フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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5VS6!ZワザVSメガシンカ(1)

夜中のバトルフロンティアで、挑戦者が獲得したフロンティアシンボルを狙うシンボルハンターに仕掛けられた賭けたバトル。自分の知らない両親の秘密を知っているらしいシンボルハンターにジェムは負けたらもうポケモンバトルはしないという条件で自分が勝ったら両親について知っていることを話し、今まで奪ったシンボルも返してもらうと約束する。

 バトルのルールは6VS6、そして『一度に何度でもポケモンを出していい』というもの。ジェムはシンボルハンターの戦略をゴースト使いのエキスパートである父の誇りにかけて見破った。驚く相手の隙を突いてジェムのジュペッタがサマヨールを大きく吹き飛ばし――

 

「サマヨール、『重力』だ!」

「ペタペタ!」

 

 サマヨールが両手から力を放ち、ジュペッタの動きを制限しようとする。だがその前にジュペッタが伸ばした影がサマヨールの腕を貫いた。

 

「具体的な指示なしでの『影打ち』……さすがにあのサファイアの娘だけあって基本は抑えてやがるか」

「そういうことよ、あなたもゴースト使いみたいだけど、こんな卑怯なことをする人には絶対負けない……!」

 

 シンボルハンターがサマヨールをボールに戻す。睨みつけるジェムをまるで子犬に吠えられたような眼で見下すと、次のポケモンを出した。

 

「現れろ、古の王者を守る剣……ギルガルド!」

 

 正面に大楯を構えた体は剣そのもののようなポケモン、ギルガルドが『滅びの歌』を詠唱していたムウマージを守るように立ちはだかる。ジェムもジュペッタが『滅びの歌』の影響で倒れる前に引っ込めた。

 

「次はこの二体で行く。そっちは何匹でも出していいんだぜ?」

「なら、私も二体で行くわ! 出てきてキュキュ、ミラ!」

 

 出すのはキュウコンとヤミラミだ。ヤミラミはジェムの正面で守るように爪を構え、キュウコンはシンボルハンターに向かって尻尾を逆立て、珍しく吠えるように鳴いた。

 

「キュキュも、お母様を馬鹿にされて許せないよね……頑張ろうね!」

「はっ、懐かしい奴が出てきたじゃねえか。俺の事はまだ恨んでるのか?まあキュウコンだし当たり前か」

「キュキュ、お母様と一緒にいた時にこの人と会ったことがあるの?」

 

 キュウコンは頷く。このキュウコンは元々ジェムの母親の手持ちだった。母親も相当ポケモンバトルが強かったらしいのだが、ジェムが生まれるより前にポケモンバトルはやらなくなったと聞いているし、バトルしているのも見たことがない。

 自分の手持ちがはっきり示すのなら、目の前の男が両親について知っていることは事実なのだろう。

 

「恨みがあるって、あなたはお母様とキュキュに何をしたの」

「そいつはお前がこのバトルに勝てたら教えてやるよ、万に一つもあり得ないがな!」

「そんなことない……行くよキュキュ、『火炎放射』!ミラはキュキュのサポートに回って!」

 

 キュウコンが金色の尾の一本一本から炎を放つ。合計9つの火柱が相手の二体に迫るが、シンボルハンターはやれやれと首を振った。

 

「お前の技は20年経ったのに進歩なしかよ?ムウマージ、『マジカルフレイム』!」

 

 ムウマージの眼前から鬼火とは違う規則的に揺らめく炎が湧き出る。だがその炎の規模はキュウコンのそれよりは随分と少ない。

 

「その程度じゃキュキュの怒りは止められないわ! いっけえ!」

「止めるんじゃねえ……操るんだよ。『マジカルフレイム』の効果を見せてやれ!」

 

 ムウマージの小さな炎が、キュウコンの火炎とぶつかり――相殺するのではなく、中に浸食して。キュウコンの出したはずの炎がまるでムウマージのものになったように相手の身体の周りに渦巻く。

 

「キュキュの炎が……! ならミラ、『パワージェム』!」

「こっちも『パワージェム』だ!」

 

 ヤミラミとムウマージの眼前から輝く石のような光が飛んでいく。やはりヤミラミの方が一つ一つが大きく、威力は高く見える。なのに、同じようにぶつかり合った途端ムウマージの意思によって操られ、滞空する。

 

「ムウマージは様々な呪詛を操る亡霊の魔術師。全ての特殊攻撃はいくらでも手玉にとれるんだよ。さあ、貴様ら自身の攻撃を食らうがいい!!」

 

 ムウマージが眼を妖しく光らせると、滞空させたキュウコンの炎とヤミラミの石を一斉にこちらに飛ばしてきた。

 

「ミラ、『守る』!!」

 

 ヤミラミがキュウコンの前にすかさず立ちはだかり、パワージェムを巨大化させたような光石のバリアで防ぐ。自分たち二体分の攻撃を受けてバリアが砕け散ったが、ダメージはない。

 

「これで終わりと思うなよ?ギルガルド、『シャドークロー』!」

「しまった、ミラもう一度……!」

 

 すかさずギルガルドが剣の身体を振りかざして、その陰影さえ刃と変えてキュウコンの体を狙う。盾を砕かれた直後では対応出来ず、影の刃が深々とキュウコンを切り裂き、一刀で地に伏せさせる。仰け反ることもなく、前のめりにキュウコンの体が倒れていく。ジェムは駆け寄ってすぐに傷を見た。すぐにこれ以上は戦わせられないと判断する。

 

「ごめんねキュキュ、すぐにボールに……」

「珍しく息巻いたと思ったら一撃で終わりかよ。『影分身』くらいの罠は張ってあるかと思ったがその程度か?お前、あいつといた時の方が強かったんじゃ――」

「――――きゅううん!!」

 

 バカにしたようなシンボルハンターに向かって吠えると同時に、尻尾ではなく口から直接炎を吐く。剣を振り切ったばかりのギルガルドが盾を構えるよりもムウマージの呪詛で炎が操られるよりも早く、その刀身を紅蓮の炎が焼き尽くした。ギルガルドが派手な音を立てて地面に盾を落とし、動かなくなる。キュウコンも無理やり炎を吐いたことで、傷口が少し焼けて余計にひどくなった。

 

「何ッ……!? ちっ、足掻きやがって」

 

 舌打ちするシンボルハンターに対し、キュウコンをボールに戻してやりながら、ジェムはキュウコンの声、内に込められた感情を理解する。普段の甘えん坊ともいえる態度からは予想もつかないほど激しい、憎悪と言ってもいい怒り。

 

「キュキュ、本当にお母様のことが大好きなんだよ。私の手持ちになってからもよくお母様に甘えてたし、お母様も私がやきもち焼いちゃうくらい大事にしてたし、笑いかけてた。そのキュキュが、こんな無茶してまであなたに怒るなんて……許せない。話次第じゃお母様にも謝ってもらうからね」

「そいつは無理な相談だな。それによ……今やきもち焼くくらいっつたけどな」

 

 ジェムの怒りなどやはり全く届いていない。むしろ別の部分に対して勝手にこう言った。

 

「そりゃ単純に、あの女にしてみりゃお前なんかよりそのキュウコンの方がずっと大事だってだけなんじゃねぇか?」

「……勝手なこと言わないで」

 

 不信や動揺を狙っているのではなく単純に思ったことを言っただけであろう、しかしあまりにも心無い言葉だった。

 

「勝手なことだって思うならそんなに声を荒げる必要なんてねぇだろ。心当たりがあるんじゃねえのか?」

「黙ってて!」

 

 ジェムの声が震えた。否定できないその言葉は肯定と同じだ。

 ジェムの母親は、ジェムにとっては少し気難しいところもあるけど優しく見守ってくれる人だった。だけど、キュウコンや父親に時たま見せるような心からの笑顔をジェムに向けてくれた記憶は……ない。笑う時は小さく、何かためらいがちであることをジェムはいつしか感じていたのだ。それを否定したくて、言い聞かせるように呟く。

 

「お母様は、私のこと大好きって言ってくれたもん……危ない目に合った時は、心配だってしてくれるんだから……」

「ま、お前はチャンピオン様とあの女を繋ぐ唯一の存在だからな。お前がいなくなりゃチャンピオン様が自分の家に帰ってきてくれる保証がなくなっちまうし、心配はするんだろうよ」

「黙っててって言ってるでしょ!!」

 

 ジェムの瞳に涙が浮かび、一気に心臓の鼓動が鳴り響いて息を荒げる。墓場中に声が響き、墓場のズバットたちが音に反応してきいきいと飛び回る。

 

「はあ、はあ……絶対、許さない。行くよルリ!」

「おお、怖い怖い。じゃあ俺もそろそろ本気を出すとするか」

 

 ボールからマリルリを出す。するとシンボルハンターは即座にムウマージを引っ込めた。そして取り出すボールはやはり二つ。

 

 

「現れろ! 魂喰らいし怨砂の城、シロデスナ! 航悔を鎮める錨、ダダリン!!」

 

 

 シンボルハンターの出した二体は、ジェムが本やテレビの中でしか見たことのないポケモンだった。まるで海辺に作った砂の城のような姿に、もう片方は船にくっついている舵と錨が、海藻によってくっついたような姿。見た目だけでは、ゴーストタイプではないようにも見える。だが砂の城の奥から覗く全てを取り込もうとする瞳が、舵輪にくっついてぐるぐると歪に回るコンパスの不気味さが、彼らは紛れもなくゴーストタイプであると告げている。

 

「行くよ! ルリ、『アクアジェット』! ミラ、『影分身』!」

「ルリ……」

「大丈夫、私は本で見たことあるからその子たちの事は知ってる。早く攻撃して!」

「……リル!!」

 

 知らない相手を警戒していたマリルリは躊躇したが、ジェムの表情と怒気を感じて尻尾から水を噴射することで突撃する。そこへヤミラミの影分身が加わり、2体に分身したマリルリが相手二体を狙った。向こうは顔に当たる部分がわかりづらいせいか、単に鈍重なのか動く様子すらない。本体のマリルリはシロデスナの背後に回ると、小さな拳に大きな力を籠める。

 

「一気に決めるよ! ジャンケン、『グー』!」

「おっと、『鉄壁』だ!」

 

 マリルリと一緒に編み出した手遊びの掛け声に合わせて繰り出される小規模の『腹太鼓』による強力な一撃を、シロデスナは体の城壁に当たる部分の大半をマリルリの方に固めた。拳が振りぬかれ、砂が飛び散った。だが、すぐに砂はシロデスナの元へ寄せ集められていく。

 

「でもその子は地面タイプ、そう何回もルリの攻撃は防げない! 『アクアテール』!」

「ククク……博識だな。じゃあこれも知ってるか?シロデスナの特性の効果は既に発動している」

 

 水によって大きく膨れ上がった尾をぶつけるマリルリに対し、シロデスナがもう一度城壁を固める。だがさっき散らせたばかりでは集められる砂は少ない。小さくなった城壁を尻尾でが叩きつける……しかし破壊できなかった。逆にマリルリの体の方が弾き返される。

 

「シロデスナの特性は『水固め』。こいつが水タイプの技を受けた時、防御力を大幅に上昇させる」

「くっ……だったらルリ、『ハイドロポンプ』!!」

「かかったな。やれダダリン!」

「ミラ、『シャドークロー』で逸らして!」

 

 マリルリがぷくりと体を膨らませて大量の水を放とうとする溜めに出来た隙に、ダダリンの錨の部分がまっすぐ伸びていく。その錨をヤミラミが漆黒の爪で横から切り裂こうとした。勢いこそ止まらなかったが錨の軽く傷がつき、狙っていた方向が逸れた。

 

「これで邪魔はさせないわ」

「果たしてそうかなぁ!?」

 

 錨の狙いは逸れ、マリルリの真横を通過する。だがそこからぐるりと回転すると錨に着いた海藻と鎖が、ぐるぐるとマリルリに巻き付いた。大量の水が放たれるが、錨によって分散させられほとんどシロデスナには届かない。

 

「しまった……ルリ逃げて!」

「無駄だ、ダダリンの『アンカーショット』からは逃げられない。続けろ、『ギガドレイン』だ!」

 

 ダダリンがマリルリの体を締め付け、更にシロデスナと共に体力を吸い取っていく。マリルリがもがくが、鋼の拘束から抜け出す術はない。数秒後、ジャラジャラという音と共にだダリンの鎖が拘束を解いて舵輪と合体した時には――マリルリは水風船のような体がすっかりしぼみ、倒れ伏していた。そこで初めて、ジェムは自分の過ちに気付いた。ルリは警戒すべきだと言ったのに、それを無視した自分のせいだ。

 

「あ……」

「ハッハッハ!ゴーストポケモンのことなら知ってるとか息巻いて焦って突撃させたあげく無駄に瀕死にさせたか」

「……戻って、ルリ」

 

 悔しくて仕方ないけれども、言われたことは事実だ。後悔に苛まれながらも、マリルリをボールに戻す。

 

「ま、それも当然だよな。お前はあいつから本当の愛情なんざ貰っていない。錯覚しているだけの偽りの心しか受け取ってないやつに、自分の手持ちを本当に気遣うなんてできるわけねぇか……クククク、ハハハハハハ!!」

 

 男は目元を抑えて哄笑する。フードが外れて金色の髪が露出したのも気づかずに、ジェムと、その母親のことを嘲笑する。何が彼をそこまでさせているのかはわからない。わかりたくもない。ただ、ジェムの心を真っ赤な怒りが支配した。

 

「嘘よ……あなたの言うことは! 嘘をつくなあああああああああ!!」

 

 ボールを叩きつけるようにして手持ちのクチートを出す。出てきた瞬間に後ろの顎が、そしてヤミラミの瞳の宝石が輝き始める。二体が光に包まれ――ひび割れるようにして光が消えていくと、そこには顎を二つにしたメガクチートと、宝石を盾のように構えるメガヤミラミがいた。

 

「この光……二体同時のメガシンカか。まさにお前の偉大な父親の象徴だ」

「お父様のことまで馬鹿にする気!?」

「いいや、あいつのことは認めてるさ。俺なりにな」

 

 その言葉と共に、シンボルハンターの体が黒く染まり始める。いや、闇が覆い始めていく。

 

「だが、お前のメガシンカ如きじゃ俺の闇は覆せねえ。この地方のチャンピオンでさえ扱えないゴーストの真の悍ましさを見せてやる! この俺のゼンリョク……Z技をな!」

 

 闇がシンボルハンターの体を覆いつくし、中からどす黒い光が放たれる。それはシロデスナとダダリンに向かって飛んでいき、特殊な力を纏わせた。ジェムにはそうとしか表現できない、見たことのない力だった。

 

 

「光輝なる者さえ夢幻の闇へ誘う反骨の掌! 今顕現しろ!」

 

 

 ダダリンとシロデスナの二体を中心に、おどろおどろしい闇の波動が地面を伝っていく。メガクチートとメガヤミラミを取り囲むように、何本もの黒い腕が手招くようにしなり震えながら地面から生えた。まるでその腕たちはメガシンカの光を夢幻の闇に誘うように――ジェムもろとも、上から地面へと覆いかぶさるように叩きつけていく。

 

「あなたなんかに負けるもんか……クー、ミラ!! ――――!!」

 

 ジェムの声は二体に伝わり、二体はジェムとお互いを守るように技を出す。叩きつけた腕の闇が広がり、あたりを光なき闇が覆いつくした――。


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