フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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死なばもろとも!暗闇のバトル

「よし……なんとか4階まで来たね」

 

 回復系の技を駆使し、アドバイス通り余計な攻撃はせず最小限の消費で進む。アイテムもだいぶ集まり、鞄は大分膨らんでいた。

一階の麻痺の次は毒、その次は火傷状態にしてくることを示唆する文章が階段を上がったところに書かれていたので、毒を無効にするクチート、火傷をしないキュウコンを加えることで対処できた。

 

「さて、次の階層は何かな?」

 

 階段を上がり、近くの壁をライトで照らす。何回か野生のポケモンを倒したことで、大分ライトの明かりは大きくなっていた。そのため、苦労することもなく壁画を見つける。

 

「ここまで来たからには容赦は無用、倒された者の怨念が貴様らを襲う……か」

 

 やはりはっきりとは書かれていないが怨念、と聞いて思い浮かぶのは『怨み』や文字通り『怨念』といった技の使用を制限する技だ。そして容赦は無用と書かれているからには、よりポケモンは手ごわくなっていることも考えられる。

 

「だとすると、ここは最初のメンバーでいくしかないわね。よろしくね、ミラ」

 

 キュウコンからヤミラミにチェンジ。先の技を使うのは主にゴーストタイプ。明確な防御手段はないものの、悪タイプを持つヤミラミならば有利に進めるだろうという考えだ。

明かりも大きくなり、暗闇にも慣れてきたためほとんど普段と変わらない足取りで歩くジェム。その前に、突然首吊り死体のようにがっくりと項垂れた姿のジュペッタが現れた。

 

「野生のポケモンね……いくよ、ミラ!」

 

 ヤミラミを繰り出すと、ジュペッタは首を持ちあげてケタケタと笑った。ジェムやその父親が持つジュペッタとはずいぶん雰囲気が違うが、そもそも本来こういうポケモンである。チャックの口を開き、漆黒の球体『シャドーボール』が吐き出された。

 

「受け止めて、『しっぺ返し』!」

 

 ジェムは敢えて避けさせない。漆黒の珠がヤミラミに当たると、その痛みを返すようにヤミラミの黒い爪が伸びる。ジェムの照らすライトをも塗りつぶす闇の斬撃が、敵のジュペッタを切り裂いた。『しっぺ返し』は相手の技を受けてから使うと威力の上がる技で、ゴーストタイプには効果が抜群だ。ジュペッタの体が崩れ落ちていく――が。

それと同時にヤミラミが体から力を奪われたように膝をつくのを見て、慌ててジェムは駆け寄った。

 

「ミラ!?」

 

『シャドーボール』のダメージが大きかったとは思えない。別の原因がある。そしてヤミラミの身体は傷つけられてはいないということは、答えは実質一つしかない。

 

「『道ずれ』も使ってくるんだ……ごめんね、すぐに回復してあげるから――」

 

 回復する道具は一杯集めたので余裕がある。ひとまず元気のかけらをヤミラミに使おうとしたところ、突然の強い光が前後からジェムを照らした。暗闇に慣れたところへの強烈な光に目が眩み、顔を覆うジェム。目がちかちかして、周りが良く見えない。

 

「おいおい兄弟、今度の獲物はあの時のガキだぜ」

「ちょうどいいなオイ。あの時の鬱憤晴らそうぜ兄者」

 

 ぎゃはは、と低俗な声をあげる男達。前後、結構な距離から話しかけて来ているのに二人の息はぴったりで、まるで隣同士で話しているかのように聞こえてくる。その声は、何処か聞き覚えがあった。だが思い出せない。

 

「あなたたち、誰……?」

「はっ、誰ときやがったかぁ。そっちから突っかかって来たくせによぉ」

「ダイバとかいうガキを庇って俺たちに歯向かったこと、忘れたたぁ言わせねえぜ」

 

 声に怒りと、見下した感情が混じる。昨日はダイバやアマノのことが頭を占めていて記憶の片隅に追いやられてしまったが、そもそもダイバと出会ったのは彼がこいつらに絡まれていたのところを自分が助けようとしたからだ。

 

「今からたっぷり思い出させてやるよ、さあバトルだぁ!」

「兄者の超能力と俺の格闘術で地獄に落ちろや!」

 

 前の兄者と呼ばれた太った男がフーディンを、もう一人の後方にいる痩せた筋肉質の男がカポエラーを繰り出す。まだ視界は戻らないが、ジェムもマリルリを前に出す。少し体力は減っているが、まだまだバトルする元気はある。

 

「二人で勇んでるところ悪いけど、この施設のバトルは一対一なんでしょう?どっちからやるの」

 

 そう言うと、男達二人は爆笑した。完全にジェムを馬鹿にしている。

 

「はあ?勿論一対一だぜぇ、俺とお前で一対一、そしてお前と兄弟で一対一に決まってんだろぉ!?」

「てめえが今手持ちを一体失ったのは知ってる。ここに上がってきた奴は全員道ずれの洗礼を受けるからな……つまり、俺と兄者とのバトルに負ければお前はここで終わりなんだよ、わかったぁ~?」

「そう……ちょっと納得いかないけど、ルール違反じゃないのね。わかった」

 

 ラティアスを後ろに出す。ジェムは視界が効かない、そしてそれはジェムのポケモン達も同じだった。出てきた瞬間に男二人は強烈なライトを浴びせて、暗がりに慣れた目を焼く。うっとおしそうに目を反らす二体の声が聞こえた。挟み撃ちにして他の挑戦者を狙うような発言といい随分と卑怯な人たちだ。

 

「なんかすでに弱ってるみてえだが、楽しいハンティングゲームの始まりだぜぇ?フーディン、『シャドーボール』!」

「カポエラー、『高速スピン』だ!」

「ルリ、『アクアテール』!ラティ、『竜の波動』!」

 

 ライトによって際立った闇が密集するかのように放たれる漆黒の弾丸に、独楽のような高速回転による突撃。ジェムも反撃する。目が見えなくとも、タイミングを合わせれば相殺くらいは出来るだろうからだ。

マリルリがフーディンの飛んでくる弾のタイミングに合わせて尾を振る。ラティアスの銀の波動が高速回転するカポエラーを狙う。

 

「ルッ……!」

「きゅう……!」

 

 だが、ジェムの耳に聞こえたのは自分の仲間のうめき声だった。なにせ相手はこの状況を作り出した相手。その程度の策は通じない。ジェムは片手で目を隠し光に眩まないようにして目を開ける。マリルリは、斜め後ろに吹き飛ばされていた。ラティアスは高速回転する蹴りを受け、一旦上に上昇して退避している。ライトは今はポケモン達を照らしていた。

 

「ははっ、一思いにはやらねぇ、じわじわといかせてもらうぜぇ?『シャドーボール』!」

「空に飛べば逃げられると思うなよ?『真空波』!」

「落ち着いていくよ!ルリ、『アクアリング』。ラティ、カポエラーに直接『サイコキネシス』!」

 

 マリルリの体の周りを水の輪が覆う。漆黒の弾丸は、マリルリの頭上から落ちてきて、リングと相殺して消えた。やっぱり、とジェムは思う。ジェムの読み通りならば、さっきのアクアテールはタイミングは合っていたはずだ。だがシャドーボールは命中した。ならば、外れたのは攻撃してくる方向だ。さっきのシャドーボールも、フーディンは自分の正面からではなく斜めから撃っていたのだ。

カポエラーの真空波は放たれてからでは避けられないがその威力は低い。そう読んで、攻撃を防ぐのではなく反撃する。だがラティアスがサイコキネシスを撃とうとしたとき、相手は二人ともラティアスを照らした。それはラティアスの視界を逆に奪うと同時に、高速回転するカポエラーの体を暗闇に隠す。ジェムも自分のライトでカポエラーを捕捉しようとするが、独楽のような独特の回転からなる普通の二足歩行とは一線を画す動きは、人間の手と目では捉えられない。サイコキネシスの念動力は、対象を見失って不発になった。

 

 

「無駄なんだよなぁ。てめえみたいなガキに俺たち兄弟のポケモンや技は捕えられねぇ!『シャドーボール』が正面から来るわけじゃねえことは読めたみたいだが、俺のフーディンはどこからでもあの技を撃てる。この意味がわかるかぁ?」

「この暗い空間を利用して……」

 

 シャドーボールは影だ。闇の中で一つの影を探すのは、豪雨の中狙った雨粒を探しわけるようなものである。どこから飛んでくるかわからない攻撃に、予測不可能な独楽の動き。確かに強力だ。

 

「あなたたちは、なんでこんなバトルをするの?それだけの戦略があるなら、一人でだって施設の攻略だって狙えると思うわ」

「施設の攻略ぅ?くだらねえなぁ、俺たち兄弟はそんなことのために来たんじゃねえ」

「このフロンティアにはがっかりだぜ。強いトレーナーが集まるっつうからお前みたいなポケモンが強いだけで調子に乗ってるクソガキトレーナーを叩き潰せるって思ったのによぉ。何がバーチャルやブレーンだ、馬鹿にしやがって」

「でもこの施設はマシだよなぁ?ここなら有利なフィールドで、存分に他のトレーナーをぶっ潰せるんだからよぉ」

「この前のノクタスのガキとか、最初は余裕ぶっこいてたのによ。だんだんすかした面がこの暗闇でもわかるくらい歪んでいくのはたまらねえ快感だったよな、兄者!」

 

 ギャハハハ、と二人の男は笑った。ノクタスのガキ、とは一回で自分が戦った子だろう。この二人の戦術はよく考えられている。ここから先には進むことはせず、他の挑戦者を待ち伏せして倒し続けてきた二人。勝てなかったのも仕方ないかもしれない。

 

「ポケモンバトルってのはぁ、地の利、道具、技ぁ!全てを使いこなす賢い奴が勝つんだよ。てめえらみたいな、親に貰ったポケモンが強いだけのガキに勝ち目はねぇ!『シャドーボール』!」

「そろそろ本気で行くぜ、『真空波』!」

「『アクアリング』に『守る』!」

 

 先ほどと同じ技の応酬。だが結果は違った。漆黒の弾丸はアクアリングを破壊してマリルリを横殴りに弾き飛ばす。ラティアスの念動力による守りは気合の刃を一発弾いたが、時間差で飛んでくるもう二つの攻撃を避けることは出来ず、ラティアスをよろめかせた。相手の二体とも、まだ全力ではなかったのだ。

 

「……くだらない」

「くだらなかったらどうだっつんだぁ?俺のフーディンの技も、カポエラの本体も見えねえんだろぉ?」

「あなたたちは強いよ。だけど、臆病なだけでちっとも怖くない!」

「はあ~?今更強がったところでどうにかなる状況ってわかんねえのかよ」

 

 男が息巻くが、はっきりわかった。こんなものダイバの逆らう相手への怒りに比べれば、ドラコの真剣勝負への気合に比べれば、なんら恐れるほどのものではない。ただの脅しと、暗闇の恐怖を利用しているだけだ

 

「宣言するわ。あなたたちはこの暗闇で負ける!」

「ほざくんじゃねぇ!これで止めだ『シャドーボール』!

「舐めやがって、バトルが終わったらここから出た後よく吠えるだけの負け犬として晒し上げてやる!『真空波』だ!」

「ラティ、『波乗り』!ルリ『ハイドロポンプ』!」

 

 3発の真空波がラティアスの体を叩くが、そもそもカポエラーは特殊攻撃は強くない。時間差による攻撃は見事だが、結局のところダメージは高くない。そしてフーディンの攻撃は、思ったより溜めに時間がかかる。マリルリのアクアリングが相手の攻撃に間に合っているのがその証拠だ。

ラティアスの発生させた大波と、マリルリの大量の水がそう広くない廊下の中で疑似的な洪水を起こした。とはいえ、この暗闇の中では相手は直接狙えない。男達の膝まで水かさが増えたが、直接的なダメージ足りえない。

フーディンのシャドーボールが、水にドボンと落ちる音がした。水嵩でマリルリの体は隠れているが、あのポケモンの速度ではどこから来るかわからないあの技は防げない。片方はこれで終わりだ。

 

「わからないかしら?あなたたちがこの闇を利用したように、私のポケモン達もこの水を利用できるのよ」

「所詮ガキの浅知恵だな。確かに今は水がうぜえが、今こうしている間にも水は排水されてる。すぐ元に戻って……」

「それで十分よ!ルリ、『滝登り』!」

「何ぃ!?」

 

 水かさはみるみるうちに減っていく。マリルリの倒れた体が見えてもいい浅さになっても、その体はなかった。いや、いつの間にかフーディンの足元へ潜水している。まさに鯉の滝登りのような勢いで、顎を捕えるアッパーを放った。フーディンの体が浮かび上がり、脳を揺さぶられたため強力な超能力も使えない。

 

「ルリ!『グー』、で攻撃!」

「ルリルリ、ルッー!!」

 

 マリルリが、地面に着地した後、本来の倍以上膨らんだ右拳を後ろに下げる。誰でも知っている手遊びのようなその仕草の中に、爆発的な威力が秘められていることを太った男は悟った。

 

「ちっ、フーディン『サイドチェンジ』!」

「なっ、おい待て兄者、それは……!!」

 

 フーディンに指示を出すと、瞬時にカポエラーとフーディンの位置が入れ替わった。刹那、マリルリの拳がカポエラーを殴りつける。本来はダブルバトル等で仲間との位置を入れ替える技だ。それを自分が攻撃を回避するために使ったのだろう。仲間のポケモンを犠牲にして。

 

「兄者……!俺のカポエラーを盾にしやがったな!?」

「悪いかよ。自分のポケモンがロクに戦えない状態になったことにも気づかない屑、盾にしてもらえるだけ感謝してほしいもんだなぁ?」

「どういうことだよ!?」

 

 カポエラーの使い手である痩せた男は気づかなかったようだが、カポエラーは半ば溺れかかっていた。カポエラーは回転するとき逆立ちの体勢を取っている。つまり、頭は下にあるということだ。ならば男たちの膝までつかる程度の水かさでも口や鼻は覆われてしまう。高速回転という、激しい運動をしているならなおさら、暗闇の中でいきなり降って湧いた波を飲み込み、まともに呼吸などできなかっただろう。

 

「あなたたちは、闇に慣れ過ぎた。私達にもあなたのポケモンは見得なかったけど、あなたにも見えてないんじゃ勝ち目はないわ」

「く、くそがっ……!大体なんだよ今の一撃は、俺のカポエラーが一撃で……」

「それには後で答えるとして……この場合、あなたのフーディンはラティとルリ、どっちで倒せばいいのかしら?入れ替わっちゃったけど」

 

 その言い方は、倒そうと思えばどちらでも倒せるとはっきり言っていた。この戦いも主催者側は把握しているのだろう。すぐにアナウンスが入る。マイクを軽く手で叩く音の後響いたのはジャックの声だった。

 

「あーあー、本日は晴天なり。本当ならルール違反して他人とのポケモンを入れ替えた時点でルール違反でフーディンは失格なんだけど、今回は状況が状況だし二人がかりで挑みかかろうとする姑息な戦術に免じてチャンスをあげるよ。ジェム・クオールはラティアスでフーディンと戦うこと」

 

 呑気で朗らかな子供の声。だがそれは、男にとっては死神の死刑宣告にも聞こえた。チャンスというのは建前で、本来の施設の目的から外れた自分たちへの制裁にしか思えない。

 

「さて……それじゃあ、続きやろっか。ラティ、『ミストボール』!」

 

 想定外の状況に反応が遅れる男をしり目に、ジェムは幻惑の霧を放つ。フーディンに当たる前に霧散し、ライトの明かりすら通さない霧となった。

 

「くそぉ……畜生がぁ!調子に乗ってんじゃねえぞガキ!捻り潰してやる、『サイコキネシス』だぁ!!」

 

 だが、フーディンは動けない。さっきのラティアスと同じだ。霧で見えない相手を、念動力でとらえることは出来ない。まさに五里霧中だ。そしてその霧は、徐々にフーディンの体に集まって結露となり、滴る水となり――ついに体全体を覆う水球となる。超能力で常にピンと立ったフーディンの髭が水に萎れて、溺れていく。

 

 

「これで終わりよ、『ミスティック・リウム』!!」

 

 

 念動力が水を圧縮して、深海数百メートルの圧力がフーディンを襲った。水が弾けたときには、戦闘不能になってスプーンを手放すフーディン。

 

「認めねえ……認めねえぞこんなの!もう一度俺とバトルだぁ!」

 

 倒れたフーディンをボールに戻すこともしないまま、太った男は激昂してゴチルゼルを出す。ジャックがアナウンスで失格になるよ?と言ったが、男は無視した。

 

「もとよりこんなクソ施設のルールなんか知るかよ……兄弟、てめえも次のポケモンを出しやがれ!」

「待てよ、ちょっといいか?確かこの施設、出会ったトレーナーはバトルしなきゃいけねえんだよな?」

 

 気がつけば、カポエラー使いの男はジェムを通り過ぎ、フーディン使いの男に近づいていた。

 

「だから知るかっつってんだろ!!てめえ、誰に口きいてやがるんだぁ!?」

「ああいや、あんたに聞いたんじゃねえ」

 

 痩せた男は暗闇の天を見上げた。ジャックは愉悦を湛えた声で、こう言った。

 

「ああ、その通りだね。バトルピラミッドの主催者としてバトルを命じるよ?」

 

 言葉の意味は明白だ。痩せた男は自分のカポエラーを身代わりにされたことに怒っていた。だから、太った男にバトルをしかけ、ジャックはそれを認めた。

 

「兄弟てめぇ……俺に逆らう気か?」

「俺のポケモンを盾にするような兄貴なんて知らねぇな……!」

 

 痩せた男はエビワラーを繰り出す。完全に怒り狂った太った男の声がしたが、ジェムはもう聞いていなかった。二人は放っておいて、距離を取った後ポケモン達を道具で回復させる。

 

「勝った方には敗者の道具を一つ貰う権利があるけど、いいのかい?」

「あんな人たちの道具なんていらない。馬鹿な男の人に関わっちゃダメってお母様も言ってたわ」

 

 ジャックの声が聞こえたが、ジェムは冷たくそう言った。あの男達には、ダイバやアルカのような同情の余地など欠片もなかった。そんな相手に優しくできるほど博愛主義者でもないのだ。

 

「そうかい。じゃあ待ってるね。僕の可愛い教え子よ」

 

 そう言ってアナウンスは切れる。後半完全に私用で私と話してたけど大丈夫かなあとちょっと思ったが、まあジャックさんだし上手く言い訳するのだろう。

 

「悪戯してお母様に怒られそうになっても、上手くかわしてきた人だし……それよりも、よく頑張ったわルリ、ラティ」

 

 二人を片方ずつの腕でぎゅっと抱きしめる。ラティアスの必殺技ももう十分完成していたし、ルリの新しい技もイメージ通りに仕上がってきていた。

防御力が決して低くないカポエラーを一撃で倒した技の正体は、腕一本に範囲を集約させた技、腹太鼓だったのだ。

 

 腹太鼓は体力の大幅な犠牲と引き換えに爆発的な攻撃力を得る技。それ故に、本来出せる相手は限られるし、今回のようにいつ相手が仕掛けてくるかわからない闇の中では使った瞬間に技を受けて倒される危険性を孕んでいる。そこでジェムは、腹太鼓の効果を受ける範囲を限定させることによって体力の消耗を抑える工夫をしたのだ。

ポケモンにもよるが、マリルリの場合は筋力に水の圧力を上乗せすることで攻撃力を上げている。それを全身ではなく腕一本に抑えることで、体力の消耗を極力失くすことに成功した。

 

「じゃんけん、昔はよくやったもんね」

「ルリィ♪」

 

 それを相手に悟られないために、技の『じゃれつく』と合わせる意味も含めてじゃんけんの掛け声で指示を出す。グーで直接拳に力を込めて攻撃。パーとチョキは決まっていないが、そのうち考えるつもりだ。ジェムは手遊びが好きだったが、母親はあまり詳しくない上に不器用だったので、よくポケモン達とやっていたのがヒントになった。

 

「ここから先にいるのは、多分あの二人を倒せるようなトレーナーだよね……気を引き締めなきゃ」

 

 ジェムは歩き出す。ここからは溜めた道具をいかに消費しないかの勝負になるだろう。万全の体制を整えて、ジェムは次の階を目指す――。

 


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