フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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闇のシンボルハンター

モンスターボールが開かないことにも途中で気づき、逃げ惑うように走り続けたジェムはいつの間にか島の南端まで来ていた。行き止まり、万事休すと思ったその時。突然耳元での囁き声が消え、後ろを振り向くと自分を追う人影は消えていた。

別のところから来てはいないか、そもそもここはどこかと周りを確認する。

 

「お墓……?」

 

 たくさんの墓石に、ゴーストタイプの気配がたくさん。自分の家の近くにある見慣れた光景。だが知らない土地、人のいない暗闇、そして何よりさっきまでの状況がジェムに恐怖心を植え付ける。

墓石には怨念が籠り、枯れ木には執念が宿り、この墓地というフィールドが闇そのもの。そんな印象を受ける。

 

「と、とにかくあの子のところに戻ろう」

 

 フロンティアパスを開き、ずいぶん遠くまで来てしまったと認識する。ダイバの位置が確認できないのがもどかしい。来た道を戻ろうとすると、帰り道が無数の枯れ木で防がれていた。訝しげに見つめると、それはオーロットだった。樹木の中から瞳で見つめられ、慌てて飛びのく。

仕方なく別の帰り道を探そうとすると、突然墓石からけたたましい笑い声が響いた。思わず悲鳴をあげるジェム。笑い声の方を見ると、デスカーンがジェムをいくつもの腕で指さししていた。それに反応したのか、複数のゲンガーが寄ってきてジェムを『くろいまなざし』で見つめる。走り続けて火照ったジェムの体が一気に体温を奪われ冷えてゆき、歯の根が合わなくなる。足も震えて、逃げ出すことが出来ない。

 

そうなんしたとき いのちをうばいに くらやみから あらわれることが あるという――昔母親に見せてもらった絵本が現実となって襲い来るようだった。だけど、初めての恐怖心が心を埋め尽くして何をすればいいのかもわからない。

 

 (お願い、助けて……!)

 

 ゲンガーが自分に手を伸ばしてくるのを見て、腰のモンスターボールをがむしゃらに触る。何回押しても出てこないことはわかっていても、藁をもすがる気持ちで。そして――ボールは、開いた。

 

「ペタペタ、ミラ……」

 

 真っ先に出てきたのは、ジュペッタとヤミラミだった。二体同時に『シャドークロー』を使い、寄ってきたゲンガーを切り裂く。ゲンガーの姿が闇に溶け――離れたところで再び、出現した。

ヤミラミは周囲を警戒しつつ、近づく敵に漆黒の爪を振るっている。ジュペッタが自分に近寄り、ジェムをぬいぐるみのような腕で抱きしめた。ジェムの瞳から、涙が零れる。

 

「怖かったよぉ……」

 

 大好きな人の幻影から怨み事を聞かされる。それはまだ十年ほどしか生きていない子供には耐えがたい痛みだった。普段どれだけチャンピオンの娘として振る舞っていても、まだまだ脆い部分はある。

そんな彼女をジュペッタは父の代わりをするようにハグをして。自分の能力、人のマイナス感情を吸収する力を使ってジェムの心を落ち着かせる。そして、彼女の腰のモンスターボールを示した。

中には、支えてあげるべき少女が泣いているのをもどかしそうに見る仲間たちがいる。ジェムは全てのモンスターボールのスイッチを開き、頼れる仲間たちを呼び出した。

 

「……ありがとう、みんな」

 

 まだ涙声ではあるが、恐怖心は消えていた。ずっと自分を支えてくれた友達が傍にいるなら、暗闇もゴーストポケモンも怖くない。

 

「さあ、今度はこっちの番だよ!」

 

 ジュペッタとヤミラミが同時に黒い爪を振るってゲンガーを切り裂き続ける。マリルリとクチートがデスカーンにじゃれついて、その体を金色の折り紙で遊ぶように折り曲げる。ラティアスが、強力な念力でオーロットと枯れ木を捻じ曲げ、キュウコンの炎がまとめて焼き尽くした。

倒れた相手のゴーストポケモンの怨念に引き寄せられるように、次のポケモンが寄ってくるが、澱みなく倒していくジェムたち。

5分ほど戦って、ようやくポケモン達は寄ってこなくなった。

 

「終わったね……みんな疲れてたのにごめんね」

 

 バトルピラミッドの疲労は残っているからもう休もうと思ったのに、結局戦わせてしまった。労いつつも謝るジェムに、仲間たちはみんな交代交代にジェムを撫でたり、抱きしめたりする。

しばらく触れ合った後、ジェムはボールに戻そうとするが、皆首を振った。まだ危ないからみんなで帰ろうと言ってくれているようだった。

 

「……じゃあ、あの子には悪いけどのんびり歩いて帰りましょう」

 

 強がる弱い自分を、認めて傍にいてくれることに感謝して。今度こそ来た道を戻ろうとした、その時だった。

 

 

『そんな自分の手持ちに甘えっきりで、俺の娘であることを誇るのか?』

 

 

 肩が震えた。よく知る父と同じ声で、でも絶対に口にしない言葉だった。周囲を見渡すが、さっきの人影はない。

 

「さっきから……誰がこんなことをしているの!ミラ、『見破る』!」

 

 ヤミラミが、瞳を凝らして敵を探知する。ジェムが大声で叫ぶが、返事はない。代わりに、また呪文のような囁き声が耳元で響く。

 

『私達が与えたポケモンなのに、我がもの顔で指示を出すじゃないか。どうせ私のことも、偏屈な女だと見下しているんだろう?』

 

 母親の、たまに他人と会話するときに口に出す卑屈な言葉。でもジェムに向けられたことはなかった。

 

「そんなことない!さっきから、私の大事な人達を騙って……姿を見せなさい!」

 

 きっぱりと宣言した時、ヤミラミが敵の位置を見破った。瞳が光り、宝石のような輝く岩が飛んでいく。すると、突然現れた漆黒の球体が相殺した。言わずとしれた『シャドーボール』だ。

ぶつかり合った煙の向こうから、初めて聞く男の声がする。

 

「ほお……まったくの考えなしでもなかったか。さすがあの女の娘……とでも言っておいてやるよ」

 

 人影が歪んで、正体を現す。魔女の帽子をイメージさせるゴーストポケモン、ムウマージだった。その囁き声は、相手に呪いを与える。ジェムが受けたのは間違いなくそれだ。大方相手のもっとも聞きたくない言葉が聞こえるようにしていたのだろう。そしてその後ろには、黒いコートと帽子を被った金髪の男がいた。こんなに夜も暗いのに、瞳がはっきり自分に敵意を向けているのがわかる。

そしてその言葉に、ジェムは少なからず違和感を覚えた。

 

「お母様を、知ってるの?」

 

 ジェムのことをチャンピオンの娘と呼ぶ人は珍しくない。お墓参りにおくりび山を訪れる人々は大体そう呼ぶ。

母親もおくりび山の巫女という立場であり、一応おくりび山の代表者ではあるのだが。母親のあまり人と関わりたがらない性格と、時の流れ、グラードンとカイオーガの管理はジャックがしていることによってそもそも巫女という職業が無用になっていた。ジェムが生まれて数年後には、ジェムには巫女を継がせることはしないと話し合いで決めたらしい。

そうした背景があり、他人が母親のことを口に出すのはかなり珍しい。警戒するジェムに対して、金髪の男は鼻で笑った。

 

「はっ、知ってるさ。お前よりずっとな」

「……あなた、何者なの」

 

 十年以上一緒にいた立場として、自分より知っていると言われるのは気分がよくない。問いかけに、相手はこう答える。

 

「何者ねえ……名乗るなら『闇のシンボルハンター』だ。くだらねえ通り名だがな」

「あなたが……!それじゃあ、あの人影もさっきのゴーストポケモンもそのために」

「そういうこった。腰抜け相手ならわざわざバトルしなくてもビビッて渡してくれるからな……最前線の施設もちょろいもんだぜ」

 

 闇のシンボルハンターは、掌を前に突き出し開く。その手の上には、奪ったであろうシンボルがいくつもあった。

 

「あんな人影で驚かせて、必死に勝ち取ったシンボルを奪って……そんなことして、いいと思ってるの?」

「知ったことじゃねえな。どうせてめえも、俺にシンボルを取られて泣きながら家に帰るんだからよ」

「そんなことさせない。捕まえて、警察の人に引き渡してあげるんだから」

「はっ、さっきまであんなにビビってたくせに強気だねぇ。臆病で弱いくせに他人には強がる……ろくでもないところばかりあの女に似たもんだ」

「お母様は弱くなんかない!馬鹿にしないで」

 

 やはりジェムの母親を知っている口ぶりだ。そして見下していることも見て取れた。自分の愛する家族を馬鹿にされて平気でいられるジェムではない。

 

「随分と大事に想ってるみたいだが、果たしてあの女はてめえを大事に想ってるのかね?」

「……そうに決まってるわ、いい加減ふざけないで!!」

 

 はっきりとした怒声。幼いながらに覇気のあるそれは、空気を震わせ闇のシンボルハンターを名乗る男を一瞬黙らせた。

 

「わかったよ。俺もお喋りするためにここに呼んだわけじゃねえ……てめえの持つシンボルは根こそぎ頂く」

 

 ムウマージの周りに、枯れた枝葉が集まっていく。戦闘態勢に入ったのが伝わってきた。

 

「いいわ。私が負けたら全部あげる。ただし私が勝ったら……今まで奪ったシンボルは全部返してもらう。それとお母さまの何を知ってるかも話してもらうわ!」

「やなこった」

「なっ……!」

 

 勝負を仕掛けておきながら、こちらの要求は拒否された顔が赤くなるジェム。闇のシンボルハンターは当然のように言った。

 

「なんでお前のシンボル二つに俺が今まで集めたシンボルを全部返す必要があるんだ?母親のことは話してやってもいいが、それを受ける義理はねえ。ま、負けたらシンボルを渡すだけじゃなく、あの女みたいにもう金輪際バトルはしませんっていうなら考えないでも――」

「……その約束なら、いいのね?」

 

 闇のシンボルハンターの言葉が止まり、正気を疑うような眼でジェムを見た。なんで見ず知らずの他人のために自分の今後まで賭ける必要があるのか。

 

「人の努力の結晶を奪って、聞きたくもない嘘っぱちの声を聴かせるあなたを!大事な人への想いを踏みにじるあなたのことは、絶対に許せない!」

 

 ラティアスが、自分の仲間たちがジェムを近づいてオッドアイを見つめた。両親が自慢できるようなポケモントレーナーになることをジェムが強く願っていることを何よりもよく知っているからだ。今のジェムは熱くなりすぎて、取り返しのつかないことをしようとしているのではないかと。

それに対して、ジェムは優しい目をして仲間たちに言った。

 

「……大丈夫よ、負けたってあなたたちとお別れしなきゃいけないわけじゃない。昔みたいに友達としていられる。バトルしてなくたってお母様も一緒にいるポケモンも幸せだし、それに……あなたたちがいてくれれば、こんな卑怯者に負けるはずがないもの」

 

 強がりだ。勝てる保証がないことなど、今までの敗戦でよくわかっているはずだ。それでも絶対にこの男の行動を許してはいけないと、ジェムは言っている。なら、その思いに従おうと、ポケモン達は頷いた。

むしろ闇のシンボルハンターの方が面喰っていたが、すぐに敵意に満ちた表情に戻る。

 

「じゃあさくっと頂くか。後悔しても知らねえぜ?ルールは6対6のフルバトル。勝負の形式は……『一度に、何体ポケモンを出してもいい』だ」

「……!」

 

 これはかなり異色のルールだ。基本的にはシングルダブルトリプルと、相手と自分の一度に出せるポケモンの数は同じと決まっているのがセオリー。だがこのルールなら極端な話、6体いっぺんに相手を攻撃することもできる。というより、基本それが最善と言っていい。

闇のシンボルハンターは、ボールから新たにサマヨールを繰り出した。他には出さない。

 

「俺はまずはこのムウマージとサマヨールで行く。……覚悟は出来たか?」

「いいわ。何のつもりか知らないけど、私達全員で一気に終わらせてあげる!」

 

 ジェムはすでに6体を場に出している。相手は2体。彼我の戦力差は言うまでもない。自分の仲間たちに目くばせと、ボールを持った腕を振って意思を伝えるジェム。

仲間たちは臨戦態勢に入る。その様子を見て、相手は笑った。

 

「ククク……確かにな。貴様の親譲りのポケモンは強力だ。一気に終わるだろうよ」

「だったら、降参したら。みんな、いっけえ!」

 

 ジェムが真意をつかみ切れず、それでも後手に回るまいと仲間を相手に接近させる。虚勢を嘲笑うように闇のシンボルハンターが動いた。

 

 

「ただしこのバトルにはおっそろしい罠が秘められていてなぁ……勝負は貴様らの滅びによって終わるんだよ!『黒い眼差し』、『滅びの歌』!!」

 

 

 サマヨールの一つ目が千ほどに分裂したような錯覚を受け、周囲を不思議なプレッシャーが覆う。ムウマージが不吉極まる不協和音を奏で、周り一体を死の歌が響く。

『滅びの歌』は自他問わず聞いた全てのポケモン時間経過とともに問答無用で葬り去る恐ろしい技。滅びの運命から逃れるためにはボールに戻る必要がある。だが『黒い眼差し』は相手に逃げることを許さない。

つまり、6体のポケモンを出しているジェムは例え一切のダメージを追わなくても時間が経てば全員が戦闘不能になり、敗北する。何も知らず6体で向かって来た相手を実質瞬殺する、闇のシンボルハンターの脅威の戦術――!

 

「――教えてやるよ、俺のムウマージの『滅びの歌』で死滅する時間は30秒……その間に決めることは不可能、つまり貴様の負けだ!」

 

 このルールでは6体同時に出すことも出来れば1体だけ出すこともできる。一体ずつ『守る』等の技でしのぎながら黒い眼差しを使っていけば、余裕で10分は持つ。

 

「ははははは!人生最後のポケモンバトル、随分儚い終わりだったな。残り30秒でせいぜい親への言い訳を考えるか?それとも、自棄になって戦うか?」

「……いいえ、そのどちらでもないわ」

 

 ジェムの傍に控え、『滅びの歌』による音符の呪詛が纏わりつく6体のうち5体、ジュペッタを残してその姿が解けて消えていく。闇のシンボルハンターとその手持ちの2体が周りを見渡した。

 

「どこに消えた……いや、どのみちこの呪歌から逃れる術はねえ。関係ねえか」

「それはどうかしら?勝負は始まったばかりよ」

「何っ?」

 

 ジェムは自信満々に自分のモンスターボール5つを見せる。闇に目が慣れきっているシンボルハンターにはその中にポケモン達が入っているのが見えた。

 

「どういうことだ、『黒い眼差し』は発動している。まさか『綺麗な抜け殻』でも持たせてやがったか?」

 

 『綺麗な抜け殻』とはたとえどんな状態になってもバトルから逃げることが出来るようになる道具だ。貴重品でありジェムは所持していない。理由は、もっと簡単だった。

 

「私は、ゴーストタイプのエキスパートの娘よ。あなたがこのバトル方法を提案してきた瞬間から!あなたみたいな卑怯者は『滅びの歌』で一撃必殺を狙ってくることくらい読めてたわ!ペタペタ、『ゴーストダイブ』!」

 

 突撃していたのはジュペッタだけ。後の5体はジュペッタが作り出した『影分身』であり。その影を纏って、サマヨールに強力なタックルを見舞った。どっしりとした体が、数メートル地面を削って後ろに下がる。

 

「まさかてめえ、最初から……!」

「当然、そもそも黒い眼差しを使われる前にボールに戻してたわ。それでも私に勝てるって思うのなら……やってみればいい!」

 

 闇のシンボルハンターが、悪鬼のような獰猛な笑みを浮かべる。潰しがいのある敵と戦う喜びが現れていた。

 

 

「てめえもその程度の一撃でサマヨールを倒せたと思うんじゃねえぞ……これからもっと悍ましい、闇そのもののバトルを見せてやるぜ!」

 

 


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