ぶらぼフレンズ   作:とけるキャラメル

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やーなむちほー

 「青ざめた血」ねえ、とぼくの質問をはぐらかし、目に包帯を巻いた車いすの老人がなにやら言っている。要約すると「いいから黙って輸血されろ」ということらしい。ゆらりと車いすを近づけながら老人は誓約書を差し出した。ぼくは適当に記入を済ませる。どうせヴィクトリア朝風の世界観だ、でたらめを書いてもわかるものか。それに装束で顔は見えなくなるのだ。凝った顔にしてもやるだけ無駄だ。

 

 誓約書を受け取ると老人はさっそく輸血に取りかかった。何も心配することはないらしいが、不衛生な設備を見ればまったく信用できない。しかし医療弱者であるぼくにはおとなしくここで輸血される以外の選択肢はないのだ。

何があっても悪い夢のようなものさね、とのたまう輸血ジジイ。そりゃ悪夢だろうよ。ヤブ医者に身をまかせるなど。

血を体内に注がれるとたちまち意識が途切れた。やはりヤブのようだ。でなければなんで輸血されただけで失神するのだ。さっさと官憲にしょっぴかれるがいいこのヤブ医者め。輸血ジジイの薄笑いが響く中、呪いの言葉を胸にぼくの意識はまどろみに沈んだ。

 

 

 目を覚ますと、明かりは消えており、老人の姿はなかった。医療事故が発覚する前に逃れたのだろうか。吊された輸血瓶が視界に入る。体は思うように動かす、仕方なく首だけで辺りを見わたす。よもや危険薬物を注入されたのではないか、その予想は実際的中していたのだが今はそれより優先されることがあった。

床に血だまりが広がっているのだ。

なんということだろうか、血だまりの中から何かが這い上がってきた。低くうなりながら、血を滴らせて近づくそれは、伝承に聞く狼人間のそのものだ。奴はゆっくりと迫り、そしてその左手をぼくに差しのばした。まるで新たな友人を迎え入れるように。

瞬間、狼人間の左手は発火し、まもなく全身が炎に包まれる。火を消そうともがき苦しむも、その努力はむなしく狼人間は息絶えた。死体は血だまりに沈んで消えた。

理解不能な事態が立て続けに起こり混乱していると、何かが脚に触れる感覚がする。見れば空か、あるいは海のごとき毛色をした奇怪な獣がいた。棒のような目、前足らしきものはなく後足のみ。たぬきのような尻尾。首輪がついているから家畜なのだろうか。考えているうちに同じ姿の獣がわらわらとよじ登ってくる。振り払おうとするもやはり体は動かない。視界が獣たちで埋め尽くされると急激に意識が遠のいた。

 

ヨウコソ ジャパリパークヘ

 

薄れる意識の中、平坦な声を聞いた気がした。

 

 

 目を覚ますとぼくは手術台から飛び起きた。今度こそ体が動く。妙な獣も狼人間ももういない。いずれにせよ、こんなわけのわからない場所に留まるわけにはいかない。かばんと帽子を身につけると、迷惑料代わりに辺りを物色するも、自筆の走り書き以外にめぼしいものはない。その走り書きの内容も意味不明だ。こんなものいつ書いただろうか。

 

「青ざめた血」を求めよ、狩りを全うするために

 

とにかく外へ出るべく探索する。ドアは二つあったが片方しか開かない。開いた方のドアは、奥の窓から夕焼けが見える。ここは二階らしく、階段を降りると外への出口が見えたが、足を止めざるを得なかった。

そこに何かがいる。

くしゃり、くしゃりと咀嚼(そしゃく)する音が聞こえる。何かは輸血ジジイ、そのなれの果てに覆い被さるようにして「食事」しているようだった。引き返すか、しかし他に出口はない。せめて武器になるものを、そう考えていると何かはこちらに気づいた。

ぴくりと耳を、そして尻尾を動かすと立ち上がり、驚くべき速度で走り出した。

わーーー!!うぇひひひひひ、あははは、うぉぁ!うひひひひ、ふぃひ、あーはー!!のぉうわ!うおぉう!得体の知れぬ内容の声をあげ、笑いながら迫る何かから必死に距離を取る。気のせいか体が軽い。飛びかかる何かを思いのほか機敏にぼくは回避するが、相手も休みなく追い立てる。

負けないんだから、としつこく追い回される。どうやら見逃す気は無いらしい。

みゃあみゃあと唸りながら、何かはでたらめな走りをするから振り切ることそのものは苦ではない。チキンレースを経てようやく外に出るがそれでも状況は変わらない。こうなったらもう戦うしかない、物陰に隠れて反撃の機をうかがうことにした。

自分を追って外に出た何かは、夕日に照らされていた。ようやくその姿がはっきりと見える。毛皮のような服に身を包むそれは、少女だった。

しかしただの少女ではない。

その頭には、耳が四つ。人の耳と、獣の耳。

その腰には、人間にあるはずのないもの。

獣の尻尾。

 

しばらく周囲を見わたしていた彼女は、唐突にそこだ、声を上げた。

空高く跳躍した彼女は、ぼくめがけてまっすぐ舞い降りる。つたない隠れは捕食者に無意味だったらしい。自分に覆い被さる少女と目が合った。

すわ食べる気か、と反撃を試みれば、食べないよと抗議された。

 

 

 ごめんね、と謝罪する彼女はサーバルキャットのサーバルと名乗った。狩りごっこが大好きで、つまりあれは狩りではなかったらしい。ついでに言えば輸血ジジイにのしかかっていたのも、すでに事切れていた彼の食料を漁っていただけと言うことだった。犬食いだったので紛らわしい。ネコ科だけど。

 まともな会話が可能だったので青ざめた血とは何か知っているか、と尋ねると分からない、ビルゲンワースにいけば分かるかも、と言われた。サーバルが言うには分からないことはそこで教えてもらえるらしい。そういえばあなたはなんていうの、と尋ね返されたがなぜか名前を思い出せない。妙なものを輸血されたせいだろうか。あのヤブ医者め八つ裂きにしてやろうかと思ったが、奴はもう事切れていたのだった。仕方が無いからかばん、とでも呼びたまえと言うと、じゃあかばんの狩人様のかばんちゃんだね!とうれしそうに言う。

 ビルゲンワースへの道を尋ねると途中まで案内してもらえることになった。ちなみに狩人様とは狩りごっこではなく本当の狩りを行う者のことを指すらしい。そりゃそうだろう。サーバルに案内され夕闇の中ヤーナムの街を進んでいくと、たちまち群衆に取り囲まれ自分は袋叩きにあった。サーバルはこちらに近づこうとするも群衆に阻まれ思うように進めない。そうしているうちに僕の体力は尽きた。意識が闇に沈む。

 

 目を覚ますと小さな館の前に倒れていた。どうやら地獄ではないらしい。突然見知らぬ場所にいることに驚き状況把握するべく歩みを進めると、あの空色の獣が足下からわき出たではないか。ラッキービースト カラノ オクリモノダヨ と平坦な声で三種の武器を差し出す。この中から一つ選べと言うことらしい。同様に二種の銃から一つ選ぶよう求められた。選んだのはノコギリ鉈と散弾銃だ。これさえあれば大抵の敵は狩り殺せるらしい。そういえば館の石段に誰かもたれていたが不審だったので無視して進んだ。最後に手帳を拾うとラッキービーストを名乗る青い珍獣から墓石に近づくよう言われた。ジャパリ墓石なるこれは、あらかじめ定められた場所へ瞬時に移動できるとのことだ。僕はさっそくヤーナム市街に舞い戻ることにした。サーバルは無事だろうか。

 




よせふかのしんりょうじょ  ゆけつおにいさん (やーなむ)

ほう…「青ざめた血」ねえ…
確かに、君は正しく、そして幸運だ
まさにヤーナムの血の医療、その秘密だけが
…君を導くだろう
だが、よそ者に語るべき法もない
だから君、まずは我ら、ヤーナムの血を受け入れたまえよ…
さあ、誓約書を…


よろしい。これで誓約は完了だ
それでは、輸血をはじめようか…なあに、なにも心配することはない
何があっても…悪い夢のようなものさね…

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