「あははは! 笑いが止まらんね!」
痩せぎすの男が嗤う。黒いスーツに身を包み、髪型はオールバック。身だしなみは清潔そうに整えているように見えた。だが、目のくまやこけた頬などの見た目ゆえに不健康そうなイメージが残った。
男の目の前には、数十のモニターが並んでいた。廊下や出入り口、各部屋。至る所に監視カメラを設置し、映像を記録しているのだろう。
「あの女は逸材だ! 良妻とでも言うべきか! 触媒も祭壇も、詠唱すらもなしで英霊の召喚に成功した! やはり優秀な素材だった! いや、僕がそう仕立て上げた! 素晴らしい日だ!」
数あるモニターの中に一つだけ、人が映っているものがあった。
妙齢の女性と巨大な男が、狭い部屋で抱き合っていた。
「召喚されたサーヴァントと、そのマスターの映像。これで商品の価値は確定した。良い! 実に良い日だ! 四月十八日、土曜日。二十一時ちょうど、か。今日、この時間を、結婚記念日とやらに設定してやってもいいだろう! それほどまでに素晴らしい日なのだから! あははは!」
彼の言う商品とは、モニターに映し出されたサーヴァントではない。ましてや、そのマスターたる彼の妻というわけでもない。では、彼らが今まで作った子供が商品か? それも厳密には違う。
商品とは、彼の体液のことだ。
初めは魔力の補給に優れた代物、という程度のものだった。しかし、自分自身を改良し続けてきた結果、彼の体液を取り入れた者は後天的に魔術回路を増せる、という効能が追加されていた。
その証拠がバーサーカーを召喚した彼の妻と、長い年月をかけて培ったデータだ。
これは驚くべき成果だった。彼自身、予想もしていなかった。
魔術回路の質と量は生まれた時に決まる。さらに言えば、生まれた家柄によっても左右される。歴史が長い家系ほど、魔術回路の質と量は向上する傾向にあった。魔術師の才能は受け継がれていく。必ずしも成功するとは限らないが、それでも魔術師は代を重ねることでその素質を伸ばそうと必死になるものだった。
だが、彼の体液はそれらを否定する。才無き者に、才を後付けする。魔術師にとって喉から手が出るほど欲する手段を、彼は偶然にも完成させたのだ。
妻の食事に微量の体液を混ぜた。妻の蜜壺には己が精を注ぎ続けた。妻が産んだ子は全て売り飛ばした。
彼にとって赤ん坊は金のなる木だった。欲していた者たちは様々だった。単純に子に恵まれない魔術師の家系もいた。実験材料として求めた者もいた。性欲を満たすための者もいただろうし、臓器が目当ての者もいたことだろう。
しかし彼にとって、売り払った子供の将来などどうでもいいことだった。買い取った者が好きにすればそれで良し。むしろ重要なのは買値のほうだ。
彼は今後の人生プランに思いを馳せる。
何をどの値段で売りつけて、施設をどのように改築していくか。新しい女を連れてくるのもいいかもしれない。一人か、二人か。それとももっとか?
――ああ、手が足りない。これから忙しくなりそうだ。
「マスター」
声が響いた。姿は見えない。声色は男か女かも区別がつかない、中性的な声だった。
だが、マスターと呼ばれた彼は動じない。
「アサシン、何かあったのか?」
「サーヴァントが一体、こちらに近づいております」
ほう、と彼の口が動いた。
「もう来たのか。早いな。しかし、所詮は単騎。ならばこちらも予定通り、すぐに対処しよう。我が迷宮に招き入れたまえ」
「承知」
バーサーカーのいる部屋には盗聴器が仕掛けられている。会話の内容を聞き取っていたアサシンのマスターは、真名を聞いていた。どのような英霊なのかも知り得た。
彼の頭の中ではすでにいくつもの策が練られている。
「さて、地の利がある上に、二対一だ。たとえ、セイバー、アーチャー、ランサーの三騎士であったとしても、負ける気がしないなぁ。あはははは!」
己の勝利を疑っていない。しかしながら、そこに油断や過信は一切ない。
男は笑う。
さらなる想定外が待ち受けているとも知らずに。