魔法戦記ガンダム ~鉄血のウィッチーズ~   作:青の細道

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第六話:戦う力

「急げ! 第一第二デッキから準備できた部隊を随時発進させろ!」

 

「地上部隊は後だ! 航空隊から優先してくれ!」

 

「退け退けぇ! ウィッチが出撃(で)るぞ!」

飛び交う激昂。数十人規模の整備兵が慌ただしく駆け巡り、ガレージ内は騒然としていた。

誰も彼も表情は焦りと緊張に染まり絶望の色すら窺える。

 

 

 

大型3、中型4、多数の小型ネウロイ軍が接近。

 

 

 

観測班からの通達に誰もが耳を疑った。

ネウロイの出現は周期的に観測されるものだが、どれも小規模で大型が出現したとしても一機。多くても小型を連れての進行がほとんどであり人類側が大掛かりな作戦でネウロイ領土を進行しようとしない限り大規模な出現記録は限りなく少ない。

戦力に限りがあるスオムスに措いて、これほどまでの大規模襲撃に耐えうる力は無いに等しかった。

だからといって出撃しないわけにはいかない。ノヴゴルド南方に存在するネウロイの巣から今回現れた敵はどれも陸戦型のため、進行速度は航空型よりも遥かに下回る。

しかし脅威であることに変わりはない。一刻も早く撃滅しなければ大地が汚染され、多数の被害が出るやもしれない。

 

「第一小隊は私に続け! 第二、第三小隊は準備完了次第発進しろ! 各小隊長はニッシネン曹長とユーティライネン曹長。お前たちが務めろ!」

 

「了解っ!」

 

「了解!」

エイニ・アンティア・ルーッカネンの指示に従い、エイラとラウラの二人はそれぞれの部隊を率いて作戦概要を確認する。

 

「エイッカ!」

この基地で唯一、彼女を愛称で呼ぶ存在。アウロラ・E・ユーティライネンがその足に鉄の塊『Ⅲ号突撃装甲脚G型』を装備し、背中や腰のベルトには数多くの手榴弾などといった武装があった。

 

「先行してネウロイの足を止める」

 

「ああ、頼む。だが無茶はするなよ」

わかっているさ、と軽く笑みを返しエイニは用意された自身のストライカーユニットへ足を通す。淡い空色の光が溢れ、彼女の頭部と臀部に使い魔であるカレリアン・ベア・ドッグの耳と尻尾が出現する。

 

使い魔とはウィッチが魔法力を使うにしたがってそのコントロールのサポートを担う存在であり、猫や犬、鳥類など様々な姿をしている。魔法力の発言時、その副作用としてウィッチには使い魔として使役している動物の特徴——耳や尻尾、翼といったものが出現するとされている。

 

「エイニ・アンティア・ルーッカネン、出撃する!」

DP28軽機関銃を担ぎ、補助発進機の留め具が外れ滑走路に従い高速で飛び立っていく。彼女の出撃に合わせ三名のウィッチが追従して出撃する。

 

「…………」

飛び立った彼女たちを見送り、一つ息を吐くと大きく空気を吸い込み彼女の代わりに激昂する。

 

「よし! 続いて第二第三小隊も出撃しろ! 陸上部隊は最後だ! 全員ありったけの武装を持て!」

 

「アウロラさん!」

指示を出すアウロラに一人の少女が走り寄る。その表情は暗く、焦りと不安の中に微々たる疑問の色。ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは出撃準備を急ぐ他の航空ウィッチとは打って変わり、何の装備も身に着けずにいた。

 

「どうして私だけ基地待機なんですか!?」

彼女の問いにアウロラは溜め息を吐く。ベルツィレ基地の主戦力がほぼ全部投入されている中で少なくともエースの一角を担っていたはずの自分だけが基地での待機命令を言い渡された事に納得がいかなかったのだ。

 

「お前は新しいストライカーに慣れていないだろう。まともに戦える状態じゃない者を前線に出すわけにはいかない」

その判断は正しく合理的であり疑問の余地なく当然の判断であった。

前回のユニット破損から新しいユニットであるBf109G-2が配備されてから実戦経験はおろか訓令飛行もままならなかった彼女の出撃はあまりにも無謀と言えるものだった。

 

「そんな……!」

 

「ラウラ・ヴィルヘルミナ・ニッシネン。出るぞ! 第二小隊、私に続け!」

エイニに続いて、同じく三人のウィッチを率いてラウラが出撃する。

 

「私だって戦えます! お願いしますアウロラさん!」

懇願するニッカの言葉を、アウロラは黙って首を横に振る。

 

「駄目だ」

 

「っお願いします! 私も——」

 

「いい加減にしろ!」

どうしても諦めきれないニッカへ、ついに怒号が飛ぶ。ビクリと肩を震わせる彼女と、一瞬で静まり返るガレージにはストライカーユニットのエンジン音だけが鳴り響いていた。

整備兵や残存していたウィッチ達の視線が僅かに二人へ集中するもそれもほんの数秒。すぐに慌ただしさが戻る。

 

「お前が出撃たところで役に立たないと言っているんだ」

仲間のために、国のために戦いたいと願う彼女に、アウロラは無情にも戦力外通告を言い渡す。

 

「そんな……わたっ……私は……」

小刻みに体を震わせ、目尻に涙を浮かべる。そんな彼女の肩を優しく叩く者が居た。

 

「心配すんなって、お前の分まで私たちががんばってやっからサ」

ニヒリと少年のような笑みを浮かべる少女。エイラは宥める様にニッカの肩を数度叩くと、ストライカーユニットが用意された発進機へと飛び乗る。

 

「エイラ・イルマタル・ユーティライネン! 出るぞ!」

ハンナを含めた第三小隊が出撃する。

 

「大尉、航空部隊全機出撃しました。陸上部隊の出撃準備ももう間もなくです」

一人の兵士が敬礼と共にアウロラへ現状報告を済ませるる。わかった、と短く返す彼女は踵を返しニッカへ背を向ける。

 

待って!——

 

ニッカは声を上げようと手を伸ばし、アウロラへ一歩歩み寄るが声は出ず。その足も固まったように動かなくなる。

 

 

——お前が出撃たところで役に立たないと言っているんだ——

 

 

アウロラから言い渡された言葉が深く胸を苦しめる。実際、訓練もままならなかった彼女が前線で戦ったとしても戦果が出せるかも怪しい、それどころか慣れないストライカーの操縦に手間取って部隊の陣形を乱すかもしれない。

戦力どころか皆の足を引っ張ってしまう可能性の方が高かった。

 

それゆえに基地待機を命じられた。

 

ニッカはそれをよく理解(わか)っていた。

しかしそれでもと彼女は拳を強く握りしめる。

 

私はウィッチだ、皆を守らなきゃいけない時に自分だけ待ってるなんて嫌だ!

 

「陸上部隊! 全機出撃!」

アウロラ同様に、航空ウィッチとは別に戦車の装甲と履帯を模した脚甲。陸戦用ストライカーユニットを履いたウィッチ達を引き連れアウロラが出撃する。

 

ニッカを除いた全てのウィッチがいなくなり、先ほどまで慌ただしかった基地に静寂が訪れる。整備兵たちはガレージの設備を整え、出撃していった彼女たちの無事を祈りながら帰還のための準備と、連絡のための通信作業へと移っていく。

ニッカの後ろや横を通りかかる何人かが、横目で顔を俯かせる13歳の少女を見やるが、全員が苦悶な表情を浮かべ声を掛ける事もなくその場を通り過ぎていく。

 

この状況で彼女に声を掛けるのは気が進まなかった。彼女の生真面目さや、その一生懸命さを良く知るが故に、傷ついていたニッカに掛ける言葉が思いつかなかったのだ。

 

「カタヤイネン曹長」

 

ただ一人を除いて——。

 

「トーマ……さん」

振り返るとすぐそこに、少年の姿がある。ニッカよりも20cmほど差のある身長。不揃いな黒髪、17歳という若さでありながら歴戦の勇士を思わせる佇まい。

この世界において、ただ唯一のイレギュラーな存在である彼は。優しく微笑みかけるでもなく、ただ真剣な面持ちで彼女へと歩み寄る。

 

「悔しいかい?」

少女は頷く。

 

「辛いかい?」

再び頷く。

 

「そうか……でも君は今戦う力がない」

 

「っ」

そんな事はない。と声を荒げたかった気持ちが押し殺される。

 

「今はユーティライネン曹長たちの無事を祈ろう」

エイラとは違い、肩を優しく包む彼の手の温もりが今は果てしないほど切ない気持ちを解きほぐしていく。溢れる涙を拭いながら、二人は通信室へと向かう。

 

この時、顔を伏せていたニッカからは見えていなかった。

すぐ隣にいる男の表情が、憤怒と苦しみに潰れそうなほど歪んでいたことに——。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺も行かせてください!」

 

「駄目だ」

月軌道に浮かぶ一隻の強襲用艦のブリッジに一人の少年が声を荒げた。着崩された軍服から露出した右腕や首、頬や額。あらゆる所に巻かれた白い包帯を僅かに滲んだ血が赤色の斑点模様を浮かび上がらせていた。

 

「先の戦闘でアンドロマリウスは中破。貴様もその有様だ、火星での戦闘はフラウロスを駆るこの私の部隊が引き受ける」

左目にモノクルを掛け、短く切りそろえた栗色の髪、知性の溢れる印象を与える一人の男が通信回線を挟んで少年、トーマ・イヅルと会話していた。

 

男の名は『ジョセフ・ベルンシュタイン』ガンダムフレームの一機『ガンダム・フラウロス』を駆る序列第64席に属するドイツの名門貴族出身である男性。トーマよりも5つ年上であり、この時は既に成人も迎え人一倍大人びた面持ちをしていた。

 

「修理はもう間もなく終わります! 体だって薬を使えば——」

 

「ならん!」

 

「っ!」

 

「……今、貴様はただ焦っているだけだ。この戦いであまりに人は多く死にすぎた。その中で戦いを早期に終わらせたいという貴様の気持ちも最もだ」

だが、とジョセフは言葉を続ける。

 

「カイエル殿の推薦があったとはいえ、貴様はその地球圏の最終防衛ラインを任された者だ。それがどういう意味を成すか、それは貴様が一番よく分かっているはずだ」

淡々と述べる彼に、トーマはただ顔を俯かせる。

 

「先の戦いでアズナブール卿が戦死され、救援に受かった貴様とその部隊にも被害が及んでしまった。火星がモビルアーマーによって蹂躙された今、地球を守る要である貴様がその様ではいざという時、誰が地球を守るというのだ」

 

「それは……しかし!」

戦いの中で散っていった一人の戦士。火星の守護者であった男がモビルアーマーとの戦闘に参加していたトーマの脳裏に彼の最期がフラッシュバックする。

 

 

 

——火星を……地球を……頼………む——

 

 

 

彼は今際の際も、星を……そして世界を想って果てた。彼の願いを引き継ぐのは自分であると強く心に決めていたのだ。

 

「でも……俺はっ……!」

俯いていた首を持ち上げ、言葉を伝えるよりも先に気づく、目の前のスクリーンに映し出された男の表情が苦痛に満ちたものに変容していたことに。

 

「勘違いするなよイヅル卿。奴を……『友』を失って腹を立てているのが自分だけだと思うな」

 

「……っ」

 

「……とにかく、貴様は一刻も早く体を治せ。そしてカイエル殿の言葉を裏切るような真似だけは決してするなよ?」

拳を握りしめ、あらん限りの力で彼の言葉に敬礼を返す。

 

普段笑みなど浮かべない男が、その時見せた不器用な苦笑いが、彼が見せた最期の表情だった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えたっ! 11時方向。距離6000! 報告通り大型が三機と中型四機。多数の小型機を確認した。久しぶりの大物だ、一機も逃がすな!」

双眼鏡を構え、ネウロイの姿を確認したエイニの言葉に、彼女の小隊とその後方から編隊を組んでいた第二、第三小隊のメンバー全員が「了解!」と声を合わせる。

 

「各小隊散開!」

前衛を行くエイニの第一小隊が降下しネウロイへと突貫する。それを左右から援護する形でラウラの指揮する第二小隊が右翼を、エイラとハンナの第三小隊が左翼へ陣を広げていく。

 

「攻撃開始っ!」

中隊長を務めるエイニの号令と共に前衛がDP28軽機関銃をネウロイへ向け斉射していく。魔法力の籠った銃弾はネウロイの装甲を容易に剝がしていくが全てが有効打になるわけではなく、この一回目の突撃で小型機が数機堕ちただけに終わり。すぐさま反撃のビームが彼女たちを抑える。

 

「援護しろ!」

 

「っ!」

右翼へ展開していたラウラ達は高度を下げビームの雨を搔い潜っていく、各隊員の手には集束手榴弾カサパノスと呼ばれるM24型柄付手榴弾の弾頭部分を数多く巻き付けた簡易爆弾が握られている。

他国では陸戦型ネウロイに対しての爆撃には正式な対地爆弾を運用するが、物資の少ないスオムスでは未だ古典的な武装までもが重宝されている。

 

「そら、こっちだこっち!」

 

「っ!」

エイラは魔法力のシールドに頼ることなく固有魔法である未来予知にてビームの弾道を先読みし全て躱していく。一見不可能にも見えるビームの網をスイスイと縫うように回避していく様は何度見ても流石であるとエイニは笑みを浮かべる。

 

そしてネウロイの注意を惹きつけるエイラによって生じる『隙』をハンナと、彼女が担ぐ全長2240mm、重量約50kgはある巨大な火器『L-39対装甲ライフル』の20mm弾が貫く。

回避のエイラ、射撃のハンナと呼ばれる二人のエースはその異名にそぐわぬ連携を見せラウラ達を援護していく。

 

「よしっ! 投下!」

限界まで接敵した第二小隊各員から手榴弾が投げられ、7つの弾頭が巻きつけられた即席爆弾は数秒間弧を描き、地上を蹂躙する大型ネウロイの装甲にぶつかると同時——。

 

その全身を爆炎が包み込む。

 

「……どうだ!」

ビームを回避し、一時離脱するラウラは上空から爆撃したネウロイの様子を伺う。

たとえ数十mはある巨体に対し、多弾頭とはいえ即席の爆弾を8つ直撃させた。これだけの火力があればいかに大型と言えど……。

 

「っ!?」

そう思考していたラウラの脳は反射的に展開したシールドと、それによって弾かれるビームによりかき消される。

 

爆撃を受けた大型機は、二本の足を捥がれ体積の4割ほどを抉られておきながらも活動を止めることなくビームを散布していた。

 

「届かなかったか!」

苦虫を噛み潰すように顔を顰め、小隊に一旦距離を開ける様に支持し再度爆撃を慣行するよう命じる。背負っていたバックパックから手榴弾を取り出し爆撃体制へ移行するラウラ小隊。

 

「くっ! コアの破壊は出来なかったか!」

第二小隊の強襲が不発に終わった様子を横目で見ていたエイニは顔を顰める。やはり生半可な火力では大型の撃墜は難しいかと今更ながらスオムスの貧乏を呪う。

 

ネウロイには大きさの別に、個体によって『コア』と呼ばれる生物でいう心臓のような物体を持つ個体が居る。大型ネウロイはほぼ確実にこのコアを有しており、それを破壊しない限り撃破することは不可能であり、そして破損した部位は止めどなく再生していく。

 

現に第二小隊によって吹き飛ばされた足の一本は既に立ち上がるほどまで再生し、体積の8割までが再生を完了していた。

コアを持たない小型ネウロイや一部の中型は一定以上の火力を集中させれば撃破は容易であるが、コア持ちに同じ戦法が通用するはずがなかった。

 

「地上部隊の到着を待つしかない……か」

空になったDP28軽機関銃の弾倉を交換し、初弾装填のコッキングレバーを素早く引きながら宙を翻る。

例えウィッチといえど無期限に戦えるわけではない、魔法力にも限界があり個人差もある。長時間の持久戦は避けるのが鉄則であるが決定打に掛ける現状。火力の高い陸戦部隊が到着するまでの時間稼ぎが関の山であるとエイニは早々に号令を出す。

 

「大型は後回しだ! 小型と中型を優先して撃破する。ついてこい!」

ゆっくりと上昇し、正面から向かってくる小型ネウロイ三機を寸でのところで回避し背後を取る。ウィッチほど旋回性能に優れない小型ネウロイは回避もままならず7.62mm弾によってハチの巣となる。

 

「陸戦部隊の到着を待つ! それまで持たせるぞ!」

彼女の言葉に、中隊全員がはっきりとした声で答える。

 

戦いは始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ルーッカネン中隊がネウロイと交戦を開始、数は観測班の報告通りとのこと。既に小型機を多数撃破している模様」

通信班の兵士が戦況報告を連絡すると、ベルツィレ基地に待機している兵士たちから歓喜の声が上がる。

 

「流石少佐殿の部隊だ!」

誰も彼もが彼女たちウィッチの勝利を確信している中、一人の少女は仲間の無事を祈り、一人の少年は微かに目を細めている。

 

「…………」

 

「トーマさん?」

神妙な顔をする少年に、不安を煽られたニッカが声を掛ける。

 

「……嫌な予感がする」

ボソリと小さく、誰に言うでもなく呟いた彼の言葉に、ニッカは目を見開く。

戦闘が始まってまだ間もない。ウィッチ隊にも負傷者は無し。それに対して小型とはいえネウロイは既に何機も撃破している。状況は一見人類側の優勢に見えている中で彼はそう告げる。

 

「報告から通してネウロイの進行ルートを見てみろ」

机の上に広げられたヨーロッパ大陸の拡大図を指さしながら、定規を用いてトーマが戦況を細かく分析する。

 

「奴らは巣から現れて、大きく北方に向かって『曲線を描きながら』進行してきている」

最初に観測されたノヴゴルド南方のネウロイの巣、中継して観測が続けられ定時連絡されていった進行ルートを画鋲で印をしていき線で結ぶ。

 

ネウロイは人類を脅かしそれを滅ぼさんとする脅威である。ならば進行するのであれば大陸へ向かって一直線に進行してくるのが道理である。

だが今回出現した大規模なネウロイ軍はあえて人の少ない北方へ展開し、反時計回りでスオムスへと進行していっている。。そしてもしこのまままっすぐ進行するのであればその先には白海に突き当たる。

 

なぜわざわざそのようなルートを通るのか。

その疑問がトーマの脳裏に浮かんでいた。

 

もしも。

 

もしも仮に……。

 

ネウロイが『戦術』を繰り出しているのならば。

じわりと額に汗が滲む。生物でも無ければ人間のように思考能力を有していると思えないネウロイが戦術を繰り出す知能を持っているとするならば、それはあまりにも危険な事だ。

 

そして——。

 

「っ!? 観測班から、新たなネウロイの出現を確認!?」

トーマの予感は的中した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと!?」

通信機を通して、アウロラは驚愕の声を上げる。

エイニ達航空隊の支援へ向かっていた地上部隊は、目的地まで数十kmというところで通信が入り新たに出現したネウロイの情報を受信する。

 

数は小規模ながら大型も含むネウロイ軍。北方側から進行していた第一波とは別に一直線にペテルブルク方面へ向かってきているとのことだった。

 

「馬鹿なっ」

通信機の受話器を八つ当たり気味に叩きつけ、アウロラは困惑する。

 

第一波は『囮』だとでもいうのか?

 

あえて目立つ大規模部隊を先行させ、そちらに戦力が集中したところで小規模部隊を展開し本土へ攻撃を仕掛ける。

馬鹿げている、これではまるで——。

 

思考を途切らせ、アウロラは首を振る。

ネウロイが戦術を繰り出してきたことは確かに脅威である。だが問題はそこではない。

ネウロイが現れた以上それを止めるのが自分たちウィッチの使命である。

 

ならばもちろん第二波への迎撃も当然の行動である。が、戦局からして第一波を食い止める航空隊への救援も止めるわけにはいかない。味方を見捨てるような行動は絶対にあってはならないのだ。

 

「第三から第五小隊は現状を維持、ルーッカネン中隊への救援に迎え! 第一第二小隊、戦車部隊は私と共に新たなネウロイ軍の迎撃へ向かう!」

アウロラの決断に異議を唱える者はなく、全員が敬礼と了承の声を上げる。

 

「よし、続け!」

旋回し、新たに現れたネウロイのいる南東へと引き返すアウロラを含めた第一第二小隊の陸戦ウィッチたち。

小規模な敵に対して戦力を割く余裕はなく、同じく小規模での迎撃が必然であった。

 

「……くっ」

アウロラの表情に、微かな焦りが出ていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新たに出現したネウロイは南東よりまっすぐペテルブルク方面へ直進! ユーティライネン大尉と数名のウィッチと戦車隊が迎撃に向かうとのこと!」

 

「っ戦力が足らなすぎる!」

通信兵の一人が悲鳴にも似た声を漏らす。

小規模とはいえ、陸戦ウィッチ数名と戦車のみでネウロイと真っ向から立ち向かうにはあまりにも戦力が足らなすぎるのだ。

 

「……っ私が出撃します!」

意を決し、発進を進言するニッカ。一人と言えど航空ウィッチの有無はそれだけで戦局を有利にさせるだろう。

 

だが……。

 

「っ……ダメですカタヤイネン曹長。貴官には待機命令があるはずです」

こんなことは言いたくはないが、という表情で一人の男性が彼女の申し出を却下する。

 

「そんなっ! 戦力が足りてないんでしょ!? だったら私が——」

言葉が途切れる。ハッとした彼女の脳裏に、再度アウロラから言われた言葉が過ぎる。

 

 

 

——お前が出撃たところで役に立たないと言っているんだ——

 

 

そんな事はない。私だってウィッチだ、私だって……私だって!

 

「私は!!」

 

「カタヤイネン曹長」

肩に手を置かれ、大きく身を震わせる。顔を上げれば目を細め、小さく首を横に振る黒髪の少年、トーマの顔があった。

 

「焦るんじゃない」

彼の言葉に、思わずニッカは頭に血が上る。

 

「焦ってなんかない! 私は私にできる事を——」

 

私にできる事。自分で言った言葉に、再び言葉を詰まらせた。

いま彼女にできることは果たして何だろう。そう考えると、頭の中が真っ白になった。闇雲に出撃したとして、アウロラ達の救援に向かったところでまともに新しいユニットでの戦闘訓練も積んでいない自分に『何が』できると言うのか。

 

分かってはいた。理解はしている。

 

それでもやはり、彼女には『待っている』だけというのはあまりにも耐えがたい事だった。

自分はウィッチであり戦う事の出来る存在の一人で、国を……故郷を……仲間を守りたいという気持ちは誰にも劣らないと言えるほどだ。

そんな自分が戦う事が出来ない状況が、あまりにも辛く苦しいものだった。

 

「……っ分からない」

 

「カタヤイネン曹ちょ——」

 

 

「トーマさんには分からないよ!!」

ついに感情を爆発させ、涙を溢れさせたニッカは通信室から出て行ってしまった。自暴自棄になって出撃することはしないだろう。ただその場に居たくなくなった、ただそれだけのことだ。

 

「…………」

ニッカが出て行った扉を見たまま、動きを止めていたトーマとそれを気まずそうに眺めている兵達。通信室は静まり返る。

その中で、小さく、それでも静まっていた通信室内には確かに聞こえるほどの音量で彼は呟いた。

 

「……分かるさ、俺にも」

力の限り握りしめていた彼の手から、一滴の血が重力に引かれ、コンクリートの地面に一点の紅が堕ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……うっ……」

声を押し殺し、誰もいないガレージの一角で、少女は一人泣いていた。

様々な理由が混同し止めどなく溢れる涙。

 

無力な自分が嫌だ、仲間が危険な目に合っているのが嫌だ、戦えないのが嫌だ、守れないのが嫌だ。

 

しかし一番彼女の心にあったのは後悔だった。

 

 

最低だ、私……。

 

 

膝を抱え、先ほど少年へ叫んだ言葉に悔やんでいた。

感情に任せた己の発言で、彼は傷ついたはずだ。彼もまた自分と同じ気持ちだったはずだ。それなのに自分は、彼に対して自分の気持ちなど理解できないと叫んでしまった。

 

ただの八つ当たりだった。

 

「私は……」

 

「ここに居たのか」

ビクンと肩が震える。今日だけで何度目だろうか、視線を上げれば三度。そこに少年は居た。真剣な表情でもなく、怒っている表情でもなく、悲しんでいる表情でもなく。

 

ただ、微笑んでいた……。

 

「……どう、して——」

あんな言葉を投げかけた自分を追ってきたのだろう。ニッカはただただ困惑する。

 

「どうしてもなにもないさ」

微かに屈み、その大きく、ややゴツゴツとした手を差し出してくる少年の姿。

ジワリと止まりかけていた涙が溢れてくる。

 

「わた……し、酷いこと……言った……のに」

 

「そんな事はない、むしろ俺の方こそ軽率だった……君の気持に気付いて上げれていなかった。……いや『分かったつもり』でいた」

言葉以上の意味を持つその発言と表情。彼が今までどんな経験をしてきていたのか、全てをニッカやアウロラも知らない。だが少なくとも簡単に言える事ではないのだろうと察していた。

仲間を失う恐怖も、戦えず無力感に打ちひしがれる苦悩も、少年は知っている。

 

戻ろう。そう差し伸べられた手を、ニッカは恐る恐る取る。グイと力強く引っ張られ座っていた体が一気に引き上げられる。

 

「必ず、君を必要としてくれる時が来る」

 

「……うん」

トーマの言葉に、ニッカは力強く頷く。その顔は決意と勇気に溢れた、戦士の顔だった。

 

「っちょ血が付いてるよ!?」

トーマの手を握り、少しして微かな滑り気に疑問を抱いて視線を移すと、僅かに滲んだ血が彼女のきめ細かい肌にも移っていた。

 

「ああ!? す、すまないすっかり忘れていた!」

慌てて手を放し、ズボンや上着のポケットを弄るが拭くものが見当たらずどうしようかと慌てふためく彼の顔を見て、思わずニッカは噴き出す。

 

「もう、しょーがないな」

今までとは打って変わり、笑みから零れた涙を指で拭い。ニッカは腰のポーチから一枚のハンカチを取り出す。少女が持つのにふさわしい、かわいらしい花のワンポイントがあしらわれた白い生地のもの。

それを慣れた手つきでトーマの手に結び付ける。

 

「す、すまない」

すぐに洗って返すと言う彼に、ニッカは首を横に振る。それはあげると笑みを浮かべハンカチの撒かれた手を、今度は彼女が引く。

 

 

 

 

「行こう、トーマ!」

 

 

 

 




総UA9000超え、お気に入り登録者数。100名様

あ‶あ‶、あ‶り‶がどう‶ござい‶ま‶ぁず!(男泣き
これからも頑張ります!

誤字脱字などがありましたら、ご報告のほどよろしくお願いしますm(__)m

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