フロンティアを駆け抜けて   作:じゅぺっと

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それぞれの夜

 

 

 

 

 始めてフロンティアブレーンに勝利したジェム。ポケモンは回復してもらったが大分連戦して疲れも溜まっているということで今日は部屋に戻って休むことにした。いつほかのトレーナーが襲ってくるかわからない以上寝食をダイバと共にすることになるわけだ。フロンティアにはたくさんのトレーナーが集まる以上、宿泊施設が用意されているので、そこに泊まろうとジェムは提案する。

 

「いや……その必要はないよ。僕はパパとママから部屋をもらってるから。ついてきて」

 

 ダイバはそう言うと、ジェムを案内し一つのホテルへと向かう。いくつか用意された宿泊施設の中でもひときわ高級そうなところで、日の暮れたフロンティアに上品な明かりをともしていた。

その中に入り、ダイバはフロントの人といくつか会話を交わす。その間ジェムはテレビの中でしか見たことのない特別な雰囲気をきょろきょろと見渡している。建物そのものもそうだが、中にいる人もエリートトレーナーやジェントルマンなど、なんとなく気品のある挙措の人間が多い……気がした。

 

「ほら、カードキー貰ったから行くよ。……あと、あんまりきょろきょろしてると変に思われるからやめて」

「え!?う、うん。わかったわ」

 

 特に笑われたりはしていないが、そういう物なのかなとジェムは思う。ともかくエレベーターに乗り、自分たちの拠点となる部屋のドアを開ける。

 

「わあ……広い」

「……こんなもんじゃないの?」

 

 花の模様で彩られた大きなソファに、3人くらいで寝ても大丈夫そうなベッドが二つ。テーブルにはおいしそうなお菓子が置かれ、ガラス張りの向こうにはお風呂まで用意されていた。俗に言うスイートルームというやつである。

 

「まるで一つの家みたいね、すごい」

「……君って本当にチャンピオンの娘?一緒にこういう所に来たりしないの?」

 

 呆れるような、冷めた反応のダイバ。ジェムの親であるチャンピオンはその地位故結構なお金を持っていると思うのだが、ジェムの反応はかなり庶民的だ。

 

「うーん、お父様もお母様もあんまりこういう、高級そうなところ?って好きじゃないみたいなの。お仕事でパーティーなんかに出ると落ち着かないって苦笑いしてるわ」

「……ふーん。うちのパパとママとは大違いだ」

「でしょうね……ふあ」

 

 ダイバの両親が派手好みっぽいのは今日会ったネフィリムのことや、この島そのものを作ったエメラルドのことを考えれば容易に想像がつく。頷きながらソファに座ると、その柔らかさと一日中バトルしていた疲れで一気に眠気が襲ってきた。

 

「寝ちゃわないうちに先にお風呂に入ってもいい?疲れた……」

「……今日一日で随分とメガシンカを使ったからね。そうしたら」

 

 メガシンカはポケモンとトレーナーの絆の力――つまりはトレーナーの精神力を消費して発動する。それを一戦あたり2分もかからないあの施設で行い続けたのだ。並のトレーナーなら疲労で倒れてもおかしくないところだ。

目をこすりながらジェムは脱衣所へ。そしておもむろに服を脱ぎ風呂へと入っていった。

 

 体を洗い、シャワーで流した後浴槽に浸かる。手でお湯を掬いながら考えるのはまず今日のバトルのこと。

 

「ここに来てからいきなり色々あったけど……最後に少しだけ、お父様に近づけたかな」

 

 いろんな人とバトルして負けてしまいには操られて心が折れかけて、それでもあのドラゴン使いの少女のおかげでようやく掴んだ一つ目のシンボル。それを思い返す。

 

「今日あったこと、全部話したらお母様心配するよね」

 

 特に謎の男に操られかけたことを言ったら大層不安に思われるだろう。このことは伏せておこうと心に決める。両親のことに思いを馳せたあと、ダイバの母親であるネフィリムに言われたことを思い出した。ダイバと、仲良くしてあげてほしいと。

 

(凄く無茶苦茶する子だし、凄く暗そうだからあまりしゃべる気にならなかったけど……少し、話でもしてみようかな)

 

 今日自分の心を一度折った原因の半分くらいは彼のせいである。そんな子に自分から関わるなどやめておいた方がいいのではないか。

 

「でも私は……お父様の娘だもの」

 

 自分の父親は他人に対して頑なでひねくれていた少女の心を少しずつ開き、自分の命を絶とうとしていた一人の少年をバトルで笑顔にすることで留めたという。ならきっと、ダイバの心をネフィリムの代わりに開くことが自分のなすべきことなのではないか。ジェムはそう思った。

 

 

 

「ふう、気持ちよかった~」

 

 お風呂から上がったジェムはパジャマに着替えて脱衣所から出る。ダイバの様子を見ると、彼はベッドの上で何やら携帯ゲームを遊んでいるようだった。ジェムが隣に座ってのぞき込むと、それはポケモンバトルのシュミレーションゲームらしい。

 

「へえ……ゲームするのね。面白い?」

「……別に。ただ、これもバトルの練習にはなるからね」

 

 そう言いながら彼は画面の中の自分のポケモン――ガブリアスとガルーラ、そしてゲンガーで相手を次々と倒していく。ジェムはあまり電源ゲームをしたことがないが彼の正確無比な動きは施設で見せたバトルと同じで相手に一切の容赦なく、効率的に倒している印象を受けた。

本人の言う通り、楽しんでプレイしているようには見えない。

 

「ガブリアスとガルーラは見たけど、ゲンガーって持ってたっけ?」

「……まあね。今日は使ってないけど」

「そうなんだ。今度見てみたいわ」

 

 なんて他愛のない話を少しした後、ジェムは意を決して聞く。

 

「ねえ。せっかく同じ部屋で過ごすんだし、少しお話ししない?」

「……話?」

 

 怪訝そうな顔をするダイバ。フードから覗く目は冷たく、一瞬彼とバトルした時のことを思い出しすくみそうになるがこらえる。

 

「そう。私、あなたがどうしてそんなに強くなったのか……あなたの話、聞いてみたいな」

「……聞いても、つまらないよ」

「そんなことないわ。あなたのお父様もお母様も、その、変わった人なんだし、興味があるの」

「いやだ、教えない」

 

 ジェムが聞いてみたが、ダイバは珍しくぴしゃりと断った。その言葉には、はっきりとした拒絶が見て取れた。

 

「思い出したくないの?」

「っ……そんなこと」

「やっぱり、そうなんだ」

 

 彼は図星を差されたように顔を背ける。その仕草は年相応の子供の様で、ほんの少し微笑ましく……そして、痛ましかった。ジェムにとっては父と母との思い出は全て宝物のような記憶だ。思い出したくない記憶というものがどんなものか、想像も出来ない。

 

「ねえ……あなたはお父様やお母様に、抱きしめられたことある?」

「は?……ないよ、そんなの」

「私のお母様とお父様はね。昔から、私が良いことをした時、悪いことをして叱った後……よくぎゅって、抱きしめてくれたの」

「……だからなに?」

「そうされると、なんだか大切にしてもらえてる気がして、とっても嬉しくなるのよ。……こんなふうに」 

 

 ジェムは隣にいるダイバの自分より小さな体をぎゅっと抱きしめる。お風呂あがりの体のぬくもりが、服越しにダイバに伝わった。

 

「あったかくて、気持ちいいでしょう?この温かさを、少なくともあなたのお母様はちゃんと伝えたかった。そう思うの」

「……何を勝手なこと言ってるのさ。僕のママはパパの従順な道具だ。パパが僕にかける期待を叶えるために僕に構ってるだけ……それだけだよ。君がどんな風に育ったか知らないけれど、君の勝手なイメージを押し付けないでくれない?」

「ううん。間違いないわ。だって、あなたのお母様は、私、に…………」

「……?」

 

 ジェムの言葉は途切れる。ダイバが首を傾げてジェムの顔を覗き込むと、彼女はすやすやと寝息を立てていた。お風呂に入る前から相当眠たそうにしていたとはいえ、こんなタイミングで眠らないでほしいとダイバは思う。蹴り飛ばしてやろうかと思った。

 

「まあ起きて話を続きをされてもうっとおしいし……いいか。ほんと、弱いくせに無防備だよね」

 

 ダイバはため息をつく。今抱きしめたまま眠ってしまうこともそうだし、脱衣所の部分はガラス張りになっているので彼女が服を脱いでいるところは普通に見えていたわけだが、彼女は眠気のせいだろうか気にするそぶりを見せなかった。

 

「あんな油断した姿を見せて、僕のこと……何とも思ってないのかな?」

 

 あれだけ容赦なく彼女のポケモンを痛めつけて自分には敵わないと思わせたはずだったのに。あのドラゴン使いの女のせいで調子が狂ってしまった。

 

「別にあの子のことなんてどうでもいい。だけど僕はパパの息子だ。だから……」

 

 母親を、自分を。そして無数の人々を従え頂点に君臨する父親。ジェムを支配しようとしたのは、彼のようになりたいという心の表れだった。それは自覚できる。

 

「……またそのうち、教えこんであげないとね」

 

 だけど、ダイバ自身が自分の意思でジェム自身への興味を持っていることは、まだわかっていない。ひっついたジェムを適当に寝かせたあと、彼も風呂場へと向かうのだった。一方その頃、件のドラゴン使いは――

 

 

 

 ジェムと戦ったドラゴン使い――ドラコ・ソフィアは特訓のため外に出たところを二体のゲッコウガに襲撃された。数多くのトレーナーが集うこの場所、それにゲッコウガ二体の統制のとれた動きからどこかにトレーナーが隠れていて指示を出しているのかは明白だったが、姿が見えない。こうしてドラコが吠える間にも、ゲッコウガ達は拳に冷気を纏って殴りかかりに来る。冷凍パンチだ。

 

「カイリュー、雷パンチ!メガリザードン、ドラゴンクロ―!」

 

 それを自分のドラゴンで迎撃するドラコ。雷を纏った掌底と二つの牙にゲッコウガの体が引き裂かれる。すると、ゲッコウガの体が影となって掻き消えた。影分身だ。もう一時間以上、影分身が突っ込んできては迎撃してを繰り返している。

 

「こそこそと……勝負するなら正々堂々と出てこい!!」

 

 言葉に答えるように再び二体のゲッコウガが出てくる。だがこれもまた分身だろう。辟易しながらも、そうである確証がない以上手は緩められない。

 

(だがおかしい。既にチルタリスとフライゴンに探させている。なのになぜ一向に見つからない!?)

 

 姿の見えない、手ごたえのない敵と戦い続けるのは普通の戦闘以上に消耗する。疲弊しているのを自覚し、焦りが募る。そしてまたゲッコウガの冷凍パンチが襲ってくる。

 

「何度も何度も……馬鹿の一つ覚えか!!破壊光線!」

 

 カイリューの破壊光線で二体とも薙ぎ払う。そう、この一時間相手は影分身に冷凍パンチを撃たせて来るだけ。それも途中からは全く同じタイミング、同じ動きで攻撃を仕掛けてきていた。

 

(ええい、一体……何が起こっている!私は、何と戦っているんだ?)

 

 ドラコの意識は、摩耗していく。それでも敵の攻撃は止まらず、何度も、何度も――

 

 

 

「やれやれ、やっと大人しくなりましたか。ご苦労、ゲッコウガ」

 

 数時間後、ドラコは路地で放心したように立ち尽くしていた。ドラゴンたちも、もう存在しない敵に対して自身の拳と爪を振るい続けている。

それに嗤いながら近づく一人の男がいた。ドラコとジェムの戦いを見て正面からの戦いを挑むのは不利だと判断した男は、まず影分身で何度か攻撃をしかけた後……ドラコに相手に瞳に同じ映像をループさせ続ける催眠術をかけた。ドラコの精神が擦り切れるまで。

 

「さて、ではこの子には……あの子の前に私の傀儡になってもらうか。もう一仕事頼むぞ、カラマネロ」

「う、ぐ……」

 

 カラマネロが改めてドラコに改めて催眠術をかける。今度は映像ではなく、自分たちに服従を強制する……洗脳の術を。ドラコがうめき声をあげるが、もはや抵抗のすべはない。

だが、そんな男に声をかける一人の少女がいた。

 

 

「……相変わらず、趣味が悪いのですね。アマノ」

 

 

 男――アマノやドラコよりは背の低い、薄いピンク色の髪をツインテールにした少女が、アマノに苦笑する。茶色のぼろぼろマントを被った彼女にアマノも振り返り、にやりと笑みを浮かべた。

 

「やっと来たか。ずいぶん時間がかかったな」

「まあその代り上手くやってきましたよ。……チャンピオンはしばらくここには来れません」

「ご苦労。……もう一つ頼まれてくれるか?」

「なんです?」

 

 アマノは少女に一枚の写真を渡す。そこにはドラコとバトルするジェムの姿が写っていた。

 

「この子はチャンピオンの娘だ。……今日は俺がこいつを手に入れるはずだったんだが、失敗してしまってな。俺が再び近づけば、警戒されるだろう」

「今みたいに影分身と催眠術でやっちゃえばいいんじゃないです?」

「無理だ。こいつは今あの野郎の息子と共に行動している。この術は一人にしかかけられない」

「まさに目の上のたん瘤ですね。……いいですよ、私がやります。なかなか私好みの子ですし」

 

 少女は写真を見て笑った。写真の中のジェムを見るその瞳は、彼女を人間として見ていないのがアマノにはわかった。まるで、美しい美術品を見るような眼だ。

 

「……趣味の悪さは俺に似たんじゃないか?」

「中年のロリコン趣味と一緒にされたくはないのです。それではわたしはこれで」

 

 ドラコのことなど眼もくれず、夜のバトルフロンティアを歩いていく。残されたアマノはため息をついた。催眠術をかけ終わり、崩れ落ちたドラコを見て満足げな笑みを浮かべる。そうして、それぞれの夜は更けていく――。


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