カンピオーネ -魔王というより子悪魔-   作:雨後の筍

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どうも今日は七夕ですね
本編そっちのけで閑話を書いてみました
いつもとは違った書き方をしているのでかなり雑なところはありますが楽しんで読んでくださると幸いです
内容についてはほとんどの人はまず書かないだろう領域……なんでこんなとこまで足突っ込んでるんでしょう? 俺受験生だった気がするんですけど……
七夕→織姫→羽衣伝説→???

前置きはさて置き、本編をどうぞ


閑話 ‐夏‐
ニーベルンゲンの……?


【 「好色の君」草薙護堂に宛てられた某魔王の手記より 】

 

 ヴォバン侯爵も去り、果たして私たちにまた平穏が戻った今日この頃。

 月日は過ぎ去り……と言いたいところだが、残念ながらあれから2週間と経っていない。

 私もなんでこんなに厄介事が頻繁に起こるのかと常々疑問に思っているが、カンピオーネが2人もいればこれだけ騒動に巻き込まれてもおかしくはないのかもしれない。

 まぁ、前置きはいいとして、これは私たちが先日7月7日に出会った不可思議な出来事について記したものだ。

 回想形式で纏めてみたので是非楽しんで読んでいってくれたまえ。

 出来ることなら私たちの苦労を労ってくれると嬉しい。

 それでは、私たちの一晩の喜劇をとくとご覧あれ。

 

 

                ◆◆◆◆◆

 

 

 さて、私たちが平穏を甘受していたとある日のこと。

 夏休みには一足早い一大イベントが私たちを待っていた。

 そう、七夕だ。

 笹に短冊を吊るして願い事をするという、大変子供受けするイベントだね。

 もちろん永遠の11歳児たる私も、毎年ひかりと連れだって喜び勇んで参加するわけだが、その前に神社では七夕の儀式をしなければならない。

 儀式をするのが深夜1時というのもどうかと思うけど、それはまだいいんだ。

 問題は、儀式の際に祐理に霊視が降りてきたところから始まる。

 本来七夕に神様は関わってこない。

 いや、ほんとは天帝様とか関わってくるけど、そんな大物と私はドンパチやりたくないから、除外させていただく。

 そう、本来なら関わってこないはずの行事において霊視が降りたのだ。

 その霊視の中身を聞いた途端、私は絶句した。

 なんせ、霊視の内容は七夕に関係無さそうなのに、それでも重要な出来事を伝えてきたのだから。

 

「天から降りてくる乙女。自分が何ものかを失ったものがいます。乙女の羽はもがれれ、その高潔なる魂は汚される。その純白の乙女は……霊視はここまでのようです。いったい何のことなのでしょうね?」

 

 祐理にはわかっていなかったようだけど、私にはわかる。

 つまり迷える子羊がいるということ! そして、それを導けば女神様かそれに準ずる神獣ゲット! 簡単な方程式だね!

 そこまで考えた思慮深い私は、早速祐理とひかりを伴って探索に出ようと思ったんだけど、彼女たちは深夜の儀式のせいで疲れきってしまったらしい。

 仕方がないから朝が来てから探しにいくことになった。

 このとき、テンションが押さえきれなかった私は、ついつい徹夜をしてしまったのだ。

 神様関連の出来事があるというのに夢を見なかったこと。

 それを私は、後になって死ぬほど後悔することになる。

 

 七夕一色に染まった街をいつもの5人で歩く。

 霊視はあれだけではなかったようで、今回の舞台は、世田谷阿佐ヶ谷だとわかったらしい。

 七夕祭りで有名な地域だ。阿佐ヶ谷までは電車で40分ほどだったが、駅から出た途端に辺りはくす玉飾りや吹き流し、提灯などで飾りたてられ、東京最大の七夕祭りの看板に偽りはないなと感心したものだ。

 クリスマスやらバレンタインやらには街はイベント一色となるのに、この街を例外にして七夕でそうならないのは、やっぱりそれらのイベントが企業の陰謀によって成り立っているところが大きいからなのだろうか。

 そんなにカップルどもから金を落とさせたいのか企業、そしてそれに引っかかるなリア充ども。

 欧州の方ではクリスマスは温かみのある家族のイベントだし、バレンタインは友達同士の交流の場だしねぇ。

 日本は外国文化を変に独自解釈しすぎじゃないかな? ちょっとイラッとくるね。

 いや、クリスマスもバレンタインも諸説あるんだけど……あんま踏み込み過ぎるとうっかり神様呼び寄せちゃいました、とか普通にありえる身の上だから遠慮させてもらいたいのですよ。

 たとえ知識としては既に知っていても、言葉にするかどうかの違いはかなり大きな違いとなるからね。言霊怖い。

 それに比べて七夕はまだ原型を保ってる方だと思う。

 もとが中国から来ているというのもあるかもしれないけどね。

 

 さて、まんま子供であるひかりやわらしは、街の所々にある七夕の飾りつけに興味深々だし、アテナも異国の祭りが珍しいのかさっきからテンションが高めだ。

 もちろんイベントの類をこよなく愛する私もテンションは上がっているのだが、あとの3人が迷子になりそうなレベルで興奮しているので、祐理と一緒に抑え役に回っている。

 一年で一番ロマンティックな日だと私が盲信する七夕は、なぜか恋人の参加が少ない。

 それは先に述べたように日本の解釈が頭おかしいからではあるけれど、こういう時はいいものだな、と思う。

 ほら見てごらん、天の川なんかより君の瞳の方が綺麗だよ、ってか?

 本来ならそんな景色が繰り広げられていてもおかしくはないだろうのになぁ。

 まぁ朝っぱらからそんなことやってる奇特な方々とは関わり合いになりたくないけれど。

 そのあと私たちは七夕の飾りつけを傍目に探索を続けたわけだが、昼ごはんの蕎麦を食べてしばらくするまで成果を上げることはできなかった。

 このまま成果をあげることができないんじゃないか、と話し合っていた矢先、昼ごはんを食べ終えて店の外に出た途端、私たちは彼女に遭遇した。

 都合4時間ほど探索したとき、そこで初めて私は違和感を持った人を発見することに成功。

 この事実を以て成功としたいところではある。

 数字にしてみるとそんなでもないが、実際に街を練り歩いてみると些か退屈な時間だった。

 期待に胸をふくらませすぎていたのが影響したのかもしれない。

 なにはともあれ、私たちは彼女に出会った。

 その身を純白一色の衣装に身を包んだ西欧系の美人さんだ。

 かわいい系というよりは綺麗系、カッコイイ系な感じとでも言えばいいだろうか。

 ドレスのようでありながら動きやすそうなその服装は、さながら戦う乙女というものを連想させる。彼女の頭の髪飾りは鳥の意匠だろうか? 

 私は、正直この時点で大体彼女の正体を掴むことはできた。

 だが、七夕の日に彼女が現れた理由が全くわからなかった。

 七夕に全く関係なく出現した可能性、関係あるが気づいていない可能性、そこを掴むことができない。

 しかし、七夕の儀式の最中に祐理に霊視が降りたというのは大きな手がかりになるはずだ。

 彼女が七夕に全くの無関係とは流石に思えない。

 彼女の逸話と七夕に何らかの関係があるのだろうが……北欧の戦乙女と織姫様に関係性なんてあったっけ?

 私はしばらくそのことで頭を悩ませることになる。

 知識があったとしても、それを繋げあわせることができないこともあるのだ。

 今回のように七夕を軸にしているように見せかけているだけの事例は特に。

 後で七夕に直接関係があったわけではないとわかった時の私の脱力は、推して知るべしだろう。

 

 早速彼女に話しかけた私たちだったが、祐理の霊視通り案の定彼女は自分の素性を忘れてしまっていたようで、なぜここにいるのかすら把握していないようだった。

 それでも何らかの探し物があることだけは覚えていたようで、私たちは喧喧諤諤議論した末に、彼女の探し物を手伝うことにした。

 超常の存在を街に放置し続けるのも問題だし、目の届かないところで記憶を取り戻されて暴れだされるのも困る。その点一緒に探す分には私がいるし、探しものを探す過程で今回何が起きているのか把握できるかもしれない。

 そういう結論に落ち着いた私たちは、昼間のうちは彼女を連れて街中を遊び回ることにした。

 手がかりが全くないから、彼女の琴線に触れるものが見つかることを期待してのことだ。

 だんだん夜に近づくにつれて活発になっていく街、公園では出店が出始めているところもある。

 別に七夕は夏祭りの日と言うわけではないのだけど、今日は花火すら上がるそうだ。

 例年は花火などはあげないらしいのだが、今年はバックに大物からの寄付があったそうで、大判振る舞いをすることに決まったらしい。

 なんでも阿佐ヶ谷の七夕まつりは地元の商店街が主催しており、街ぐるみで七夕を扱う数少ない祭りだそうだ。

 それでも商店街規模、例年は客入りは上々でも花火大会などには一歩劣る程度の客足だったらしいが、今年は凄まじいらしい。

 正直このはしゃいでる3人の幼女が迷子になるまで、あとどれだけの時間があるのかと戦々恐々しているところだ。

 

 さて、そんなこんなで夕方の、商店街から一本外れた道。

 ふと思ったのだが、祐理と某純白の乙女さん以外の4人が幼女なこの一行は、まさか6人姉妹だとでも思われているのだろうか?

 ひかりと祐理は亜麻色の髪、私とわらしは濡れ羽色とでも言うのか漆黒の髪、アテナは銀糸の如き髪だし、乙女さんに至っては溢れるような金髪だ。

 こんなに髪色だけをとってもバラバラな6人だから、友達の集まりだと思われているのだろうか?

 それにしては6人の中の距離感が妙に近かったり、妙に遠かったりするのに違和感を抱いたりしないのだろうか?

 まぁ、全員美女美少女であるから、こういう状況になるのは何もおかしくないとも思うんだけどね?

 まさか現実世界で遭遇する羽目になるとは思わなかった。

 現代社会でナンパってまだ死語じゃなかったんだね。創作の世界にしか存在しないものだと思ってたよ。

 内容を見てみれば、神殺し、『まつろわぬ神』、神獣、媛巫女、媛巫女見習いに……彼女は何なんだろう? 私から見ても『まつろわぬ神』なのか神獣なのかさっぱり判別ができないんだよね。だからこそその正体にいまいち確信をもてていないんだけど。

 それはさておき、こんなメンツにナンパ、そう考えると笑いが堪えきれない。

 ナンパって大体断られてチンピラが切れて、そこで颯爽とヒーロー登場! っていうものでしょ?

 でもこのメンツだと、下手するとひかりだけでも追い払うことができそうだよねぇ。

 魔術がいかに偉大かってことがよくわかる話だね。

 そこまで考えた私は、次の瞬間にチンピラたちを全員のしていた乙女さんに驚きを隠せなかった。

 戦闘態勢に入っていなかったとは言え、この私が全くと言っていいほど動きを捉えられなかったのだ。

 アテナとわらしなら捉えられたかもしれないけれど、私たち3人はその光景に驚愕する羽目になった。

 彼女は、余りにも軟弱なその男たちの精神が気に入らなかったらしく、ついのしてしまったようだ。

 私の中では、彼女がロスヴァイセであることに対しての確証は深まっていくが、それに比べて今回の事態の謎解きは難航していた。

 ロスヴァイセ、詳しいことは自分で調べて欲しいところではあるけれど、北欧神話がワルキューレの1人、オーディンの使いで戦死した勇士エインヘリャルたちを天上の館ヴァルハラへと導き、神々の黄昏ラグナロクの折までもてなし続けると言われている。

 白鳥の羽衣を纏い、その名は騎乗の純白の乙女を表す。

 騎乗って聞くとエロく感じるのは私だけ? テンプレごめんなさい……

 まぁこうやって特徴を上げていくと、彼女がそうであることは半ば確定事項に思える。

 だが彼女の探し物とは何だ?

 彼女たちワルキューレの逸話になぞらえるならば、戦死した勇士たちの魂か? それとも大穴で、奪われた白鳥の羽衣を探しているのか?

 現代に戦死した勇士の魂なんて滅多にないし、羽衣を奪われたのならばこんなところでフラフラしているはずはない。

 私の知っている知識だけで解けない謎というものはしばらく出会わなかったから、正直テンションがさっきから上がりっぱなしだ。

 可能性の一つとして、彼女の記憶が戻らず、今日中に問題が解決することもないなら、家に連れ帰ってもいいのかもしれない。

 テンションが上がっても解けない謎の前に、そんなことを考えてしまうレベルには難題だった。

 

 しかし、解決策は意外なところからやってきた。

 チンピラたちを倒し終わったところを、まつりの主催者に見られていてしまったのだ。

 見逃す代わりにミスコンに参加して欲しいとの要請を受け、祐理は最後まで渋っていたが、結果的に私たち6人はミスコンで優勝を目指すこととなった。

 ミスコンについては、次に会った時に嫌というほど解説してあげるから、ここは起こったことだけを記していこう。

 あ、語り尽くしてあげるけれど私の嫁たちに惚れることは許さんぞ?

 さて、ミスコンのステージに出た乙女さん。

 観客の中に何かの姿を捉えた途端、彼女は何を思ったのかその頭に林檎を乗せた。

 観客含めて私たちまで疑問符が頭に浮かぶ中、次の瞬間彼女の見ていた場所からなんと矢が飛んできたのだ。

 その矢は的確にその乙女さんの頭に乗った林檎を貫き、観客たちをどよめかせた。

 私は事態が進んだことを喜んだが、さっぱりわけはわからなかった。

 ロスヴァイセの逸話にこんなものはない。

 七夕と合わせて、何が混ざり合ってこんな形になったのかが全く理解できないのだ。

 それでも話は進んでいく。

 そのあと、先程の矢がパフォーマンスだと思われたのか乙女さんは優勝したのだが、その優勝賞品を渡される段になって、ステージに乱入する影があった。

 偉丈夫だ。

 一目で神代の名のあるものだとわかる剣を腰に佩き、その手には弓矢、背中には羽が生えている。

 なぜ今まで気づくことができなかったのか。

 彼は『まつろわぬ神』だ。

 先程の矢懸けも彼が行ったものであるのは予想がつく。

 しかし、彼の気配を察知できたのは今が初めてだ。

 この舞台で何が起ころうとしているのか、私は思考を加速させていた。

 彼がいつ暴れだしてもいいように私たちは構えながら、この状況がどう転ぶのか、そこを注視していた。

 そこで彼が雄弁に申すところ、私は7年も連れ添った大事な妻を囚えその記憶を奪い去った極悪魔王らしい。

 うん、わけがわからない。

 理不尽ここに極まれりだ。

 ここまで彼女の探し物に付き合ってあげたりしていたのに、なにがどうなって私が原因扱いされているのだろう?

 なんだか薄々、乙女さんがただのロスヴァイセじゃない気はしてたけど……こんなのが出てくる話って一体なんだ?

 そう考えを巡らせながら、私は今にも周りに被害を巻き起こしそうな雰囲気を醸し出す、この神様をどうしようかにも悩んでいた。

 まるで、大きな物語の中の一役に私を当てはめて流れるかのような状況に、下手な動きを取れなくなってしまったのだ。

 ここでこの流れを断ち切ることはできる。

 しかし、それで何が起こるのかがわからない。

 例えば神様の方だけ夢に引きずり込んで、乙女さんを放置したらなぜか暴れだしてしまった、とか目も当てられない。

 だからといって、二人共引きずり込んで乙女さん覚醒からの2対1は辛いものがあるし……

 なんだかこのまま流れに任せておけば円満に解決するんじゃないか、私がそう思い始めたときのことだ。

 救世主(笑)が舞い降りた。

 多分奴のことだ、ミスコンがあると聞いてホイホイやってきたのだろう。

 そしたら舞台上に『まつろわぬ神』登場、慌てて推参といったところか。

 なんでこうタイミングよく東京にいたのかはよくわからない。

 さっさとまた旅に出てればよかったものを……

 今、高笑いをしながら後ろに『剣の妖精』を従えた奴の名前は、七星斗真(ななほしとうま)

 どこのキラキラネームだよとつっこみたいところだけど、護堂君の名前も負けず劣らずだから何とも言えない。

 しかしバカっぽい見た目と違って、奴こそがこの世界に9人しかいないカンピオーネの一人、7人目の神殺し。

 放浪の旅をしていた私と、なんだかんだで腐れ縁と化している奴だ。

 先のヴォバン候爵の事件の時もいたから覚えてくれているとは思うけど、あいつはうざい。

 なにがうざいって、奴が神殺しになってやってることは女の子集めなのだ。

 そう! こいつは5年前のヴォバン候爵の神の召喚の儀式の折に現れ、私が助ける予定だった巫女たちの大半をかっさらっていきやがったのだ。

 折角女の子達に恩を売る大チャンスだったというのに……

 それに加えて、先の事件の時も祐理にちょっかいだそうとしやがって!

 まぁ、ハーレムを作るんだとか公言してる糞野郎ではあるけれど、それ以外のところは案外真面目で出来たやつだから困る。

 先日だって祐理に手を出しに来たわけではなくて、リリアナを助けるためにヴォバン候爵に喧嘩を売ったみたいだし、あの時は少し見直してしまった。

 そのあとすぐに祐理に手を出そうとしやがったからぶちのめしてやったがね!

 護堂君は最後の方死んでたから、そこまでは覚えていないかもしれない。

 まぁ奴の詳しいプロフィールなんて今はどうでもいい。

 問題はこのタイミングで奴が現れたことだ。

 奴の権能は便利だから、もしかしたら奴をおだててその気にさせれば、私が手を出さなくても解決できるかもしれない。

 ここから先は慎重に行かねば、そう私が決意していたのを他所に、奴はいつもどおりのイカレ具合で、神様の方に喧嘩を売りやがった。

 どうせ神様を倒せば乙女さんが手に入る、とか短絡的に考えたんだろうけど……

 もう少し考えてから動いて欲しい。ともあれ、魔王役はこれで奴に押し付けられた気がする。私の勘がそう言っている。

 

 さて、次の瞬間世界は塗り変わった。

 奴の権能、名を「偽・無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)」とか言ったか? 相変わらず何の神を倒して得た権能なのかさっぱりわからない。

 辺りの景色は、夕暮れの中に歯車が浮かび、大地には無数の剣が突き刺さったものへと変貌している。

 今回の展開では神様と乙女さん、私とアテナに祐理とひかりとわらし、奴自身とリリアナだけを取り込んだらしい。

 この剣の丘は私の「花園の春」と類似した権能で生み出されたものだ。

 私が「花園の春」で風や植物を司るなら、この「偽・無限の剣製」は文字通り剣を司っている。

「偽・無限の剣製」は展開せずとも剣を無限に生み出せる権能らしいので、出力という点では私のほうが劣っているが、柔軟性という点では私の方が圧倒的に上だ。

 まぁそれはおいておいて、奴の世界に招待されたわけだが、これは物語上で大きなファクターにはならなかったらしい。

 一安心する間もなく、神様と奴とが戦い始めたことをおいておけば十分な結果だろう。

 私の知る奴の権能は3つ、その3つであの神様の正体を暴けるだけ暴いてもらえると嬉しいのだが……なんだか登場の仕方からしてかませな匂いをプンプンさせているあたりが、私が奴のことを認めづらい要因の一つだったりする。

 とりあえず神様は奴に任せて頭の中で資料をめくるが、なかなか役に立つものが引っかからない。

 もうここまで来たら、古エッダを紐解いたほうが早いんじゃないかと思えてきた。

 時間もあるし、やりますか。

 カンピオーネの語学力とは言え、流石に古ノルド語の翻訳は骨が折れる。

 昔々に北欧神話を調べていた時に少しだけ勉強したが、それも気休め程度でしかなく、解読は遅々として進まない。

 奴はヘラクレスの権能を駆使して、神様相手に有利な戦闘を繰り広げているようだ。

 実際、この剣の丘であの権能を使われたら大半の相手が敵わないだろう。

 だが、神様の使っている剣が気になる。

 北欧神話で有名な剣といえば、レーヴァテイン、ダーインスレイフなどがある。

 あと今回に関係ありそうな剣といえば、グラムだ。

 英雄シグルズが親から遺され、悪竜ファフニールを屠るために振るったその剣は、かの有名な歌劇「ニーベルングの指環」ではノートゥングとして語られている。

 あの剣にまつわる物語には英雄とワルキューレがいつもつきまとう。

 今回の一件もそれに関するものだと私は踏んでいるのだが……ん? なんだこの違和感?

 ノートゥング? もしかして私は大きすぎる勘違いをしていたのかもしれない。

 そう、ロスヴァイセという名前もそうだ。

 グラムやワルキューレが今一般的に言われる形で語られるのは「ニーベルンゲンの歌」によるものじゃない、「ニーベルングの指環」によるものだ。

『まつろわぬ神』というのは神話に沿って顕現する。

 決して、発表されてからさほど経っていない歌劇程度に触発されたりはしないのだ。

 あの時、ヴォバン候爵が神招来の儀式の時に触媒にしたのも「ニーベルンゲンの歌」だった!

 乙女さんはロスヴァイセなどではなかったのだ! ならば彼女の正体はなんだ?

 純白、白鳥、髪飾り、戦乙女、これらの特徴から導き出される彼女の名前は?

 あった。やっと見つけた。この物語の正体がやっと掴めた!

 Hlaðguðr svanhvít(フラズグズル・スヴァンフヴィート)

 それが乙女さんの真の名前だ。

「ヴォルンドルの歌」において登場し、フィンランド王の長男スラグヴィズと7年に渡って結婚生活を送ったヴァルキュリヤ。

 そして、向こうの神様は多分そのスラグヴィズを含めた3兄弟の逸話を統合した存在だ。

 一番有名なのはウォーランドで、ヴォルンドルの歌、シズレクのサガに登場している。

 乙女さんと結婚生活を送ったというのはスラグヴィズの性格、乙女さんの頭の上の林檎を射抜いたのはエギルの性格、そしてその腰に魔剣グラムを佩いているのはウォーランドの性格だろう。

 ここでは響きもいいし、秘神ウォーランドとでも呼ばせてもらおうか。

「ヴォルスング・サガ」という隠れ蓑に秘された存在だからね。

 さて、ここまで正体がわかればこっちのものだ、と言いたいところなのだが、正体は掴めたが、根幹となる部分がまだ分かっていない。

 なぜ乙女さんは記憶をなくしているんだ?

 原典にはそんな話は一つもない。

 ニーベルンゲンの歌から、その部分だけ引っ張ってきたと考えるのが一番妥当だろうか。

 さて、それはおいておいて、正体も掴めたことだし予想してみよう。

 今回起きている出来事は、飛躍した発想だしいろいろな逸話がゴタ混ぜになってはいるけれど、こういうことかな?

 白鳥の羽衣を神様が隠すことで7年もの間結婚生活を送っていた乙女さんと神様は、白鳥の羽衣が見つかったことで別かれてしまう。

 その時に神様は、乙女さんを追いかけ始める。

 スラグヴィズとエギルとウォーランドの3人だと、原典でも追って行った人のほうが多いからかな?

 ウォーランドは追いかけなかったんだけど。

 ともあれ、乙女さんと一緒にいる私を発見。

 明らかにその一行の中で浮いている私が元凶だと判断。

 エギルとアテナは実は関わりがあるから、そちらは疑わなかったんだろう。

 そして、乙女さんを私の下から救い出すべく、逸話に則って乙女さんの頭上の林檎を射る。

 それから、私たちの前に現れる。

 すると、乙女さんはその取り戻した白鳥の羽衣で天に飛び立ち、自由の身となるはずが、なぜか変な奴が登場したせいで世界が塗り替えられる。

 ここで私はまた考え違いをしていたようだ。物語は滞りなく流れていると考えていた。

 それは間違いだった。

 多分今、奴は魔王という配役にはいないのだろう。

 きっと奴が位置づけられているのは、悪竜のポジションだ。

 今、乙女さんの周りには、戦っている2人以外がちょうど環のようになって存在している。

 これは恐らく「ヴォルスング・サガ」における、ヴァルキュリヤを囲む勇士しか越えられない炎の環に相当する。

 神様は、魔剣グラムをして悪竜を滅ぼし、炎の環を超えて乙女と結ばれる。

 こんなところではないだろうか?

 途中で奴が茶々を入れたせいで、問題なく進んでいたはずの物語が歪み、それを修正するかの如く「ヴォルスング・サガ」へと帰着したのだろう。

 そうすると彼女の記憶が失われているのは、結果的に眠りについているのと同じ状態を表している。

 偶然だろうか? 結局それっぽい筋道を立ててみただけで予想にしか過ぎないし、乙女さんが記憶を失っている原因はわからない。

 だが、正直「ヴォルスング・サガ」に帰着してくれてよかった。

 もしかしたら、乙女さんが祐理とひかりを殺し、わらしを寝取った上で私の目の前から嗤いながら逃げていく、という原典から予想される最悪の事態も起こり得たかもしれないのだから。

 それがなかっただけでも私は十分に安心できる。

 さて、ぐだぐだと色々寄り道はしているけれど、事態の解決法だけはわかった。

 奴が神様を倒せばいいのだ。

 正直私ではあの神様に対しては相性が悪すぎる。

 多分彼は今使っていないだけで、奴と同じように「偽・無限の剣製」紛いのことができるだろう。

 ウォーランドは贋作者。

 伝承によれば、彼はカリバーン、デュランダル、グラムなど名だたる名剣たちを偽造している。

 今彼の手元にある剣こそその証明、オーディンがシグルズに与えたグラムを再現したものなのだろう。

 今は「ヴォルスング・サガ」に則った流れの物語だから、彼はシグルズの育て親のレギンの鍛冶師としての属性を、ウォーランド・スミスとして重ね合わせて使用できるはずだ。

 グラムを再現することと流れに乗せることで、あの剣の竜殺しとしての力を引き出しているのだろう。

 広義的な解釈にはなるが、西洋における竜とは悪の象徴だ。

 そもそもはキリスト教の考えから発展したその考えは、ほかの神話にも色濃く残っている。

 本来ならば退治されるべきは竜ではなく怪物だったはずだが、今では竜=悪という方程式が成り立つ。

 奴は、今彼にとって悪でしかない。相性が悪すぎる。

 事実、彼らの戦いは徐々に天秤が逆に傾き始めている。

 奴も出し惜しみしている余裕がなくなったのか、ギルガメッシュの権能すら使い始めているが、それでも止めを刺すには至っていないようだ。

 と、その時、乙女さんがその手に何かを取り出した。

 弓矢だ。

 なぜこのタイミングで弓矢が出てくるのか? ウォーランドの逸話によるならば、彼を射たとしても身代わりを用意されて回避されるはずなのだが……なるほど、今の彼は奴との戦闘に夢中でこちらに意識を割けない。

 だからこそ、その射によって勝負が決まるということか!

 なんで乙女さんがこっちに協力してくれるのかはわからないけれど、ことここに至っては最高の助勢だね!

 私にはなんだか結末が見えているけれど、さぁ! その引き絞った矢を彼に!

 そして、放たれた矢は私の予想とは異なり、身代わりにされた奴に当たることなくウォーランドのアキレス腱へと突き刺さった。

 惜しかった。実に惜しかった。あと30cmほどずれていれば奴に刺さっていただろうに……ラオウ様じゃないんだから避けるなよ。

 おっと本音が漏れた。

 さて、矢が刺さった瞬間、その隙を逃さずに奴は手に持った黒白の双剣を振るい、ウォーランドの首を刈り取った。

 ウォーランドはその逸話通り、腱を切られることが弱点だったようだ。

 強大な神格を持ち、圧倒的なまでに有名な物語の助勢を得ていた彼も、さすがに弱点を突かれてはひとたまりもなかったということだろう。

 乙女さんが何を思って彼を射たのか、物語はどこに行き着くはずだったのか、わからないことはまだいくつかあるものの、此度の演目はそろそろ終幕のようだ。

 主演は去った。

 奴も新たな権能を得てホクホクだろう。

 私も、結局謎解きだけで戦闘がなかったことは本当に喜ばしい。

 さぁ大団円、また七夕の夜に帰ろうじゃないか。

 だからさっさとこの世界を畳みやがれ、へばっていないで。

 

 戦い疲れてブッ倒れていた奴を叩き起し、元の世界へと帰還する。

 外では、いきなり消えた私たちをめぐって軽くパニックになっていたようだ。

 サプライズ演出でしたー、と場をごまかす私ほんと健気。

 あとで甘粕に後処理をくれてやろう。きっと泣いて喜ぶだろうね。

 私たちは、そのあと乙女さんを含めてまつりを心ゆくまで楽しんだ。

 乙女さんはウォーランドが倒れて、記憶が戻ってきたらしい。

 帰ってきた時に、服どころか顔つきまで変わっていた時にはすごい驚いたから、ある意味納得ではある。

 一般人には”乙女さん”という存在が見えているらしく、違和感を持たれなかったのは僥倖だったけど。

 乙女さん曰く、自分は彼が顕現するにあたって、逸話が類似していたことから彼の物語に取り込まれた織姫だ、とのこと。

 その話を聞いたとき、私の口はあんぐりと開いていて幾分はしたなかったようで、あとで祐理にお説教を受けてしまった。

 いやだって、思いっきり戦乙女の格好してたじゃん。

 それで織姫様だと疑えなんて……それなんて無理ゲ。

 つまり、彼女が最後の最後に彼を射たのは、物語に取り込まれて恥をかかされたことへの復讐? それをあの土壇場で為すとは……女の執念って恐ろしい。

 

 さて、七夕の夜も終わりに近づき、乙女さんは空を見上げ雄大な天の川をその瞳に映すと、その身に羽衣を纏い、ソラへと飛び立っていった。

 ついでに、救い出してくれた感謝の代わりにと、とびきり上等な着物を私たちに1着ずつ渡してくれた。とても嬉しかった。

 だから、それを見送る私は、彼女にちなんで手元に竪琴を呼び寄せ、さらなるお礼にと一曲奏でさせていただこう。

 今回の事件もなんだかんだで平和に終わってよかった。

 来年の七夕も、また平和に過ごせますように。織姫様に祈っておこうか。

 

 

  ささの葉  さらさら  のきばに  ゆれる

 

      きらきら  お星さま  きんぎん  すなご

 

          ごしきの  たんざく  わたしが  かいた

 

              きらきら  お星さま  そらから  みてる

 

 

 




いかがだったでしょうか?


感想批評評価批判文句質問疑問指摘、荒らし以外の全てを歓迎しております
それでは皆さんなにはともあれ良い七夕を!






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