優しい仲間たちを渡してくれたお母様とお父様を信じる! 二人の心がわからなくても、この子たちとの絆を信じる!」

 

 ジェムの宣言する。これが自分の答えだと。

 

「まだこれから何を目標にすればいいかはわからない。でも私はこの子たちと一緒にバトルはしていたい。だから私は……あなたを倒すわ、シンボルハンター!本当の勝負はここからよ!」

「ジェム……」

「ジャックさんはここで見ててね。私だけで……いえ、私のポケモン達で勝つわ!」

 

 ジャックは安心したような表情を浮かべる。シンボルハンターはしばらく唖然としたように黙っていた。しかし数秒後、墓場中に響く声で笑い始める。

 

「ク、クククク……ハッハッハ! 流石に驚いたよ。だがそうでなきゃ俺も、ぶっ潰しがいがねぇ!!」

「行くよクー、ミラ! 私たちの絆を見せてあげよう!」

 

 メガクチートとメガヤミラミを信頼の目で見る。体はところどころが黒く染まっていたが、それでもまた戦えると二体とも元気よく頷いてくれた。メガシンカの力は失われていない。

 

「ほう、だがそいつらは俺のZ技を受けて既にボロボロ。どこまでやれるか見せてもらおうか! やれダダリン、『アンカーショット』!」

「クー、『噛み砕く』!」

 

 ダダリンが体ごと回転した後、ジャラジャラと音をたてて錨を飛ばしてくる。それをメガクチートは二つの大顎で真正面から受け止めた。お互いの力は拮抗しているが、体の小さなクチートの方が押されていく。

 

「残念だったな、ご自慢のメガシンカもダダリンの鋼は砕けないようだぜ?」

「みたいね。でもその必要はないわ」

「何?」

 

 シンボルハンターはそこでメガヤミラミの目が光り輝いているのがわかった。それは攻撃や防御ではない。相手の正体を『見破る』技だ。

 

「クー、『炎の牙』よ!」

「ちっ、一旦下がれダダリン! シロデスナ、『大地の力』だ!」

「させないわ。例え噛み砕けなくても、クーの大顎は食らいついたら離さない! ミラ、『守る』よ!」

 

 シロデスナが地面を通して怨念をぶつけようとするが、ヤミラミの作り出した宝石のような壁に阻まれる。その間にメガクチートの大顎が炎に包まれ、ダダリンの錨――いや、それに絡みつく藻屑に燃え広がっていく。ダダリンはメガクチートから離れられず、錨にくっついていた舵輪が力を失って地面に落ちた。

 

「ダダリンの本体が藻屑であることを見抜きやがったか……」

「ミラのおかげで分かったわ。そっちのシロデスナの弱点もね! クー、『冷凍ビーム』!」

「くだらねえハッタリだな。シロデスナ、『鉄壁』!」

 

 クチートの大顎から今度は冷気の光線が放たれる。地面タイプのダダリンにとって確かに冷凍ビームは弱点だ。だがメガシンカしたとはいえクチートの遠距離攻撃など大したことはない。シロデスナは自身の砂の城壁で防ぐ。砂は凍り付いていくが、大した問題ではない。シロデスナの本体は……

 

「ミラ、『シャドークロー』!」

 

 メガヤミラミの爪が影によって伸びていく。それはシロデスナを守る城壁ではなくその手前で地面に突き刺さり――砂の城の真下へ突き刺さった。

 

「そうだジェム。シロデスナの本体は城じゃない。その下に集まっている怨念こそが正体なんだ」

「止めよ、『みだれひっかき』!」

 

 そのまま、両手の爪で何度も何度も城の真下を、まるで砂の城にトンネルでも作るかのように掘り進めていく。そのたびに、地面の下から怨嗟の声が響く。本来なら自らの砂でそれも防げただろうが、砂は今冷凍ビームによって硬化させられて使えない。

 

「馬鹿な……こうもあっさり俺のモンスターが!?いくらヤミラミの『見破る』があるとはいえ、ついさっきはこいつらの特性さえ知らなかったお前に、こんなことが……」

 

 シロデスナも戦闘不能にされ、シンボルハンターは二体をボールに戻しながらも、驚きを隠せないようだった。ジェム自身、この経験で様々なことが思考を駆け巡っているのに、すごく冷静に相手を見れていることが不思議だった。

 

「さあ、残りはムウマージと後一匹よ。どんなポケモンにももう惑わされないわ」

 

 しっかりと相手を見据えるジェムのオッドアイが、シンボルハンターを射抜く。一瞬だが、ジェムとシンボルハンターの視線が交差した。口の端と眉が釣り上がるのがジェムにもわかった。

 

「惑わす?もうそんなもん必要ねえ、圧倒的な実力ってやつを見せてやる! 出てこいムウマージ! そして――現れろ、全てを引き裂く戦慄のヒトガタ!」

「その台詞は!」

 

 シンボルハンターから放たれた口上も、出てきたポケモンもジェムが一番よく知るポケモンだった。ゴースト使いである父親が最も信頼し、またジェム自身も手持ちとして渡されたぬいぐるみのようなポケモン。それは濃紫色の光に包まれ、布地のような部分が裂け、そこから鋭く、地の色で真っ赤に染まった爪が露見する。墓場中に響く笑い声は、嫌が応にも不吉なイメージを沸かせる。

 

「これが俺の本当のエース……メガジュペッタだ!」

「お父様と、同じ……でも、いいえだからこそ乗り越えてみせる!」

 

 メガジュペッタの特性は変化技を相手より早く出せる『悪戯心』。ムウマージは相手の特殊攻撃を操る力がある。ジェムはすぐに指示を出した。

 

「二体同時に『シャドーボール』!」

「クー、相手に『じゃれつく』!ミラはクーが近づけるように守ってあげて!」

「妨害しにくい直接攻撃を狙いつつ、しっかり防御も固める。いい判断だ」

 

 メガクチートが二つの大顎を揺らしメガジュペッタに向かって走っていく。その体をメガヤミラミは自身の大楯を輝かせることで宝石のような障壁を発してメガクチートの体を守り、漆黒の球体を弾き飛ばす。ジャックはその判断を褒めた。だがシンボルハンターの余裕は崩れない。

 

「悪くはねえよ。見違えるような素晴らしい判断だ……だが! しかし! その程度で俺のメガジュペッタを倒せると思うんじゃねえぞ!メガジュペッタ、『怨念』だ!」

「ここで『怨念』!?」

 

 メガジュペッタの特性により、メガクチートの大顎が届く前にその効果は発揮される。だが『怨念』は出した自分が戦闘不能になることで相手の技を使用不可能にする技。メガクチートの『じゃれつく』によって戦闘不能になれば効果は発揮できる。とはいえもう後がない局面で、自らのエースをそんな使い捨てにするとは思えない。そしてジェムの懸念通り、予想外の効果がジェム達を襲った。

 

「ク、チ……」

 

 不吉で不気味に見えるメガジュペッタにも構わずじゃれつこうとしていたメガクチートの体が螺子――いや、呪いの釘に貫かれる。メガクチートを守るべく輝きの障壁を展開していたメガヤミラミの大楯にも釘は突き刺さり一気に光が消える。ただの一発で、二体の力が無力化されていた。

 

「クー、下がって! ミラ、『影分身』でサポートを!」

「無駄だ、俺のメガジュペッタの『怨念』はこのバトル中戦闘不能になった俺のポケモンの数だけ、技を使用した相手ポケモンの技を全て使用不能にする。『マジカルフレイム』に『シャドークロー』だ!」

 

 シンボルハンターの言葉通り、二体は動くことすらできない。大きすぎる隙を魔の炎が大顎を焼き尽くし、闇の斬撃が大盾を切り裂いた。為すすべもなく、二体は倒される。

 

「ありがとう。凄く頑張ってくれたよ……あとは、この子たちに任せて」

 

 ジェムは二体に感謝を告げ、ボールに戻す。条件はこれで2対2で互角。だが相手のメガジュペッタの能力は凄まじい。あれだけ鍛えられているジュペッタのレベル分こちらの技を出す力を削り取られるなら、一度受けただけで無抵抗に倒されるしかないのと同じことだ。

 

「これでお前の残りはジュペッタと後一匹か……さあ、最後の二匹を出すんだな」

 

 シンボルハンターが勝負を急がせるように言う。だがジェムは思考停止で二体を出すことはしなかった。一度技を出すだけで行動不能にされるのなら、どうすればいいのか。

 

(……わからない。こんな反則的な技初めて見た。でも)

 

 ジェム一人ではどうしようもなくとも、自分の仲間たちを信じられる。ジェムはボールの中のジュペッタとラティアスを見た。

 

(ペタペタ、あなたの力であっちより早くメガジュペッタの技を無力化できる?)

 

 ジェムのジュペッタは少し考えて首を振る。それはそうだ。あのメガジュペッタは相手の技を封じるために鍛え上げられて来たことは明白だ。向こうの土俵で戦って勝つのは無理だろう。

 

(だったら、無力化されないようにする?でも、どうすれば……)

 

 すると、倒れたポケモン達の入っているボールがかたかた揺れた。何かを必死に、ジェムとジュペッタに伝えようとしているようだった。温かい鼓動は、仲間を想う気持ちだとわかった。その想いを受け取ったジェムのジュペッタが、大きく頷く。

 

(……うんわかった。任せるね。ラティ、辛い思いをさせることになりそうだけどいい?)

 

 ボールの中のラティアスは、ジェムの気持ちを感じてにっこり笑う。ラティアスはいつもジェムをすぐ近くで見ていてくれた。今思えば夢しか見ていなかった自分が取り返しのつかない所に落ちてしまわないように、守っていてくれたのだと思う。

 

「フッ……黙りこくってどうした。さすがに俺のメガジュペッタには手も足も出ねえってか?」

「……ううん、見えたわ。あなたのエースを倒す方法が! 行くよラティ!」

「ひゅううん!」

 

 ジェムはラティアスだけをボールから出す。ジュペッタは、まだ出さない。

 

「一体だけで勝つ気か?だがラティアスの技はほぼ特殊攻撃。メガジュペッタどころか、ムウマージの敵じゃねえな」

「……嘘吐きね」

「何?」

 

 ジェムはシンボルハンターの言葉を即座に断じた。これは賭けだ。ジェムが相手のムウマージの力を読み違えていたのなら、確実に負ける。

 

 

「ラティ、『ミストボール』!」

「浅知恵だな、ラティアスだけしか使えない技なら操れないとでも思ったか! ムウマージ、『サイコキネシス』!」

 

 ラティアスが放つ虹色の珠を、ムウマージは己の念動力で支配しようとする。だがその直前に虹色の珠は弾けて消え、墓場一帯を覆いつくすほどの幻惑の霧となった。ムウマージには、霧を操ることが出来ない。メガジュペッタは『怨念』でラティアスの技を封じ込めようとするが、霧が姿を見失わせている。

 

「姑息な真似を……『妖しい風』だ!」

「今よラティ! 『ミスティック・リウム』!」

 

 シンボルハンターの操るメガジュペッタが触れると魂を吹き飛ばされそうに感じるような風を放ち、霧を吹き飛ばそうとする。程なくして霧は消滅していったが、そこでシンボルハンターには驚くべきものが見えた。

 

「あなたのムウマージは特殊攻撃なら何でも操れるわけじゃない」

 

 それは、ラティアスの作り出した水球に閉じ込められもがき苦しむ己のムウマージの姿だった。ただの水ではないのかゴーストタイプであるムウマージが呪文を唱えることも出来ず苦しんでいる。

 

「ムウマージは『火炎放射』や『パワージェム』は操ったけど、ルリを見た途端引っ込めていった。ルリだって『ハイドロポンプ』みたいな特殊攻撃は使うのに。あなたのムウマージは水技は使えないし操れないから。それに、ダダリンが倒れた後クーが冷凍ビームを使った時だって、本当に特殊攻撃全てを操れるのなら即座に出して操ることが出来たはずよ。なのにあなたは黙ってみていることしかしなかった。理由は、氷技も操れなかったからでしょ?多分ムウマージが覚えているタイプ以外の技は操れない。それがばれたくなかったから……違う?」

 

 ムウマージががくりと水球の中で力尽きる。その事実がジェムの読みが当たっていたことを示していた。

 

「大した名推理だ。だがまだ俺の優位に変わりはねえ!ジュペッタ、『怨念』だ!」

「----!!」

「きゅうああん!」

 

 メガジュペッタが腕を振るうと、投げた様子もないのに呪詛が絡みついた螺子のようになった棒がラティアスに突き刺さった。戦闘不能になった味方の数だけ相手の技を使用不可能にする怨念により、ラティアスの力が失われる。

 

「お前のエースも、儚い抵抗だったな! やれジュペッタ!」

 

シンボルハンターのメガジュペッタが影のように姿が滲み、一瞬消えたかと思うとラティアスに死角からの突進を見舞う。ゴーストタイプの強力な攻撃技『ゴーストダイブ』だ。エスパータイプであり技を使えないラティアスは、一撃で倒されてしまう。

 

「……ごめんね、ラティ。でもこれで勝ちに繋ぐから」

 

 こうなることは、ジェムにはわかっていた。賭けが成功してもラティアスに出来るのはムウマージを倒すところまで。その後は何もできずにメガジュペッタに倒されてしまうと。ラティアスが受け入れてくれなければ、この局面にはならなかった。ラティアスの想いをジュペッタと一緒に受け取って、最後の一匹ジュペッタを出す。

 

「これでお互いの残りは、ジュペッタ一匹だけ……でも」

「まだ俺のジュペッタの怨念は2発残っている、つまり確実にお前の最後の一匹は行動不能に出来るってわけだ」

 

 さすがのジャックも不安そうにジェムを見る。ジェムは勿論強い。真実を知ってある意味見違えたともいえる。だけどシンボルハンターのメガジュペッタには相手の技をすべて使用不可能にする反則的な力と、純粋な練度の高さがある。

 

「まさかお前のジュペッタで俺に勝てる気か?そのジュペッタこそお前の父親への盲目的な憧れの象徴。自分と相性がいいかより、父親に近づきたいからってだけの理由で連れてたんじゃねえのか?」

 

 ジェムは、それを否定できない。自分は父親のようになりたくでゴーストポケモンを使っていた。勿論ジャックとの修行で大事に育ててきたつもりはあるが、バトルフロンティアで活躍した回数は少ない。メガシンカも、今までさせられなかった。

 

「うん……だけど、今は違う!この子が、私たちの……お父様とお母様からもらった絆を証明する。いくよペタペタ!」

 

 ジェムのジュペッタの体が薄紫の光に包まれ、体が開いて爪が出る。その爪はネイルアートでもしているような艶めいて、不気味ではあるがどこかまっとうなぬいぐるみめいた可愛さがあった。響く笑い声にも、愛らしさがある。

 

「お互いにメガジュペッタ……!」

 

 ジャックが固唾を飲んで見守る。メガシンカを果たしてなお彼我の力量差は埋められないはずだ。シンボルハンターも、そう確信しているようだった。

 

「だがお前のジュペッタは既にバトル開始直後に技を使っている……これで終わりだ、『怨念』!」

「ペタペタ、私たちの絆を見せるよ! 『おんねん』!」

「ここでお前も怨念だと!?」

 

 お互いの『おんねん』が力を発揮する。だがシンボルハンターのそれと違ってジェムのメガジュペッタが使える『おんねん』は通常の自身が倒されたときに効果を発揮するもののはずだ。お互い最後の一匹で使ったところで、正真正銘何の意味もないはずだ。今見ただけで、シンボルハンターの特殊な『怨念』が真似できるはずもない。結果は――

 

「ふん……当然だな」

 

 シンボルハンターはジェムの行動に一瞬驚いたものの、やはり結果は予想通りだ。ジェムのメガジュペッタの身体には深々と呪詛の釘が突き刺さっている。これでもうジェムは何もできない。あとは適当な技でゲームセットだ。

 

「終わりだジュペッタ、とどめを――」

「ペタペタ、『シャドークロー』!」

「この期に及んで『わるあがき』か……」

 

 ジェムのメガジュペッタが腕を振るう。だがもうどんな技を命じようと力を発揮するはずがない。全ての技を無力化したのだから。その、はずなのに。

 

「ば、馬鹿な!?」

 

 ジェムのメガジュペッタから伸びた影の爪は、確かにシンボルハンターのメガジュペッタの体を切り裂いた。あり得ない光景に、思考停止しそうになる。

 

「私の……私たちの『おんねん』は相手を恨んだりしない! 私たちは仲間を信じる。仲間を託してくれた人に感謝する気持ちを忘れない! それが私たちの『恩念』よ!!」 

「ふざけるな……そんなまやかしの言葉で、俺の最強の技を打ち破れるはずがない!!ジュペッタ、最後の『怨念』だ!」

 

そんな言葉遊びで突破できるほどシンボルハンターのメガジュペッタは弱くない。逆に言えばジェムの言う『恩念』にはそれだけの力が込められているはずだ。

 

「僕も聞きたいな。ジェムは『恩念』の言葉にどんな力を込めたんだい?」

「『恩念』の効果は……このバトルで戦闘不能になった自分のポケモンの数だけ、状態異常、ステータスダウン、そして技を打つ力の減少させる効果を無効に出来る!このバトルで戦闘不能になったのはペタペタ以外の5体。よって5回分、相手の妨害は受け付けないわ!」

「こんな、ことが……!」

 

 シンボルハンターのメガジュペッタによる不可避の呪詛の釘が、ヤミラミの瞳のような輝きの障壁によって弾き飛ばされる。

 

 

「私たちの仲間を想う気持ちは、誰であっても、どんな技でも無力化出来ないわ! ペタペタ、『シャドークロー』!」

 

 

 シンボルハンターのジュペッタも応戦し、お互いの影の斬撃が鍔迫り合いのように切り結ぶ。一度体を切り裂かれてなお、シンボルハンターのメガジュペッタはジェムのメガジュペッタと互角の力を持っていた。

 

「お前の言う効果なら、直接的な攻撃までは打ち消せないはずだ!俺のメガジュペッタなら正面からねじ伏せるぐらい、どうとでも……」

「そうはさせない! ペタペタ、『影分身』!」

 

 ジェムのメガジュペッタが、2体分身する。影でありながら、それは青色に桃色になっていた。まるでマリルリにクチートの力が宿っているように。

 

「『恩念』のもう一つの効果! それは、倒れた仲間の力を分身に乗せ更に攻撃が出来ることよ!」

 

 青のジュペッタが、巨大な水風船のような影をぶつけ、桃のジュペッタが幼子のようにじゃれつく。そして本体は影に紛れて突進を浴びせる。

 

「く……メガジュペッタ、『鬼火』だ!」

 

 特性『悪戯心』による最速の鬼火。これが当たれば攻撃力は大幅に下がるだろう。しかしそれが苦し紛れの抵抗に過ぎないことは、わかっていた。

 

「終わりにするよペタペタ! これが私たちの仲間への想い……『ミラージュダイブ』!!」

 

 その炎はジェムのメガジュペッタの周りに渦巻く幻惑の霧が消してしまう。3体分の突撃を受けて――シンボルハンターのエースは、戦闘不能になった。倒した後もしばらくジェムは、気を抜かない。シンボルハンターがジュペッタをボールにしまい、両手を上げたところで、ようやくジェムは気を抜いて座り込んだ。

 

「………………勝った、よね?」

 

 少し離れていたジャックが、ジェムに駆け寄る。そしてポンポンと肩を叩いた。

 

「そうだよ、ジェム。……疑いようもなく、君の勝ちだ」

 

 戦いを終えたジェムのジュペッタが、ジェムに抱き付く。ジェムもぬいぐるみを抱えるようにしっかりと触れてあげた。勿論、一緒に倒れた仲間の入っているモンスターボールも。

 

「……チッ、負けたか。約束通り集めたシンボルはくれてやる。じゃあな」

 

 暫く黙っていたシンボルハンターは、座り込むジェムに近寄るといくつかのシンボルを投げてよこした。凄く不機嫌なのを隠そうともせず立ち去ろうとするので、慌ててジェムは止めた。

 

「待って!」

「なんだよ、本気でお前の母親に謝らせるつもりか?」

「そうじゃないの……あなたがお母様の本当のこと教えてくれたこと、ありがとうって」

 

 最初口で聞いた時は、ひどい嘘を言ってるんだと思った。でもそれは本当かもしれなくて。少なくともここで彼に会わなければ自分はずっと両親に幻想を抱き続けたままだった。

 

「……知らない方がお前は幸せだったんじゃねえのか?」

「かもしれないけど……でもそれじゃ、お母様を不幸にしてた。だから、ありがとう。それと、あなたはもしかして……」

 

 シンボルハンターの言いぶりでは母親をよく知っているようだった。そしてここまで卓抜したゴーストポケモンの使い手。ジェムが両親から聞いた話では、それに当てはまるような人物は一人しかいない。

 

「人違いだな。お前の両親が知るあいつはもう敗れた世界の住人になった……こんなポケモンバトルの最前線にいるわけがねえ」

「そう、なんだ。違う人、なんだね」

 

 その答えはもうほとんど肯定しているような気がしたけど。でも認めたくないということだろうから。それ以上言わなかった。ジャックもただ会話を聞いている。

 

「最後に一つだけ……あなたは、私を負けさせたかったの?それともこうなってほしかったの?」

 

 シンボルハンターを名乗る男の行動は、単にジェムを苦しめて勝ちたいだけにしては違和感がある。ジェムが記憶を見て苦しんでいる間や、絶望した時に追い打ちをかけなかったことだ。

 

「それをてめえに教える義理はねえよ。ただ俺に勝った以上は、ここから勝ち続けろ。じゃあな」

「わかったわ……ありがとう、大事なことを教えてくれて。お母様とお父様にも、伝えておくから」

「勝手にしろ」

 

 素っ気なくそれだけ言って、シンボルハンターの姿が黒く染まっていく。闇の中に消えていく。――すると、墓場だったはずの周り一体の景色も変わっていった。墓石がたちどころに並んで、ズバットの声が響いていたこの場所が、綺麗な夜の庭園へと。わざわざ戦うために風景を幻で作っていたのだろう。

 

「……不思議な人。あの人に……お父様は、憧れてたのかな」

「君のお父さんとお母さんが複雑な思いを抱えているように、あの子も色々やりきれないものがあるってことだよ……これから、少しずつ分かっていけばいい」

「うん、そうする」

 

 ジャックの言葉に頷いて、ジェムは立ち上がる。へとへとだけど、頑張ったポケモン達を回復させてあげないといけない。

 

「そうだ、すっかり忘れるところだったけど、君に会いに来たのは用事があるからなんだよね。……これも、運命なのかな」

 

 ふと思い出したようにジャックが言う。ジェムは首を傾げた。運命とはどういうことだろう。

 

「このフロンティアはポケモンバトルの最前線。しかし、この地方の頂点なしに最前線としてのブランドを確立することは出来ないーとかあの緑眼の子は言ってね。……チャンピオンが、ついさっきここに着いたんだ」

「お父様が……」

 

 今日ここに来るまでのジェムなら手放しに喜んで、今すぐ話をしたがっただろう。でも今は、現実を知って一言では言い表せない気持ちが去来している。お母様が苦しんでいるのにチャンピオンとしての務めを優先したことを……怒っている、自分がいた。

 

「いい機会だし、ゆっくり話してみればいいと思うよ。今まで君は良い子すぎたんだ。少しくらい文句を言ったってあのチャンピオンなら許してくれるさ」

「そう、かな?」

 

 今までジェムは父親に反抗したことは記憶する限り一切ない。だから少し怖いけど、でもジャックの言う通り向き合ってみたかった。

 

「うん……そうしてみる」

 

 気持ちを落ち着けて、言いたいことを考えながら歩き始める。その時――遠くから、建物に思い切り鋼の車で突っ込んだような、凄まじい衝撃音がした。

 

 


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