カンピオーネ~天下一の傾奇者~   作:カラミナト

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自分なりに納得のいく慶次が生まれたと思います。

前回の慶次を読んでくれた人も今から読む人もこの自己満足な作品を読んでいただければ幸いです。



『傾奇者』聖誕

インドのとある街の郊外の静かな森の中。

つい先ほどまで森を照らしていた陽の光はすでに地平線へと消えており、今は空に雲一つない満月の光が煌々と静かに森の中へと差し込んでいる。

 

その木々の間から月光注ぐ静かな森の中に一ヶ所だけ木の葉が舞い、枝木が折れ、木々の幹が抉れるといったような唯一穏やかではない場所が存在している。

そこには、一人の人影が見受けられた。いや、人といえるのだろうか。その者の顔は嘴のある鳥のような顔立ちで、背には赤と金の美しく大きな翼を持ち、変わった着物を着つつも金などの装飾で艶やかに彩られた古風ないで立ちをしている。

しかし、かの異常の者の身体は今にも消えゆくかの如く存在そのものが薄くなっていっている。それでもこの後に起こるであろう神殺しの聖誕祭を前にして好機をたぎらせながらかの者の太陽の如き輝きを放つ金の双眼は目の前に倒れ伏す者を見据えている。

 

「フフフ、まさかな。まさかこのような小僧にこの我がやられるとはな。」

 

かの者の視線の先には所々が火傷で焼けただれておりさらには黒く炭化してボロボロになった右腕を抱えて倒れている12,13歳程のまだ子供といっていいほどの少年がいた。

少年は、黒髪黒目のアジア人特有の顔立ちをしており、その身体の大部分は今すぐに死んでもおかしくないほどの火傷を負ってもなお意識は微かの残りつつも朦朧としているようである。

こうして重症の状態でありながらもいまだ槍を離さないその様は少年がどれほどの気力の持ち主であるかを示している。

 

「神たるこの我をいや、大いなる神々をも越えようこの我を弑して見せるとは・・・面白きものを見せてもらった。」

 

かの者は先程の目の前の少年との闘争を思い出し再び笑みをこぼす。

魔術の、武術の心得さえもないはずの幼い少年が智慧と自身の体を使いこなす才能と何よりも少年自身のその気力の凄まじさによってついには神たる自身を殺め、世界中の神話体系でも見ることの少ない神殺しという偉業を成し遂げたのだ。今、少年の身体へと流れゆく自身の神力とこの神力がすべて注ぎ込むことで終了する儀式、そして二度目の生誕を迎える少年の今後の事を思えば笑わずにはいられなかった。

 

「ふふっ。ガルダ様ったら、人の子に負けたというのになんて清々しくていらっしゃるの。さすがは”竜蛇を喰らう者”と呼ばれるだけはありますね。」

 

突如として響いてくる女性の声。その先にはいつの間にそこにいたのやら幼い女性が立っていた。

 

「やはり来たかパンドラ。災厄を振りまく魔女よ。貴様が現れたということは例の儀式とやらが行われるというのだな。」

 

ガルダ。

主にアジア圏において名を変えつつもその知名度は高く、その影響はアジア圏のみならず西洋ヨーロッパにも広範囲にいや、世界中の神話体系や宗教的観点において影響を及ぼす鳥顔の神である。

その起源は、インド神話に炎のように光り輝き熱を発する神鳥として登場する。そして、この世界でも知られるインド神話においてその成り行きと強靭な身体を以て”不死の象徴”と言われ、また、其の出生と生き様から”竜蛇を喰らう者”としてその名を記している。

また、世界中にはこのガルダを起源とし、中国では鳳凰、西洋ではフェニックス、エジプトではベンヌ、そして日本では天狗や仏教において迦楼羅天といったように多岐にわたり知られている。

 

「ええ、あたしは神と人のいるところに顕現する者。そして、ガルダ様のおっしゃる通り災厄を振りまく者。けれどその災厄の中にある一掴みの希望を与える者でもあるのですよ。」

 

そして、パンドラはガルダから新しく自身の息子となる少年へと慈悲と期待を含む視線を向ける。

 

「あなたがあたしの七人目の息子ね。随分と若いのに神殺しの偉業を成し遂げるなんて将来有望ね。いや、神殺しという偉業を為すのに年齢なんて特に関係ないわね。ガルダ様の神力がしっかりと流れていってるわ。ふふ。苦しい?でも我慢しなさい、その苦痛はあなたを人を超越する最強の高みへと誘うための代償よ。甘んじて受けるといいわ。」

 

ガルダとの戦いで消えゆく少年の意識へとパンドラの甘く可憐な声が波紋のように薄く広がり響いてゆく。

 

「さあガルダ様、祝福と憎悪をこの子に与えて頂戴!若くして偉業を成し遂げ地上に君臨する魔王として災厄の人生を征く運命を得たこの子に、聖なる言霊を捧げて頂戴!」

「ああ、いいだろう!小僧!神殺しとして災厄の運命を得たお前に祝福を与えてやろう!”竜蛇を喰らう者”たるこの我の権能を簒奪し、我と同じく生まれ持って英雄たりうる素質を持つ者よ。騒乱の人生を進み己が道を征き自らを磨き、再びオレと相見えるそのときまで己が魂をオレと並び立つほどまで鍛え続けよ!」

 

既にこの世から消えゆく身であったガルダは少年に対する祝福の言霊を言い終えると同じく少年へと流れていっていた神力も完全に消えてしまい言霊を響き渡らせながら消えていった。

さて、これであたしの役目も終わりだと現世を離れようかとしたその時、いつの間にか『洞穴』がいや、内部に完全なる闇を持つ『洞穴』に見える穴がそこに存在しており、『洞穴』の引力によって空気が轟々と音を立てて風となって『洞穴』めがけて吹き込んでいた。

ふいにパンドラが空を見上げるとそこに広がっていたのは雲一つない星空のもと静かに輝く満月だった。

 

「なるほど。これはあの娘の権能ね。全く、儀式が行われたことで反応したということもあるのでしょうけどついさっき神殺しの偉業を為したばかりだというのにもう波乱が待ち受けているとはね。」

 

『洞穴』の引力は非常に強い力をもってして少年を引き込もうとしている中で少年と同じく小柄なパンドラは全く動じておらず、さらには『洞穴』へと巻き込まれようとしている少年を助けようとする素振りすら一切見せておらず微笑すら浮かべている。

 

そしてついにーーー

 

「あなたはエピメテウスとあたしの子、神殺しの魔王となったのよ。例えどんな時代どんな場所へと飛ばされようともあなたならばどうにかなるでしょう。

・・・頑張りなさい。」

 

ーーー少年は闇を湛えた『洞穴』へと吸い込まれた。

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

時は戦国乱世の時代。

足利尊氏から始まった足利氏による室町幕府は応仁の乱以降段々と幕府の秩序が乱れていき人心は幕府から離れていった。そして、各地の守護大名は戦国大名化し日本中で戦がない日がないほどに荒れていき、更には守護大名ですら配下の国人に弑される下剋上が起こっている。

 

そして今、弘治元年(1555年)。

下剋上で身を為した斎藤道三とその子義龍により治められている美濃国は西方の田舎に一つの人影が見受けられる。

射干玉の腰まである髪を持ち、本人は無意識にもかかわらず妖艶な雰囲気を放つ二十代ほどの容姿の女性である。もっと着飾ればいいものの彼女が身に着けている着物は白の長着に黒の袴といった非常にシンプルないで立ちである。

 

何も持っていないことから決して旅人などではない。そして、怖いほどに真剣な顔で何かを探しているようなことからこの近くの村に住むものでもないだろう。

 

彼女はある人物を探しに来たのだ。ちょっと特殊な知人から聞いたことが真実であればこの日の本一の大事となるであろう者を。

 

そして、歩くことしばらく。彼女は漸く見つけた。

 

その者はただの子供だった。

しかし、おかしな格好をしていた。

その服は最近やってきた南蛮の者が身に着けているものだろうかと思うほどに風変わりなボロボロの異国風の服。

そして、それ以上におかしいのがその服が焼かれてボロボロになっているにも拘らずこの子供の身には何一つ傷がなかったことだ。

 

彼女は、この子供をいや、この者が内包するものを見て彼が自身の探し人であること確信する。

そして、彼女はその時知人の言葉を思い出していた。

 

『美濃国に羅刹王が現れた。』

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

菊地慶次にとっては小学六年のゴールデンウィークに大学の講師であり世界を飛び回る父親が行こうとしていたインドに偶にはと一緒に旅をしようとしただけだった。しかし、その旅行は慶次自身の人生を大きく変えるものとなってしまった。

決してまだ12歳なのに一人でインドを冒険しようだとか面白いそうな事を話してたから知らない人達についていこうだとか神様とやらを見てみたいだとか思ったわけではない。絶対に。・・・おそらく。

 

とまあ、このように慶次は幼い頃から普通ではなかった。まるで子供の体に大人の魂が入っているのではないだろうかと周りから思われてしまうほどには普通ではなかった。小学生にして英語も特に問題なく話せるなどと知的なところがあったり知らない人の後を追うなどと小学生の常識というものが通用しない。大人っぽいかと思えば今回の旅行のように思い立てば即行動したり、興味のあることに関しては常識など知ったものかと度を越えて他の子供たちのそれ以上に好奇心というものは非常に強い。

 

こうして大人と子供の良いところのそれぞれが桁外れな代物であり、それらが上手く合わさった非常識の塊が菊地慶次という少年なのである。

 

しかし今、その非常識の塊たる彼にとっても度を越えて非常識であると言える事態が何度も続いているのである。魔術師なるものの存在に加え、まつろわぬ神やカンピオーネという存在、そしてタイムスリップ。

流石の彼も先程までインドの森の中にいたはずが目を覚ますと故郷日本の原風景たる月光差し込む和風の家屋が目の前に広がっているとなると混乱するのは当たり前だろう。

 

ゴールデンウィークにどうせならと父親のいるインドへと母親の許しを得て一人で向かった。そこで出会った魔術師を名乗る男性に出会い、興味を持ち魔術、まつろわぬ神、カンピオーネなるものについてを知った。

そして、菊地慶次は『神』に出逢った。

 

まつろわぬガルダと対峙し、戦い、そして勝利した。

 

その後のことはよくは覚えていない。確かなのはガルダとある女性が話していたこと。

 

『”竜蛇を喰らう者”たるこの我の権能を簒奪し、我と同じく生まれ持って英雄たりうる素質を持つ者よ。騒乱の人生を進み己が道を征き自らを磨き、再びオレと相見えるそのときまで己が魂をオレと並び立つほどまで鍛え続けよ!』

 

意識を手放そうとしていたころに言われた言葉だったために慶次はよく覚えていないがなんとなく心に残る言葉であった。

若き人の子に殺されこの世を去ろうとしていた彼は最後まで英雄的であった。

 

さて、意識を手放すとあるように慶次は神と戦い最後には相討つ程には激戦を繰り広げたのだ。つまり、意識を手放した時点で慶次は瀕死の状態であったはずである。かの神鳥の神炎にこの身を焼かれたのだから。

 

しかし、今慶次は古めかしい和風の家で布団に寝かされている。瀕死だったはずが生きているのである。右腕を布団から出してみれば少しでも動かせばボロボロと崩れてしまいそうだった右腕が何事もなかったようにきれいに元通りになっている。

さらに、身を起こし何故か身に着けていた和服をはだけさせてひどいやけどを負っていたはずの自分の身体を見てみても右腕と同じく何事もなかったかのように傷一つ見当たらない。

 

しばらく寝起きで回らない頭を働かせて考えていたが障子の向こうからの一声で考えを止める。

 

「起きたみたいだね。一晩かけて君を背負ってここまで運んであげたんだ。少しくらい感謝してよね。」

 

障子の向こう縁側のある廊下からやってきたのは腰まである黒髪をなびかせ、白の着物に黒の袴をはいた女性だった。どこか女性らしくない飄々と浮世離れした印象を受けた。

 

「あなたは誰なんだ。それにここは・・・確かインドの森の中にいたはずなんだが。それに・・・」

 

「はいはい。私が知っていることならばちゃんと話すからとりあえず落ち着いて。順番に話していこう。

じゃあ、取り敢えず自己紹介からね。私は前田桔梗。」

 

いろいろとありすぎていて混乱していた慶次は自分の身体を見ながら話そうとしたところで彼女、桔梗に話を挟まれた。

桔梗の言うことも道理だと一先ず深呼吸して落ち着かせ、自分に問いかけるようにして見ている桔梗に答えた。

 

「俺は菊池慶次だ。次に、ここは何処なんだ。もしかして日本・・・なのか。」

 

そうだ、さっきまで父親と一緒にインドにいたはずだ。しかし、周りを見渡してみるとそれが今は障子や床の間などの日本家屋の特徴が見受けられ、家電製品も電球もないところからまるでものすごい田舎の日本にいるかのようだった。

 

「そう。さっきまで君がいたところは何処なのかは私には分からないがここは日本だ。美濃国のはずれの山地伊吹山麓にある私の草庵だ。」

 

“みののくに”が何処なのか伊吹山というのが何処にあるのかは知らないがとりあえずここは日本であるということは理解した。でも、どうしても納得は出来なかった。さっきまで自分がいたのはインドであり別の国だ。いつの間に海を渡り長距離を移動してきたのかそのことについて聞こうとしたが口を開くが早いか真剣な顔をした桔梗が話し出した。

 

「君は非常識というものをその身で体験したはずだ。いつの間にか長距離を移動していようが海を渡っていようがささないな事。違うかな。」

 

まるで心を読んだかのようなそれを聞いて思い出した。

魔術師、炎、神、ガルダ、少女。

インドを探索している短期間の間に体験した不可思議な事柄についてを思い出した。

 

ーそうだ。俺は神などという非日常の化身と対峙したんだ。今更、いつの間にか日本に帰っていようがおかしなことではない。

 

そこまで考えてはたと気付いた。

 

「どうして、桔梗は俺のことを知っているんだ。」

 

「いや、君のことをすべて知っているわけではない。君のことは今教えてくれた名前と他はただ一つの事しか知らない。」

 

桔梗に問うて帰ってきた答えはいかにも意味深な答えだった。

ただ一つの事とは何なのか。慶次はそれを桔梗に尋ねた。

 

「君が人の身で神を弑した存在。羅刹王であるということだ。」

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「・・・羅刹王。カンピオーネ、ラークシャサ、エピメテウスの落とし子・・・神殺し。」

 

慶次はインドで会った魔術師を名乗る者の話していたことについてを思い出した。あの頃はオカルトには興味がなかったために何を言っているんだと思っていたが今ならば、神と相対した今ならば理解できる。

 

ーあの魔術師が言っていたことは本当だったのだ。そして、俺はあの神をガルダを弑した。ならば俺は・・・

 

「そう。神殺し。まあ、そのことについて知っているのか。ならば話は早い。私は知人からこの国にそれも近くで羅刹王が現れたことを知った。そして、その場所に行ってみると君がいたってわけだ。」

 

桔梗の言う知人が誰なのかは知らない。しかし、

 

「その・・・羅刹王、神殺しっていうのは何なんだ。」

 

「あれ、君は呪術師の家系の者ではなかったのかな。」

 

「呪術師・・・いや、それが、神殺しやら魔術師やらってのはつい最近聞いたんだ。あいつに、ガルダに会う前に。」

 

呪術師。また慶次の知らない言葉が出てきた。そう、まだ慶次はつい最近非日常の世界を知ってしまったただの普通の日本の小学生なのだ。

一応、インドで会った魔術師には魔術やら神やらカンピオーネやらを少し聞いたことがあったが半信半疑でまともに聞いていたわけではなく、現在の彼は非日常の世界の単語を知り、非日常を体験しただけの子供なのだ。羅刹王とやらになったことは記憶から理解はしても納得したわけではなく、魔術だの呪術だの言われてもど素人の彼にはまったくもって理解できないのだ。

 

「そうか。ほとんど何も知らないと。

ふむ、そうだな。ならばまず神殺しについてを教えようか。神殺しというのは・・・」

 

桔梗は何も知らない慶次に懇切丁寧に教えてくれた。

神越し、この国でいう羅刹王とは。呪術というのは。呪術師というのは。などというように今まで自分が知らなかった世界についてを知るというのは好奇心の旺盛な彼にとっては非常に興味深かった。

多くを知った。今までは知らなくてよかったことを。そして、これ以降は知らなければならないことを。

そして、理解した。今、自分がこの国においてどのような位置に身を置くかを。

 

「この国において呪術師というのは主に帝に仕える政治に関わる公家とは違い呪術の方面に特化した四家を中心とした呪術師と日ノ本中に散らばって存在する民間の呪術師が存在している。この二つの違いは例を挙げるなら京を中心とした儀礼的な呪術を専門とした組織と一部の素波のように実践的な呪術を専門とした組織といった方が分かりやすいかな。」

 

「その四家というのは何だ。」

 

公家の存在については知っており、何かおかしいことには気付き始めたが取り敢えず知らない単語についてを聞いた。

 

「四家というのは清秋院・九法塚・連城・沙耶宮という帝に古くから仕える四つの名家のことだ。

そして、この国の呪術師はこの四家を中心とした名家とその分家がほとんど。その他の民間の呪術師はその分家のはぐれ者達みたいなもので一部を除いて圧倒的に権力は弱く数も少ない。」

 

「ならば桔梗はその二つの内のどちらなんだ。」

 

「私は面倒な家を出てきたただのはぐれ者。帝に仕えているわけでもなんでもないから一応、民間の呪術師ってことになるのかな。」

 

さっき桔梗は所謂民間の呪術師は呪術の名家やその分家を出たはぐれ者だといった。つまり、桔梗もその例にもれずどこぞの名家の出身なのだろう。

しかし、彼女自身が詳しく話そうとはしないので聞こうとは思わない。

 

「まあ、今までは主にこの国の呪術の世界についてを詳しく話してきたわけだけど、この国において政治でもそして呪術でも頂点に立つ者は帝だけれども羅刹王である君が現れたことでこの国の均衡はどうなるのかが分からなくなると思う。

なにしろ君はこの日の本において始めて現れた羅刹王なのだから。」

 

一応、この国の呪術師は中華や天竺など異国にて羅刹王つまり神殺しが存在していることを知ってはいるのだけれどね。

と桔梗は言い残した。

 

「・・・つまり、どういうことだ。」

 

「つまり、君の存在は帝にそして京の呪術師たちには知られない方がいいってことだ。

異国では神殺しを中心とした呪術師の組織を形成しているみたいだけれどこの国の呪術社会は昔から帝を中心に成されているのだから。」

 

なるほどと思った。

いままでは呪術の方面でも帝を上に置けば成り立っていたものの突如羅刹王という特殊な存在が現れてしまうと呪術社会が混乱してしまいかねない。なんといっても一流の呪術師が何人、軍隊が現れようが神を弑し神の権能を簒奪した羅刹王を止めることなどできないのだから。

しばらく自分の存在は公に晒すことが出来ないのだと理解できた。

しかし、だからといって一生知られないなどということはないだろう。

 

「まあ、一生京のそして国の呪術師からバレずに済むなんてことはないだろうけどね。」

 

と、先程考えていたことを桔梗が言う。

 

「その時は好きに生きていけばいい。君の進む道を阻むことが出来る者なんて同じ神殺しか神にしかできない音だからね。

それまでは、そう。ここにいても構わないよ。」

 

桔梗は真剣な顔を真っすぐに慶次に向けてまるで帰る家のない子供に対して言うように優しくそう言った。

それで理解した。

いや、いままで無意識にその現実から目をそらしていたのだ。

古風な日本家屋、照明のない木の天井、その代わりにある火の灯っていない行燈、一切の電気製品のない和室。

 

「今は、今の年は何だ。」

 

「弘治元年。」

 

「桶狭間の戦いは知ってるかな。」

 

「知らない。」

 

「・・・今、京の都を治めているのは誰。」

 

「三好長慶。」

 

「・・・」

 

なんとも無機質な問答だった。

でも、理解した。

自分が所謂戦国時代にタイムスリップしてしまったということを。

インドから日本への空間のみならず時間さえも越えて移動してしまったのだ。つまりは、平成の時代にある自分の家へは帰れないのだ。

 

そういうことを未だ子供ながらに理解した。

 

「なんとも、子供にしては賢いというか子供らしくないというか・・・

まあ、神殺しの偉業を為す者というのはやはり根本的に違うのだろうな。」

 

慶次の困ったような焦ったようなよく分からない顔から落ち着いた雰囲気に変わったところでそれを察した桔梗は慶次に話しかけた。

 

「いつから気付いていたんだ。」

 

「まあ、君の服装を見た時からかな。その時はなんとなくだったけれど君がこの部屋を見て不思議そうな顔をしていたからそこでもしかしてってね。」

 

なんとも勘のいい人だとそう思った。

 

「寂しくはないのかな。」

 

「寂しい、か。うん・・・」

 

桔梗は寂しいかと家族に会えない、戻れないと思うと寂しいかとそう問いかけてきた。

でも、

 

「どちらかというと歴史をあまり知らない俺だけど過去の世界を知ることが出来るという好奇心の方がでかいかな。」

 

それを聞いた桔梗はなんとも呆れたという顔をした。

 

「羅刹王は普通の人間はなれないのだろうけどなんとも・・・

普通そのくらいの年頃だと親に会いたいと思うものだと思うのだが。」

 

「まあ、そうじゃない子供もいないことはないんじゃないのか。」

 

「ハァ、まあいいか。

さて、私の話が終わったところで君と話したがっている者がもう一人いるんだがそこに行ってもらう。」

 

「もう一人って、俺がここに現れることを桔梗に教えた人か。何処にいるんだ。」

 

「そう。物分かりが早いってのはいいね。

でも彼は人じゃないんだ。それに場所もこの世界にはない。」

 

桔梗のその言い回しはなんとも嫌な予感を感じさせた。羅刹王に皆同じく備わる高い直観力が働いたおかげなのだがまだ羅刹王になりたての彼にはよく分からなかった。

そして、どういうことなのかと問いただそうとした時、ふいにカクリと軽い揺れを感じた何だと思って下を見ると暗闇が広がっていて自身の足が徐々に飲まれていっていたのである。

 

「おや、もうお呼びとは。やっぱりせっかちだね。」

 

「ど、どういうことだ!」

 

「今から君が行くところは幽世というところだ。ああ、その場所については彼に詳しく聞いてくれ。じゃあ、行ってらっしゃい。

そうそう、君に会いたがっている私の知人というのは

 

酒吞童子

 

だ。」

 

桔梗のその言葉を聞き終わると同時に慶次の視界が暗くなっていった。

 

 

 

目の前がいきなり真っ暗になってすぐに眼が覚めるとかと目の前に大きな社のような屋敷が建っていた。

竜宮城を海底のきらびやかな社だというのならばここはまさに森のいや、山頂に聳える武骨な社である。

門は人が通るには大きすぎる。それもそうだろう。ここに住まうものは鬼なのだから。

 

酒吞童子

 

さっき桔梗はそう言っていた。それが事実ならば今から会うのは平安期にその名を轟かせた鬼の大将だ。

 

魔術、呪術というものを知り、神に出会いそして時空を超えて戦国時代へとタイムスリップした。さらには今から日本の妖怪を代表する鬼の大将酒吞童子に会う予定なのだ。

オカルト要素満載で普通の人ならばもう勘弁してくれと精神が持たないだろう。

しかし、慶次は違った。

摩訶不思議な世界に出会い、神殺しとなり今後は深くこのような世界に関わっていくことになるだろう。それがなんとも楽しみであった。

 

慶次は、今までと同じように自身の好奇心を満たすために行動を起こすのみである。


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