少年がスオムス空軍ベルツィレ基地駐屯地部隊によって保護されてから数日。
吹き荒れる吹雪をガラス越しに眺めていた少女・ニッカは小さくため息を吐いていた。
「な~に黄昏てんだニッ……パ!」
背後から迫りくる魔の手によって豊満な胸部を鷲掴みにされた彼女はビクリと体を跳ねあがらせこそばゆさに顔を顰める。
「ちょっ……イッルやめてよっ放してってば!」
静止を聞かず、結局彼女の腰が抜けるまで続き呆れて止めに入ったラウラとハンナによって魔の手の持ち主であるエイラはワキワキと両手をいやらしく動かしながらもニッカへのセクハラ行為を止めた。
「はぁ……はぁ……はぁ……っもぉ! イッルもイッルだけど何で二人ともすぐ止めてくんないのさ!」
地べたに座り込み両腕で自分の胸部を隠すように抱く彼女の訴えに、二人は「何でと言われても」「ねぇ?」と顔を見合わせるだけだった。
日常としてのやり取りとなっていた一連の流れにうんざりするイッルがまた大きくため息を吐き立ち上がる。そんなニッカにエイラは満足げに腕を組み「で?」と言葉を投げかける。
「なにが?」
「どうして黄昏てたんダヨ」
「珍しいよね、ニパがあんなに思い詰めた表情するの」
エイラの疑問に便乗し、ハンナはニコニコと笑みを浮かべる。
「え、そんな顔してた?」
自分の顔に触れながら素っ頓狂な声を漏らす。「気づいてなかったのか?」と近くの機材に座りながら懐に入れてあった小さな箱を取り出し、中から菱形の黒い粒を取り出すと、それを口に含んだラウラは箱をそれぞれ三人にも回していき、全員が同じように黒色の粒『サルミアッキ』を頬張る。
「数日前からずっとその調子でため息ばかりついてたじゃないか」
「何かあった?」と友人の悩みを優し気に問いかけるが、その疑問に答えを見出したのはエイラだった。あ、と何かを思い出した等に声を漏らすとその表情はまたしても悪戯を思いついた子供のように変貌する。
「もしかしてあの変な男カ?」
エイラの指摘に、ニッカは露骨に体をビクッとさせる。
「え、何々『そういう』話?」
何故か尋常ではない食いつきを見せるハッセと「くだらん」と言わんばかりに顔を顰めるラウラ。そんな三人に慌てて両手を振るいながら「そんなんじゃないってば!」と否定する。
「なんか気になってさ……」
俯き両手の指をを交互に絡ませる彼女を、二人はにやにやと見守り、一人は興味なさげに目を瞑るが微かに片眼でチラチラとニッカを見ている。
「あんな大怪我して、たぶんずっと一人であの山道をずっと歩いてたんじゃないかなって」
それに、と言葉を途切らせる。三人は救助した、自分たちとはまったく異なった装備に身を包み満身創痍のまま気を失っていた少年の姿を思い出す。
「医療班が検査してるんダロ? ねーちゃんに聞きにいってみよう!」
「失礼する」
扉を開き、白に統一された清潔に保たれた部屋。医療室の一角にある寝室へやってきたアウロラと、一人の医師と助手であろう看護婦が敬礼をしようと立ち上がるがそれを静止し「楽にしてくれていい」と座らせる。
「『彼』の容体は?」
視線を二人からすぐ傍に設置されたシングルベッドに何故か『横向き』で寝かされていた一人の少年へ移す。アウロラの問いに治療を担当した医師はうねり声を上げ、何とも言えない表情のまま一枚の写真と、更に一枚のレントゲン写真を手渡す。
その二枚の写真に目を通した彼女の表情は一気に強張り、驚愕の一言に染まっていた。
「これは……」
その写真は少年の背中を映したものと、その『内部』を撮影したものだった。
彼の背中、正確には脊髄に当たる部位には明らかに通常の人間にはないものがあった。
突起。脊髄から皮膚を突き抜ける様に露出した金属光沢を放つそれはまさに異物だった。更にレントゲン写真には事細かくその異物が体内に侵蝕しているサマが映し出されていた。
嫌悪感にも似た感情に思わず口元を隠し、アウロラは医師へ視線を向けるが、彼は首を横に振る。
「これが何なのか、はっきり言って解りません。こんなものは私も始めてみました」
ですが、と言葉を続けスオムス語で『診断書』と書かれた書類を少し眺め、それもまたアウロラへと手渡す。
「内臓への深刻なダメージ、全身にわたる打撲にも似た症状。軽度の火傷、そして長時間にも及ぶ低体温症による衰弱。処置がもう少し遅れていたら助かる見込みは……いえ、正直助かったこと自体が奇跡に近いでしょう」
アウロラは書類と写真を医師へ返すともう一度少年を見る。適切な処置を施され、ベッドで深い眠りにつく彼への不信感は募るばかりだった。
彼が回収された際に押収されたその所有物の中には、彼が何者であるかを証明できるものが何一つなかったのだ。
どこの国で作られたかも分からない拳銃や、どの医学にも属さないような応急キット。そして不明様な金属プレート。
認識票のようなものは一つたりともなく、どの国のどの部隊に所属していたのか。そもそも軍人ですらあるのかも怪しい少年。外見からしてアウロラやその部下であるウィッチ達とそう変わりない年齢と思しき顔立ち……。
そして背中の異物。
お前は一体何者なんだ……?
アウロラは誰に言うまでもなく、ただ視線だけを眠る少年に向けていた。
「はぁ……。では彼が目を覚ました場合、すぐに指令室への報告を。それから彼の『体』についてはあまり外部へは漏洩しないよう」
それだけ言い残すと彼女は寝室を後にした。外では未だ吹雪が収まる様子はない。
「あっ! おーいねーちゃ~ん!」
部屋を後にした彼女の後ろからエイラ達四人のウィッチが後を追いかけてきた。
「どうしたんだ。揃いも揃って」
小首を傾げるアウロラに、エイラはニヤニヤと笑みを浮かべながら隣にいるニッカを小突く。「わかってるってば」と微かに頬を染めるニッカ。
「あの、アウロラさん……『あの人』は……」
名前ではなく固有名詞ではなく普通名詞で訪ねてきたニッカの差す人物が、例の少年であるとすぐに察した彼女はため息交じりに首を横に振る。
「命は取り留めたがが意識が戻る保証はない。それに……」
無意識の内に言葉を続けようとしてしまった自分の口を途中で閉ざし「いや」と咳をしながら誤魔化す。彼女たちに彼の体についてはあまりにも刺激が強すぎるだろう。
「そんなことより、なんだニパ。気になるのか?」
流石姉妹といったところか。アウロラはエイラと同様にニヤリと笑みを浮かべるとニッカを抱きしめる。
「男に現を抜かすなんて10年早い!」
「どうかしたのか?」
声がした。ぼうっと『ソレ』を眺めていた俺に彼は普段接するような声色で訪ねてくる。
「いえ……なんか実感がわかなくて」
命を預ける鎧となるソレの、未だ外装すら取り付けられてない姿を見上げていた。黒い光沢を放つフレーム姿。顔に当たる部分には蒼い双眼。ガンダムフレームと呼ばれたその末席たるアンドロマリウスの前で黄昏ていた俺は自分が命を懸けた戦いをするという実感が今一沸いていなかった。
ほんの少し前までは施設でただ一日一日を平凡に生きていた自分が。その時代の最先端に立つことになるなどとは思いもよらなかったからだ。
「不安か?」
彼——アグニカさんの問いに「そういう訳じゃ」と苦笑する。
「ただ……オレなんかでいいのだろうかと、思いまして」
会う者達のほとんどに「数合わせ」と罵られ、居場所など無い自分がこんなところに居ること自体が間違いなんじゃないかと再認識し始めている自分がそこにはいる。
「オレも……『こいつ』も、周りからは疎まれた存在なんです。合わせて『欠陥品』……だそうで」
ハハハと自虐的に笑い頬を掻く。72機あるガンダムフレームの内、シングルナンバーはもちろん数が若い順にそれぞれコンセプトを立て調整されていく他フレームと違い俺の機体は最後の番号ということもあって、完成は当分先延ばしにされ、しかも装甲や武装などは他の機体に採用されなかった有り合わせのものばかりだった。
「気に病むことはない」
隣へ歩み寄り、同じくアンドロマリウスを見上げる彼は微かに笑っていた。その表情はどこか穏やかに見えた。
「私のバエルが始まりであるように、お前のアンドロマリウスは終わりである」
始めて会った頃とは違う口調。一人称も変え、更に勇ましさを増した彼は誇らしそうに言葉をつづけた。
「この戦争もやがて終わりを迎えるだろう。そして勝つのは我々『人類』だ」
それまで浮かべていた笑みは掻き消え、真剣な眼差しで俺を見る、そして右手を差し出す彼。俺はそんな彼に笑みで返し、その手を強く握りしめる。
「はい、必ず」
「ああ、私達でこの戦いを終わらせよう」
それは誓いであり、友とのたった一つの約束だった。
「ぅ……ん……」
瞼を開くと視界には白いシーツがあった。あたりを見渡すとどうやらどこかの寝室……。いや、微かに鼻につく薬品の臭いからして医療施設だろうか。
俺の知る医療施設とは似ても似つかないほど質素な設備。起き上がろうと腕に力を籠めるが体が思うように動かない。
被せられていたダウンを引きはがすとノーマルスーツを着ていた体は病衣に包まれ、腕や腹部には包帯が巻かれていた。
どこかの軍によって回収されたのだろう。ガラスサッシから外の様子を伺うとどうやら日は落ちているようで夜になっていた。だが前日のように吹雪はなく。静寂が訪れていた。空に輝く星々を眺めながら一息吐く。
「ぐっ……ぅんぬ」
やはり力の入らない体に活を入れ、両腕で上半身を持ち上げつつゆっくりと立ち上がる。半ば引き摺るように出口へと向かうが足元がふらつく。
久々の地上という事もあるのか、どうにも地球の重力が重く感じる。こう見えても体は鍛えていた分民間人よりは頑丈だと自負していたつもりだが、これでは笑われてしまうな。
しかし……。
ガラガラと音を立てながら横に手動でスライドさせなければ開かない扉と言い、この施設はあまりにも時代遅れというべきか……。
どうにも俺の知るものとかけ離れた部分が多すぎる。民間の医療施設でももう少しマシな作りなはずだったが……。
壁伝いに周囲を散策するも人の気配がない。いや、微かにするにはするがほとんどが俺同様にベッドで眠る負傷兵たちだ。
徴兵の姿は……。少し離れに建設された施設側の方に複数見つけた。……が。
「なんだあの装備」
まるで歴史書籍に記載されていたようなプロテクターなどの防弾加工の一つもされていない布のみの戦闘服。持っている火器もどこか古ぼけて見えた。
まさか反戦組織の一つにでも捕まってしまったのか?
と微かに思えてきた。だとするなら何故俺を拘束しておかなかったのかという疑問も浮かんでくる。
どうにもここは怪しい。できるだけ見つかる事は避けた方が良さそうだ。
おそらく押収されてしまったであろうノーマルスーツなどの装備を回収することを最優先事項とし、次にここがどこなのか聞き出せそうな人物を確保することにしよう。流石に丸腰では勝ち目は薄い。
さて、と行動を起こそうとした俺の背後から声がかかる。
「誰かそこにいるの?」
反射的に行動してしまった。
声の主へ振り替えると同時に相手が構えを取るよりも先にワンステップで距離を詰め、他の徴兵を呼ばれないためにもその人物の口元を抑え、更に暴れられないように両腕をもう片方の手で抑え込む。
「誰だっ」
抵抗しようものなら顎を砕くつもりだったが、すぐに自分の失態に気づき己の未熟さを恥じる。
少女だった。
まるで雪のように白い肌。短く切りそろえた淡い金色の髪に幼さが残る愛らしい顔立ち。水色と白の二色を基調とした服装。若干生地の薄さがのこ環境下と不釣り合いなような気もしないでもないが、そんな些細なことは置いておくとしてすぐさま抑え込んでいた腕と口を開放し謝罪の言葉を述べる。
「す、すまない! 危害を加えるつもりはなかったんだ!」
バッと両手を上げ降伏するような姿勢で敵意が無い事を伝える。息苦しさからか数回咳き込んだ彼女は「大丈夫」と答える。
背後から声を掛けられ、警戒していたとはいえ年端も行かない少女に掴みかかるような男を咎めようともしないのかと実行した身で言えた義理ではないが思わずにいられなかった。
「それよりこんなところで何してたの?」
息苦しさから溢れた涙を拭いながら少女が問いかけてくる。
「それはこちらの台詞だ、何故君みたいな子供がこんなところに……」
そう返すと微かに頬を膨らましジロりと不機嫌そうな表情で睨んでくる。何か気に障ってしまったのか?
「子供って……私は15でそんなに歳も変わらないと思うんだけど」
十分に子供じゃないか、とこれ以上余計なことを言えば印象を悪くするだろうから自重する。
「俺……あー私はこう見えて17だ」
初対面の人間に素で答えるのも馴れ馴れしいだろう。普段軍で他の将校たちなどと同じ接し方で会話を続ける。まぁたしかに一般将校や阿頼耶識の手術を受けた者以外からすれば確かに俺も子供と言えば子供なのは間違いないだろうが。
「え、嘘2つも上だった……ンデスネ」
ぎこちない様子と小さく丁寧語で言い直す少女。しかし見れば見るほどその存在が違和感を増していく。おそらく軍事基地であるこの場所にいる彼女。衛生兵でもなければ看護婦というわけでもなく、それどころか軍所属の女性にある『軍人らしさ』をまったく感じない。むしろ歳相応の女の子としか……。
「まぁとにかく、年齢の事は置いておくとして。結局君はなぜこんなところに? それともし迷惑でなければここがどこだか教えてほしいのだが」
「ここはスオムス空軍ベルツィレ基地駐屯の医療キャンプ……です」
スオムス空軍?
「すまない。スオムスというのはどこの連合に属する国家だ? 東南アジアか?」
「え、スオムスはスオムスですけど……地理的に言えばヨーロッパです」
ヨーロッパにスオムスなどという国があった記憶はない。だが彼女の様子からして嘘を言っている風にも思えない。もしやその国独自の固有名所か何かかもしれない。
「……ここはそのスオムス……という国の駐屯基地であることは間違いないんだな? では地球連合本部か東アジア防衛……月面基地への衛星通信。とにかくどこでもいい。連絡をさせてはくれないか?」
「えっなん……ちきゅーれんごぅ? げつめんきち?」
首を傾げ、何を言っているのか理解できていない様子の少女。先ほどから感じる違和感……何かがズレているような気がしてならない。
「と、とにかく何処かに連絡をしたいんですよね? 目を覚ましたことをアウロラさ……あー、上官に報告しなきゃいけないんで、一緒についてきてくれますか?」
言われるがまま頷き、俺は彼女に連れられ指令室があるという別の区画へ向かった。
……ん? 上官?
「失礼、君は軍人……なのか?」
「え、あっ。遅くなりました、スオムス空軍 第24戦闘機隊 第3中隊所属『ニッカ・エドワーディン・カタヤイネン』曹長です!」
ピシリと背筋を伸ばし敬礼をする彼女の姿は今までの少女らしさから僅かにではあるが精練された軍人のソレを彷彿とさせた。まさかこんな少女が軍人……それも下士官の最高位とは……。
だが相手の容姿がどうあれ軍人であるなら俺もまた軍人として立ち振る舞わなければならない。
「地球連合軍 第72連隊 月軌道艦隊司令 『トーマ・イズル』大佐だ」
大佐、という肩書を聞いた瞬間。彼女の表情がサッと蒼くなったような気がしたが気のせいだろう。
ヤバいよヤバいよ……どうしようどうしよう!
少女。ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは人生の中で一番といって良いほど焦っていた。額や頬からは滝のように冷や汗が溢れ、視線は常に下を向き焦点が合わず足取りもフラフラであり危なげである。
カツカツと歩く廊下が無限に感じほど長く思えた。ニッカの焦る理由の元凶たる後ろの人物。トーマ・イズルと名乗った少年は無言のまま彼女の後ろを付いてきている。
付いてこいと自分から言っておきながら今すぐにでも逃げ出したい衝動に駆られていた。
所属は聞いたこともない部隊であるが階級が大佐……自分よりも遥か上の地位にいる人物。上層部のお偉いおじ様達と同じくらい偉い人物に対して知らなかったとはいえ、上官に対してタメ口や睨むといった失礼極まりない行動の数々。厳重な処罰は免れないだろう。
どうしてこんな事に……ツイてないなぁ……。
ニッカは己の運の悪さを今日ほど呪ったことはない。
『ツイてないカタヤイネン』
事あるごとに不運に見舞われる彼女にいつの間にか定着してしまった異名である。
空を飛べばストライカーユニットに異常があったり雷に打たれたり、銃を撃てば弾詰まりを起こしたり……とにかくツイていないのである。
そんなニッカは先日、『偶然』雪山で遭難していたであろう少年を救出し『偶然』医療棟の周辺警備を交代し『偶然』見かけた人影に声を掛けた人物が件の少年であり、そんな人物が自分よりも遥かに高い階級とはついぞ知らずに失礼を働いた。
ほんと……ツイてないなぁ……。
やがて到着した指令室前の扉。ニッカにはその扉が救いのように思えた。
ようやくこの気まずい空間から解放される……!
そう思っていた時期が彼女にもあった。
「…………」
「…………」
ひえぇ~。
ニッカは心の中で悲鳴を上げていた。彼女の前には机を挟み、睨み合う二人の悪魔が居た。
「もう一度言うが『地球連合軍 第72連隊』などという部隊は聞いたこともない」
片や銀色の髪に凛とした美しい顔立ち。しかしてその背後には殺気を放つ熊殺しの異名を持つ悪魔のような幻影が見えるのは彼女の錯覚であるとニッカは信じている。
「では何度でも言わせていただくが、私はスオムス、カールスラント、ブリタニア、ガリア、オラーシャ、ロマーニャ、リベリオン、フソウ。その他挙げられた国家の存在など知らない。そしてネウロイなどという異形の存在と、それと戦う魔女(ウィッチ)と呼ばれる君たちの存在も知らない。ましては魔法などと御伽噺が過ぎるのではないか?」
そしてもう片方は、階級という概念を差し引いても彼女が恐れる『モロッコの恐怖』に臆することが無いどころか同等以上の殺気を放つ病衣姿の少年。
二人の会話はニッカにとってまるでチンプンカンプンな内容だった。
最初は意識を取り戻した少年——トーマの回復を祝していたアウロラであったが、所属部隊や階級の照らし合わせに始まり、出身や国家の歴史などを互いに並べてはあまりにも食い違いが多すぎる。それどころかもはや『別世界の話』だった。
まずは互いが居た世界の紀年法。ニッカやアウロラの世界では無論『西暦』1942年。だが彼の記憶していた紀年法は西暦などではなく聞いたこともない名前であった。
地図を元に国の照らし合わせでも。
スオムスは『フィンランド』
カールスラントを『ドイツ』
ブリタニアを『イギリス』
ガリアを『フランス』
オラーシャを『ロシア』
ロマーニャを『イタリア』
リベリオンを『アメリカ』
扶桑を『二ホン』
とそれぞれ答えた。
アウロラはため息を吐きながら事細かに今この世界で起きている事について一から説明していく。この世界には『ネウロイ』と呼ばれる異形の敵と戦い、そして自分たちのような魔法力を持つ少女『ウィッチ』が最前線で戦っているのだと。
過去の新聞や資料なども提示し、言葉が通じる様に文字などには統合性がある様子で、その一枚一枚を真剣に読み取っていくトーマの表情は困惑、疑問、不安、いろいろな感情が見て取れた。ボソボソと小さく「技術力がここまで低い」や「モビルスーツの開発すら」など何のことを言っているのか分からない単語が節々に聞こえてくる。
やがて読み終えた資料などをまとめ、小さく「ありがとう」と感謝の言葉と共にそれを返すと、大きくため息を吐き、右手で目元を抑え項垂れた。
「こんな考えは正直馬鹿らしく思えて仕方がないが、どうやら私は……俺は君たちと違う世界からこの世界に来てしまったのだろう」
えっ、と思わず声が漏れた。違う世界の住人。世界が違う、時代の時間軸が違うタイムトラベルなどのあまり流行りではないSF文学があったような事をニッカが思い出した。
彼が魔法力の事を「御伽噺だ」と一蹴したのと同様に別世界からやってきたなどと言われても反応に困るとその時は思った。
しかし。
「これは貴官から押収したものだ」
指令室の保管庫から取り出されたのは救助された際に彼が身に纏っていた戦闘服のようなパイロットスーツや拳銃。そして銀色の板や救急キットなどの小物。
それらを机へ並べると「間違いない、俺のものだ」とその内の銀色の板。押収した際に何かの機械であるのは間違いないと技術班からは報告されたが操作の仕方などが分からなかったらしくそのままの状態で保管されていたそれを、トーマが手に取り黒い一面の部分に触れた途端に微かな機動音と「セキュリティロック解除」のブリタニア語に近い文字列。
ニッカとアウロラは思わずその画面をのぞき込んでマジマジと見つめていた。
「少し待て」と指先で操作するその光景はまさに見たこともない技術の産物。コントロールに必要なボタンもレバーもなく、指先一つで操作できてしまう機械。
「この中に見覚えのあるものはあるか?」
一定の操作を終えたのか、その画面には複数枚の写真にも似た静止画が映し出されている。
一枚目は巨大な軍事施設にも似た建造物。二枚目は真っ暗な空に浮かぶ戦艦にも似た鉄の塊。何かと尋ねたら宇宙艦艇の一つと答えた。宇宙というものは昔学術の一環で聞いたことがあった。普段自分たちが飛んでいる青い空。その空の更に外側、大気圏と呼ばれた空間の外は空気が無く、重力もないという。
未だ宇宙へ行けたなどという話も、技術があるなどとニッカはもちろんアウロラですら聞いたことが無かった。
そんな宇宙空間を航行しているという鉄の塊。それが彼の世界には無数に存在しているらしい。
そして、三枚目の写真が表示される。
「これは……人か?」
それはまさに機械でできた人型のナニかだった。
「これはモビルスーツだ」
トーマは一言そう答えた。彼が言うにはこのモビルスーツと呼ばれる兵器こそ人類が脅威に立ち向かうための武器であると語った。
ニッカはどことなく自分が普段戦いに使うストライカーユニットに似ていると思っていた。数えきれないほどの20mほどはあるであろう巨大な機械人形が一枚目の軍事施設に並び立てられ、何かの祭りのようなものを開いてる写真も何枚か見受けられた。
「貴官らの脅威……とは?」
そんなアウロラの疑問に対し、彼は微かに間をあけると四枚目の写真を提示する。
「これは……鳥?」
映し出されたソレは先ほどのモビルスーツよりも更に大型で、機械的でありながらどこか生物的な機動兵器。
「モビルアーマー……行き過ぎた人類の技術が生んだ厄災の権化だ」
そしてトーマが語りだしたその世界の歴史。その内容はあまりにも常識とかけ離れた規模であり、ニッカとアウロラの両名は開いた口を閉ざす事すら忘れてしまった。
宇宙空間へ進出し、他の惑星へと開拓の手が伸び始めた頃。あらゆる分野の技術力はけたたましく成長していき、まさに未来への進化を促していった。
増大した人口問題や環境。人類が生み出してきた様々な問題はその技術力によって解消され、種の繁栄はさらなる高みへと昇り始めるかに思えた。
だが現実は非情であった。
例え技術が進歩し、多くの問題を解消しても人類は『争い』を辞める事はなかった。戦争をするための技術はそれまで以上に進化し、人為的に動かすモビルスーツよりも無人であり、かつ自主的に補給や修理などの独立機構を備えた破壊兵器。モビルアーマーの搭乗は厄災の始まりだった。
システム管理されていたモビルアーマーの暴走。それにより地球を始め、各惑星へ甚大な被害を出した破壊兵器を生み出してしまった人類はその数を大きく減らし、世界は正しく地獄絵図と化していた。
その光景を二人は保存されていた戦闘記録映像として見ていた。
焼き払われる大地。踏み砕かれる人類の遺産。そして築き上げられた屍の山。
「っ……」
ニッカは思わず目を背けた。
何故、という疑問が彼女の脳内を駆け巡る。ネウロイという脅威に立ち向かう自分たちに取って、自らが最悪を招く異形を生み出してまでその世界の人間は争い続けることができるのかと。
「……俺の知る『世界』はこういう事だ」
俯くニッカを一瞥し、小さく息を吐くと銀色の板——携帯端末の電源を切った彼は姿勢を正した。
彼の言う通り、本当に別政界の住人である。……という確証を、アウロラは持てなかった。
本当にこの男は『まったく別の世界』の人間なのだろうか?
言葉や文字は互いに理解できる。地球という惑星に住み、細かい部分ではあるが国家や世界の形に大きな違いがない。ただモビルスーツやモビルアーマー、尋常ではない技術力を持つ世界と、魔法力を持つウィッチやネウロイ、彼の世界よりも遥かに劣る技術力の自分たちが住む世界。
大きな違いなようで、どこか似ている。
…………もしかしたら。
一つの『可能性』が頭を過ったが、その可能性はあまりにも認めたくはないものだった。
もしかしたら、彼の世界は私たちの世界の遥か未来の出来事なのではないか?
数年先などではなく、それこそ数百、数千年という時を重ねれば地球の地形などいくらでも変わるだろう。
もしもネウロイを殲滅できた人類がやがてたどり着いた先が……。
首を横に振り、アウロラは思考を止めた。
「…………」
「…………」
無言のまま、アウロラとニッカはそれぞれ目を閉じ、下を向いていた。
そんな二人を見かねてか、今までの声色とは違いどこか明るげにトーマが言葉を発した。
「湿っぽい話はここまでだ。すまないが少し食料を恵んでくれないか?」
その発言があってか、キョトンとしていたニッカの腹部から空腹の信号音が発せられる。そういえばと夕飯の時間がすっかり過ぎていたことに気づいたニッカは頬を微かに紅く染め、たははと笑う。
静寂な空には、煌びやかに輝く満月が大地を照らしている——。
できるだけ一話一話の平均文字数は8000~10000程度に収めようと思ってますが
どのくらいが一番バランスがいいのか……
現状キャラのポジション
三日月=トーマ
オルガ=アウロラ
アトラ=ニパ
クーデリア=???
鉄血でいう誰々ポジにストウィの誰々を当てはめるような構成にしようとしている件(死ぬとかそういうのは無しで
ネウロイとの戦闘描写や濡れ場はまだまだ全然先になりそう(第10話以内には何とかプロローグ冒頭のシーンに繋げたい
追記:ニパの年齢を何をはき違えたのか1942年の時点で13歳になってたので15歳に直しました<(_ _)>