Fate/ture L   作:麻婆ピザ

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セイバー 追憶

 広場にポツンと、弓が置かれていた。弦がつけられていない巨大な弓。数千人という人々がそれを中心に取り囲んでいた。

 そこから離れた位置にある、近くの王宮からは群衆を見渡すことができた。王とその娘、赤髪の少女が弓を見守っていた。

 群衆の中から一人の少年が歩み出る。

 赤髪の少年。十四歳くらいの、まだ幼き子供だ。

 周囲がどよめく中、彼は無造作に、左手一本で弓を持ち上げた。

 すると、歓声が一人の少年に浴びせられた。

 少年が弓を持ち上げただけだというのに異様なまでの盛り上がりだ。しかし、その称賛の嵐は起こるべくして起こったものだった。

 なぜなら、その巨大な弓――シヴァ神の弓は、屈強な大男たちが数百人いて初めて持ち運べる物なのだから。幾人の王子が神弓を手にしたが、持ち上げることができた者はごくわずかだった。

 様々な情念がその場に溢れていた。羨望や後悔。嫉妬と怒号。歓喜や敬意。実に多くの感情が一人の少年にぶつけられた。並の精神であれば、その重圧に負けてしまい、腰を抜かしていたことだろう。

 しかし、少年はまったく動じない。

 おそらく彼にとっては、これが出来て当たり前なのだろう。周りの声など気にするまでもないのだ。驚くほどのことでもなかったはずだ。

 弦を張るため、弓を両手で持って力を入れた。弓は徐々に曲がっていく。歓声は高まるばかりだった。

 そこでふと、気になる視線を感じた。

 一際、熱のこもった視線。これだけ大勢の視線の中で、決して埋もれることのない視線。

 少年はその視線を感じる方へと頭を動かした。

 群衆を見下ろす王の隣。

 赤髪の少女と目が合った。

 ここで初めて、少年は動じた。

 頭が真っ白になった。目が離せない。心臓ははち切れんばかりに騒ぎ出す。手を動かしていることすら忘れるほどに、彼は夢中になっていた。

 そして、雷鳴の如き爆音が轟いた。彼の意識がようやく弓へと移る。

 神の弓は真っ二つになっていた。

 彼は顔を青ざめさせてから、再び王宮の方を見遣った。

 赤髪の少女は笑みを浮かべていた。驚きと喜びの色が混じりあった笑顔だ。

 少年はつい、つられて笑ってしまった。

 歓声が、また強くなった。

 

 ※

 

 ふいに覚醒した誠は、むくりと半身を起き上がらせた。

 視界に入るのはいつもの風景。二階の自室だ。広さは八畳ほどだが、生活するのに必要最低限の物しか置かれていない。まるで生活感のない無機質な部屋。自分は窓際のベッドに寝ていたことに気付く。

 そう、それが現実。

 数千人に及ぶ人だかり。大きな弓。王宮。喝采。熱気。そして、赤髪の少女の笑顔。ついさっきまで見ていた光景が夢であったと気付く。自分は現実に引き戻された。だが、夢と言うにはあまりにも鮮明で、記憶と言うにはあまりにも非現実的。全く以て見覚えのない景色なのだが、体験してきたかのように頭の中へと刻まれていた。

 思い当たることがあった。

 サーヴァントとマスターは契約した段階で魔力供給のパスが通っている。その影響により、互いの記憶を夢という形で見ることがあると言われている。

 つまり、誠はラーマの記憶の一部を垣間見たのだ。

「目が覚めたか、マスター」

 頭の中に声が響いた。

 すると直後に、誠の隣にラーマが突如として現れた。

 サーヴァントは不可視かつ物理的な干渉ができなくなる『霊体』、仮初の肉体を得る『実体』の二つの状態を取ることができる。ラーマは霊体化していたがために、今まで姿が見えなかったのだ。

 相変わらずの存在感に少し怯んでしまった。しかし、今度こそは声を発することができた。

「あの、すみませんでした……いきなり倒れてしまって……その、魔術とはほとんど縁がなく、慣れていなかったものですから……」

「ほほう、召喚のための儀式は上手くこなせていたように思ったのだが、魔術とは縁がないとはな。汝は魔術師ではないのか?」

「えっと……自分の両親の代で、魔術師としての家系は途絶えました。言いにくいのですが、魔術師として私にできることはなにもないのです……申し訳ありません……きっと、足を引っ張ってしまうかと――」

「大丈夫だ、全く問題ない。戦闘に関しては、余に全て任せるがいい。どれほどの難敵であろうとも、必ずや勝利してみせよう」

 誠はラーマの器の大きさにただただ感服した。

 古き王という存在は時として、マスターとサーヴァントの立場を逆転させてしまうほどの力を持つ。性格が合わない。機嫌を損なう。あるいは単なる気まぐれ、余興。そういった理由だけで裏切られ、殺されることもあるだろう。

 だがラーマは違う。マスターを対等な立場として扱ってくれている。目的のために共に歩もうと示してくれていた。普通の魔術師であればそれは鬱陶しいものかもしれないが、誠にとってはありがたいものだった。

 普通の魔術師とは違い、神々廻誠には最低限の知識があるだけだ。能力的には一般人と大差がない。この先の争いでお荷物となる自分を認めてくれているだけでも嬉しいことだった。

「お心遣い、感謝します」

「よい、気にするな。そういえば、まだマスターの名を聞いていなかったな」

「神々廻誠と言います」

「よし、マコトだな。これから、よろしく頼む。ところで……」

 ラーマは誠の枕元にあった物を指で差した。

「この機械なんだが、ずっと唸っていたぞ?」

「え……」

 ラーマが指摘した物は携帯電話だ。

 続けて、彼は得意気に語りだした。

「これはこの時代において一般的な連絡手段なのだろう? 魔術もなしに、遠く離れた相手とも瞬時に連絡を取れるとは便利な物だ。英霊の座から、ある程度の知識は与えられているのでな。余は聡明ゆえ、この程度のことでは驚かんぞ。それにしても、昼時になると言うのに連絡相手は随分とまめな人物なのだな」

「昼……?」

 誠は血の気が引いていく感覚を嫌というほど味わった。

 携帯電話の画面を見る。時刻は十二時を過ぎていた。着信履歴は勤務先の高校からでいっぱいだ。もはや遅刻どころの騒ぎではない。誠は急いで着替え始めた。

「マスター? どうしたんだ?」

「し、仕事が! 寝坊です! 急がないと!」

「そ、そうか。察するに、よほどの一大事なのだな。聖杯戦争のことについて話したいこともあるのだが……」

「スイマセン! 帰ってから詳しく話しましょう!」

 スーツを着た誠は仕事用のカバンを持った。携帯電話を操作しながら、慌ててドアを開け放った。

「あ! 待ってくれ、マスター! 汝に言うべきことがある!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 移動しながら聞かせて頂きます!」

 部屋を出れば、廊下が右手側にまっすぐ伸びている。廊下の一番奥に階段がある。行き着くには、二つの部屋を通り過ぎる必要があった。

 足早というよりは、ほぼ走るように廊下を進む。仕事先の高校へ電話をかけた。謝罪や言い訳、今日の予定が頭の中を駆け巡る。

 余裕のない誠は周囲の異変に気付いていなかった。

 隣室のドアを過ぎた直後、誠の視界は縦に大きく揺れた。

 彼は、廊下で足を踏み外したのだ。

 情報の処理が追いつかなかった。頭の中は真っ白だ。何の抵抗も見せずに廊下から一階へと落ちていく。初めて経験する浮遊感。その時、一メートルほどの大穴が廊下にできているのをようやく認識した。いや、廊下だけはない。その大穴に沿って、壁と天井もなかった。まるで、切り取られたかのように。消失していた。

 そう、家が割れていた。

 縦に両断されていたのだ。

「無事か? マスター?」

 一階の床に落ちる寸前のところで、ラーマが誠を抱きかかえる形でキャッチした。

「あの……これは、いったい……?」

 呆然としている誠は、その言葉を絞り出すのだけで精いっぱいだった。

 ラーマは申し訳なさそうに目を逸らした。

「ああ、すまない。最初に伝えるべきだった。汝が気絶してからすぐに、他のサーヴァントと交戦したのだ。撃退には至らず、撤退はさせたものの……その……勢い余って住まいを斬ってしまった」

 頭が重い。誠は再び気絶しそうだった。

 魔術とは秘匿されなければならない。一般人には悟られないように徹底するべきものである。そうでなければ、魔術の価値が薄れてしまうからだ。もちろん、聖杯戦争も例外ではない。むしろ、一般に対しては秘匿中の秘匿だと、資料には書かれていた。

 誠は巻き込まれたようなものではあるが、そのルールから逸脱してはいけないということだけは資料を通してわかっている。度が過ぎれば、協会と呼ばれる組織などから粛清されてしまう可能性も否定できない。

 たとえ誠の自宅でサーヴァント同士による戦闘が行われようと、それが丘の上にぽつねんと佇む家ならば問題にはならないだろう。が、この家は住宅街のほぼ中心にある。両隣、道路を挟んで前の住宅、後ろの住宅。そんな場所で早朝の六時に戦闘を行った。目撃されていてもおかしくない。

 懸念事項が秒単位で増える。

「マスター、しっかりしろ! だ、大丈夫だ! 住まいの破損くらい、余がなんとかしてみせよう! そうだ、今よりも豪勢に改修してやっても良いのだぞ! なぁ、マスター! 頼むから、気をたしかに持ってくれ!」

 ラーマが必死に呼びかけていたが、誠は反応できなかった。正確にはどうすればいいのかわからなかったのだ。なにをするべきなのかが頭に浮かばなかった。

 すぐそばに落ちている携帯電話から発せられる怒声を、ぼんやりと聞いていた。


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