魔法戦記ガンダム ~鉄血のウィッチーズ~   作:青の細道

5 / 11
まったく関係ないですが、軌跡の輪舞曲でバルクホルンのSSRを手に入れ、現在シャーリーとペリーヌ、バルクホルンの501で好きなトップ3全員分確保
早くルチアナとかアメリ―実装してくれよ~頼むよ~(切実


第三話:スオムス

「…………」

小さな一室。カチカチと壁に取り付けられた時計の秒針が音を立てる中、俺は静かに新聞を眺めていた。傍らには他にも数多くの新聞や歴史資料などといった『この世界』についての情報の数々が積み重ねられている。やがて読み終えた新聞を閉じ机の上に置き小さく息を吐いて額に手を当て唸り声を漏らす。

 

どうやら本当に俺は別世界に来てしまったようだ。

 

昨日のユーティライネン大尉との会見の後。一時的に身柄を『保護』という名目で、ここスオムス空軍ベルツィレ基地駐屯地に身を置くことになった俺は文字通り暇を持て余していた。保護という名目上、ぞんざいな扱いをされないとはいえ、一定以上の自由があるというわけでも無い。外出許可や行動一つ一つにも何かしらの許可が居るようだ。

結局、ここが俺の住んでいた世界とは別の世界、つまりパラレルワールドというものだというのであれば地球連合軍や月面基地への通信は不可能。携帯端末が座標地点の更新が出来なかったのは、そもそも宇宙(そら)に衛星が存在しなければデータの更新が出来なくて当然と言える。唯一の救いとしてはこの世界の地形があちらの世界の地形とあまり変わりないため現時点での位置座標だけは計測できることだろう。

 

あまり変わりない。と言っても一部だけは明確に違うと言える。

この世界の地図を端末にある世界地図と照らし合わせてみるとアメリカの形状が明らかにおかしい、どう見ても星形に見えてしまう。

 

「…………」

記憶を遡る。

地球圏の最終防衛ラインでの戦い……。押し寄せるモビルアーマー数機とその子機であるプルーマの大群。他の艦隊や部隊を率いるガンダムフレームを駆る者達と結託し迎撃に向かった。

 

戦闘が始まり、自分の対面に捉えたのは固有名称『ヴァ―チューズ』の名を冠したモビルアーマ―の一機。戦闘は熾烈を極めた。

押し寄せる大量のプルーマ、一機一機の戦闘力は決して高くはない。だがその恐ろしさは物量にある。モビルアーマーには資源さえあればプルーマを独自に製造する自己生産機構を有しており、修理や補給なども独断で行える。故に完全な破壊をしない限りモビルアーマーを止めるすべはない。

 

だがモビルアーマーはプルーマによって護られる形で囲まれ、まずはその突破を余儀なくされる。しかし数が数なだけあって突破は容易ではなかった。

主力艦隊の支援砲撃を受けながらモビルスーツ部隊での突破も失敗し数時間にも及ぶ戦闘の末、部隊の半数以上が壊滅された。

しかし敵は撃破された子機や味方の残骸を利用し修理や生産を続ける。こちらの一方的な消耗戦だった。

 

 

 

 

 

俺は一つの賭けに出た。

単騎でヴァ―チューズを相手取り、プルーマを部下に任せるというものだ。

安直な作戦かつ、無謀とも言える作戦とすらいえない戦法。

異議を唱える部下たちを説得し、行動に出る。

味方に援護されながらプルーマの軍勢を押しのけモビルアーマーへ突撃する。

激しい攻防の末、ヴァ―チューズの撃破には成功した。

 

俺の命と引き換えに……。

 

 

 

 

 

そう思っていたが。

 

「何がどうして『ソレ』が『コレ』に繋がるんだ?」

脱力し、頭をソファーの背もたれに乗せ天井を仰ぐ。

激戦の後に大気圏で死を覚悟し意識を手放した後。何かの現象でこの世界に堕ちたとしても、その現象の『原因』が皆目見当もつかない。

摩訶不思議、としか言いようがなかった。科学的に証明できない物事は奇跡とも災厄とも呼ばれるものばかりだ。

 

ふと、アジア圏にある日本と呼ばれた国には『神隠し』という言葉があるという事を思い出した。オカルトにやたら興味を示していた部下の一人がそんな言葉を言っていた気がする。

 

神隠し。

 

神の使いである天使(ヴァ―チューズ)を屠った悪魔への天罰……か。

 

「……ははは」

馬鹿らしいと自分に呆れて自虐的に笑う。

傍らに置かれていたマグカップを持ち、中も満たしていた黒い液体……コーヒーを口に流し込む。濃い苦みと深い味わい。鼻を突き抜ける香りが心地いい。

 

「……濃い、な」

思えば『本物』のコーヒーを飲んだのは何時振りだろうか。

軍では過酷な生活と補給の面でも、食品や娯楽といったものは限りなく少ない。代用品と言われた人工的なものも数多くあったが、こういった本当の豆を使ったコーヒーなどは実に貴重なものだった。

俺を含め、戦争の最前線に立つ者の立場ならいくらでも融通は利いただろうが。俺にとって戦いこそが自分の存在意義、生きる理由であり、それを終わらせることが夢だった。

 

そう、夢だった……。

 

今となってはもはや蚊帳の外にいるであろう自分にとって、元の世界がどうなったかが気になって仕方がない。だが確認のしようがない。

 

途方もない喪失感に苛まれる。

 

「アグニカさん……俺はどうしたらいい……?」

答える者はいない。安否も確かめられない友の背中、肩を並べて歩く事が誇らしかった男。その存在が自分にとってどれだけ大きかったかなどもはや言葉などでは表せない。

だがそんな彼は『ここ』にはいない……。

 

俺にはもう、何もない。

 

虚無感に押しつぶされそうな俺の耳に、コンコンと扉をノックする音が響く。

 

「入るぞ」

ノックして返事を待たず扉を開けたのは銀色の髪をした女性。昨日あった『アウロラ』と名乗った少女だった。

 

「何か」

そう尋ねると彼女は一式の衣類を乱暴に投げ渡してくる。それは以前見た一般兵たちが身に着けていた水色の軍服に似たものだった。「着替えろ」と一言だけ告げると彼女は部屋を出て待機している。曰く、今のこの基地には保護しているとはいえ人一人に贅沢な暮らしをさせるほど資源に余裕はないらしく。一人でも多く人手がほしいらしい。

元の世界では大佐という肩書の自分が、一兵士と同等程度の扱いを受ける事にはこれと言って不満はなかった。むしろ懐かしさすらあった。

 

つまるところ「働かざる者、食うべからず」という事のようだ。なおこの言葉もアジア圏の日本、こっちでは『扶桑』と呼ばれている国にあるコトワザ……らしい。

 

そんなこんなで現在。シャベルを手に衛兵ともども基地周辺の除雪作業に汗を流す真っ最中だ。一応基地内で俺は「保護された身元不明の遭難者」との事らしいが、この扱いは如何なものなのだろうと個人的ではなく客観的に疑問を抱いたが、ただ黙ってシャベルを手渡してきた彼女の笑顔に、何か謂れのない強迫観念があり逆らうことはできなかった。

 

少しだけ、ほんの少しだけだが「なんだこの女」と毒づきたくなったがその感情は喉元で押し殺すことにしたのは言うまでもない。

 

「よう兄ちゃん。若いだけあってよくがんばるねぇ!」

バンと突然腰を叩かれる。振り返ると背の低い初老の男性が笑みを浮かべている。名前は知らないが基地の整備兵や衛兵達からは「おやっさん」と呼ばれ親しまれているらしい。

初老とはいったものの、肩までまくり上げた袖から覗く腕は筋骨隆々。低い身長に似つかわしくない見事なまでの上腕二頭筋。童話に出てくる小人の『ドワーフ』という存在が真っ先に思い浮かぶであろう人物。

 

「最近じゃネウロイの出現も不規則的になってきちまってるせェもあって、ワシらももっぱら雪かきが仕事なんじゃねェかって思えてくるわい!」

カッカッカと楽しそうに笑う彼は、微かに赤くした頬を気にするでもなく手に持っていたスキットルを勢いよく呷る。ぷはぁと息を吐くその飲みっぷりは実に爽快なものだ。

酒というものを飲んだことは無いが、そんなに美味いのだろうか。

 

「んぉ? お前さんも飲むか?」

こちらの思考を察してか、差し出されたスキットル。丁重にお断りすると面白くなさそうに眉を顰め「若ェモンが遠慮しよって」と再び酒を呷る。

彼だけではない。あたりを見渡せば誰もかれもが、どこか楽しそうに談笑しながらこの極寒の中で除雪作業に勤しんでいた。

ネウロイと呼ばれる敵との戦争を余儀なくされている世界とは思えないほど平和な光景だった。

 

 

 

 

……いや、これでいいのかもしれない。脅威となる敵との戦いがいつ始まってもおかしくはない状況で、常に気を張り巡らせていては精神が持たないだろう。

向こうではさも当然だったせいか、多少のズレで非常に違和感がある。

 

やがて作業がひと段落したところで休憩を挟むことになった。兵達はそれぞれ談笑をつづけながら近場でくつろぎ始め、必然的に一人となった俺は特にすることもなく、フラフラと遠すぎない位置で散歩をしていた。

 

 

 

 

 

「ん?」

除雪していたガレージの正面ハッチまで来たところで一人の人影を見つける。両手で抱える大きな箱を二つ積み上げ、フラフラと危なげな足取りでどこかへ向かおうとする少女。この世界に来て最初に名前を教わった『ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン』曹長の姿だった。ガチャガチャと鳴る箱の中身からして金属系の部品でも入っているのだろうか。あの様子ではいつか転んでしまうのではないか?

 

そう思い、俺は彼女へ歩み寄り横から奪うように箱を抱える。「あっ」と声を漏らす彼女が俺を見上げると再び小さく声を漏らした。

 

「どこに運べばいいかな」

そう尋ねると慌てて奪われた箱に手を掛けてくる。

 

「い、いいですよ大丈夫です! 自分で運びますから!」

ワタワタと大げさに焦るカタヤイネン曹長。遠慮するなと言うと少し悩んだ末ようやく手を放した。道を案内される形で随伴し荷物を運ぶ。男である俺からしても結構な重さのある箱だ。それをこんな華奢な少女が抱えられている時点で凄まじい。これも魔法力とやらの恩恵なのだろうか?

 

「すいません、上官であるはずの大佐さんにこんな……」

ボソボソと硬い表情のまま呟く、たしかに下士官が佐官である人物に荷物を持たせるというのはあまりにも気分のいいものではないだろう。本来であればむしろ逆なのだから。

 

「構わないさ、大佐とはいえ所詮俺の階級は別の世界での話だ。……それとも、むしろ敬意を表して言葉遣いを改めるべきは自分かもしれませんね、カタヤイネン曹長殿」

茶化すように口角を吊り上げそんなことを言うと、カタヤイネン曹長はまたしても慌てて両手を振る。なんとも見ていて面白いリアクションをする娘だと感じる。

人を弄る趣味はないが、これはこれで楽しいと呼べるのかもしれない。……彼女には申し訳ないが。

 

「あっ、そこの道を右にいって——」

 

「おーい、ニパー!!」

指で右折を促す彼女の言葉は、唐突に背後からの呼び声に妨げられる。ビクリと肩を震わせた彼女の表情は、何故か「まずい」といったものに変わっていた。

振り返ると手を大きく振る一人の少女を先頭に、他に二人の少女が並ぶ三人組がこちらに向かってきていた。身に纏う服装からしてカタヤイネン曹長と同じ『ウィッチ』というやつだろう。

 

「んん? 誰ダ、お前。見ない顔ダナ」

先頭に居た少女。銀色の長い髪を含め、どこかユーティライネン大尉に似た雰囲気を持ちながら幼さのある少女が目を細めながら不信感を抱いた眼差しを向けてくる。

 

「……あれ、ひょっとしてあの時の人じゃないかな?」

続いて声を上げたのは、一見カタヤイネン曹長と見間違えてしまうほど用紙のそっくりな少女。そっくりとはいえ完全な瓜二つとまではいかない。多少なりとも違いが取れる少女。……主に体つきで、とは口が裂けても言えない。女性に対しては失礼な部分だろう。

 

「あーっと……この人は——」

 

「なんだ、思っていたより元気そうじゃないか」

髪を後頭部で一纏めにし、四人の中で一際しっかりものな立ち振る舞いの少女が呟く。どうやらこの三人はカタヤイネン曹長に発見された際に居合わせていたようだ。

 

「ふ~ん……」

マジマジと顔を眺める長い銀髪の少女。顔からつま先までをじっくり眺めた後。「微妙ダナ!」と何故か満足げに言い放つ。いったい何が微妙なのだろうか。

 

「ちょっ、イッル! ダメだよ上官にそんな失礼な!」

イッルとカタヤイネン曹長が呼んだ少女に慌てて詰め寄る。そんな彼女に「上官?」と三人が眉を顰める。

 

「えっと、この人はトーマ・イズル大佐で、少しの間この基地で保護されることになったんだよ」

そう説明した彼女の言葉……というよりも『大佐』という単語を聞いた途端に三人の顔色が変化する。

 

「うぇっ!? た、大佐!? 嘘ダロ、私達とそんなに歳変わんないダロ!?」

銀髪の少女は見るからに狼狽し、カタヤイネン曹長と瓜二つの少女は「へぇ~」とどこか微笑ましそうにしている。そして髪を一纏めにしている少女は「ほほう」と怪しく笑い、目を微かに光らせた。三者三様のリアクション。四人の接し方からして友人関係なのだろう。とすれば彼女たちも俺よりも歳は僅かに下。その上でカタヤイネン曹長同様に少年兵とは無縁の下士官かそれ以上の階級を持っていると推測できる。

 

「カタヤイネン曹長、さっきも言ったが俺の肩書は『ここ』では飾りにもならない無価値なものだ。君たちも気にしないでくれ」

 

「え~……でも……」

 

「なんかよくわかんないケド、とにかくよろしくナンダナ。私は『エイラ・イルマタル・ユーティライネン』階級は曹長ダ」

銀髪の少女、やはりあのアウロラと名乗った女性の身内だったか。

 

「私は『ハンナ・ヘルッタ・ウィンド』。同じく曹長です、気軽にハンナって呼んでください」

カタヤイネン曹長と瓜二つの少女、むしろこっちは身内ではないらしい。他人の空似、というものか、初めて見たな。

 

「同じく曹長『ラウラ・ヴィルヘルミナ・ニッシネン』だ」

髪を纏めた少女は名乗ると共に「今度カードで賭けでもしよう」と言われたが、俺には賭けるものは持ち合わせてないと答えると「つまらん」とそっぽを向かれてしまった。子供か。……いや、子供だったな。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで、お前は何であんなところに居たんダ?」

 

「イッル……流石に上官に『お前』呼ばわりはまずいって!」

 

「え~、別にいいダロ本人がそう言ってるんだから、なぁ?」

ユーティライネン曹長の言葉に「ああ、構わない」と答える。実際、この世界での自分の立場上、むしろ俺の方が畏まるべきなのだろうが。何故か「お前の敬語はなんか違和感あある」と却下された。……何故だ。

 

「で、実際なんであんなところに居たんダヨ」

彼女の疑問に、俺は果たして本当のことを言うべきか悩んでいた。というよりも言ったところで信じてはもらえないだろう。携帯端末も着替える時に部屋に置いてきたしまったことだしな。どうしようかと目線をカタヤイネン曹長に向けると「う~ん……」と難しそうな顔をする。当然だ、いくら友人とはいえいきなり「この人異世界人です」なんて正気を疑われる。

 

「すまないな、その事についてはユーティライネン大尉……君の姉の許可なしには言えない機密でな。気になるのであれば直接本人に訪ねてくれ」

我ながらナイスな言いくるめだと言える。

 

「なんだ、ねーちゃんの事知ってるのか」

 

「ああ、直接君のことを聞いたわけではないが。ミドルネームやファミリーネームが同じだったからな」

 

「そういえば、名前からして扶桑の人っぽいけど、出身は扶桑なの?」

ウィンド曹長の問いに、微かな間をあけてから「いや」と答える。俺の名『トーマ・イズル』はその語感が日本、こっちでいう扶桑の名前に近いものらしい。

たしかに血液検査ではアジア圏、特に日本のものが濃く診断されたがそもそも俺は親というものの存在を知らない。物心がつく前から孤児院に居た。施設の人にも何度か聞いてみたが誰も答えてはくれなかった。トーマという名前も孤児院の院長が名づけ、イズルという家名もファーストネームしか持たない俺を労ったアグニカさんによって貰った名前だ。

生物学的に言えば確かに俺は日本——扶桑の人間と言っても間違いではないだろう。

 

「……俺に故郷と呼べる場所はない」

嘘は言っていない。実質故郷と呼べる場所は無くはないが、現状帰る事は不可能であるという事は無いという事と一緒だろう。俺にとって故郷とは生まれた場所ではなく、在るべき場所なのだから。

 

……俺の在るべき、か。

 

「あっ……その、ごめんなさい」

何かを察したのか、ウィンド曹長の表情が影を落とす。……ああ、きっと彼女は勘違いをしたのだろう。帰るべき場所が無い=ネウロイに滅ぼされたと思ったのだろうか。とんだ勘違いではあるが都合がいいので弁明はしないことにする。

 

「気にしないでくれ、故郷が無くても俺は今『ここ』にいる」

愛想笑いなど、気を使ってくれた彼女たちに失礼かもしれないが。俺は自分の言葉をまるで自分に言い聞かせるように言った事を覆い隠すように表情を偽る。

 

この世界において俺の居る場所、居るべき場所など元よりないのだから……。

 

「……さて、休憩は終わりだ。俺は雪かきの続きでもしてくるさ」

傍らに置いておいたスコップを肩に担ぎ、ヒラヒラと手を振りながら彼女たちと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……ごめん」

トーマが出て行った後、しばし沈黙していた三人に、ハンナは小さく謝罪した。ラウラは「本人はああ言っていたんだ。お前が気にすることはない」と宥める。

 

「故郷が無いって……それってさ」

ニッカの言葉にエイラが「そういうことダロ」と続ける。

トーマの思惑通り、ニッカを除いた三人はすっかり『勘違い』をしていた。彼の生まれ育ったであろう故郷は存在しない。つまりネウロイによって占領されたということだろうと思い込んでいた。実際、この世界では数多くの人間がネウロイによって故郷を追われ、難民として別の国に移住することを余儀なくされることは日常茶飯事である。だが故郷を失う辛さというのはスオムス出身である彼女たちには想像できないほどの苦痛であるだろうと考えていた。

 

ネウロイと戦うものだからこそ知っているネウロイの恐ろしさ。

自分たちの持つ特別な力と違って魔法力を待たない人間はただ逃げる事しかできない非力な存在。軍人として戦うことは無論できないことはないが、一般の兵士にとってネウロイはあまりにも凶悪な存在だった。通常火器などでは容易に貫通しえない強固な装甲。ウィッチのような魔法力のシールドを持たぬが故防ぎようのない灼熱のビーム攻撃。当たれば一溜りもない。一度や二度どころではない、彼女たちは人の死を何度か目の当たりにしてきた。

半身を焼かれた者。祈りを捧げながら押しつぶされた者。亡骸となった戦友の隣で呆然とする者。

苦悩も苦痛も絶望も、彼女たちは知っている。それでも戦い続けているのは単に『ウィッチ』であるからという面もある。

もちろん「故郷を守りたい」という気持ちも強い。

そして自分たちはネウロイと同等以上に戦う『力』を持っている。それがどれだけ恵まれた事かは『持たざる者』しか分からない事だった。

 

「……」

ニッカはただ黙っていた。この中で唯一真実を知る彼女ならば単純に「別の世界の住人だからこの世界には故郷が無い」という解釈もできるだろう。

だが彼女にはそれができなかった。できるわけがなかった。

 

彼の持つ端末で見せられた向こう側の世界の惨劇。

ネウロイのように圧倒的な力で無残に人々を焼き払うモビルアーマーと呼ばれた殺戮兵器。そしてそれと戦うトーマのようなモビルスーツパイロット達の戦い。

決して楽なものなんかじゃないだろうとニッカは考えた。

 

あまりにも似ているのだ。

ネウロイと戦う自分たち(ウィッチ)とモビルアーマーと戦うトーマ達(パイロット)の姿が。

戦う力を持つ者は戦い、力ないものは怯える世界。力ないものを背負い戦う者の苦悩も守られるだけの存在でしかなかったものの無念も、まるで違う世界なのに似ている世界。

 

彼は二つの世界の中心にいる不安定な存在だった。

向こうの世界では最前線で戦う兵士であり守る側の人間だった、守るべきものが確かにあったはずだった。だがある日突然彼はこちら側に迷い込み、右も左も分からぬままこの場所へ流れつき。戦う力もなく、守る側から守られる側になってしまった。

 

それがどういう事か。どれだけ悔しい事かニッカには想像もできなかった。

 

もしもある日突然自分から魔法力が無くなってしまったら……。

 

「っ……」

そう考えただけで体に悪寒が走る。ウィッチは年齢が20を超えると自然に魔法力が衰えると言われている。現在15の彼女はあと5年の猶予があった。

5年も猶予があり自覚があれば少なからず諦めは付くだろう。

 

だが彼は違う。文字通り「ある日突然力を失った」のだから。

彼はもう戦う事は出来ない、守る事が出来ない。きっと無力感に押しつぶされてしまうのではないかとすら思えた。

 

しかしトーマは笑っていた。どこかぎこちない、無理をしたとわかるほどに歪んだ笑み。力を無くしても彼は強い人間なんだと、最後に言った言葉を思い出した。

 

 

 

 

—気にしないでくれ、故郷が無くても俺は今『ここ』にいる—

 

 

 

 

どういう意味でその言葉を言ったかはニッカにも分からなかった。だが彼女はその言葉の意味を間違った解釈だと知らずとも、どこか暖かく勇気が湧くような気持になった。

 

彼は今『ここ』に居るんだ。

つまりそれは『ここ』を彼の帰るべき場所にすればいいのだと……。

 

少女—。『ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン』の胸に小さな願いが生まれた。

 

どうかあの人が、ここ(私の故郷)を好きになってくれますように……。

 

トクンと心臓の鼓動が一際大きく脈打つ。

故郷を守りたいと思う少女にまた一つ『守りたいもの』が増えた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルツィレ基地から遠く離れた山、ハルティの麓は数日の大雪によって大きく姿を変えていた。舗装された山道は雪山の一部となり、数mはあった針葉樹はその半分以上を雪で覆い隠されていた。

 

そんな雪の平原の地下深くに、それは『あるべき主』を待ち続けている。

積もり積もった雪の溶けだした一滴の雫が光の失われた宝石のようなカメラアイを流れる。そして一度小さくゴウンと思い音と同時にその眼光が取り戻された。

響き渡るエイハブリアクターの駆動音。その音に驚き逃げ惑う雪山の動物たち。鳥が羽ばたちリスが木の幹に空いた穴の中へ避難し、鹿は全速力で山を駆け下りていく。

 

悪魔は目覚める。その『時』が来るのを待ち続ける。

 

正義を司る化身は主の帰りを待つのだった——。

 

 

 

 

 

やがて訪れる戦いの時まで……。




(まだフラグじゃ)ないです。
ニパはチョロそうでそうでもないという勝手な妄想。

モチベーション向上のためにいろいろ妄想を膨らませてがんばります。

なんかこう、この世界観に合ったオープニングとエンディングのイメージ曲なんかも探してたり。


トーマのキャラクターイメージソングはONE OK ROCKの「The Beginning」

いろんな曲聞いて歌詞に合わせてイメージに合うシナリオを考えてたりするのって意外と楽しい。逆にシナリオに合った曲を見つけるのが大変っていう。

今週も何とか更新できました。
ほぼ一発書きですから誤字脱字があるかもしれません、ご指摘ご報告いただけると幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。